平凡な父のHitori言

平凡なサラリーマンのありふれた道程の記録

年末恒例番組で平和的格闘もいいもんだ

2005年12月31日 16時52分24秒 | 人生のノウハウ
 とうとう大晦日。年末の番組といえば、日本レコード大賞と紅白歌合戦が定番であったが、それももう遠い過去になりつつある。数年後には、どうなっているのだろう。対抗の番組がプライド、K-1などの格闘技というのも象徴的だ。歌といえば、平和的なものが多く、格闘技は人間の防衛本能、戦闘本能の平和的解決法として生まれたスポーツで、人間の考え出したスポーツ競技の原点と言えるかもしれない。人間の歴史の中では多くの戦争があり、いまだになくなっていないが、スポーツという方法で勝ち負けを争うだけなら、こんな平和的な方法はない。音楽で平和を喜び、かたや格闘技で熱くなり平和を感じることができる日本という国は、本当に平和な国といえるだろう。
 今夜は、どこの家庭も、紅白歌合戦、K-1、プライドと三つの番組をひっきりなしにわたりあるくのだろうね。誰がチャンネルの支配権を握るのか、それも格闘技のひとつだ。一人一人、それぞれ専用のテレビで見るよりも、みんなで、あれだ、これだと争うのも平和的戦いのひとつで、楽しいものだ。今夜は少しでもチャンネルの支配権を取れるように頑張ろう。もう少しで、今年ともサヨナラ、新年は少しでも多くの人に良い年でありますように。


来年に期待

2005年12月29日 23時19分57秒 | 人生のノウハウ
 今年は自然災害、大事故の多い年だった。十大ニュースにもアメリカのハリケーン、パキスタンの大地震、福知山線の脱線事故、アスベスト禍が入っている。近年は特に自然災害が多くなっている。年末には関東を除いた日本中が大雪の被害を受けた。年々、地球温暖化の影響で異常気象が増えているのではと思わざるをえない状況だ。来年は少しでも自然災害が減ることを願うばかりだ。人類への警告が発せられているのに、なかなか地球温暖化対策は進まないが、この寒い冬を戒めと思い、春を待とう。
 来年は冬季オリンピック、ワールドカップ、WBCなど大きなスポーツのエベントが待っている。熱気と興奮で自然災害を吹き飛ばして欲しいものだ。卓越した技能と強靭な肉体を持ったアスリート達が、多くの人に感動と勇気を与えてくれることを期待している。

ヤンキースはハンディーを背負った

2005年12月27日 21時45分24秒 | 人生のノウハウ
 松井選手がWBC出場を辞退した。世の中の多くのファンは、きっとワールドシリーズ優勝のために下した決断と理解してくれるだろう。しかし、はっきりと言えないが、来年も優勝はできないのではと心配になる。メジャーリーグのシーズンと両立できないことが主な理由なようだが、両立させるくらいの覚悟がなければ、メジャーリーグの制覇は難しい。今回の出場断念は、松井選手の問題というよりもヤンキースの問題だ。メジャーの他球団からは多くの選手が出場するわけだから、条件は同じでなければならない。ヤンキースだけが選手の出場を拒んで優勝をつかんだとしてもそれは本当の優勝といえない。自分達だけがシーズンに集中し、優勝したとしてもうれしいとは思えないし、ましてや、そんな気持ちをひきずっていてはうまくいかないものだ。ブッシュ大統領もキューバの出場は認めないとかいっているらしいが、政治とスポーツは別問題として考えないと、スポーツ選手を目指す子供達がかわいそうだ。今回のWBCの状況を見ると、アメリカのことだから、ほかの国が優勝したら、最強チームで臨まなかったから、優勝できないことは当然で、まったく意味がない大会だったと言うのだろう。所詮は、野球は、アメリカを頂点としたマイナーなスポーツから、いまだ抜け出せないということだろう。
 松井選手はまだ若い。一度や二度の失敗や間違いをしてもやり直しはきく。ただし、日本の多くのファンが失望したことの事実は忘れないで欲しい。プロの野球とは、チームの優勝や自分の記録のためだけでなく、多くのファンのためにやるものであることを心に刻んで欲しい。ファンがいなければプロの野球は成立たないのだから。
 アメリカは間違いもしでかすが、必ず、その間違いを正す人たちがいる国でもあると思っている。地球温暖化防止のための京都議定書からも離脱しているがきっと戻ってくるだろう。それが世界一の大国であり続ける理由のひとつであるからだ。まあじっくり待つしかないね。

初心忘れるべからず

2005年12月26日 23時30分58秒 | 人生のノウハウ
清原選手がピアスをはずして入団発表した。もう一度優勝を目指し、野球に打ち込む覚悟の表れだろう。亡き仰木監督、ファンのために、最後の野球人生を送るつもりで頑張って欲しい。初心忘れるべからず、簡単なようで実は難しい。偉くなればなるほど、実績を残せば残すほど、忘れてしまうもの、それが初心であり、向上心だ。忘れても何度でも思い出せるうちはいいよ。今の気持ちを忘れず、もう一仕事みせてくれー。自分にも言い聞かせるつもりでもういちど、初心忘れるべからず。

