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教務日記

山の小学校の教務主任です。学校の様子をお知らせします。

18年6月2日(金) 発達障害児研修(蒲郡市民会館)

2006年06月02日 | 研修・講演・各種団体・へき地教育
最近、LD、ADHD、高機能自閉症、アスペルガ-症候群という発達障害のことが話題になっていますね。
 
LD (学習障害)  主に学習面の障害
ADHD (注意欠陥・多動性障害)  主に行動面の障害
高機能自閉症  主に社会性・コミュニケーション・想像力の障害
アスペルガー症候群  高機能自閉症のうち、特に知能の高い場合

従来の特殊教育を特別支援教育として、こうした軽度発達障害に対する支援の流れができつつあります。 

こうした中で今日、発達障害児研修会に参加しました。軽度発達障害の子どもたちに具体的にどのような支援を行うかという研修でした。
(愛知県教育委員会主催・発達障害児研修会)

◆小中学校において、特別支援教育はどう変わるのか
これまでの特殊教育は、
   ①特殊学級…特殊学級に籍を置いて。
   ②通級指導…軽度の障害(情緒障害、言語障害、聴覚障害)の児童生徒は、通常の学級に在籍し、通級によって。
   ③盲・聾・養護学校に入学して。
  の3つ形で行われていました。
これを、今後、LD、ADHD、高機能自閉症の児童生徒も対象にしていこうというものです。対策としては、
   ①通常の学級と特殊学級との交流促進
   ②特殊学級担任の活用による通常学級在籍のLD、ADHDの児童への支援
   ③通級指導の拡大によるLD、ADHDの児童への支援
   ④盲・聾・養の教員による巡回指導
 などがありました。
◆大切にしたい考え方
・脳の障害は、叱責・注意では治らない。
・彼らは「困らせる子どもたち」なのではなく、「困っている子どもたち」
・軽度発達障害の最も有害な点は「自尊心を失うこと」
・診断は「生きにくさ」を抱えた子どもに「生きやすく」なってもらうためにある

◆具体的な方策
・頭ごなしにおこらない。行動の意味や原因をさぐる。まず理由を聞く。
・言葉だけの指示は残らない。眼で見えるカード、掲示の工夫。
・達成可能な目標を立てる。「3行かけたらいいよ」
・自分の気持ちをコントロールする訓練をする。 
・予定、見通しをあきらかにする。
◆「成功体験を持たせてほしい」
こうした子にとって「失敗は成功のもと」とはならない。失敗の体験はトラウマになる。周囲の反応に敏感な子も多い。ほめられるとやろうとう意欲につながる。こういうことをしたらほめられるというパターンを理解させることが、指導の一歩。よい循環をつくり出す。
また、力でねじ伏せる指導でなく、その子を理解する立場にたってというお話がありました。
パニックに陥った子どもに対して、教師が優しい態度で接することによって、学級の雰囲気がその子に対して優しくなる。力でその子をねじ伏せる指導は、学級のその子に対する態度を冷たいものにする。パニックに陥った子どもは、そうした周りの子の反応を感じてさらにエスカレートする。

今回のお話のベースは、
教師が、変わることで、「困っている子ども」を手助けすることができる。
どういう支援をすればいいか、目の前の子どもとともに生活しながら実践していく。
ということにあった感じました。
これは、特別支援にかかわらず、われわれ教師が常に心がけることと感じました。

<おまけ>
 会場で、ブログで時々お話する"ガク爺様"にお会いしました。お元気そうでした。
 


<関連サイト>

▼愛知県教育総合センター・特別な教育的ニーズにある子どもの教育に関するコンテンツ
http://www.aichi-c.ed.jp/contents/shien/index.htm 

1月8日(日) 自主研修

2006年01月08日 | 研修・講演・各種団体・へき地教育
1月7日(土)、8日(日)と三重県で行われた研究集会に参加しました。
内容について、ホームページにまとめてみました。
▼初志の会・東海集会in鳥羽(三重大会)

分科会では、授業記録を元に、授業の中の子どもたちの考えや気持ちを想像したり、授業をした先生の言葉がけや、動きについて考えました。とてもたくさんの先生方と言葉を交わし、いっぱいやる気をもらいました。
今回、学んだことは、きっとみんなとの授業に生かすからね

