教務日記

山の小学校の教務主任です。学校の様子をお知らせします。

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18年8月30日(水) 足助にて社会科副読本編集委員会

2006年08月31日 | 研修・講演・各種団体・へき地教育
今日は、市の3,4年生が使う社会科副読本の編集委員会を足助交流館で開催しました。
遠路、足助まで足を運んでいただいた編集委員のみなさん、ありがとうございました。

交流館の光梅の間の大きな窓から足助川の清流を眺めて「きれい」の声!
昼食は、近くの桃屋さんで。サービスランチの品数の多さと豪華さに「すごい」の声!
また、町のあちこちに「たんころりん」のポスターが貼ってあったので、歩きながら先生方に紹介しました。
編集委員の中には、小学校4年から中1まで足助で過ごされたO先生や、足助に親戚がみえるI先生など、足助にゆかりのある先生が何人もみえました。

遠路はるばる足助まできていただき、足助を実感していただき、私も嬉しかったです。
足助マップと、鈴木正三史跡公園のパンフレットをお土産に配布させていただきました。

会議は、9時30分から開始して、午後4時30分まて続きました。
なごやかな、雰囲気の中でにも、鋭く厳しい指摘のある原稿審議でした。
町村合併によって、新しく仲間になった先生方と充実した時間を過ごすことができました。

副読本は、来年の4月に配布予定です。
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18年8月29日(火) 都市と山村の交流事業を教科に位置づけて-豊田市教研・小社提案より-

2006年08月30日 | 研修・講演・各種団体・へき地教育
今日は、豊田市教育研究大会でした。
各教科、領域ごとの分科会に別れて、発表校が提案を行います。
市内の全小中学校の職員が、日直以外が参加しました。

私が参加した小学校社会科部会で、足助地区のA校より素敵な実践報告がありました。

古い町並みや昔ながらの暮らしが残るA校の3年生が、市内都市部のT校との交流を通して、両地域の違いや特色に気づき、地域への愛着を深めた実践でした。

A校の3年生は、相手校での交流会で足助を紹介するために、町探検とマップ作りを行いました。また一ヶ月後自校での交流会では、T校の子どもたちを連れて足助の町を案内しました。こうした活動により、T校の子から「足助は町の真ん中に川にきれいな川が流れているね。」「古いものがたくさん残っていていいね」と、声をかけてもらいました。こうした体験を通してわが町のよさに気づき、そして愛着を深めていったたそうです。(写真は、足助の町)
           

とかく子どもたちは「古いもの」と「新しいもの」なら「新しいもの」、
「都市」と「山村」なら「都市」を志向しがちです。
今回の実践は、そんな子どもたちの価値観を変える力を持っていました。ちょっと、視点を変えて見れば、異文化交流によって自らの価値観を更新した実践ともいえます。

以上の点が、子どもの作成したマップの変容、子どもの意識の変容を通して丁寧に報告されました。
また、この実践は方法論として、「伝え合う場」の設定と、体験の繰り返し(継続)が大変有効であることを我々に明らかにしてくれました。

今、豊田市は、町村合併を機に「都市と山村の交流事業」を推進しています。
市内の都市部と旧町村の学校間で交流を行うものです。
今回の足助地区A校の提案は、この交流事業を教科学習に位置づけた一つのモデルとなると感じました。
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18年8月20日(日) PTA足助中学区スポーツ大会、3校交流会

2006年08月20日 | 保護者・PTA・地域・ゆめ推進
今日は、午前中、PTA足助中学区スポーツ大会、午後は熊本県本町小、豊田市矢並小、本校の3校交流会でした。

PTAスポーツ大会は、幼稚園と10小学校、1中学校に各PTAからレクバレー、ソフトボールのチームを出して戦うものです。

本校は、バレーボール2チーム、ソフトボール1チームを出しました。
天気もよく、暑い一日でした。

そして、午後から3校交流会を実施しました。
午後の会に参加する職員は、学校へとんぼ返りしました。
PTAの大会の途中で抜けるということで、大変ご迷惑をおかけしました。

午後1時少し過ぎに、本町小、矢並小の子たちが観光バスで到着しました。
集会所の入り口に本校の子どもたちが立ってお迎えをしました。

いよいよ会の開始です。

正三クイズを本校の子どもたちが出しました。

「正三と弟の重成はいくつ年が違うでしょう。」などの問題がでると、
本町小、矢並小の子は、手にしたパンフレットですぐに調べてくれたりと、盛り上がりました。

(ちょっとハイレベルの問題もありましたね。)夏休み中準備を進めてくれた5,6年生のみなんさありがとうございました。

そけれから、仲間つくりのゲームをいくつか行いました。この頃にはすっかり打ち解けていましたね。

それから、心月院まで歩き、柴田さんから、正三と心月院のつながり、正三出家にまつわるお話をおききしました。心月院の正三像を子どもたちはマ近いで見てたくさん写真を撮っていきましたね。