癒しの時代から潤いの時代へ

2005年12月25日 17時38分07秒 | 人生のノウハウ
 今年ももうすぐ終わり、日本もようやく長い不況を抜け、経済成長を取り戻しつつある。永い不況の時代が終わり、癒しの時代も終わりを告げた。これからは、かつてのバブル経済期の失敗を活かして、着実な発展を目指し、モノやエネルギー依存の経済から違った形での成長を求めなければならない。それがなにかはまだわからないが、永い不況の時代の経験を活かしていかなければならないことだけは確かだろう。
 一時、癒しがもてはやされたが、これからは潤いの時代かもしれないと思っている。暮らしに癒しではなく、潤いを求めること、それがこれからの流れとなる予感がする。モノではなく、精神的、文化的要求を満たすこと、それが潤いのある暮らしではと思っている。自然を楽しむ、人との交流を楽しむ、伝統、音楽、絵画、文学、映画、スポーツを楽しむ、暮らしの中でそれらのことが気軽にできるなら、精神面、健康面でも、より潤いのあるものとなるだろう。食生活も旬を味わい、その地方独自の料理を楽しむことができるなら、それが一番心地よく潤いのあるものといえるだろう。ファーストフードや高級料理よりも実は旬の地場の食材、料理がよいことに気が付きはじめている。経済的に豊かでもぱさぱさした無味乾燥な暮らしより、ほどほどの豊かさと瑞々しくしっとりとした潤いのある暮らし、それがこれからのトレンドになって欲しいものだ。毎日、目のまわる忙しさの中で仕事をし、その代償やご褒美としての癒しを求めるよりも、求めるべきは潤いだと思うが、どうなることやら。かつてのバブルの再現だけは避けたいものだ。

クリスマスイブ

2005年12月24日 22時52分25秒 | 人生のノウハウ
 今日はクリスマスイブ。どこの家庭でも、クリスマスケーキ、鳥の照り焼きやフライドチキンなどを食べて一家で楽しんでいることだろう。クリスマスには、クリスマスツリー、ヒイラギの葉、靴下、七面鳥などいろいろなクリスマスモチーフがある。長寿、健康、幸福への祈りが込められているそうだが、世界では回教、仏教の国でも祝うところが多いらしい。宗教が異なろうが、子供の幸せを願う親の気持ちは同じということだ。今夜だけは世の中の暗い事件を忘れ、すべての子供のところに多くのサンタクロースが訪れることを信じている。子を思う親の愛がサンタクロースの象徴としてこれからも末永く、続いていくことを願っている。
 ついでだが、彼女のためにクリスマスプレゼントをあげることがクリスマスのメインイベントなっている今、男達の懐にとっては受難のシーズンだ。世の中の女性の皆さん、プレゼントの中身は値段よりも気持ちがこもっているかどうかが大事ですよね。余計なお世話かー。

大雪よ、止んでくれ

2005年12月22日 22時02分07秒 | 環境
 関西と新潟で大雪のため大停電が起きている。新潟には約三万人の一人暮らしの高齢者がいるとのこと。早く、電力を復旧しないと大変なことになる。一人暮らしの高齢者にはこの寒さ、暗闇はさぞかし辛いことだろう。日本は少子化、高齢化が進み、人口も今年はじめて自然減になったという。高齢者をひとり田舎において暮らす子供達はどんな気持ちだろう。ますます少子化が進むのは、親子の気遣いも必要ないと思うからだろうか。自分の代でこれまで続いてきた命の循環も途絶えてもかまわないとおもうからだろうか。そんな気持ちしか持てなくなっているとしたら、結局は今の大人の責任に違いない。そのひとりとして申し訳なさを感じるとともに、何とかしないといけないという焦燥感がつのる。子供のことを心配しない親はいないが、普段は何の心配もしない自分の親のことは、こんなことがあるとふと気になるものだ。電力会社の皆さんも必死になって頑張っていることでしょうが、一刻も早い復旧を祈るばかりだ。
 最近の異常気象を目の当たりにすると、人間の勝って気ままに地球が怒っている気がして仕方がない。問題を引き起こしているのも人間、解決できるのも人間、できることからやっていくしかない。

頑張れ清原選手

2005年12月21日 20時10分17秒 | 野球
 清原選手がオリックス入りを決意した。先日、亡くなられた仰木元監督への恩を返し、自分を育ててくれたパリーグに尽くしたいという。今年が最後の覚悟でプレーに集中すれば、まだまだ力はある。個人的には東北楽天に入ってほしかったけれど、グランド上で死ねれば本望と言っていた亡き仰木元監督への恩返しができればそれもよし。人は誰でも自分だけのためには頑張れるものではない。多くのプロ野球ファン、そして、天国で見ている仰木元監督のために精一杯野球にのめりこんでくれー。万が一にもどこかの球団を見返すとか、恨み辛みを晴らすために野球をやることだけはないと信じている。マスコミに話題を提供するだけではファンは喜ばない。二十代の時の闘志と熱意があれば、きっと初のタイトルも夢じゃないぞ。来年のシーズンオフには「よくやったぞーキヨー」と歓喜の声があがることを期待している。
 これで、願いどおり、ひょっとして巨人の辻内投手との対決が見られるかな~。楽しみ、楽しみ。

