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事実は映画よりも奇なり

乳がんで余命2週の告知もキリスト教の27歳の裏千家師範は延命薬で百八夜を内鍵付きの病室にて戦うも・・・

99年間働かずとも有り余るカネの悲劇 4/6

2012年06月19日 20時36分25秒 | 朝顔 「椿灰」 

2012年6月19日 

「働かずとも」 とは。 岩田屋久留米店と西鉄久留米駅との相互依存

あらすじとなる全体像は、【  朝顔  】 を。


 


2009年10月12日



5/6 6/6

喫茶店まで二台で走らせた私たちです。弟の話は私に比翼塚への道を歩ませた。

「最初から嵌められたんだよ。(私が3500の商品の)預り証を書くからいけないんだ。現金化への計略を急がされて(【糟糠の妻】で投稿しましたが私が独立する原因となった上司)と練り上げて、(名詞を使った裏書をこの上司は知っていて)院長に教えた。
あの人(院長は)は狡猾で俺達でも振り回される。あなたの手に負える院長ではない。ずいぶん妹さんを嫌っていた。(商品)に興味は無いはずだ。だから俺たちも持っていかなかったし、買われるのには首を捻っていた。
兄は裁判所に勤めていたから法律には詳しい。言うことを聞いたほうが良い。尾行には気をつけたほうがいい、(記述した上司)だ」

私は、高速のインターでUターンして付いてきた時から上司の車は知っていた。あの人にしてやれるのはこんなことくらいた゜。何回か停車しては尾行を思いとどまるように、暗に教えたのですが気付いてはくれなかった。最後には角を曲がった途端に車を急停車させてぶつけてしまうようにまでして教えたんですが、直前で止まれていた夜道です。情けなく、哀れで、惨めさでいっぱいだった。白の小型車とともに思い出しました。

「妹さんの結婚生活にと奥様が用意されたマンションは俺たちが売った紫檀家具がびっしりと押し込められていて、もう動かせない。住めない。倉庫だ。奥様もご存じないだろう。見たら、びっくりする」

・・・後は院長が彼たち兄弟に話していた彼女への、文句。みんな教えてくれた。弟が初対面の私なのに包み隠さず教えてくれた背景には〝噂になっていた私の仕事の好調ぶりから〟私との取引を願ったからに他ならない。綺麗な彼女だった、との彼の話しぶりに私は初めて態度を示し、頷いた。弟は笑っている。

この笑いに気分を害した私と見るや、弟は話を変える。いつも売れ筋の商品ばかりを取り扱って儲かっている私に接近しておきたい機会を逃がすまいとみたのでしょう、

「どうして見舞いに行かなかったのか」

「止められていた。行けたんですか?」

「もちろん行った」

ピクッ、身をよじらせる私が膝を乗り出して問い合わせたいのは唯一つ、

「会えたんですかっ!」

「何を言ってるんだ。会えるはずはないだろう。行くのは当たり前だっ」

弟は不思議そうに私を量りかねている。

やたらに悲しくなった私は、当事者には当たらずに第三者といえる弟には〝聞ける〟と食らいつき、〝お手伝いさんみたいに使われている。カネを出してやっている。家に住まわせてやって



この瞬間、弟は飛び上がった




99年間働かずとも有り余るカネの悲劇 3/6

2012年06月18日 20時55分06秒 | 朝顔 「椿灰」 

2012年6月18日

あらすじとなる全体像は、【  朝顔  】 を。

 

 


2009年10月11日



4/6 5/6 6/6

姉と入れ替わりに入ってきた強圧的な〝その店〟の兄は、

「喪が明けるのを待っていた。そのカネ(3500)は俺が受け取る家具代金だ。支払日は過ぎているので早く払ってくれ」

さも私が支払いを滞らせているかのように捲し立てる。

「(院長自身が私から購入されていた絵画)になんか興味ない。あんなものーーーーー、」

院長は吐き捨てた。啖呵を切るも、あれよあれよと、

「あれは(姉に妹の嫁入り道具みたいに)頼まれて(姉妹の代役で)買っていたんだ。カネは(妹への財産分与の分から前倒しで)出しますからと頼まれて仕方なくお前と会ってやっていただけだ。貴様なんかーーーーーだ」