11月11日(金)附属養護学校研究発表会

2005年11月13日 | 研修・講演・各種団体・へき地教育
岡崎にある愛教大附属養護学校の研究発表会に参加しました。
▼愛知教育大学附属養護学校ホームページ

知的障害を持つ小学1年生から高校3年生までの子が学んでいます。

◆研究について
 この学校では、自ら動き出す子どもには自ら伸びよう手する力があると考え、子どもたちが「生活を広げる子」を研究主題に今、子どもたちが伸びようする芽をとらえて、今できている状況を学習活動に持ち込むことによって、子どもたちが自ら学びを獲得していくことに重点が置かれていました。

◆授業づくり
 子どもたちが楽しく活動する工夫が随処に見られました。小学部の国語「おはなしのくに」の授業では、教室がまるで絵本の世界のようでした。(写真参照)文字カードにかかれた食べ物を運んだり、動物の名前を言ったりしていました。また、中学部の体育では、運動場に手製のアスレチックが作られていました。キャスター付きで、分解・組み立て式でした。どの授業からも子どもたちのためにという先生方の思いが伝わってきました。子どもを伸ばすために教師が知恵を絞り、汗をかくことの大切さを改めて学ばせていただきました。

◆研究協議
 小学部の協議会に参加しました。
 小中の特殊学級担任の先生、養護学校の先生をはじめ、幼稚園の先生も参加してみえ、熱心に質問してみえました。
 参観者から普段の授業と研究会の授業との関連について質問がありました。
私は、普段の授業は子どもたちの伸びる芽をとらえる授業、そして、こうしたダイナミックな授業は、子どもたちに自ら生活を広げる力をつけていく授業でないか、ととらえました。ややもすると、授業のはでさに目を奪われがちですが、子どもをとらえる、授業を構想するところに歩の学校の特徴があると感じました。巨大なセットや、教師の衣装などややパフォーマンスの部分がありますが、楽しい授業の構想力を高めるという
 助言の鈴木雅弥先生(粟代小校長)から、「学ぶことは変わること、変わることは得意ワザ」という言葉がありました。子どもに手ごたえを感じさせることの大切を示唆していただきました。

学校を離れて終日、研修をしました。
子どもたちに、今日学んだことを返したいと思います。



 

11月7日(月) 北海道教育大学へき地教育研究センター

2005年11月08日 | 研修・講演・各種団体・へき地教育

「へき地教師のうた」のルーツが北海道にあることを、ホームページで知りました。

 ▼教務日記 へきち教師のうたのルーツ 11月2日(水)

▼「へき地教師の歌-太陽になろう-」(北海道へき地・複式教育研究連盟)

そのホームページを作ってみえるのは北海道教育大学へき地教育センターでした。

▼北海道教育大学へき地教育研究センター

このホームページは、へき地教育に関する情報が実に豊富でした。私たちにも大いに参考にさせていだきたいと思います。

ここに「へき地教師のうた」の感想をメールでお知らせしたところ、

所長様より次のような、返信をいただきました。

拝復 私どものHPを見て下さったとのこと、ありがとうございます。  「太陽となろう」は、へき地校に関わるほどに、味わいの深まる歌だと思っています。先生のように複式教育で育ち、地元で教育実践に携わっていらっしゃる方には、ひとしおかと拝察します。  ところで、勤務校が足助町とのこと、かつて稲武町の古橋家古文書調査に関係した私にとっては、懐かしい思いです。毎年夏に、バスで足助を通過していました。後年、中馬街道の宿場として復元整備されてからは、北海道の友人とともにお訪ねしたこともあります。  「教務日記」を拝見し、これからも御地のへき地・複式教育の実践に接していきたいと思っています。どうぞよろしくご教示ください。  