次に、正三史跡公園に移動しました。
ここで柴田さんが、この銅像が正三が重成の求めに応じて、九州・天草の地に着いた場面であり、兄弟の絆を描いていると説明してくださいました。
また、この銅像の裏には、天草市の木、豊田市の木、そして旧足助町の木の三本が植樹されている話をされました。これから私たちも本町小や矢並小のみなさんと絆を深めていきたいと思いました。


あっという間に約2時間半が過ぎました。別れの時がきました。


本町小の子たちは、矢並小の家庭にホームステイすることになっていました。
お忙しい日程の中で、本校を見学コースに入れていただき本当にありがとうございました。

今回、3校交流会を開催するにあたり本校の地域の方が子どもたちにためにと、いろんな準備をしてくださいました。ありがとうございました。きっと子どもたちの心にどいていると思っていますた。

昨日作成したしおり、本町小、矢並小の子が大変喜んでくれました。ありがとう。


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18年8月18日(金) 明日の三校交流会は、延期です

2006年08月19日 | 鈴木正三
明日19日に予定されていた、本校と熊本県・本町小、豊田市矢並小との交流会は、20日に延期になりました。
台風10号の影響で本町小の人たちが愛知県に来ることができないためです。
延期により、PTAの地区スポーツ大会と重なってしまいます。
交流会は午後からですので、途中でスポーツ大会からご無礼することもあると思います。PTAのみなさん、申し訳ありません。

今日は、3校交流会のお土産用のしおりを作りました。
正三の教えを『驢鞍橋(ろあんきょう)』の中から選んだものです。
職員が協力して、わいわい言いながら作りました。
「真心こめて力いっぱい」
「平常心 これ道」
作っている私たちは、「なかなかいいでき。」「売れるよ、これ!」と盛り上がっていました。(本当にいい出来栄えだったですよ。)

喜んでもらえるといいな。



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18年8月16日(水) 昨日は終戦記念日-祖父の従軍記から-

2006年08月16日 | 個人・読書・教育一般
昨日は終戦記念日でした。
昨年8月93才で他界した祖父は、昭和16年7月出征し、昭和22年までシベリア抑留を体験しました。
祖父が他界してから『従軍記』が出てきました。

今日は、そのお話をします。

昭和16年7月、30才の祖父は召集令状がきて従軍。大東亜戦争の始まる5ヶ月前でした。私の父が昭和11年生まれ。二人の叔父は、昭和12年と15年生まれです。出征したとき、子どもはそれぞれ5才、4才、1才です。幼い子どもを残して出征するとき、どんな気持ちだっただろうと思いました。
また、夫がいない中で、3人の子どもを育てた祖母の生活、父親を知らず成長していった父たち3人兄弟の生活はどうだっただろうと想像しました。

『従軍記』は続きます。

親戚や部落の人の見送りを受けて出征し、岡崎から汽車で静岡・三島へ行ったこととともに、所属した連隊名、隊長の名前が綴られていました。連隊名や隊長名がしっかり書かれていたことに「軍隊の重さ」を感じました。

二等兵、一等兵に進級したとありました。

祖父は朝鮮経由で満州へ渡ったようです。朝鮮人宅に泊まったこと、さらに汽車で白頭山、老黒山に進んだことが記してありました。

昭和16年12月「大東亜戦争勃発を知る」とありました。

祖父の記録には、戦争で直接戦ったとはありませんでした。「兵器運搬」「焼科廠、自動車廠の作業」「大原山の道路作業」などの文字が並びます。

昭和17年の欄には「十月一日附にて上等兵に進級す。」「満人千(?)名余り入りその監視に当たる。」とありました。そして「満人を監視す」「坑道を掘らせる」などの文は、身がひきしまりました。
昭和18年には「一月東寧の道路耐寒演習参加す」「七月関東軍後方演習に参加す」などと記されていました。
昭和19年には、衛生兵として勤務したとありました。
昭和20年には「ムーリン」の地名とともに「第四坑道長として兵四名と満人十人位使用して掘る」とあります。
そして、敗戦については「その頃より国の状態悪く、遂に八月十六日、無条件降伏となった。」と淡々と記してありました。

