天璋院(篤姫)が西郷に求めたのは徳川家安堵であり、江戸攻撃中止ではない。本郷和人先生、何やってるんですか?
平成28年11月8日(火)放送のテレビ朝日『林修の今でしょ!講座』「教科書では教えない!本当にすごい江戸のヒロインベスト3を大発表!」(ゼネラルプロデューサー 樋口圭介 ←また、アンタか)。
第1位は天璋院(篤姫)だったのだが、彼女の事績に関する説明が非常に問題。ごく簡単に言うと、“天璋院(篤姫)が、江戸攻めを目指す新政府軍の指揮官である西郷隆盛宛てに江戸攻撃中止を求める手紙を書き、その結果江戸が戦火から救われた”というように視聴者が受け取る内容(そのように言い切ってはいないが、見る人がそのように受け取るように構成されていたということ。悪賢いと言うしかない)。NHK大河ドラマ『篤姫』における作り話と方向性は同じ。
天璋院がその嘆願書で西郷に必死に求めたのは徳川家安堵である。“徳川慶喜はどんな天罰を受けても仕方がないが、徳川家の存続は認めてくれ”ということ。“江戸攻撃は止めてくれ”とか“江戸の民を救ってくれ”とかいう話ではない。
実のところ、天璋院(篤姫)の嘆願書が西郷や新政府軍の動きに影響を与えた形跡は無い。〔NHK大河ドラマ『篤姫』の監修を担当された原口泉先生によれば、そもそも西郷の手に天璋院(篤姫)の嘆願書は渡らず彼は読んですらいない可能性も有るそうだ。〕マスコミも電話も電子メールも無い時代。“慶喜が江戸城を出て寺に引っ込み恭順の意を示している”という話も、実際に江戸まで兵を進めて確かめないとしょうがない。西郷率いる新政府軍は旧幕府方と戦争となる覚悟と準備で、とにかく江戸まで行かねばならないのだ。そして、西郷が駿府で山岡鉄舟と、江戸で勝海舟と面談し、慶喜の恭順の意を(一応は)本物と認めたことが「江戸城無血開城」へと繋がる。
西郷にとって“慶喜の示した恭順の意を本物と認めていいかどうか”が全て。天璋院(篤姫)が泣こうが喚こうが、関係無いのである。
このコーナーを仕切っていたのが東京大学の本郷和人先生。先生、何やってるんですか?
天璋院(篤姫)は、嫁ぎ先である徳川家の人間になりきり故郷薩摩が中心となって起こした大変革の波から徳川家を守り抜いた、古典的「婦道」の体現者なのだ。宮尾登美子の小説『天璋院篤姫』もそういう物語。この小説に登場する「女の道は一本道」という言葉は、“女は一度嫁いだら其の家の人間になりきり婚家の繁栄に尽くさねばならない。何が有ろうと脇道に逸れることはもちろん来た道を戻り実家に帰ることも許されない”という意味。
小説『天璋院篤姫』を原作とするNHK大河ドラマ『篤姫』では、そんなことを主題として打ち出すわけにいかないので、“ハンセンヘーワ主義者の篤姫が好戦的な西郷らを改心させ江戸と日本を戦火による滅亡から救ったのです”というアホらしいファンタジーにしたわけである。『篤姫』においては江戸城無血開城後の上野戦争や東北・北陸・北海道での戦争はナレーションですら一切触れられず、完全に“無かったこと”にされていた。