芳野星司 はじめはgoo!

童謡・唱歌や文学・歴史等の知られざる物語や逸話を写真付でエッセイ風に表現。

光陰、馬のごとし 大器晩成

2016年01月01日 | 競馬エッセイ

 いま日本で一番上手い歌手・島津亜矢に「大器晩成」という歌がある。詞は星野哲郎による。
 大器晩成とは素晴らしい四字熟語ではないか。力士に喩えるなら、三重ノ海や「おしん横綱」と呼ばれた隆の里である。
「大器晩成」は、出遅れぎみの青年たちや、後輩たちに次々と追い越されていく中年たちに、勇気を与える。自分は大器晩成なのだと言い聞かせれば、歯をくいしばり、その日その時を頑張れる。…しかし現実は、鳴かず飛ばずという生涯も多い。セ・ラヴィだぜ。

 馬の話である。馬にも大器晩成型がいる。古くはアサホコ、アカネテンリュウ、アイフル、タマモクロスがそうで、その後もゴーゴーゼットやヒシミラクル、タップダンスシチーが、古馬になってから強くなった。またアサホコやアイフル、タップダンスシチーらは、無事之名馬の典型でもあった。
 タニノチカラはその少年期(高校時代)や青年期を怪我(大病)で棒に振り、やっと病癒えてカムバックするや一挙に秘めていた天凛を示し、生きの良い後輩のタケホープやハイセイコーを完膚なきまでに叩き潰した。
 グリーングラス、メジロデュレンとメジロマックィーン兄弟、マヤノトップガン、デルタブルースらは菊花賞で、その距離適性と才能が開花した。彼等も大器晩成型に入れてもよいだろう。

 私はアサホコの現役時代を知らない。1960年生まれの、その地味で古風な名の馬を、山野浩一の「栄光の名馬」(明文社)で知った。父は内国産種牡馬ヒカルメイジ(持込)という、これまた古き良き重厚な底力血統である。母アサヒロの牝系をたどれば、下総御料牧場の星浜に遡る。
 山野はアサホコを「古き良き武士の血」と称した。おそらくこれは最もふさわしい表現であろう。また馬名にアサが付くのは、古き良き時代の鷹揚な馬主・手塚栄一氏の所有馬である。アサホコの後輩にあたる「三本脚のダービー馬」アサデンコウもその一頭であった。
 アサホコが急に強くなったのは、六歳(現馬齢五歳)の頃からである。初重賞勝ちの金盃から、アメリカジョッキークラブC、59キロを背負った京王盃スプリングハンデ、スワンS、天皇賞と、五連続重賞制覇であった。生涯50戦12勝二着12回。連対率は5割に近い。5代までインブリードがなく、実に貴重でタフで健康なアウトブリード血統であったが、種牡馬としては一顧だにされることなく消えていった。古武士は何も語らず、静かに去って行ったのである。

 アイフルである。馬主は「降るような愛」「愛が降る」として名付けたらしい。消費者金融のような馬名は気になるが、貸し金業者より馬のアイフルのほうがずっと早く有名になった。
 アイフルはステイヤーのセダン産駒らしい、細身の馬であった。デビュー時からその潜在能力や差し脚が期待されていたのだが、二着、三着の多い善戦マンであった。見るからに温和しく癖のない素直そうな馬で、騎手たちはさぞ乗りやすかっただろう。これはセダン産駒の特色かも知れない。
 アイフルがその能力を発揮し始めたのは、五歳(現馬齢四歳)の夏を越えてからである。アサホコと同様、翌年正月明けの金杯で初重賞勝ちを果たし、その年の秋の天皇賞を制覇して一流馬の仲間入りをした。生涯戦績43戦12勝二着13回。天皇賞、金杯、アルゼンチン共和国杯2回、中山記念を勝った。
 アイフルは種牡馬としてはほとんど人気が無く、活躍馬も出さず静かに消えていった。

 大器晩成型の馬として、私の記憶に最も鮮烈に残るのはタマモクロスである。この馬が登場しなければ、父シービークロスは、たちまち種牡馬を廃用になっていただろう。
 シービークロスの父は、短距離血統グレイソヴリンの血を引くフォルティノである。フォルティノは種牡馬となるや中・長距離の適性を示し、フランスで大成功した後、日本にやって来て、シービークロスを出した。
 シービークロスも中・長距離で重賞を3勝した。鞍上の吉永正人騎手同様に不器用で、常に馬群からポツンと離れた最後方を進み、直線だけで豪快に飛んでくるレースぶりは実に凄まじいものであった。
 その子タマモクロスは四歳(現馬齢三歳)秋から勝ち続け、師走に入って鳴尾記念で初重賞勝ち。翌年の金杯、阪神大賞典、天皇賞(春)、宝塚記念、天皇賞(秋)と八連勝、六連続重賞勝ちをした。秋の天皇賞ではあのオグリキャップを破り、暮れの有馬記念では再びオグリと日本一決定戦を賭けたが、激闘の末、0.1秒の僅差で敗れて引退した。このレースは有馬記念史上の名勝負中の名勝負だったろう。
 そのレースぶりは、芦毛同様父のシービークロスによく似ていて、また鞍上の南井克巳騎手の豪快な追い込みにもマッチして、実に美しく、格好良かった。
 種牡馬になってからのタマモクロスは、カネツクロスやマイソールサウンド、ウインジェネラーレなど多くの活躍馬を出したが、残念なことに系統はそこから先が続かなかった。
 競馬ファンとしては、またタマモクロスのように、古馬になってから急速に強くなる大器晩成型の馬を見たいものだ。