大変丁寧な所長様からのメールに、恐縮しました。古文書の調査をしてみえるのですね。

北海道から毎年、足助を通ってバスで稲武へ行かれたとのこと、驚きました。

こちらこそ、よろしくお願いいたします。

私は、北海道教育大学の寮に宿泊させていただたことが一度あります。

大学4年の夏、旭川から大雪山に登山しました。その時、ふっと立ち寄った北海道教育大学旭川校の寮です。

全くの他人の私に「泊まっていきなよ」と声をかけてくれた人がいたのです。北海道の方の優しさ、ふところの深さを感じました。

懐かしい思い出です。

今日、学校で「福祉実践教室」がありました。こちらは、後日改めてアップします。大変よい機会となりました。

明日は、4年生の子と公共施設見学に終日出かけます。

今日は、夜も遅いのでこのへんで。

明日も元気に学校へ。

 

 

 

 

   


11月2日(木) 「へき地教師のうた」のルーツ

2005年11月03日 | 研修・講演・各種団体・へき地教育
昨日、このブログで「へき地教師のうた-太陽となって-」のことを紹介したところ、
Keyさんが、この歌のルーツを紹介したホームページを教えてくださいました。

▼「へき地教師のうた-太陽となって-」

昭和46年北海道でこの歌が生まれたこと、初めて知りました。
今まで、私のふるさと、そして今勤務している学校の子どもたちと風景を思い浮かべて歌っていましたが、
これからは、北海道のことも頭に浮かんできそうです。

また、改めて、インターネットの威力を実感しました。
まだまだ、情報収集、活用をしていないことを実感しました。

いつもKeyさんに教えていただいています。
ありがとうございます。

教員の中でも知らない方はいらっしゃるのでは。
明日、学校へ行ったら、職員室でみんなに言おうっと。


11月2日(木) 東海北陸へき地発表会 冷田小学校

2005年11月02日 | 研修・講演・各種団体・へき地教育
東海北陸へき地研究会大会の分散会3校の1校として、お隣りの冷田小学校が研究発表を行いました。

◆豊田市立冷田小学校

冷田小学校は、2年間にわたり生活科・総合的な学習を核にして、小規模校のよさを前面に出した研究に取組みました。

竹(3年)、風(4年)をテーマに一年間様々な活動に取り組んだ実践は、教材のユニークさを感じました。6年社会科は、戦後の高度経済成長期の農山村の光と影をテーマにした授業でした。地域の変貌とそこに生きる人々の願いに着目したところにセンスのよさを感じました。
全体発表の場では、1年(たんけん)、5年(米づくり)の実践が報告されました。子どもの思いを生かしながら、問題解決に取り組む子どもたちの様子が伝わってきました。活動後の子どもの日記を分析し、思いをとらえて次の活動につなげる教師の営みに実践の手堅さを感じました。
また、プレゼンテーションが大変に見やすく、分かりやすかったです。

学区の岩についてまとめた、児童発表もはっきりとした声でできていました.おもしろかったです。

そして、先生方が研究に熱心に取り組んだということが伝わってくる研究でした。
要項の指導案には、単元の各段階の評価基準が示され、本時の指導と座席表が見開き2ページでまとめられていました。そして、座席表には、本時の評価を記入する覧が設けてありました。「活用できる座席表」という点で、参考になりました。

「総合的な学習のベーシックな部分をしっかりおさえている」と愛知教育大学・野田先生からお褒めの言葉があったそうです。

また、冷田小は、新校舎移転と研究発表という2つの大きなことを同時に実施しました。
同じ職場に努めるものとして、本当によくやられた、という気持ちが心からしました。

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11月1日(火)東海北陸へき地教育研究大会 ③ 研究会の帰りに

2005年11月01日 | 研修・講演・各種団体・へき地教育
研究会が午後5時頃終了しました。
その足で、会場近くの高校にソフトテニス部を訪れました。

実は、中学校で部活の顧問をしていた頃、この高校のK先生にお世話になったのです。

K先生は、自分で部活のためにマイクロバスを買い、免許を取ってみえる先生です。
半端ではありません。

私の勤務していた中学校とこの高校は同じ県内ですが、随分離れています。
しかし、私の教え子がテニスをやりにその高校に入学しました。すると、F先生はその子を自家用車で生徒の家まで送ってくださったことが何度もあったそうです。面倒みのよい先生です。