LOHASとは

2005年12月20日 20時53分13秒 | 環境
 環境ビジネスの世界で、今、LOHASという言葉がキーワードとなりつつある。Lifestyles Of Health and Sustainability の頭文字を取った略語で、環境と健康を指向するライフスタイルだという。ロハスという言葉はもともとUSAからきたもので、消費者層の価値観調査から出てきた概念とのこと。価値として環境と健康を重視したライフスタイルということで、精神的、知的、経済的にも比較的高く、上昇志向が強い人たちを指すらしい。これらの人たちを簡単に表す言葉としてエコとエゴの両立で説明されている。ビジネス上もヨガ、雑穀米,無農薬野菜などの健康食品、ハイブリッドカー、オール電化などがロハス層を狙いに展開されつつある。おしゃれで気軽な生き方が、これまでの環境、健康志向のグリーンコンシューマーとは少し違っているようだ。エコを価値として高く評価することは地球環境にとってもよい流れだが、少し違和感もある。特に健康面を強く求めすぎると、持続可能性で表される環境と両立しなくなるからだ。健康を強く求めると最後に行きつくところは、不老不死。いつまでも美しく健康に暮らすこと、それは究極の幸福なのだろうか。不老不死と持続可能性が両立するということは、同じ人間たちが永久に生き続ける世界だ。永久に不滅の命、それが達成されたとき、あらゆることを次の世代に引き継ぐことが必要なくなり、同じ人間たちが永遠に同じ生活を繰り返し、ますます、便利さ、快適さを求め続けることになるだろう。そのとき、人間は何を目的に生きていったらいいのだろう。自然界では常に新しい命が生まれ、成長し、年老いてやがて死を向かえ自然に帰る。自然はその終わりのない循環により成り立っている。
 人間は常に科学技術の発展を目指すようにできているように思う。何を目的に科学技術を発展させるのか、どうしていいのか答えは見つからないが、自然を理解し、自然と同化すること、自然の循環にまかせること、そして、そのための科学技術であるべきなのかもしれない。もうそろそろ、モノの価値観を見直し、要らないものを捨てて、身軽に生き、生涯を終わることを考えないといけないのかもしれない。
 平凡な父は、ロハスが単なるビジネスに利用され、ブームで終わることなく、さらには、むやみに健康でおしゃれな生活を追い求めることにならないよう願っている。野暮でちっともおしゃれじゃなくても、気持ちは、いつも抜けるような青空、すがすがしい五月の微風の中にいるようでありたい。ロハスがビジネスの種から人生の信念、哲学へと大きく成長していくように見守っていくよ。チョイモテ親父にはなれないが、ちょいとだけ役に立つ親父になりたいものだね。

人の不幸の上に成り立つ幸せって???

2005年12月18日 18時30分37秒 | 人生のノウハウ
 みずほ証券の誤発注で、個人投資家で数億円から数十億円を儲けた人たちがいたという。その影で、自分のミスに苦しみ、不幸になった人たちがいる。自己責任とは言え、明らかなミスに乗じて、大きな金銭的な幸福を得たということだ。また、姉歯元建築士やその他のコンサルタント関係者、建設業者も、強度設計の偽造により多額のお金を儲けていたことだろう。その裏で、大勢の人たちが不幸なめにあっている。
 豊かさや幸せにも大きく二種類のものがある。他人の不幸や苦しみの上に成り立つ幸せと、他人の幸せや喜びの上に成り立つ幸せだ。違法であろうが、合法であろうが、他人の不幸の上に成り立つ幸福や喜び、豊かさは本当のものではない。人の喜びや感動、幸せをもたらすことで得るものが本物なのだ。宝くじのように運任せで得る幸せは庶民の小さな夢といえるが、人の不幸や犠牲のもとに得た幸せはほんとうにうれしいものだろうか。人の不幸やミスにつけ込んで得た利益は、きっと身につかないだろう。いつまでもなにか後ろめたい気持ちで生きていくことになり、この世を去るときにきっと大きな後悔を感じることになるだろう。しかし、今の世の中は、そんなことを感じることもなく、ただラッキーと思う人が多いのだろうか。もう少し、人の不幸を自分の不幸と感じることができなければ、寂しい限りだと思うが、所詮は庶民のやっかみでしかないのか。
 世間の親達が、自分の稼ぎで子供に送るささやかなクリスマスプレゼントは、子供の幸せの上に成り立つ親の幸せで、これがほんとうの幸福のひとつだと思っている。