はるかのカフェテリア

15歳蒼君、僧帽弁閉鎖不全症、腎不全、肺水腫(10回)、膵炎→12/25天使に
14歳紅亜、肝細胞がん(疑い)のブログ

ご無沙汰です

2009年08月31日 | Weblog
この2ヶ月で色々あり、人生の岐路に立たされた。まさにそんな状況でした。
病気一つしたことのない私がまさかストレスで吐いてのた打ち回るという状況に追い込まれる日が来るとは思いもよりませんでした。
ふと気がつくと、相談できる人がいない・・・と凄く寂しくなり、もう分けがわからなくなってした事は、泣きながら弟に電話したことでした。

第三者の小さな親切、大きなお世話によって、色んな人を巻き込んでの修羅場も、やっと終焉を向かえ、でも、これをきっかけに、今後の自分を見つめなおすチャンスだと思うことにしました。
この二ヶ月は、本当に人生について考える事が多くて、実際もう投げ出してもいいやーと言う投げやりな気持ちになりました。
生きていても、良い事ない・・・とまで追い込まれて、今考えると、本当に馬鹿な事を考えたもんだと思います。

そんなとき、昨日とどいた幼馴染の訃報。
もう人生ってなんなんだ・・・って思います。
私のように、投げ出しても良いと思ったものは生き延びて、彼女のように本当に心から生きたいと思っていた子に天の助けは訪れなかった・・・

彼女は、小学生の頃からの幼馴染で、家が近所だったので、毎日遊んでいました。
彼女も私も犬を飼っていたので、いま考えると唯一の犬友達でした。
彼女が小学校の途中で引っ越したり、私も東京に引っ越したり、お互いが色々引越しばかりしていたので、実際にあうことはなかったのですが、手紙のやり取りだけはしていました。
大人になるに従って手紙も疎遠になり、唯一年賀状だけのやり取りになってしまいましたが、父の喪中のハガキを出した時に、唯一心のこもったお手紙を頂き、そこからお互いミクシーをやっているという事で、連絡するようになりました。
そんな時に、3年前に彼女が肺がんの手術をしたという話を聞いて、再発しないといいねーなんて言っていたのですが、思いもむなしく、転移している事がわかり、そこから闘病生活にはいったのですが、抗がん剤もきかず、治療もないと言う状況までになりました。
それでも彼女は前向きに、明るく、しっかりと病気を受け入れていました。
この歳で、自分の死を受け止められるなんて、本当は無理をしているとは思いますが、でも回りに気を使う、そんな優しい子でした。
ずっと大学院に行っていて、哲学を選考していて、博士号まで取ったのに、すぐに闘病生活・・・
本当に人の一生ってなんなんだろう・・・って思います。
先週私用で大阪に行ったので、お見舞いにいきたかったのですが、やはり自分が彼女の立場だったら、病気の姿はみられたくないだろうなーと思い、悩みましたが、一応連絡してみました。
普通に、妹さんの赤ちゃんがきてるんだーと言う返信はきたのですが、それのみだったので、やっぱりあえないと思い、普通の会話だけしていました。
いま思い返すと、返信するのもやっとだったに違いないと思います。でも悟られないように明るく勤めていたので、私もまさかそんな状況だとは思っていなかったので、以前彼女が『退院したら、遊ぼうよ!』と言った言葉を信じていました。
そんな一週間しかたってないのに、悲しい知らせがまいこんでくるとはおもいませんでした。
明日日帰りで、神戸に行ってきます。
こんな形の再会はしたくなかったです。
本当に人の一生ってなんだろう・・・と思いました。
コメント
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