子供のころ、
夕焼けが始まると、住んでいたマンションの最上階に上って
ひとりで空を眺めていた。
そこから見る空はとても広くて、
美しく、見飽きることがなかった。
すっかり暗くなってしまうまで、
いつまでもそこにいた。
何年かが経って、
家族は別のマンションに引っ越した。
この場所から空を見ることなんて、
二度とないだろうと思っていた。
私は新しいマンションにはほとんど住むことがなく、
家を離れてひとり暮らしになった。
仕事を必死で覚えながら、夢中で過ごした。
好きな人が出来て、彼の部屋で一緒に暮らすようになり、
結婚して、子供がふたり生まれた。
その頃にはもう、
ふたたび故郷に住むことなど考えもしなかった。
故郷はもう、遠い思い出の中にしか存在しなかった。
だけど、
ある日、夫は家を出て行った。
四歳と一歳の子供をかかえて、
それでも私は自分でなんとかしようと頑張ってはみたけれど、
結局どうにもならなくなって、
一年後、新幹線に乗って故郷へ戻って来た。
昔なじみの近所のおばさんが、
「今、ちょうどうちの部屋空いてるから、
そこに住んだらええ。」
と、声をかけてくれた。
そして、
私は十数年ぶりに、
子供のころ住んだ、あのマンションでふたたび暮らすことになった。
「ちょっと郵便受け見てくるから。」
テレビに夢中になっている子供たちに声をかけて、
私は、ひとりでマンションの最上階に上る。
夕焼けの時はもちろん、
月や星を眺める時も、
ただ、ひとりになりたくなった時も。
そこから見る空は、
子供のころと何も変わらない。
じっと見つめていると、
自分がまだ小さい子供のままであるかのような、
錯覚すら起こしそうになる。
でも、私はもう子供ではない。
私はいつのまにか、
空や木や花の美しさを頼りに生きている大人になって、
その一瞬の輝きを写真の中にとどめようと、
いつも、カメラを持ち歩く。
いつかまた、
ここから出てゆく日もあるのだろうか。
今の私はもう、
明日の自分さえ、確かに思い描くことはできない。
それでも、
不確かな明日をすこしでも輝かせるために、
前を向いて、歩き続けることを止めはしない。