また、シベリアでの抑留生活は、多くは記されていませんが、
「ノルマ食」「いやなところだった」「えらかった」
という短い言葉が、かえって強烈でした。

昭和21年末より帰還者が出始め、祖父は、22年収容所からナホトカへ、そして「大安丸」とい船で12月1日函館、連絡船で8日青森、汽車で9日上野、10日岡崎、そして12月11日「帰家す。」で終わっていました。

祖父が自宅へ帰ったのは、昭和22年の12月でした。出征から6年、敗戦から2年2ヶ月以上も後です。

一番下の叔父は、帰ってきた祖父を見て「この人だれ?」と思ったそうです。わずか1才の時に出征した父親を、父親とはわからなかったと話てくれました。

文章を読みながら日付、場所などこれだけ細かな文章がかけることに驚きました。
きっと、毎日記録を残していたのでしょう。

なぜソ連は、戦後、日本人を抑留したのでしょう?
①対日交渉を有利に進めるため、②東西冷戦下、日本の動きをけん制するため。
いろいろとあることでしょう。しかし、戦争が終わった後で、抑留させることは罪ではないのでしょうか?歴史に対する疑問もわいてきました。

HPには、いくつもシベリヤ抑留の記事がありました。
▼旧ソ連抑留画集
http://kiuchi.jpn.org/nobindex.htm
▼「岸壁の母を歩く
http://www.tokyo-kurenaidan.com/showa5.htm
▼旧満州(黒竜紅省)地図
http://www.ne.jp/asahi/overland/japan/heilongjianghome.htm

ここに、確かに祖父が生きた証、戦った証があります。
生前、優しかった祖父の姿が浮かんできます。
「大人しかった」といわれます。きっと、若い頃の長かった軍隊生活の影響もあるのでしょう。

この従軍記は、「第五七三一部隊 従軍記」としてワープロ打ちして、親戚に配布しました。

長い記事になってしまいました。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

また、「玉音放送」についてWeb上で、全文(旧漢字版、新漢字版、現代文訳版)と音声が公開されていることをガク爺さんのブログ「ガク爺の一日」から知りました。
◆ガク爺の一日:玉音放送(2)
http://jimu.cocolog-nifty.com/gaku/2006/08/post_7164.html
◆終戦の詔勅(玉音放送)ひらがな・新漢字版
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Icho/3935/ww2/syusen.html
◆終戦の詔勅(玉音放送)音声データ
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Icho/3935/ww2/syusen.wav
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18年8月11日(金) たんころりん見学

2006年08月12日 | 保護者・PTA・地域・ゆめ推進
今日、たんころりんを見に行ってきました。
その様子を下記サイトにアップしました。

◆18年8月11日(金)行って来ました、たんころりん【カワセン日記】
http://hnk333.blog53.fc2.com/blog-entry-105.html
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18年8月10日(木) 名古屋裁判所見学

2006年08月10日 | 研修・講演・各種団体・へき地教育
名古屋裁判所(高等裁判所・地方裁判所・簡易裁判所)見学に参加しました。(豊田市社会科自主研主催による。)

裁判所へ入るのは初めての体験でした。

◆刑事裁判の傍聴
法廷は、傍聴席が40席。思ったよりも小さな部屋でした。私は最前列に座りました。裁判官、書記官は黒服(法衣)をまとってみえました。緊張。
1件目は、覚せい剤所持に対する判決の言い渡しでした。
被告人は、警察官(のような人)に両方から付き添われ、胴は紐で縛られ、手首には手錠がかけらけていました。これが、本物の裁判であることを感じました。この裁判は短く、裁判官が判決を読み上げ、5分ほどで終了しました。
2件目は、暴力団組員とその共犯者(女性)による恐喝事件の裁判でした。この裁判は、検察官、被告人、弁護士の間でいくつかやり取りがありました。検察官が起訴状を読み上げると、被告人が「お金は取ったが、脅すようなことは言っていない」と異議を申し立てました。また、弁護士が共犯者の妹を証人(参考人)として、共犯者が人格障害であることを立証しようとしました。

検察官による膨大な調書に驚きました。しかし、あれだけ煩雑な事件を真実どおりに再現することが可能だろうか?検察官の推論による部分があるのではないか?と感じました。また、共犯者が人格障害であると立証された場合、判決にどのような影響がでるのだろう?などと様々な疑問が浮かんできました。
約1時間の裁判の後、次回の予定を決めて閉廷となりました。
始めから「犯人が悪い」と決めてかかりそうなことに対して、弁護人がついて裁判が行われることに、人権尊重の精神を感じました。