夕方、5時半頃、テニスコートに行くと、そこにK先生はちゃんとみえました。
コートで練習にはげむ生徒たちを鋭い眼差しで見つめてみえました。
O先生もみえました。

自分は、勤務が代わって、部活の顧問を辞めてもう8年になります。
しかし、そこには、あの頃のままの先生の姿がありました。

ずっとお会いしていなかったのに、すぐに会話が弾みました。
とても懐かしく、お話をさせていただきました。

11月1日(火)東海北陸へき地研究大会・全体会 ② へき地教師の歌

2005年11月01日 | 研修・講演・各種団体・へき地教育
みなさんは、「へき地教師の歌」をご存知ですか。

歌詩の意味は、

山間、海辺の豊かな自然に恵まれた小さな学校で、子どもたちが力いっぱい伸びている。
そこで、教師(とも)よ、太陽となって、子どもたちと未来を作ろう

というような意味です。
(歌詩そのものをお知らせしたいところですが、ホームページに載せるには、著作権があるとききました。)

私が、この歌を初めて聴いたのは、もう10年以上前のことです
そのとき、ぐっと胸にくるきました。

私自身、小学校6年間を複式で育ちました。
そして、地元で教員となり、基本的にはずっとへき地に勤務ています。

現在では、都会とへき地を分けて考える必要がないほどでずが、
中学校に勤務していたとき、
この子らが、大きな学校の子どもたちと負けないように、
自信を持った子になってほしい、
と思いました。
部活にも力を入れました。


今日、久しぶりに歌い、子どもたちとの日々の学校生活を思い起こしました。

歌詩を載せられないのが残念です。
今、手元のパンフに歌詩があります。もしもいいのなら、ネットで紹介したいくらいです。

11月1日(火)東海北陸へき地教育研究大会・全体会 ①  

2005年11月01日 | 研修・講演・各種団体・へき地教育
今日は、出張しました。
設楽町・田口にある奥三河総合センターで東海北陸へき地教育研究大会・全体会が開催されました。

その記念講演で、東栄町教育長・佐々木経人(ささき・つねと)先生の講演が心に残りました。先生は地域の方と小学校の子どもたちと地域文化伝承教室を開いてみえるそうです。今日は、花祭りの横笛と、踊り、そして鬼の踊りの披露がありました。

この、伝承教室は、五平餅づくり、わらぞうり、そば、習字などもやっているとのことでした。

子どもたちが地域の行事に出て、地域の人に認めてもらう。
活動を通して、地域の方に連帯感が生まれる。一人一人の存在感がでてくる。お嫁に来た若いお母さん方が、地域に溶け込むようになる、などのお話がありました。

地域の子どもを地域で育てたいという、講師の方の熱い思いが伝わってきました。
学校もこうした活動を取り込み、地域の方との連携を深め、生かしていくことの大切さを改めて感じました。

本校では、鈴木正三にかわる活動、図書館活動を行っています。子どもたちが「地域の一員」と感じることを大切にしてこれからも進めていきたいと思いました。

今日のことは、次のブログでも話題になっています。
▼東海北陸へき地教育研究大会全体会(ガク爺)

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8月8日(月) 市社会科自主研修参加

2005年08月08日 | 研修・講演・各種団体・へき地教育
 今日は、豊田市社会科自主研修に参加しました。
今年から豊田市の仲間入りをして、社会科の教員として少しでも豊田市のことを知りたいと思い参加しました。
見学したのは、
 ① 古鼡水辺公園(豊田市平井町)
    自然石を利用して護岸の侵食を防ぐ「水制工」に感激しました。昔ながらの工法に環境を守る秘訣があることを知りました。

 ② 百々貯木場(豊田市扶桑町)
    大正時代に作られた材木の貯木場。矢作川沿いの石積みの遺跡。ここまできた材木を大きさごとに集め直して、再度いかだにして、運んだそうです。今井家個人が作った貯木場と聞いて驚きました。また、いかだがどうやって川を遡るのか、質問しました。すると、「帆をつけたいかだで昇りました。それでもダメなときは、人間が河に入って引っぱったのですよ。」と教えていただきました。今よりも随分河は深かったようですが、それでも驚きました。また、昭和5年、水運が越戸ダムの建設によって陸上交通に変化していくことを伺いました。矢作川を軸にして、産業史の学習をやってみたくなりました。

