臺灣と瀬田で數理生態學と妄想

翹首望東天, 神馳奈良邊. 三笠山頂上, 想又皎月圓(阿倍仲麻呂). 明日できることは今日しない

腐海に手を出してはならぬ(2)

2010-07-28 05:56:11 | 研究
(これは研究の話です。そして自分の論文の宣伝です。)

陸上植物は環境形成作用を持つ代表的な生物群です。
とくに地上の世界では、数メートルから数十メートルにもなる3次元構造物を作り、地上に住むあらゆる生物の生育環境を形作っています。また、生きた葉の化学的物理的性質、あるいはその時間的な移り変わりは、植物の上で暮らす昆虫群集のダイナミクスを支配していると言ってもいいでしょう(plant-trait-centered view)。

さらには、植物は種ごとに、分解されやすさの異なる落ち葉をつくるため、土壌中でのものの流れの速さをコントロールし土壌環境を大きく変えることができると考えられています。しかし、土壌中で実際に分解過程を担っているのは微生物です。微生物は植物からの支配になす術もなく、ただ働かされているのでしょうか? 

そこで、微生物のこともちゃんと考えて、植物の環境形成作用についてもう一回妄想し直そうという気持ちになりました。

すると「あんたたち地上の住人が私たちの地下世界を好き勝手にしようと思っても、そうはいかないんだから!」という微生物の声が聞こえました(ウソです)。実際、そのような妄想は文献を読み返せば昔からあったわけなのですが、モデリングしてみると、少なくともモデリングの世界では、この妄想は正しいようです。それぞれの植物が自分たちが他種に勝つために土壌での分解速度を都合良くコントロールしようとしても、分解を担う微生物のうち主役となる種が植物の働きかけに応じて選手交代していきます。この選手交代には、植物からのコントロールを弱める作用(緩衝作用)があるようです。つまり、植物が分解過程を加速しようとしても、実際にそんなに加速されることはないし、逆に分解過程を減速させようとしても、そんなに減速されないのです。これにより土壌環境は安定化され、その安定さが植物の世界に跳ね返って(Plant-Microbe-Soil Feedback)、他の植物種を排除しようとする力を弱め、植物同士の共存を促進することになるようです。

地上世界も地下世界も支配したい植物から見れば、ばい菌野郎、余計なことするなよ、けっ、とになりそうですが、実はそうでもないかもしれません。変な言い方ですが、植物が土壌を変えようとする力は、植物だけがコントロールできるわけではありません。たとえば、昆虫との相互作用や土壌の化学的性質の変化・気候の変化などの影響を受けて、植物の落ち葉の特性は意図せずに変わってしまうことがあるからです。落ち葉の分解を担う微生物が多様であるおかげで、そのような意図しない植物特性の変化が土壌環境に波及し、植物に悪い形で跳ね返ってくるようなフィードバックは、抑えられるかもしれません。それなら植物もハッピーかもしれませんね。

ここで大きな疑問が残ります。古典的問題が未解決と言ってもいいかもしれません。微生物の環境に応じた選手交代を保証する、種のプール(ソース)としての微生物多様性は、誰が保証しているのでしょうか? ナウシカの世界では蟲ががんばってくれますが、この世界では誰が、何が、守ってくれるのでしょう。微生物の集団は、これからも変わらず「万能機能」を提供してくれるのでしょうか? 答えはすぐには見つかりそうにないので、またしばらく棚上げにします。

植物群集の中で優占する植物種の形質、あるいは、群集で平均したときの形質は、他の生物群の種組成や食物網構造、そしてその場所でのローカルな生物地球化学過程を部分的に支配する(それらの違いが植物の形質の違いで説明できる)、非常に重要な鍵であることは間違いありません。これは陸上生態系でも海洋生態系でも同様です。しかしこのような植物の支配が、生態系の他の構成要素のどこまでどのように伝播しているかは、植物と相互作用する他の生物群の性質が大きく規定しているのかもしれません。

より一般に、植物に限らず、ある生物群が環境に与える影響の大きさが、他の生物群が持つ多様性のおかげでが小さくなるという緩衝作用は、もっといろいろな生物群とシステムで起きているのではないかと思います。