◆裁判員制度スタートについて
平成21年度から裁判員制度がスタートするそうです。これは、無作為に選ばれた一般市民が裁判員として裁判に参加するものです。しかも、裁判員の意見は裁判官と同じ扱いで。今回の傍聴で一番印象に残ったことは、起訴状、検察官と弁護人が示す証拠などにより、同じ事件でありながら、事件の様相は変わるということです。(もちろん従来の判例活用など、様々な方策なされると思いますが。)そうした中で選ばれた市民は、責任を持って自らの判断を示していかなければならいと感じました。そして、この仕組みを形骸化させないためには、自らの判断をはっきりと口にすることも重要だろうと感じました。裁判員制度が始まると、裁判官、裁判員の間で話しあって意見が分かれることが増えるだろう、と感じました。ちなみに、裁判員候補者に選ばれる可能性は、一年間に310人~620人に1人とのことです。

説明の後、許可を得て法廷の写真を撮りました。(写真参照。)みんな、ここぞ!とばかりに写真をバシバシ撮りました。この法廷は裁判員制度に既に対応して、裁判官の場所に、裁判員も座れるようにイスが9つ設置してありました。
また、裁判官、弁護人、被告、検察官のイスに座らせていただきました。感激!

すばらしい機会を設定していただいた、市自主研の事務局のみなさんありがとうございました。夏休み開けの子どもたちへの土産話ができました。
次回の自主研は、"足助地区"が担当します。
私も含め地元・足助の社会科部員の総力を挙げて(?)取り組みます。
歴史、グルメと企画満載です。お楽しみに!

また、今回何人か、新しく豊田に先生方とお話をさせていただきました。少しずつ仲間、同士が増えていくことが何よりの喜びです。ありがとうございました。

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18年8月9日(水) 長崎原爆の日に

2006年08月09日 | 研修・講演・各種団体・へき地教育
今日8月9日は61年前に長崎に原爆が投下された日です。
  ◆長崎原爆(ウィキメディアフリー百科事典)
  http://ja.wikipedia.org/wiki/Category:%E9%95%B7%E5%B4%8E%E5%8E%9F%E7%88%86  
  ◆長崎原爆の日(リンククラブ)
  http://www.ffortune.net/social/history/nihon-mei/nagasaki.htm
みなさんもそれぞれ、戦争、原爆に対する思いを持ってみえると思います。

昨年小学6年生の社会を担当しました。
冬休みに我が家の戦争体験を聞いてくる宿題を出したところ、
クラスのTHさんが、長崎原爆に関するホームページを開設してみえるお祖父さん(Hさん)のことを知らせてくれました。
  ◆1月17日(火) 6年社会「身近な戦争を探る」の授業(2)【教務日記】
  http://blog.goo.ne.jp/goonorisada/e/32cc9b1b0e3bb29ebfe84fcd7f0b2aca

Hさんのお兄さんは、長崎・三菱造船で被爆され、戦後被爆による犠牲者の無縁仏の遺骨を全国に探し求めた方でした。『世界』(岩波書店)をはじめ、新聞などにも取り上げられていました。
  ◆被爆体験記
  http://www.asahi-net.or.jp/~wu9t-hr/hibaku.html
THさんの親戚の人が原爆にあっていた!今まで遠くの地のはるか昔のこと、自分たちとの関係を感じていなかった原爆が、子どもたちにとって身近なものになった瞬間でした。

こうして、子どもたちとHさんのやり取りが始まりました。Hさんから資料を送っていただき、クラスで資料について話し合い、感想をHさんに読んでいただきました。
  ◆1月19日(木)6年社会・「身近な戦争を探る」(3)【教務日記】
  http://blog.goo.ne.jp/goonorisada/e/3e6785f7e45c748b2c0f24b2490d7564
  ◆18年2月8日(水)Hさんからのお手紙-長崎原爆について-【教務日記】
  http://blog.goo.ne.jp/goonorisada/e/4dc780c9bb55d896eb4251388353c0b8
子どもたちにとって、長崎原爆と戦後の日本の様子を学ぶとともに、Hさんのお兄様の思い、生き方から様々なことを学びました。

そして、子どもたちは、日本国憲法を学び、そして卒業していきました。
  ◆2月24日(金) 日本国憲法前文の授業
  http://blog.goo.ne.jp/goonorisada/e/43eb2625f6deb4462aaa8921e9d22403

