いやー、今年の日本シリーズは熱かったですね!
結果、高津監督率いるヤクルトが4勝2敗で日本一に輝いたわけですが、オリックスも強くって、毎試合毎試合、これぞ頂上決戦!という見ごたえのある試合ばかりでしたね。コロナやオリンピックの影響で、運営するほうは大変だったでしょうが、最後まで良い試合を観れて、野球ファンは大満足だったんじゃないかと思います。
我らが楽天イーグルスは、石井GM兼監督体制になって初のシーズン、神の子マー君も電撃復帰して、鉄壁の先発ローテを組んで、すわ優勝か?!なんて期待もしていましたが、いやはや、そうそううまくはいかないもんですね。歯痒い試合もありましたが、でも最後まで楽しませていただきました。
よく「ハマノ君はなんで仙台出身でもないのに楽天ファンなの?」と訊かれるのですが、まあ、わりとどうでもいい上に妙に長くなるんで今まで適当に答えてきたりもしましたが、なんだかよくわかんない縁がいろいろありまして。
そもそも僕は運動音痴の超インドア派、文科系部活オンリー、しかも旭川なんて滅多にプロ野球も来ないし、甲子園もたまに旭川竜谷が出場して1回戦敗退するくらいでさほど話題にならず、全然野球には興味がない幼少期でした。ただ、父親と祖父が国鉄だったこともあり、どうもうっすらとヤクルトファンだったようで、関根監督から野村監督に代わった頃でしょうかね、たまに家のテレビでヤクルト戦を見ていた記憶がうっすらと残っております。
そんな僕が楽天ファンになったきっかけは、あの球界が揺れた近鉄とオリックスの合併騒動、ストライキまで行われたすったもんだの末に近鉄が消滅、そして楽天球団が誕生したわけですが、あの時に「今からファンになれば、最古参ファンになれるし、いつか優勝したときにものすごく感動できるんじゃないか」という、非常に不真面目なことを思いついたというものだったのです。実はそれまで僕はそこまで野球に興味もなく、ルールもよくわかってないような状態だったので、本当に超ミーハーな理由で楽天ファンになったわけですね。それでも、球団創設の2005年から試合結果をチェックしたり、選手の名前を覚えたり、にわかファンらしい応援はしておりました。
ところがその初年度はご存知の通り散々な結果、そして田尾監督の解任騒動などもあって物々しい雰囲気になったあと、やってきたのが我らが野村監督。後述しますが、僕は野村監督という人がけっこう好きで、そこでちょっとした縁を感じてしまったんですね。
さらにその年のドラフト会議でやってきたのが、初めて甲子園の優勝旗を北海道に持ってきてくれた、我らが田中将大選手。こうなってくると、ちょっとにわかというレベルではいられない。最初はちょっとした冗談みたいな些細なきっかけでしたが、気づけば楽天イーグルスの大ファンになっていたというわけですね。
時は流れ、星野監督になって3年目、2013年の悲願の日本一の瞬間は未だに鮮明に覚えていますし、あの優勝決定のシーンのYoutubeはもう500回くらい観ています(笑)。「いつか優勝したときにものすごく感動できるんじゃないか」の「いつか」は、当初思ったよりは早く訪れましたが、それでも万感の想いがありました。この年は球場にも幾度となく足を運びましたし、この年の日本シリーズも歴史に残る名勝負でしたね。
以前書いた就職のお話のブログが大反響でして、なんだ、普段いいねとかコメントとか全然つかないけどみんな見てくれてるんだな、と思ったものですが(笑)、仕事をしていくうえでも、野球的な考え方をすることがよくあります。チームリーダーとかプロジェクトリーダーをやる際に、僕はちゃんと就職活動をして研修を受けて社会人になったわけではなく、音楽にうつつを抜かして20代、30代を過ごしたので、ビジネス的な考え方やバックボーンが全くない状態だったのですが、その時に拠り所にしたのが、何を隠そう、野村監督の教えでした。
野村監督は「王、長嶋がヒマワリ、私は月見草」と自らを月見草に例え、その中で研究と試行錯誤を重ねて「弱者の兵法」「ID野球」といった理論を確立してヤクルトの黄金時代や野村再生工場といった人材育成技術を築いていったのは言うまでもないところですが、その考え方は単なる野球論にとどまらず、ビジネスにも通ずる考え、格言がたくさんあります。特に、リーダーとはどうあるべきか、という点で考えさせられる言葉が多く、「財を遺すは下、仕事を遺すは中、人を遺すを上とする」という有名な言葉をはじめとして、チームとしてメンバーをどう育成し、どう指導し、どう率いていくか、そのために自分はどうあるべきかというあたりは、野村監督の教えを頼りにしていたりしています。
音楽に関してもそうですね。「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」ではないですが、ライブ一本一本の出来不出来を試合の勝ち負けになぞらえるように、勝った理由、負けた理由をしっかり自覚して、負ける理由をつぶしていく作業は、野村監督の教えに基づくものなのかもしれません。「失敗」と書いて「成長」と読む、という言葉を地で行くかのような野村監督の生き様があったから、失敗を繰り返しても頑張って来れたのかもしれません。
とにもかくにも、あらゆる場面で「言葉」の力を最大限に使い、大きな功績を残してきた野村監督、僕も言葉の力を信じる端くれの一人として、改めて尊敬の念を抱くとともに、もっといろんな言葉を聞きたかったなあと今でも思います。
日本シリーズが終わって、いろんな選手や監督のインタビューや後日談などがスポーツニュースを賑わせるようになってきました。高津監督や伊藤コーチが野村監督時代に薫陶を受けた選手ということもあって、今年は野村監督に触れる記事が多く見受けられます。つば九郎のブログや高津監督のコメントには胸が熱くなってしまいました。
僕も野村監督に影響を受けた野村チルドレンの一人として、恥じない生き方をしていきたいと思います。笑
さて、しばしのお休みの後、また来年は新庄BIGBOSSや立浪監督などの話題もあって、勢力図も変わっていきそうですね。我らが楽天イーグルスも、来年はぜひ奮起して優勝をつかみ取って欲しいものです。来年はまた仙台に観戦に行けるといいなー。