姉は、私から商品を買っておかないと〝家に来なくなる〟と考えられて(こう姉に助言したのは後見人。私が勤めていた最初から後見人の院長は顧客でもあった)私を自宅に招き入れるためだけに〝必要だから〟と姉妹が買っていた。この日々から妹の結婚話をまとめる腹積もりの姉だったらしい。この信じられない思惑と姉妹だから院長の反感を買い、私ともども虚仮にしてやりたくなっていったんでしょうか。
姉とは違って、妹の方には社会的な柵もない。ある意味、冠婚葬祭も含めて世間に束縛されている院長には自由が羨ましい立場の、家を出られる妹。それも相当の財産を持って。

院長が、憂さを晴らせたのかおとなしくなる。




が、なんといっても遅すぎる。




今度は〝喋りすぎた〟とか独り言で反省しつつ、ブツブツと〝何時もだ〟とか何やら口籠もったあと、びくつきながら、私を覗き込む院長でした。



立ち会っていた店の兄の方はといえば、そこまで聞かされていなかったらしく、びっくり仰天した面持ちで院長を質問攻めにしている。

「二人で話しがあるから外で待っていろ」

私がシャツターを潜って外に出ると、兄の店で一緒に働いているという弟が立っている。立ち聞き、会話を承知していた。少し離れた喫茶店まで二台で走らせる。

そこでは驚天動地の宇宙が私を待ち受けていた、



99年間働かずとも有り余るカネの悲劇 2/6

2012年06月17日 21時16分32秒 | 朝顔 「椿灰」 

2012年6月17日

あらすじとなる全体像は、【  朝顔  】 を。



 


2009年10月09日



 3/6  4/6  5/6  6/6

 



四十九日が過ぎます。

 『妹の為に喪中は(私を)許してあげるように』 願われたらしい姉。 

十月中旬の職場の応接室に、看護婦さん達も事務も全員を早々と帰らせた後の刻限で呼び出された私が座るや否や、

 「全額現金で持って来い

私が、その顔つきも言葉も読み解けない状況下に姉が入室されるが、挨拶もされないなりに、
 「あなたは妹があんなに好きになった人なのよ

いきなり姉に怒鳴られて棒になった私の視野に、したり顔で院長が躍り出る。

 「『(私は姉に)現金でお返ししますと言われたでしょ

 「あれは『彼女の墓標へと御山の資金に振り向けるのは俺が分かっているから(奥様には)こう言ってくれと頼まれたんです



院長は踏ん反り返りながら、私に挑み顔する。恨みがましい姉と怯える院長の何んとも云えない空気。私は(彼女がそうならなぜ見舞いも止められたんですか? 病室に行っても良かったんですか。まさか映画みたいにナレーションされた性描写は彼女のことじゃないでしょうね、と思い巡らせている。そこまではっきりした初めての雰囲気でした。



 「男の人たちは・・・

姉が〝顔負け〟と呆れて退室されるのを見計らい、隣室で盗み聞きしていた一人の男が入れ替わりにタイミング良く入ってくる。
この時、姉は丁重に挨拶を交わされた。私の時には顔色ひとつ、会釈さえ無視されたのに。
これが、姉との最期。姉妹ともで後ろ姿が見納めとなっている。
寂しすぎる二人との別れ。
男は繁華街にて店を義兄弟で営む、と初対面の私に対して強圧的に名乗る。この男は兄の方でした。



99年間働かずとも有り余るカネの悲劇 1/6

2012年06月16日 20時07分11秒 | 朝顔 「椿灰」 

2012年6月16日

あらすじとなる全体像は、【  朝顔  】 を。


 


2009年10月09日



 【七夜 ★真相】 から

 2/6  3/6  4/6  5/6  6/6




長き眠りに ・・・ 「楽にして

の手鑑を言わせた。


みしみしと黙りこくるままの時間、日々に三人姉妹な密室。
息を引き取るまで、絶え焦れるまで真っ直ぐと天に【何か】を見据えていたという。瞑想を突き抜ける眼光で。
今日来る人の正夢にならなかった。取り付かれても本望だ。だからの【ひとつで二人を生きる】と言える。