さる8月4日、Hさんから次のようなメールをいただきました。
ここに紹介させていただきます。


今年もまた8月15日の終戦記念日迫っています。風化されつつある戦争(被爆)体験を思い出させるように、各地で展示会などで、強烈に甦ってきます。
 ※Hさんは、愛知県芸術センターの展示会に足を運ばれたそうです。
現在が平和で有ればこそ、先生の様に子供達へシッカリと核の恐ろしさを教えへ頂きたいと思っています。



このメールは、もう一度教師である私に、原爆、戦争について立ち止まって考える機会を与えてくださいました。

かって、湾岸戦争の時、テレビで空爆の様子や戦闘機が中継されました。中学校のクラスで「カッコいい。」と言った生徒かいました。「カッコいい」とどういう意味でしょう。テレビの映像は、子どもた達にどう映ったことでしょう。不真面目な子でありません。むしろしっかりした子でした。私には少なからずショックでした。

その中学校に勤務していた時、3年生全員と3泊4日の九州旅行で長崎を訪問する機会がありました。被爆体験のご講演、平和公園・原爆記念館の見学などと合わせて、長崎市内で原爆に関する街頭アンケートを行いました。
街角で声をかけてのアンケートでしたが、その方たちの身内に被爆された方が多かったことに驚きました。また、偶然観光に来ていた台湾の方にアンケートした生徒は、「日本人だげが苦しんでいるわけではない。」と言われました。
そして、こうしたアンケートの体験をもとに、現在の原爆の意味について話し合いました。
 
子どもたちにとって原爆が決して過去のこと自分たちと関係ないことではないこと、そして、ただ「恐ろい」と感じることにとどまらず、戦後の日本と世界のあり方、そして現在について考えることが大切ではないか、と考えています。そして、簡単に答えが出ることではないからこそ、子どもたちには平和について考え続ける人間であってほしいと願っています。

長い記事を読んでいただきありがとうございました。

私の昨年他界した祖父はシベリア抑留を体験しました。そのお話はまたいつか。
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18年8月8日(火) 市教務主任者会にて

2006年08月07日 | 研修・講演・各種団体・へき地教育
さる8月4日(金) 豊田市の教務主任者会・夏季研修会が開催された。
市の全小中学校102校、ならびに三好町の方の参加もあり、大きな研修会となった。
午前中は、グループ分科会。今回は、小、中別に学習指導、二学期制を生かした教育課程、学校・地域の特色を生かした教育活動について、学校規模を考慮した8つの分科会で行った。
私は、第6グループ「特色ある学校づくり(小規模校16校)」の分科会に参加した。
事前に各校の取り組みを資料として提出してあり、そのレクチャーと質疑という形で行った。
ほぼ同じ規模の学校の取り組みを聞いて多いに参考になった。
★総合的な学習について、計画の段階、中間発表、まとめの段階で地域の方に来ていただいて、子どもが取り組みを説明する会を設けている(大蔵小)。成果の発表だけでなく、計画の段階で行うことで、地域の方の思いや、調べ方をアドバイスしていただけるのがよいと感じた。
★小規模校が合同で授業を行う集合学習について。現在、豊田市には2つの集合学習(豊松小・上鷹見小・藤沢小・滝脇小の集合学習と、御蔵小・佐切小の集合学習)がある。準備は大変だけれど、子どもたちは大変楽しみにしているという報告があった。本校の5年生の4校合同キャンプもそうだった。子どもたちは、帰ってきて、今度会えることを楽しみにしていた。よその学校の友達を意識しする。中学校に行って仲間となる子たちにとって、とてもよい経験になっていると、改めて感じた。
★地域講師の方の生き方から学ぶことの大切さ。太鼓(大畑小)、工芸和紙(道慈小、小原中部小)、焼き物(御作小)、ホタル(西広瀬小)郷土の偉人を生かした取り組み(矢並小、本校)など各校で様々な実践が行われている。こうした地域の文化・伝統を今継承し発展させようと努力してみえる方にスポットをあて、地域の方の思いや考え方を通して、子どもたちの生き方に迫る取り組みが行われている。本校の今の取り組みが他の学校でも行われていることを知り大変心強く感じた。

★助言者のH校長先生からは、地域素材の教材化の視点についてお話をしていただいた。以前自分が中世山城の実践に取り組むとき、その先行実践としてH先生からアドバイスいただいたことがある。大いに参考になった。

午後は、現在実施している学力テストの制作にかかわってみえる図書文化社の方の講演であった。来年度から実施が予定されている文部科学省による学力テストもそうであるが、実施したテストをどう利用するか、子どもの指導に役立てるかが、ポイントであると感じた。
同じ地域、近隣の学校の同僚、仲間の先生とも普段はなかなか話ができない。久しぶりに先生方と情報交換ができて、有意義な研修であった。
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18年8月7日(月) たんころりんが中日新聞で!