生物と環境との間の相互作用に注目した数理モデルの多くでは、positive feedbackというものが働いて、系に一種の不安定性がもたらされます。ここでの不安定性とは、外的な環境変動が連続的に徐々に生じても、positive feedbackのせいで、系の状態が不連続に変化してしまうという意味です(レジームシフト、ヒステリシス、履歴効果)。この手の話が好きな人がなぜか多いのですが、モデルの構成要素が少ないせいで単に生物と環境のつながりが強く想定され、positive feedbackの起きやすさが実際よりも過大評価されているのではないか、と私は思います。私のモデルは、既存のモデルをちょっとだけ複雑にしただけですが、微生物多様性の持つ緩衝作用により、植物と土壌の間のpositive feedbackはnegative feedbackへと切り替わり、レジームシフトが抑制されるとの予測が出ました。

このことからも、レジームシフトの理論的研究で重要なことは、こんな系でもあんな系でもレジームシフトが生じます、というような脅迫的なメッセージを出すことではなく、positive feedbackとnegative feedbackの切り替えを司るコアとなるような、環境要因なり、生物間相互作用の特徴なり、食物網の構造なり、を見つけ出すことではないかと思います。それが可能であれば、そのコアとなるもの(なんだかわかりませんが)の状態を生態系間で比較したり、ひとつの場所で、定期モニタリングしたりすることにより、生態系の脆弱性診断、みたいなものに少しは寄与できるかもしれません。


さて、最後に宣伝です。
8年越しの研究は、以下のような3本の論文にまとめられています。ちなみに、風の谷のナウシカの映画公開は1984年、漫画原作が完結したのは、1994年だそうです。

Takeshi Miki & Michio Kondoh (2002) Feedbacks between nutrient cycling and vegetation predict plant species coexistence and invasion. Ecology Letters 5:624-633

Masayuki Ushio, Takeshi Miki, Kanehiro Kitayama (2009) Phenolic control of plant nitrogen acquisition through the inhibition of soil microbial decomposition processes: a plant-microbe competition model. Microbes and Environments 24: 180-187

Takeshi Miki, Masayuki Ushio, Shin Fukui, Michio Kondoh (2010) Functional diversity of microbial decomposers facilitates plant coexistence in a plant-microbe-soil feedback model. Proceedings of the National Academy of Sciences, USA Early Online


緩衝作用つながり(植物の多様性が持つ緩衝作用?)で、以下の論文もおもしろいかもしれません。

Bonnie M. McGill, Ariana E. Sutton-Grier, Justin P. Wright (2010) Plant Trait Diversity Buffers Variability in Denitrification Potential over Changes in Season and Soil Conditions. PLoS ONE
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6 コメント

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Unknown (Uし)
2010-07-29 16:25:49
僕もこの2件の話のファンです。微生物の声がちょっとツンデレ風なのがかなりウケました。

そして僕の宣伝にもなっててありがとうございます。
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Unknown (こば)
2010-07-29 21:10:35
おもろいですな。論文たちを読み通すまでにはちょっと時間がかかりそうですが、ふと、たとえば菌根と共生すると言うことは、土壌微生物の万能機能からあえて脱却して、限られた種類の、共生をむすんだ微生物との関係をより強固にしたということで、さらに次の段階の戦略なのかしら、とぼんやり考えています。万能機能への依存vs共生関係への依存のコスト計算みたいなものに、そしてそれが進化か遷移かにつながっていけばいいですね、なんて、的はずれかもしれませんがぼんやりと思っています。
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Unknown (みき)
2010-07-29 22:50:41
アニメ&SFが私の研究のアイデアの源泉です。

free-livingの微生物との関係を断ち切って、根圏に共生による強い関係を結ぶというのは, 植物がpositive feedbackを生じさせるための有力な戦略ですね。しかし実際には、植物ー相利共生微生物ー寄生微生物の三角関係となり、泥沼です。いままでの数少ない実証研究では、寄生者の効果が強く出て、positive feedbackよりもnegative feedbackが検出されることが多いです。

しかし私に取っては、やはりfree-livingな微生物との緩い相互作用の研究の方がやっかいなだけに面白いと思います。

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Unknown (こば)
2010-07-30 02:45:53
なるほど。僕にとっては、菌根との共生というわかりやすいスキームに対して、この論文の緩い相互作用のスキームが見えにくいだけにとても面白いと感じました。何もないと思われていた、例えば背景のようなものが、実は大変重要な意味を持っていた、という感じで。
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あー (MK)
2010-08-02 16:13:23
あー、そういうことでしたか。なんかすっきりしました。それに面白かったです。ポジがネガにかわる鍵因子を見つけるのが重要というのも目から鱗でした。
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へー (みき)
2010-08-03 23:01:58
すっきりしてもらえてよかったです。
なにかより一般的なこと、考えて下さい。
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