への次郎が行く

カメラと地図を片手に気ままに出かけます。

寅さんロケ地(第28作) 秋月

2023年03月18日 | 寅さん

男はつらいよ第28作)』は、1981年冬に公開されました。

旅先の宿で家出娘愛子(岸本加代子)と相部屋になった寅さん、愛子と一緒に旅をします。縁日で商売をしていたら、テキヤ仲間の常三郎の妻光枝(音無美紀子)と知り合うことに。常三郎が病気であると聞いた寅さん、さっそく見舞に福岡県朝倉市秋月に向かいます。

 

映画】 コスモスが咲く秋らしい風景のなか、寅さんが石橋を渡って来ます。

現在】 この石橋は江戸時代に架けられた目鏡橋で、秋月の入口にあります。撮影の際、左に寄るのは、これがいっぱい。映画の角度での橋の撮影は、できませんでした。

 

映画】 まっすぐ伸びた秋月の通りが映し出されます。

現在】 この通りは江戸時代、秋月藩商家が軒を連ねていた通りです。右の建物は、和菓子処廣久(ひろきゅう)葛本舗。看板の位置が少し手前に移動していました。

 

映画】 その先にやって来た寅さん、タバコ屋で常三郎の家を尋ね十字路を左折します。

現在】 タバコ屋さんの販売は自販機に、向かいの江藤商店はアンティークショップになっていました。

 

映画】 常三郎の家に来たところに偶然、光枝が出てきます。言葉を交わし、光枝は寅さんを家に招き入れます。

現在】 タバコ屋の十字路を左折すると、野鳥(のとり)が流れています。その川沿いを下って来たところに、常三郎の家はありました。石垣の手前ですが、すでに取り壊されていました。

 

映画】 常三郎を見舞った寅さん、光枝に見送られて帰って行きます。

現在】 二人が歩いていたのは、秋月城跡の西側の杉の馬場です。馬場の右にお堀があって、その右にお城がありました。堀に架かっている橋のようなものは、瓦坂といいます。秋月藩の時代、瓦坂をのぼってお城に向かうと、奥に大手門がありました。

 

映画】 左上の中学校が常三郎の母校と聞いた寅さん、「野郎、もう少ししっかり勉強すりゃ、ちったぁ、ましな人間になったのになぁ」。光枝は、うれしそうに笑います。

現在】 秋月城の石垣の上にあった秋月中学校は、少し東に移築されたため、杉の馬場から校舎を見ることはできませんでした。

 

映画】 野鳥川に沿って細い道があります。そこを二人は、白い土塀の先の道まで歩いて行きます。

現在】 二人が歩いた道は整備され、地元では「寅さんロード」と呼ばれていました。

 

映画】 別れ際、光枝から常三郎が長くないと聞いた寅さん、泣きながら去って行く光枝を見送ります。最後は、悲しい別れとなりました。

現在】 野鳥川に架かった今小路(いまこうじ)に立つと、整備された「寅さんロード」の様子がよく分かりました。

 

 

ちびとらさんたち先達の情報をもとに、2月に秋月のロケ地を回って来ました。

秋月には江戸時代、福岡黒田藩の支藩・秋月藩があり栄えました。ただ明治になって交通の幹線から外れたこともあって、今でも昔の面影を留めています。ロケからすでに40年経ちますが、おかげでロケ現場の多くを確認することができました。

                                         


寅さんロケ地(第43作) 日田市

2023年03月16日 | 寅さん

男はつらいよ第43作)』の地方ロケは、大分県で行われました。

大学に入学した満男がアパートを借り、引っ越ししようとした日、が上京してきます。母と離婚した(寺尾聡)に会うために職場を尋ねますが、父はすでに会社を辞めて日田(ひた)に引っ越したとのこと。そこで泉と満男は、日田に向かいます。

 

場面が日田に変わると、鏡坂公園からの俯瞰映像が映し出されます。

川は三隈川(筑後川)。真ん中の小山は亀山公園、その右は日田温泉の旅館街です。

 

映画】 日田にやって来た泉、三隈川の堤防道路の端に座っています。

現在】 三隈川の南岸から北岸を撮りました。向かいの小山は亀山公園、その右の建物は日田温泉にある旅館「ひなのさと」と「亀山亭ホテル」です。街灯は、撮影当時は道路の左側にありました。