2006年08月07日 | 保護者・PTA・地域・ゆめ推進
8月6日(日)の中日新聞の一面(トップ)にたんころりんが載っていました。
カラー写真付です。
◆たんころりん(中日新聞 1面 06-08-06)
http://www.chunichi.co.jp/00/sya/20060806/mng_____sya_____001.shtml

この日は、岡崎でも花火があり、各地で様々な催しが行われた日です。
それらを抑えて堂々の一面でした。
たんころりんをずっと支えて見えた方々の努力の賜物だと思います。

このことは、地元の有志の方が運営してみえるサイト「たんころりんnwes」でも紹介されていました。
◆たんころりんニュース
http://m.tankororin.com/
たんころりん期間中の日替わりのイベント紹介もありますよ。

また、tuna先生の「こきこき日記」では、たんころりんを準備する地域の方の様子が紹介されています。
◆たんころりん(こきこき日記)
http://tunasan.at.webry.info/200608/article_2.html

たんころりんの活動は、足助の地区の方の活動のほか、観光協会、たんころりんの会の方、商工会などいろいろな組織が協力し合い、またそれぞれの集まりが独自の活動を展開してみえるようです。こうした取り組みが相互効果を挙げてみえるようです。
本校で、たんころりんを製作したとき、講師としてきてくださった方が楽しみながら、生き生きと取り組んでみえたことが印象的です。

さあ、いよいよたんころりんの季節です。私も家族でぜひ出かけたいと思っています。
      

写真は、昼間の足助の街の様子です。ここにたんころりんが並びます。



<参考>
本校でたんころりんを作ったときの様子と、今年6月のイベントに参加させていただいた記事です。
◆18年1月28日(土)校内マラソン大会・親子ふれあい活動(2)【教務日記】
http://blog.goo.ne.jp/goonorisada/e/e62c35cce805413251f6a06ae7a757e1

◆18年6月18日(日) たんころりん しっとりと雨の中で【教務日記】
http://blog.goo.ne.jp/goonorisada/e/a55f0f1428ff989690715e299c62bd26

また、今回、私の学校外のことを綴ったサイト「カワセン日記」にて足助の町を紹介させていただきました。(地域の方はご存知のことばかりだと思いますが。)
◆18年8月7日(月)足助の町並み【カワセン日記】
http://hnk333.blog53.fc2.com/blog-entry-100.html

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18年8月5日(土) 今日は学区盆踊りです。

2006年08月05日 | 保護者・PTA・地域・ゆめ推進
今日は、朝から学区盆踊り大会の準備がありました。
午前8時作業開始!
テントをたて、やぐらを組んで、ちょうちんに電灯つけてと、それぞれの分担に従っててきぱきと作業が進んでいきました。
PTAの分担は、本部、バザー会場の設置でした。
4つのテントを立て、イス、長机を並べ、放送器具を揃えました。

作業中、迷うと、昨年の写真が用意してあって、その写真を見ては作業を進めてみえました。また、運動場までの坂道には参加者のために照光機を準備してみえました。
          
この盆踊りを少しでもよいものにしようと毎年少しずつ反省を重ねてみえたからこそ、こうした細かな配慮がされているんだ、と感心しました。

今年は、学校の耐震工事のために、学校から貸し出しできないものもあり、地域の方にご迷惑をおかけしました。

みんなでワイワイ言いながらの準備を進めました。

今日は、天気もよさそうだし、最高の盆踊り日和ですね。
盆踊り、練習の成果が発揮できそうですね!
それから、PTAバザーも、たくさん売れるといいですね。
ビールもアイスもきっと完売!

<おまけ>
霧山のOさんが最近自転車で道路をバリバリ走ってみえます。今日も朝50キロ走ってからこの準備会に参加されたそうです。もうびっくり!
Oさんは、トヨタ自動車に勤務してみえますが、何と通勤も自転車だそうです。車も自転車もあまりつく時間は変わらないそうです。また、Oさんはとても色白ですが、足だけば真っ黒でした。
Oさんは、ツールド三河湖に参加されるそうです。
▼ツールド三河湖(岡崎市サイクリング協会)
http://www.pit-inoue.com/oca/event/mikawako2006/
がんばってください、応援しています。
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18年8月4日(金) みなさんにとっての故郷はどこですか?