探し当てた【山】に院長と姉との二台で走ったのは九月も中旬となる日曜です。記事一覧の【天国の門が閉じ】の投稿となっております。
メモリアルとなる丘ではボーリングの工事中です。院長夫婦が丘を気に入ってくれた上にボーリングで飲み水が確保できれば土地を購入する契約を村役場の土地所有者と結んでいた。姉からは、
「妹に見せたかった。連れて来てあげたかった」
なんて素晴らしい言の葉をいただきました。

温泉に入りに行かれる院長の車、助手席の姉と交し合う熱い目線も〝その夜は別れの恋人同士〟に名残が忘れられない。
一人になった私は院長の、
「終わったことだ」
たる言葉に〝終わりになんかするもんか。なにが終わったんだ〟と真剣に、かなりムカついた。激しく突き上げてくる怒りだが、
≪妹に見せたかった。連れてきてあげたかった≫たる文言を墓碑銘の〝上の句〟として、自分の心の中で、

≪連れてきたよ。遊ぼう≫と、彼女に語りかけるようになっていく。

姉の言の葉は翌月に知る羽目となる、
≪あなたは妹があんなに好きになった人なのよ≫
これ〝下の句〟として姉妹の心とも、言の葉は彼女の魂とも睦み合って今なお墓碑銘として【御山】の比翼塚にある。

むかついた私も惚けまくる院長も、それはそれ。
〝言の葉〟の姉。〝連れてきたよ〟と姉妹と言い交わす私は、院長にとっては保養所、その実は墓標とした話で院長との間では資金の調達から建物の青写真が元請けの建設業者から某デパートまで交えて進んでいく。

最終的に私が【御山】に投入した資金は億を超えます。重婚まがいに彼女をもらう支度金で用意した分だけでは足りなくなりました。

院長の本音には、姉妹から病院から性描写してやれば〝人には言えないだろう〟という計算もあったんです。今、ここで負けるわけにはいきません。あと少し入るところがありますが読み流してください。
私が記憶喪失に陥った原因だから描写全てを削除した投稿では成立しないんです。


入院から四十九日までの概要 3/3

2012年06月15日 20時24分49秒 | 朝顔 「椿灰」 

2012年6月15日

あらすじとなる全体像は、【  朝顔  】 を。


 


2009年10月09日


【六夜 病室】 から

彼女は化粧をしたことがなかった。
リップくらいはあったかも知れないが、口紅はない。その、初めての経験が通夜での死に化粧でした。これ自体は悲しい28歳と私は思わない。何故なら化粧っけのないところも私は好きだったからです。
院長はかなり腹を立てていたが。
悲しいのは、その死に装束の場における〝証〟
姉と長女はいきなり抱き合って号泣されている。いったいどれほどの涙を流されたのでしょう。どれだけ追い討ちをかけるんでしょう。

驚愕されての止め処ない姉の涙に身を乗り出す院長を、姉は戒め止める言葉を取り戻しておられた。それこそ終わった密室でした。
一週間後の葬式の翌日が荼毘です。
真夏です。
・・・ドライアイス・・・花束・・・
通夜の席に、女性たちの真の涙、真実の叫び、彼女を包み込んでくれたらしい。
・・・ありがとう。

「お母さんに甘えなさい」
合掌される姉。

悲しみを引きずり、若い女性たちばかりだった客は帰路に着く。

一変する家。
百八夜前から途切れていた、復活した営みの凄さ。
記事一覧の【天国の門が閉じ】から【地獄の門が開く】に投稿した、リバウンド。
階下にて安らかに静かに眠る彼女どころか、同じ階の息子から娘をも揺り動かした。
私が言いたいのは、関係者の誰が何処なら知っているのかという事実の照らし合わせ。一人ひとりが持つジグソーパズルを嵌め込んでいかなければ成らない。
それぞれが黙して語らなかった過去が、九年後に日本が震える日を招いていくのだから。

お葬式は八月三十一日です。
この日は私の最後となる集金日で、とある産婦人科医を訪問しました。この先生は、
「今日は〇〇〇の先生のお葬式だった。(御自分の夫人は)帰ってから泣いてばかりだ」
聞いた途端に泣いてしまった私に、
「(彼女)と何かあったのか」
聞かれましたが、
「いえ、何もありません。伺う折に(彼女と)お会いしていただけです」
と答えるのです。
「それでは何も泣くことはないだろう」
と言いしな、
「あそこも(私の取り扱う商品)に興味が・・・?」
不思議そうに呟かれる。

