つい先ほど終わったパソコン授業のこと。
まさに今日から通い始めてくださった女性の生徒さん。
先週体験してくださり、今日からワードの授業に入ることになっていた。
緊張の面持ちで椅子に腰かけ、入力開始。
緊張どころか、比較的スムーズに入力は進む。
授業終了後のお話によると、以前少しかじったパソコンだったが、その時は挫折。
その後、娘さんに習うものの、同じことを何度か聞いているうちに娘さんが怒り出してしまった。
ふむふむと話を聞きながら、よくある光景だよねと思った。
これではいけないと、意を決してうちの教室に来てくださったと。
で、私に「お願いがあるんですけど」とおっしゃる。
何だろうと聞いてみると、今、パソコンに向かっているところをデジカメで写真を撮ってほしいという。
娘さんも息子さんも4月からは家から出てしまう。
そこでお母さんも頑張っているよという様子を、子供たちに送りたい。
どうせなら写真をとって、新聞のようにパソコンでまとめたいという目標ができたとのこと。
体験の時に私がお渡しした教室の新聞を見て、思いついたらしかった。
「日々の生活の写真と文字の入った新聞」。
できるようになるまで、どのくらいかかるかわからないけど、それまで写真を撮りためたいと。
目的がはっきりしているこの方は、習得が早いよね!とピンときた。
使う機能に固執しなければ、きっとすぐ素敵な新聞になることと思う。
少しずついろんなテクニックを応用していければいいものね!
5月くらいには第1号が送れるといいよね。
私までわくわくしてきた。
昔はパソコンやスマホが使えることがひとつのステータスみたいでもあって。
じゃ、パソコン(スマホ)ではなにができるか?
まずは基本をしっかり覚えて、さぁ、こんなこともできるよ、あんなこともできるよ!
そんな感じでいろいろなことを紹介していく授業がメインでした。
でも、今はパソコンもスマホも一般的と言えるくらい普及して。
ステータスから、ツール(道具)という感じへの比重が大きくなってると思うのです。
道具として見た場合、「この道具で何ができるか?」って考えるのってちょっと変ですよね。
ハサミやカッターを使おうと思った時「これで何ができるか?」って考えて使うんじゃなく、切りたいものがあるからこの道具を使おうと考えるわけですよね。
パソコン・スマホも今はそういう道具して意識していいんじゃないかと。
まず、その人にとって「何をやりたいか」なんだと思うんです。
直接、パソコンやスマホに関係なくてもいい。
「家族へのお知らせの新聞を作りたい」「健康になりたい」「運動の習慣をつけたい」「楽器を練習したい」などなど・・
その時「パソコンのWordやパワポで作るといいかも」「健康管理や運動の記録、楽器の練習のためのアプリやソフトもありますよ」と。
それを一緒に探し、見つけ、一緒に使い方も調べていく。
そんな本人がやりたいことをパソコンやスマホでお手伝いできる教室でありたいなって最近、とくに思うんです。
いろんなことができるよ!って紹介する授業を否定するわけじゃなく、それはそれで楽しいと思います。
けど、人によって、それがほんとに必要なのか・・・とか考えると。
こちらから「やりたいことを提供」するよりも、本人が「これ、やりたい!」って思うことの方が、覚えるのも上達も早いんですよね。
まぁ、完全個別授業になってしまうので、経営としては・・?でしょうけど(^^;
長々とすいませ~~んm(_ _;)m
なんかね、この記事を読んで、「あ!そうそう!これなんだよ!」って思ってしまったもので(^^;
ほんとにね。
昔はパソコンで何ができるかよくわからないから習いに来る。
だったけど、
今はパソコンでこれがやりたい。なのかも。
範囲は広くなるし、レベルも高くなるし、教える立場は大変ですよね~
それに対応できるように最大限の努力をする。
もしくは教室色を出して、何か無力的な内容を中心に提供するかですかね。
いや、「and」なのかもしれませんね。
生徒さんにいつも気づかせてもらってます。