臺灣と瀬田で數理生態學と妄想

翹首望東天, 神馳奈良邊. 三笠山頂上, 想又皎月圓(阿倍仲麻呂). 明日できることは今日しない

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帰国準備雑感#01

2018-04-13 19:14:54 | 研究

7月末で台湾大学を退職し、8月1日から日本国内の大学に異動することになりました。

ここ数ヶ月で起こったことをとりあえず思いつくままに、今後ときごき書き止めていこうと思います。どの国も大学もそうですがすぐにルールが変わるのでここに書いてある手続き上のことについては、たぶん後年台湾から日本に帰る人には全く役に立たないと思うのですが、あしからず。

ドキドキの報告

日本の大学から文書で内定通知書を受け取った後、現職地の所長やお世話になっている教員の方々、学生たちに報告しました。もちろんその後には日本国内でお世話になってきた人たちにも機会を見つけて報告してます。台湾の人たちに伝えるときには、大した貢献もすることなく去年夏の昇進により教授の肩書きだけもらって台湾をすぐに出ていくことに対して申し訳ない気分になりましたが、みなさん非常に喜んでくれてありがたい限りでした。「とってもいいニュースだけど研究所にとっては大きな損失だ」、みたいなリップサービスもいただいて大感謝でした。

退職願みたいな

挨拶回りをある程度済ませたのち、実際の退職の事務手続き等を始めることになったのですが、一応大学との無用なトラブルを避けて穏便に進めるために一筆書くこととなりました。これは学部長/学長宛の手紙で、提出前に所長や同僚に添削してもらいました。だいたい以下の感じです(これは他の方々の参考になるかもしれません)。ちなみにわたしより前に大学を異動した知り合いはこんな手紙は書かなかったそうです。いろいろタイミングがあるので一般性はないでしょう。「もう二度と台湾になんか来るか!」みたいな気分でない限り大学への不満とか書くのは恩知らずですし、そういうトラブルを起こすと今後外国人を採用したくない気分にさせて後進に迷惑ですからやめましょう。ちなみに現職の海洋研究所は私が去っても二人の外国人教員が居ます。すばらしい。

 

Dear (学部長/学長の名前):

I am writing this resignation letter to inform you that my last day at National Taiwan University will be (日付). The new appointment as a (職名) will start on (日付) at XXX University in Japan.

Working in NTU has been a wonderful experience. I could not ask for a better group of colleagues and environments for research and education. I have grown in many ways here and will always treasure the opportunities provided for me during my 10 years stay in NTU. I would appreciate if you could understand that my decision is not because I was looking for a better environment for science, but because of my personal reason. (ここに個人的理由の説明を挿入). I hope you can understand my resignation. I sincerely thank you and all the staff and professors in NTU for providing me a wonderful decade in NTU. I will also express my willingness to promote the collaboration in oceanographic research between Taiwan and Japan in the future.

If there is anything I can do to be of assistance during the transition, please let me know. Sincerely yours, 

名前、直筆サイン

これを退職届けのフォームと一緒に提出して事務手続きが開始されました。同時にいまMOSTに申請中のプロポーザルを辞退する連絡も入れました。幸い今もらっている研究費はちょうど7月末で切れるのでそれに関するややこしい手続きは(いまのところ)必要ありません。