この点は私も不思議に感じていた。簡単すぎたんです。あっさりと定期的に私から購入されていたんです。それも〝いただきます〟たる一言でした。いつも。そこには商品の説明も何も殆ど無かった。

集金に出向いたところの先生に対してがそうであったように、彼女との成り行きを吐露できない感情の私は、
〝いつ、どこで、誰に、どんな話から彼女が飛び出すのか、どう聞かれてくるのかも分からなくなった仕事が、地元が怖くなり、何処も彼処も、お客様へはおろか、業者にさえ訪問どころか電話さえかけられなくなりました〟

とある先生にも、これっきりです。


入院から四十九日までの概要 2/3

2012年06月14日 21時37分23秒 | 朝顔 「椿灰」 

2012年6月14日

あらすじとなる全体像は、【  朝顔  】 を。


 


2009年10月09日


  3/3

御自分のところが休診となる週末だけ大学病院に出向く院長だが、六日後には必ずやってくる土曜日だ。
ここでもいったい彼女がどんな気持ちで迎えなければ成らなかったと思うんだ。
日々に増えていくモルヒネの量。

「気持ち良い」漏らした妹の表情を、
「まるで『あの時』」と楽しんでいた院長でもある。
すぐに〝あっち〟の話になる。

「ほら気持ちよくなったでしょ」と姉は彼女に言われるが、そこには【茶断ち】されていた本来の姉の姿は死んでいた。

ブラシで髪を梳かれるが、抜け出したときの狼狽の色も手捌きも片付けきれず、質問してきた妹を、鏡をせがんだ彼女を姉はどうしょうもなかった。
加えて、あの立場もの名誉も尊厳さえも院長たる社会的立場にもありながら、義兄は殺した。

お盆になる。
キリスト教の関係者の方々や盆で帰郷した長男が病室に入る前、
「(妹の余りの変わり様に)驚いて顔に出さないように」と姉から釘を刺されている。その驚きようも満遍なく私は聞かされた。恐ろしい私の真っ白な頭ン中には何でもかんでも入ってった。

記事のタイトル【地獄の門が開く】【記憶喪失への扉】から【姉妹愛の病室】を私が聞いたとき、この彼女の思い、答える姉の胸中に言葉を初めて聞いたとき、今になって何を言い出す院長なのか、なぜ自分が病室に登場するのか、まるで理解できない。
ちんぷんかんぷん。
ただひとつ、この時の状況ではっきり覚えているのは、忘れられないのは院長の笑いである。
場にそぐわない笑い顔は記憶しているが、理由は相変わらず、ちんぷんかんぷん。

「もう駄目だ」

通夜から葬式の段取り、ここに至って長引く最期などなど、重要視される世間への処し方から根回しの必要性が事務的に出始めだして初めて、私への、彼女の言葉から姉の本音が、堰を切ったように溢れてくる。
真っ白けの脳みそを掻きまわしながら雪崩れ込み、一方的な語りを記憶させる。
丸で私が極悪非道な悪者であるかのように。
聞くも、覚えるも、流されつつも何の話なんだか、とんちんかんに昨日だったと約束の日時を言い出す院長でした。
理解できるのは明日で良い約束。

彼女の最期に言葉は無かったという。
天の一点を観ていた、という。
見ていたとするならば何を観ていたのかは、はっきりしている。
記憶を失っても当然でしょう。

だが、院長はいとも簡単に、すっきり喋る。おかしいだろ。
命日はご先祖様に重なったので前の日、24日とされた。

院長夫婦、長男、長女、四人で死に装束を着せられた。かつら。初めての口紅・・・・・この前である、
姉と長女、いきなり抱き合って又しても号泣されるは 〆


入院から四十九日までの概要 1/3

2012年06月13日 21時15分49秒 | 朝顔 「椿灰」 

2012年6月13日

あらすじとなる全体像は、【  朝顔  】 を。


 


