臺灣と瀬田で數理生態學と妄想

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生物多様性減少の許容量の設定は可能か?

2013-12-18 23:04:44 | 研究

生物多様性の減少はどこまで許容できるのか?」---この問いに定量的に答えるための,種の絶滅が生態系に及ぼす悪影響の定量的評価手法を新たに提案する研究論文を今日発表しました.新たな評価手法の特徴は,生物多様性減少に伴って劣化が予想される生態系機能のその劣化の度合いについて過小評価を可能な限り避けるために,ゲノム情報(全遺伝情報)から読み解くことのできる機能・進化情報を最大限活用しようとする点です.

Takeshi Miki, Taichi Yokokawa, Kazuaki Matsui*. Biodiversity and multifunctionality in a microbial community: a novel theoretical approach to quantify functional redundancy. Proceedings of The Royal Society B http://rspb.royalsocietypublishing.org/content/281/1776/20132498.full

オープンアクセスですので誰でも本文を読むことができます.

この研究プロジェクトは近畿大学理工学部の松井一彰さんが全体の統括と論文の責任著者を,愛媛大学沿岸環境科学研究センターの横川太一さんと松井一彰さんが微小生態系を用いた実証研究を,国立台湾大学海洋研究所の私(三木健)がゲノム情報の統計解析と種の絶滅に関するコンピュータ・シミュレーションを,それぞれ担当しました.


 

人間社会は,長い進化の結果生まれた生物多様性のおかげで自然から多くの恵みを受けています.

しかし人間の営みでは,単に自然の恵みを受動的に享受するだけではなく,食糧生産など特定の恵みを増大させるためや,都市開発などの自然の恵みには依存しない形の福祉の向上のために,自然の改変が避けられないのも事実です.そのような自然の改変は生物多様性の減少につながってしまうわけですが,生物多様性減少によって意図せず劣化してしまう恵みと,意図して向上する利益との間にトレードオフが存在する以上,生物多様性減少ゼロを目指すわけにも,その減少をまったく無視するわけにもいきません.

そこで,設定すべき問題の一つは,「生物多様性の減少はどこまで許容できるのか?」ということになります.その問いに答えるための第一歩は,生物多様性の減少の程度と生態系機能の劣化の程度を定量的に関連づけることです.その定量化が可能になってはじめて,他のオプションとの比較検討が可能になると考えます.

そこでこの研究プロジェクトの第一段階として,生物の進化及び機能の単位であるオーソログに注目し,「多種から構成される生物群集が持つオーソログの多様性が高いほど生態系機能(厳密には生態系の多機能性)が高い」との仮説を立て,この仮説の下で「種の絶滅によって生じるオーソログの多様性減少の程度が小さいほど,種絶滅による生態系機能へのインパクトが小さい冗長な(安定した)エコシステムである」との評価を行うことにしました.オーソログは,種分化を経て多種間で共有されるため,その共有度合いが小さければ小さいほど,種絶滅のインパクトが大きくなることになります.この新たな評価システムのもとで,多様な細菌・古細菌のゲノム情報(全遺伝情報)を使った種絶滅のコンピュータシミュレーションを行ったところ,従来の評価方法に比べて細菌群集の機能冗長性は低く,種の絶滅の程度が小さくても(たとえば,自然状態からたった10%以下の減少でも)生態系機能の実質的な劣化を招くとの予測を得ました.そして,(1)オーソログ多様性が生態系の多機能性を定量的に代表できる指標であること,(2)種の絶滅に対する生態系機能の冗長性が低いこと,の2点について微小実験生態系における生態系機能の実測データにより実証することにも成功しました.この研究は,全遺伝情報の解析がある程度進んでいる種・株が2000程度にも及ぶ微生物だからこそ可能となるのが現状ですが,今後他の分類群の生物群集にもアイデアは応用可能であると期待します.

 

一連の研究を概念図にすると以下のようになります.実際の許容量の設定の仕方のアイデアは論文に書かれています.興味が持っていただける方は是非お読みください.オープンアクセスです.

 

 

 

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