芳野星司 はじめはgoo!

童謡・唱歌や文学・歴史等の知られざる物語や逸話を写真付でエッセイ風に表現。

エッセイ散歩 草枕

2016年01月21日 | エッセイ
      パソコンに保存されていた古いデータを見つけた。いつ書いたものか。
      3、4年前だろうか?


 日本の、そして世界の、あらゆる事態が劣化し続けているのではないか。…最近、新聞もテレビのニュースもほとんど見る気がしなくなった。癪に障る からである。被災地の復興も、 原発問題も、政治も外交も、経済も、教育も、海外の事件も、竹島問題も尖閣問題も、反吐が出るほど愚かしく、そしてそれらを報道するメディア、 ジャーナリ ズムも、あまりにも愚劣で、その空しさと無力感に健康な体調が崩れるほどである。この危機的非常時に、国民の生活より選挙が第一、政局、政争、世襲党首選びに選挙のための維新ファシストブームなど、もうどうでもよろしい。世襲政治とは政治の私物化。癪に障る。全員暗殺されてしまえ。目眩がする。反吐が出る。みな滅びてしまえ。
 ある出版社の社長が「新聞を読まない奴はクズなのです。あの、私たちより何倍も何十倍も優れた人たちが書いた記事や解説を、読まないような奴はクズ人間な のです」と言っていた。これは新聞記者の知識、教養や知性を、そのジャーナリストとしての姿勢を、あまりに過大に評価した噴飯ものの発言であった。その発言は彼の劣等感と、聞き手への加虐意識から出たものである。彼の加虐的品性や、新聞記者・論説委員らへの過大評価は論ずるに値しない。新聞や雑誌のような活字ジャーナリズムへの不信は、すでに誰もが感じていることだろう。まことに癪に障る。
 テレビ・ジャーナリズムの浅ましさは言うまでもない。レジス・ドブレイはその「大衆迎合主義」と「状況のヒステリー化、短絡化」を指摘した。テレ ビはその 特質から「イメージが論理を駆逐し」「分析的思考を無力化し想像力を奪う」メディアなのである。そしてドブレイは論じていないが、現代のインター ネット、 ソーシャル・ネットワークは「流言飛語」メディアなのだ。何がジャスミン革命だ、何がアラブの春だ。

 新聞とニュース番組を見なくなったかわりに、古びて黄ばみ読みづらくなった夏目漱石の古い文庫本を読み返すことになった。先ず「草枕」と「門」で ある。特 に「草枕」である。癪に障るロンドンから日本に戻ると、日本もまた実に「癪に障る」世の中なのである。その癪に障る日本からいかに遁世するかを 「山路を登りながら、こう考えた」のである。「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」
「住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。」しかし「人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかり だ。人でなしの国は人の世よりも猶住みにくかろう。」

 漱石は「吾輩は猫である」を書き続けながら「草枕」を書き、また「夢十夜」を書いた。「草枕」と「夢十夜」は奇想と幻想において一対の作品であ る。「草 枕」に「思想」はない。しかしこれは「思考小説」というべきものだろう。「意識の流れ」を小説にしたのは、「ユリシーズ」のジョイスより漱石のほ うが十五年も早かったのだ。漱石自身が言っている。「こんな小説は天地開闢以来類のないものです。」「この種の小説は未だ西洋にもないやうだ。日本には無論ない。 それが日本に出来るとすれば、先づ、小説界に於ける新しい運動が、日本から起こつたといへるのだ。」
 このとき漱石三十九歳。彼はその年齢で、日本、日本人、世界、人間を見極めてしまったかのようなのだ。漱石の死は四十九歳。何という濃密な十年だっただろう。
 今ほど平均寿命は長くないが、昔の人は成熟するのが早かったのだ。樋口一葉が「たけくらべ」「大つごもり」「にごりえ」を書いて亡くなったのは二十四歳。正岡子規が三十五歳。石川啄木が第一歌集 「一握の砂」を出したのが二十四歳。亡くなったのが二十六歳。第二歌集「悲しき玩具」は死後に出された。あの若さで彼等は成熟し、あれだけの作品 を残した。現代人はいっこうに成熟することなく、いつまでも 幼稚なままと思われる。また昔は、今よりずっとゆっくりと時間が流れていたかに思われる。

 漱石は膨大な漢籍の素養と、短いロンドン時代に膨大な英文学を吸収しながら、なかなか思うような語彙をひねり出せず、またその思考を思うようには 作品化、 思想化できなかったのではないか。彼の苦闘はそこにあったのではないか。つまり我々が知っている文豪漱石の巨大な作品群は、その全総体に比しわずかに海上 に一角を出した氷山のようなものに過ぎないのではなかったか。
 さて、「門」を読み終わったら、新橋遊吉の古典的名作とも言える膨大な競馬小説でも読み直そうと思う。彼が盛んに書いていた頃の競馬には、「住み にくき世から、住みにくき煩いを引き抜いて」詩があり、画があり、音楽と彫刻があった。浪漫があり、下克上の物語と、非人情の芸術がある。馬群が大地を轟 かせて目の前を走り去るとき、小さく千切れた芝草と砂埃の匂いには、胸を高鳴らせるものがある。