久々の外国人扱い

まだいろいろ備品の整理とか、積み立てていた年金の払い戻し(これは出国前には申請できず[現職を退職しても台湾内で再就職し年金システムに留まる可能性を排除できないから]、出国後のみしかも10年以内にしか請求できない)とか、引っ越しの準備とか、いろいろあるわけですが、ひとつ想定外だったのが税金です。今回、台湾の外国人に対する所得税の制度に来台湾1年目と同様にひっかかり、今年の1月1日から12月31日までの台湾滞在日数が規定に満たない(見込み)のため、税率が18%に(いまはおおよそ5%)跳ね上がることでした。しかも1月以降低い税率ですでに振り込まれた給料(冬のボーナスも込みで)から遡って再計算されるので、結構なインパクトです。仕事量のエフォート下げたくなるくらいです。おそらくですが、年金の払い戻し分にもこの税率がかかるんでしょうね。現在、外国人専門職のビザ更新等の条件を好転させる法律ができたり審議中だったりするので近い将来変わるかもしれませんが、欲を言えば、単年度の滞在日数だけで計算するんじゃなくて勤続年数も考慮して税率を出して欲しいところです。この問題はいろいろな研究機関で外国人の教員や研究員の採用時に受け入れ側の頭を悩ませていることなので(余分な税率分を上乗せして給与を払うこともあるようです)、近いうちに解消されるといいですね。まあ、でも日本に比べれば税率は低いので私個人はネタにする以上の文句はありません。

気分が下がったり上がったり

さてさて、もうひとつ気分が下がる出来事がありまして、JSPSの帰国発展研究という枠の研究費の不採択通知です。これ、出す前から採択率の低いことはわかっていたので、まあ無理だろうとは思っていましたが、不採択になった時に自分がどんな気持ちになるかを全く想像できていませんでした。だもんで、実際不採択の字をウェブサイトで見つけた時、どんな気持ちになったかといえば、「この台湾での10年間の研究成果は全く取るに足らないものだ、との評価を受けたんだなあ、いやあ、この10年はなんだったんだろう」って感じです。もちろん申請書の評価はそういうことじゃないんですが、まあ、何日にか一回こんな気持ちが反芻されて2、3分の間、落ち込みます。それだけですが。

そんな嫌な気分になることがあっても、新天地での講義のシラバスを用意したり研究室紹介のパワポを作ったり、ルンルン気分でいる時間が長い今日この頃です。今学期は通常よりもたまたま授業数も少なく受講している学生も優秀なので自分の研究の時間がいつも以上にあり、やり残したことにある程度目処をつけたいと思っています。時間に余裕があるのは、職探しのための不毛な書類作りをしなくていいというのも大きいでしょう。代わりに研究費獲得のための申請書を何個も書くことになるのですが、これはむしろ好きなので問題ありません。低空飛行とはいえ10年の滞在の間にできた狭い人付き合いを最大限活用して日台間の共同研究のための研究費を是非とも獲得したいと思っています。リベンジです。

7月末に帰国しても、その数か月後の11月下旬には台日生態学ワークショップのために台湾にまた来る予定なので、深い感慨があるわけではありません。とはいってもやはり帰国が徐々に近づくにつれて、「この通りを歩くのは最後かもしれない」、「この祭日は今年で最後なんだな」、みたいな思いが心によぎる瞬間もあります。そもそも出歩くのも台湾の伝統的祭日にもあまり興味がないので実態を伴わない、感慨のための感慨なのですが、まあそんな感じです。台湾での食事の残りの回数も減っていくわけですから(そもそも人生での食事の残数も減っていきますが)、もう同じ店には2回と行かないでおこう、みたいな気分にもなるのですが、原来、探索するのがおっくうなので、週に二回とか同じ日本食のチェーン店(大安森林食堂)に行って、だし巻きと焼き魚食べてます。

不気味の谷?

台湾華語はまるっきりだめで恥ずかしい限りですが(現地の方にいま滞在何年目だ?って聞かれたら、いまだに三年って嘘つきます)、最近初めて、タクシーの運転手さんと会話のキャッチボールが何往復もできてうれしかったです。去ることが決まってからの方が勉強に身が入ってます。聞き取りも会話もてんでダメですが、2時間かければ300文字くらいの作文はどうにかできるようになりました(そもそも普通の作文なんて普段しないので構想を練るので1時間くらいかかりますが)。この前の宿題は、女友達と初めて海外旅行に行った女性が、旅行中にその相棒とそりが合わなかったことをぐだぐだ愚痴る、という手紙への返答を、女性という体で書く、という作文でした。知らんがな。