 

映画】 お父さんが勤めている製材所の事務所から満男が出てきます。

現在】 製材所はすでになく、更地にされていました。日田に行く前に確認したら、2020年撮影のストリートビューに、安心院製材所が映っていたのですが…。

 

映画】 製材所から出てきた満男は、泉のところに走り寄ります。

現在】 対岸の背の高い建物は、日田温泉の「みくまホテル」です。

 

映画】 今日会社は休みだと聞いた満男は、「行こう、勇気を出して」と泉を促し、お父さんの家に向かいます。

現在】 三隈川に架かっている橋は、銭渕橋(ぜにぶちばし)です。

 

映画】 泉と満男が日田に行った日は、日田祇園祭の日です。

現在】 この通りは、古い町並みが残る豆田町御幸(みゆき)通りです。通りに面し建っている建物は、国指定重要文化財になっている草野本家です。

 

映画】 泉と満男の前をブラスバンドが通り過ぎます。

現在】 右の建物が草野本家です。

 

映画】 泉と満男はお父さんの家の近くまで来て、様子をうかがいます。そこへお父さんが自転車に乗って帰って来て、一緒に暮らしている幸枝(宮崎美子)と言葉を交わします。

現在】 お父さんの家(ふたば薬局)に使われた建物は、旧高瀬家店舗住宅でした。

 

映画】 泉に気づいたお父さん、駆け寄って話しかけ、泉と満男を家に招き入れます。

現在】 左のナマコ壁の建物が草野本家です。泉と満男は、御幸通りを向こうから歩いて来ました。

 

映画】 少し話をした後、お父さんは泉たちを連れて祭りに行きます。泉たちが歩いているのは、草野本家近くの路地。儒学者廣瀬淡窓(たんそう)の生家広瀬資料館の前です。

現在】 資料館は改修中でした。改修により屋根にあった卯建(うだつ)が取り外されていました。建物にもう少し寄って撮りたかったのですが、改修のため寄れませんでした。

 

映画】 前を祭りの山鉾が通り過ぎます。

現在】 ここは三隈川の南岸から、銭渕橋を渡って北岸に来た隈町です。右の青い屋根の建物は照蓮寺。ロケ当時、突き当りにあった家はなくなり、寺の駐車場になっていました。

 

映画】 画面奥の伊東薬局の前で、道はYの字に分かれています。薬局前の電柱近くに、日田バスの「札の辻」停留所の丸い表示が立っています。大勢の見物客がいるなか、そこに山鉾が入って来ます。

現在】 伊東薬局は、建て替えられたようです。現在、このあたりを日田バスは走っていません。代わりに「ひたはしり号」が走っていますが、「札の辻」停留所はありません。振り向くと左後方に、3階建てのビルがありました。おそらくこの場面の俯瞰撮影は、このビルを借りて行われたのでしょう。

 

映画】 「札の辻」に入った山鉾が揺らされます。

現在】 泉たちが立って見ていたのは、電柱の左のあたりです。電柱にある「南志ちや」の看板は、ロケ当時もありました。

 

映画】 お父さんに「帰って来て」と言えなかった泉、幸枝に「お父さんをよろしくお願いします」と言い残し、この場を去ります。

現在】 後ろに見えるビルは、日田温泉街に建つ温泉旅館群です。泉はこの方向に走って行きました。

 

映画】 泉に追いついた満男、その先に寅さんと泉のママ(夏木マリ)がいることに気づきます。

現在】 三隈川北岸のボート乗り場です。シーズンオフなのか、営業を止めてしまったのか…。

 

映画】 泉たちを探しに来たママと寅さんに再会し、抱き合います。この後、4人は天ヶ瀬温泉に向かいます。

現在】 右にボート乗り場、左に日田温泉旅館の「ひなのさと」があります。向こうに見えるのは、三隈川に架かっている銭渕橋です。

  

 

ちびとらさんたち先達の情報をもとに、2月下旬に日田のロケ地を回って来ました。第43作が公開されたのは、1990年の冬。すでに30年以上の月日が経過しています。

三隈川の北側の隈町は、日田祇園祭のクライマックスである札の辻入りの場面が撮影されたところですが、建物が倒されて駐車場になっているところが目につきました。一方、古い町並みが残っている豆田町は、電柱の地中埋設化がされるなど、観光地として整備が進められていました。ともにロケ当時とは変化がありましたが、対照的でした。

                                         


なごやめし 味噌煮込みうどん

2023年03月14日 | ランチ

愛知県岡崎市河津桜を堪能した日、近くにある岡崎カクキュー八丁村にやって来ました。

奥さん  「カクキューって、あの八丁味噌の?