2006年08月04日 | 個人・読書・教育一般
いよいよ明日は、学区の盆踊り大会ですね。
学区の方々、本当にこれまでまでお疲れさまでした。
明日朝のやぐら建て、参加いたします。よろしくお願いします。

ところで、みなさんにとって故郷はどこですか?
今、中日新聞で「トヨタの世界・第3部」という記事が連載されています。
二人三脚(一体同体?)で歩んできたトヨタ自動車と豊田市の歴史を検証しようとう企画です。トヨタ自動車の会社の発展とともに市の名前を「挙母(ころも)市」から「豊田市」に変えたこと(1959年)は象徴的ですね。企画の第3部は、地域社会や住民にスポットをあてています。
▼「トヨタの世界・第3部モータウンは今」(中日新聞)
http://www.chunichi.co.jp/feature/toyota/
8月1日には「おいでんまつり」の名付け親という方、2日はトヨタで働く日系の方、3日はトヨタ自動車を退職して農業を始めた方を取り上げていました。記事の中の移り住んだ方たちも「豊田市」に愛着、郷土愛を持ってみえました。新聞は、トヨタ自動車が会社として、このような人たちにどのように支援したかを綴っていました。
今豊田市は、長い時間と人々の努力によつてかけて移り住んだ方が「故郷は豊田市です」といえるようになりつつある、といえそうです。
こうした取り組みが今後もさらに続いていくことが大切といえます。

以前私は、旧下山村の中学校で2年生の子どもたちと、社会科で、故郷・下山村の歴史・未来と自分の将来について考える授業をしました。
地域の様々な年齢の人々にスポットをあて、戦後高度成長期の下山村の歴史とその方たちの生き方をさぐるとともに、将来の自分について考える実践です。
ある人は下山村を離れ、またある人は下山村に残りました。そして、その人たちの考え方、故郷である下山村に対する思いと、地域社会のあり方をさぐりました。
役場に調べに行ったり、一人暮らしのお年寄りを訪問したりしました。また、私の同級生にも登場してもらいました。
この授業の問題意識は、私自身への問いでもありました。

この実践中、Kさんがノートに「先生、先生は下山、下山っていうけれど、私のおじいちゃんは、九州に住んでいる。だから、私は、故郷っていうと、九州を思い出します。」と綴ってありました。
当時豊田市に隣接する下山村にも住宅ができ、九州をはじめ、全国各地からたくさんの方が転居してみえました。
転居してきた子どもたちは、自分が住んでいるこの下山村を、まだ自分の故郷とは思っていないことを知りました。少し、淋しい気がしました。でもそれは自然な思いであることに気づきました。
その時からです。授業の中で下山村を日本の多く村の一つとらえるようにしました。その子は自分の父の故郷のことを調べ始めました。また、これまで下山に生まれ育った人を追究していましたが、新しく下山の転居してきた人のことにも追究が広がりました。(Kさんの考えは、下山村という追究の対象の意味を広げるとともに、相対化、一般化してくれたのです。)

今、本校に育つ子どもたちは、どこを故郷と思うでしょうか。
学校も故郷則定に愛着を持つ子どもを育てようと、鈴木正三を取り上げた活動、善意文庫を基にした本を通しての地域の方との交流など、さまざまな活動を行っています。
地域の方による地域づくり組織「夢推進」の活動も子どもたちは、とても楽しみにしています。すばらしいと思います。

明日は盆踊りですね。
子どもたちにとって明日の盆踊りは、いつか大人になって思い出す、懐かしい思い出となることでしょう。

明日、晴れるといいですね!
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18年8月3日(木) 授業のテープおこし -初任者K先生のがんばり-

2006年08月03日 | 授業
夏休みを利用して、職員も様々な研修に取り組んでいます。
ビデオやテープに録音した授業記録を再生しながら、紙に書いたり、ワープロソフトを使って授業の逐語記録を作ることは、労力がかかりますが大きな効果があります。

自分が行った授業のテープを見る(聞く)ことは、もう悲鳴ものです。
「子どもの意見を聞かず、(自分が)どうしてここでしゃべってしまったんだろう。」
「○○君が言ったことを違うふうにとらえているな。」
そんな、反省ばかりです。

