In the Nest

ちいさな巣の中から、見上げる空。

光る海

2005-01-30 11:35:54 | Weblog

おぼえているのは、
教室の窓から見える海が、
きらきら光っていたこと。
運動場のすぐ下を走る電車の音のリズムが、
ここちよかったこと。
中庭の、ミモザの黄色がまぶしかったこと。


「全校生徒のみなさん、
おはようございます」
外のスピーカーを通して、
自分の声が耳に戻ってくる。
どうして放送部に入ったのか
ちっとも思い出せないけど、
マイクの前で喋ることが大好きで、
いつもわくわくした。


二年、三年と、
同じ先生が担任だった。
二年生の時は、汚い言葉で生徒を罵り、
殴ることも多かった。
それなのに、
三年生になったとたん、
別人のように丁寧な言葉遣いになった。
ニコニコと笑って、怒らなくなった。

「あれ、きっと『お礼参り』が恐いねんで。
 サイテーやな。」
みんなは、囁きあった。
表立って反抗する子は少なかったが、
そのかわり、
あいつとはあんまり関わらんようにしよ、という
担任を軽蔑するような空気が、
なんとなくクラスに漂っていた。
実際私も、
二年間も受け持ってもらっていたというのに、
個人懇談以外で、
先生と何か話をした記憶がほとんどない。

実は今、
あの先生何の教科だったっけ?って考えたんだけど、
それすら憶えてないことに気づいて、
自分でもびっくりした。
たしか、数学だったような気がするんだけど。
そのくらい、関心がなかったんだ。

当時何歳だったのかも、全く知らない。
外見からすれば、三十代だったんじゃないかと思う。


「あいつなぁ、自分の生徒と結婚したらしいで。」
「えーっ、うっそー!気持ちわるーっ。」
休み時間の教室で、
女子たちは、悲鳴をあげて気味悪がった。
嫌われてるから、
どんなこともみなマイナス要素になってしまう。


ひとつだけ、はっきりと憶えていることがある。

もう、卒業も近かったころだと思う。
日曜日、母と買い物をしていた。
すると、
スーパーの前で、先生にばったり会った。

「うわっ、こんなとこで・・」
と思いつつ、こんにちは、と挨拶した。
先生も「こんにちは」とにっこりした。
となりに、
ちいさな子供を抱いた、先生よりかなり若い感じの女の人がいた。
女の人は、
私を見ると、顔を背けてすっと先生の後ろに隠れてしまった。

あー、これが噂の、「もと生徒」の奥さんかぁ。
中学三年生の私は、クールな目で
その人をじっと見た。

だけど、
先生たちと別れてから、
どういうわけか、
なんとなく、もの哀しい気分になってしまった。
なぜだかわからないけど。
どうして、そんな気分になったんだろう。

「ねぇねぇ、例の奥さん、見たよー!」と、
いつもの私ならきっと友達に喋ってるはずなのに、
その時は、
そのことをなぜか誰にも言わずに、黙っていた。

中学生は中学生なりに、
「人生、いろいろあるねんな」
って、
漠然と、感じてしまったのかもしれない。



教室から見える海は、きっと今日も光っている。
あの大きなミモザの木は、今もあるのだろうか。
私の子供が同じその中学に通い始めるころ、
私はふたたび、そこに立ってみることだろう。