しかしやっぱり発音が下手なため、中心部からも観光地からも離れた辺鄙な場所では、外国人の話す中国語を一度も聞いたことのないような若い方にはまったく自分の言葉が通じません。今日なんて家のそばのカフェで、二十代初めの定員さんに「あったかいラテ、Mサイズ」が通じませんでした。市内中心部や観光地では、みなさんヘンテコな中国語を聞き慣れているのか、自分の中国語でも2回言えば大概通じます。自分の中国語が下手すぎることの怪我の功名というか教訓があるとすれば、外国人が話す現地語について、現地人は愛情をもって接しないといけないということでしょうか。日本に帰ったら、日本語を話してくれる日本語を母国語としないひとたちにもっと優しく接しようと思います。たぶん、このような感覚には日本在住の日本人は慣れていないですよね。英語コンプレックスがある国(日本とかドイツ)では、現地人は、片言の現地語で話しかけられた時よりも英語で話しかけられた時の方がびびってちゃんと対応するみたいなことがある気がします。同時に自分が学生の時の経験を思い出すと、当時、京都中心部で自転車に乗っていれば見るからに現地人に見えるのでよく外国人に呼び止められて道を聞かれましたが、ひとこと目から英語で話しかけられたら、あいさつくらい日本語で言えって思ってイラッとしてましたね。ここらへんはアンビバレントな感じで一概には言えませんね。あとは、たぶん少なくとも日本や台湾では、ほんとに片言のうちは現地人は褒めてくれますが、片言よりはしゃべれるがネイティブには聞こえないレベルに達すると邪険にされる可能性がでてくる感じでしょうか。こういう非線形な応答って面白いですよね。不気味の谷みたいな感じでしょうか。

自画自賛

さて、上の方で「この十年はなんだったんだろう」という気持ちに沈むこともちらっとあると書きましたが、それとは反対に台湾滞在中の成果を一つ一つ挙げていって自己肯定しようとする瞬間も何日かに一度定期的にやってきます。いまから数か月前、異動を控えた某教授の、現職地での研究教育成果について自画自賛するツイートを見るたび、私はモヤっとしていたのですが、想像力が全く足りていませんでした。まだ異動が差し迫っていないのでそういう直接的なツイートは自重していますがその気持ち、今ならよくわかります、ハイ。

というかもう自重できないので一つだけ自画自賛します!

多くの方のご支援とご指導により、台日ワークショップの成果を特集号としてEcological Researchに発行することができました。9編の論文中、7編について台湾の方がファーストまたはコレスポなので、この十年で双方向の対等な形での共同研究の足がかりができたと思って良いのではないでしょうか。また、琵琶湖賞受賞論文、データペーパ、メタンの総説(2017論文賞)と全体の総説論文の4編はオープンアクセスです。以下は、全体の紹介文です。今後私の関係ないところでますますネットワークが拡大していくこと間違い無しです。

Establishment of an ecological research network involving Taiwan and Japan: developing a better understanding of ecological phenomena unique to East Asia


乞うご期待

ほんとはこの先何もトラブルなく引き払いたいのは山々ですが、同時にまだ何か想定外のことが起こるんじゃないかとドキドキしています。それはそれでブログに書くネタができて楽しいので、どっちに転んでも文句はありません。

村上春樹

最後に何の脈絡もなく話題を急転換しますが、今日の夕方久しぶりの村上先生の小説を読んでいて、以下のような文章を見つけました。こういう全く意味のないたった2−30文字の連なりで読み手の気持ちを動かすのってすごいなっと感心しました。縮約してるんでしょうか。今日のブログを書こうと思ったのは確実にこれのせいです。


(机の上には)「もちろんワードプロセッサーがある。ひとつのキーが、ひとつの文字を示している。」

 

なんじゃそりゃ、、、将来もしもSF小説を書く機会があったら、巻頭の引用文みたいなところに使いたいです、、、だもんで、オリオンビール飲んで緯来日本台でドラマ(99.9%不可能的翻案)観て寝ます。

 

 

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