 ③ 越戸ダム(豊田市越戸町)
    ガイドは、中部電力矢作川電力センターの方でした。越戸のダムの上を歩きました。気持ちよかったです。昭和5年に既にできたそうです。その頃作った人に深い興味を覚えました。

 ④ 豊田市ITS情報センター(豊田市若宮町)
    豊田市都市整備部交通政策課の方がガイドしてくださいました。
   インターネットなどの最新技術を活用して道路情報や公共交通情報を提供してくれる所でした。こんな便利な施設があること、知りませんでした。もっと広報する必要があると感じました。電気自動車実験「デポ」も見てきました。残念ながらこの実験は、今年で終わりだそうです。まだまだ電気自動車は一般で利用されるまでには時間がかかりそうでした。

 ⑤ 明治用水頭首工(豊田市水源町)
    矢作川の明治用水の水源。明治時代から現代までの3つの取り口を見ました。
 ⑥ 矢作川橋(東海環状自動車道の矢作川にかかる橋)
    この橋を設計した日本道路公団の上東さんが直接ガイドをしてくださいました。
    塔の高さ109.6mはも何と日本第2位。(ちなみに、1位は、本州四国連絡橋の多々羅大橋!)矢作川はアユの生息地。川の真ん中に橋桁を立てないために、この形にしたという話には、ちょっと感激しました。

 ⑦ リニモについて
    移動するバスの中で愛知高速交通製作のビデオを見る。計画から実際に完成するまでりのドキュメントだった。僕たちからすると「夢の乗り物」。しかし、製作する人は、真剣に取り組み、現実化に向けて着々と進めていく。万博にあわせたおもちゃのように考えていたるでも、完全に運行目的で作られていることを知った。遊びじゃない、という感じがしてきた。

一日で本当にたくさんのことを学びました。
①授業としては、矢作川の歴史を軸として、この地域の産業史が授業にできる。

②「新制豊田市」は豊田市のことを取り上げたカリキュラムを作成する必要がある。
   小学3年生「私たちの市」の授業

③山とまちのくらしの授業を豊田市内の都市部の学校と山間地の学校とが交流する形で実施する。互いに発信し教えあったり、自己の地域のよさを改めて実感する場になるに違いない。

④ 豊田市の社会の先生方を何人も知ることができた。大変親切に教えていただいた。

一日、ありがとうございました。






5月20日(金) 幼い頃の出会い 講演から

2005年05月20日 | 研修・講演・各種団体・へき地教育
今日、県へき地教育研究会総会が足助・飯盛座でありました。

講演で、名古屋大学年代測定センター所長・鈴木先生の講演がありました。
鈴木先生は、足助・大蔵の出身だそうです。

心に残ったのは、小学生の頃担任の先生が「この花の名前を図鑑で探そう」
と言われ、必死で探したことが理科への興味、ひいて、現在の道を歩むきっかけになった、というお話です。キンリュウソウという花だったそうです。

人との出会い、子どもを育てるという意味を考えました。


5月10日(火) 20年表彰

2005年05月10日 | 研修・講演・各種団体・へき地教育
5月10日
 市教育研究会総会・講演会がありました。

 教職20年表彰を受けました。もう20年か。
 その日、その時のことで精一杯、気がつくともう20年という感じです。
 ふり返れば「あっという間」、しかしその間には様々なことがありました。

 20年表彰者は、80名弱でした。
 大学時代の懐かしい顔に出会いました。 
  
 吉田教育長から
  「新市になったからとって、教育の秘策があるわけではない。
   一人一人がプロの教師になることを目指して、
   それぞれの立場で、創意と工夫をもって、努力しよう。
   子どもが、『あの先生に会えてよかった』と言ってくれる教師になる努力をしよう」
 と講話がありました。決して飾らず、淡々とした口調で話されましたが、その内容は熱く、21年目を迎える胸にびんびんと響いてきました。