KUMIの句日記

写真と一日一句で綴るブログ。句の転載を禁じます。

思い出の枝垂桜

2019年04月06日 | 暮らしのつぶやき
天気 晴

絶好の花見日和。夫の退院日で、前回は体調悪く迎えに行けなかったが、今日は花見がてら行くことにした。
病院の手前に枝垂桜がある。今の大きな医療センターに建て替える前身の病院が、この枝垂桜を通って行く病院だった。今は、別の施設に建て替え中だ。この花はソメイヨシノより少し遅く咲く。13年前にがんの宣告を受けた日、この枝垂桜が満開だった。今日はまだ咲き始めたばかりだった。
初めて、自分にがんという病気がやってきた、と確実に言われて覚悟を決めたあと、帰宅する時に見上げた桜がとってもきれいだった。人間は、こんな時でも桜を眺めていられるのだ・・と思ったものだ。その日、長兄が倒れて入院した、と連絡があった。そして、その2日後だったか、数日の入院で兄はこの世を去った。
一年後くらいに、治療で脱毛した髪が生えてきて、ようやく一周忌にウルトラショートの髪で参列した。その頃から、私の身代わりだったのか、と思うようになった。

桜には日本人なら誰もがたくさんの思い出を持っている。
私も、数えきれないくらいの別れやら出会いやら・・ことに桜の別れは、書き始めたら止まらなくなるくらいたくさん思い出す。
それでも、桜を嫌いにはならなかった。やっぱり、日本人なのだと思う。

過ぎし日々逝きし人々花万朶  KUMI

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2 コメント

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きらいにならなかった (ふきのとう)
2019-04-08 06:57:50
ご主人様の退院安心いたしました。「さくら」どなたにも節目の花のように思います。明日は川根路ですが、一昨年に夫と見た樹齢300年の桜が最期でしたが、果たしてその花に会えると良いのですが。どのような状況でさくらを見ても嫌いにならなかった、心にずしりとくる表現です。
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ふきのとうさん、日本人、とつくづく (KUMI)
2019-04-08 15:02:49
さまざまのこと思ひだす桜かな 芭蕉
昔から、日本人は同じ思いだったのですね。芭蕉の頃にはソメイヨシノはなかったと思いますけど。
毎年、これで最後かも、と思います。長く生きていても見たくても見落とした桜がたくさんあります。それは風になって天上から眺めましょう。
お仲間と、今年は格別の桜を眺められますね。
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