への次郎 「そう。ここはカクキューが手掛けているお食事処だよ

 

店内に入ると、メニューが掲示されていました。

 

で、注文したのはなごやめしの代表格の

味噌煮込みうどん(1000円)

味噌煮込みは、太くて硬めの麺という印象がありますが、ここのは違います。麺はほどよい太さ、コシはありますがあの独特の硬さはありませんでした。具材は、油揚げ、ネギ、卵。お汁は、八丁味噌の風味を生かした香り豊かなもので、見た目の印象とは違いました。

味噌串カツ2本(600円)

ころもが厚く、カリカリに揚げられていました。かかっている味噌はもちろん八丁味噌、チョコレートのような濃さでしたが、甘味でした。

 

追加で、いま話題性のあるこれ、

家康公の愛した焼味噌湯漬け(800円)

右上には、かつお節がかかったおひつご飯。その左にウリの味噌漬け。さらに左に、お湯が入ったボット。右手前に八丁味噌がかかった串こんにゃく。その左の小皿は、焼味噌

お茶碗にご飯を入れて焼味噌をのせ、そこにお湯を注いで食べました。味は、素朴。

家康が食べていたものを体験できました。

 

 

食べ終わってお店の外に出たら、隣りに売店がありました。

奥さん  「せっかくだから、八丁味噌を買っていこうかな

への次郎 「そうだね。ここのは本物だから

どうする家康』放送記念のこの八丁味噌を買いました。

 

 

八丁味噌とは、岡崎市八丁町で生産されている長期熟成の豆味噌です。現在、八丁町にはカクキューまるやの2社しかありません。ところが愛知県の他の生産者も、異なる製造方法で八丁味噌を生産しています。そこで2社は八丁味噌の地理的表示保護制度をめぐり、裁判を起こしました。への次郎は、この2社を支持します。

                                         


河津桜 満開でした

2023年03月12日 | 

愛知県岡崎市乙川(おとがわ)に架かっている竹橋にやって来ました。

奥さん  「えっ!!! 桜じゃない?! もう満開!

への次郎 「河津桜だね、色が濃い

 

橋から堤防に行ってみると、

桜の枝が堤防の斜面を覆うように、下に長~く伸びていました。

 

その先に行くと、

たくさんの人が見に来ていました。

 

桜を見ながら堤防を歩いていたら、雲が切れて、

急いで撮影だ

ブルーに濃いピンク。いい色合いだ

 

緑の葉っぱが出ている。桃の雰囲気があるね

 

ほんとに密に咲いている! 満開だ

 

近づいて、パチリ。

 

奥さん  「下の河川敷にいる人が写真撮ってるよ

への次郎 「ほんとだ。下りてみようか

 

小さい子とママが歩いている先に、石段が見えました。

 

ここから下りて行くと、

 

河川敷から見るのも、いいねぇ~

 

見上げると、

桜のお家だ!

 

桜並木の端まで歩いて来ました。

この日は天気も悪く、風も強めでしたが、満開の河津桜を堪能することができました。

 

岡崎市乙川の河津桜、地元では葵桜といっていました。

調べてみると、市民の発案で行政を動かして許可を得、2001年に植樹が行われたそうです。秋には一面、彼岸花が咲くそうですよ。

                                              


フルーツパーク 梅が満開でした

2023年03月10日 | 

名古屋市東谷山フルーツパークにやって来ました。

梅は咲いたかな?

 

正門から入ると、右手に梅園が見えてきました。

 

坂道を上がって行くと、

これはシダレだね

 

マクロ撮影ができるマクロコンバーターを付けて撮影すると、

いいねぇ、効果が出ている

 

梅園を進むと、

同好の士がいました。

 

その先には、

親子がいて、さらに先では、

 

家族でしょうか、記念写真の撮影中でした。

ほほえましいなぁ

 

こちらは一人で、日向ぼっこ?

 

えっ?! これ、梅?

違いました。さくら

主役交代の時期も近そうでしたよ。