初任者のK先生が授業記録を作成しました。
7月に行った2年生国語「にゃーご」の授業です。

「もう、はずかしかった!でも、楽しかったです。」
とK先生。

授業記録を作りながら
「○○さん、すごいじゃん!」
と改めて、子どもの発言に感動した部分もあるそうです。
「もっと、拾ってあげなくてごめんね。」
と思うところも。
              
授業中、子どもの発言を味わうことができるようになりたい、と私自身思ってきました。
しかし、授業中は授業の展開に気をとられて、子どもの発言の真意をつかみきれない事態がしばしば起こります。
テープおこしによる授業記録づくりは、子どもの発言の真意をさぐり、味わう作業ともいえます。

K先生、お疲れさまでした。授業記録を作りながら考えたこと、自分の糧にしてください。
「(授業記録づくりが)楽しかった。」という言葉に、教師としての資質を感じます。

初任者の時の授業。教師の原点です。
授業記録を読むとその時の場面が鮮明に浮かび上がってきます。
子どもたちの表情、自分が考えいたことも。

これから何年か先、この授業記録を読み返し「私って、こういう授業をしていたんだ。」と思い起こすときが来るでしょう。
そのとき、先生の「授業観」は、どうなっているでしょうか。
「子どもの側に立つ授業」をめざしているかな。
自分の「授業観」を作っていってくださいね。

授業記録と授業分析に興味のある方は、下記ブログも参考にしてください。
▼18年8月3日(木)授業記録と授業分析の視点【ブログ若手研】
http://blog.goo.ne.jp/hnk333/e/cc828876932ccf112ed8574619febde6



※ 今回は、教師の仕事にかかわる記事です。保護者の方、申し訳ありません。
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18年8月2日(水) すごい!Google Earth (グーグル アース)

2006年08月02日 | パソコン・ホームページ
みなさん、Google Earth(グーグルアース)というソフトをご存知ですか?
以前、ブログ「思いつくまま足助から」でお馴染みのtakatiさんに教えていただいていたものを、今日使ってみました。

すごい!の一言でした。
グーグルマップの航空写真に感動していた私は、もうびっくりです。

宇宙に浮かぶ地球の映像から、地上150メートルまで急降下です。

1 宇宙からの眺め 美しいですね。

2 愛知県(三河地方) まるで地図のようです。(本物の写真ですから妙な言い方ですね!)

3 トヨタスタジアムから則定小にかけて

ボタンをクリックしどんどん拡大していきます。
4 本校周辺

5 本校上空 ここまで宇宙から見えるなんて!


動画はこちらへ
※動画がスタートしない場合は、しばらくしてから画面下の■ボタンと、その横の►ボタンを押してください。

まさに鳥になった気分です。
映像は、高度を変える他に、東西南北への回転、上空から角度を変える、高度を一定にして東西南北への移動が可能です。もちろん世界中どこでもOKです。
ただ、山間部は「低空飛行」にすると、やや不鮮明でした。

夏休みに、みなさんで好きな場所の空中散歩はいかがですか?

実は、先日、職員室でグーグルのことが話題になりグークールマップの航空写真を開いたところ、校長先生が「ずごいね!」と大歓声をあげてみえたばかりです。
今度、グーグルアースを見られたら何とおつしゃるでしょう!


※ グーグルアースは、以下のサイトからダウンロードするフリーソフトです。
◆グーグルアース
http://earth.google.com/

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18年8月1日(火) 盆踊りの練習

2006年08月02日 | 保護者・PTA・地域・ゆめ推進
 今日の午後、地区のスポーツ委員長のSさんが、今日夜の盆踊りの練習の準備に見えました。運動場に白線で円を描き、放送器具を設置してみえました。
 夜、職員室で片付けをしてると「先生もおいでん。」と声がかかりました。
仕事を後回しにして参加させていただきました。(盆踊りの練習の方が大切ですね!)

 坂を上って照明に照らされた運動場に行くと、曲に合わせてみなさん踊ってみえました。みなさん、とても上手でした。地域の方に混じって、若いお母さん、お父さん、子どもたちの姿もありました。輪の中には、区長さんの姿もありました。指導してみえるOさんやTさんは浴衣を着てみえて、雰囲気も盛り上がっていました。
曲に合わせて踊るうちに、音楽オンチの私もいくつか覚えました。
懐かしい「炭鉱節」から新しいものまで。

 今週の土曜日、8月5日が本番です。地域の方が自分たちで企画し、自分たちで楽しむ盆踊りです。本番までみなさんが協力して準備を進めてみえました。PTAの方たちによる輪投げ、くじ、ビール、jiji工房のウインナー、アイスの販売もあります。

 当日、晴れるといいですね。
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