2009年10月08日



 【六夜 ★病室】 より
  2/3 ★
  3/3

院長が垂れ流す姉妹への不平不満から嫌な金銭感覚を打ち破るべく、二つの都市に妻と彼女を置く実質的な重婚を自分持ちの資金で考え付いていた。
しかし院長から、
「無理をしなくても良い。(姉妹には)俺から言っておいてやる」

時は流れ、5月の連休も明けた。
約束していた夜に訪問した私は院長から、前夜に彼女が倒れたこと、大学病院に入院した事を聞き、見舞いに行くべく、応接台を蹴って立ち上がったのですが、

「慌てるなっ。もう面会時間は過ぎているし、麻酔が効いて寝ている」
と止められた私は何時から面会できるのか聞いた。すると、

「明日は朝から手術で、終わっても麻酔が効いて寝ている。結果は明日の昼、連絡が入るようになっているから、夜、自宅に来れば良い。教えてやる」
と言われた私は次の日の夜、自宅に行きました。すると、

「乳がんだった。あと2週間の命。医者の判断だった。手遅れ。メスを入れただけで手の施しようが無く、そのまま縫合した。きれいな胸だったらしい。あと、一ヶ月でも早ければ。痛みはあったはずだ。妹には教えない。最期まで隠し通す。病室には面会謝絶の札が掛かっていて、行っても会えない。(姉妹には)俺から伝えておいてやる。家族の問題だ。口を出すな。もう関係ない。入院の事態は誰にも言わないでくれ。病室での様子を教えてやるから、家に来れば良い」

誘われたが、自宅には行きたくなかったので断った。
二日ほど過ぎた日に電話が入った。

「(今までに私が売却していた作品のすべてを)引き取ってくれ。カネを返してくれ」
言われた私は、こんな時に早すぎますと断ったものの何なのか分からなかった。

「聞かなかったことにしてくれ」
この時の院長は、あっさり引き下がってくれたんですが。

再びの二日後くらいに電話が鳴った。
「一人で家にジッとしていても気が重いから自宅に来て話し相手になってくれ」

もうこれには断れなかった。
自宅の夜に行きだした二人だけの会話は病室における報告と義務でした。

我が家では見舞いに行かない私を見る妻との間が、家庭がおかしくなり始めます。
見舞いに行かない理由を言いましたが、彼女からの結婚話から慰謝料まで隠さずに話しを聞いていた妻は、どうして家族がそんな事を言うの、と信じがたい思いが強く、とうとう私を冷たい人とまで言い出す有様でした。
第三者でいられる妻の正しい目を既に私は失っていた。

院長は病室の様子を語る中から、
「(例の)作品を他の物と交換してくれ」
と私に依頼する。断れずに引き受けざるを得なかった。
結果として、この5月から7月にかけて交換するために全ての作品を預かるのですが、預かる時に私は〝預り証〟として自分の名刺の裏に認めました。総額は3500くらいでしたが交換として代わりに納める作品は一点で5000超える作でした。

病室における語り口は激しくなる。

「若いから進行は早いが心臓や他は丈夫。最期までカネを使う。これで最期だから出してやる。入院してダイエットもしないから重くて大変だ」
性で描写しだす頃、もう私には何処の病院に何時なぜ入院された誰の話なのか、昔の知り合いか聞いた話を思い出されているのだろう位にしか分からなくなっている。

交換する作品が不動産に変わる。
「(妹を想える建物で)管理してくれるのなら安心で、税金対策にもなるし、若い看護婦だけで使える保養所があっても良い」

自分の店も併設することになって行動に移し始めるのは7月だった。
病室に行けない苦しみ、悔しさ。悲しすぎる体力をぶつけて土地を探し回った。
最初に目星をつけた【山】にありました。

院長から預かった作品の代金に加えて、私が彼女を貰うべく用意した支度金を注ぎ込んでも将来的には十分ではないとは、院長も私も分かっていた。
だから一部を別荘地として売却する案でまとまりました。
候補の土地を探し当てた後は、その【山】の調査から購入に造成、建設から販売まで一括して任せられる業者です。
見つけて全てを委託しました。

病室では彼女の身体を拭いての着替えへと一度は退室するように姉から言われた院長は、
「治療費を払ってやるから当たり前だ」怒鳴りつけ、出て行かなかった。

それっきり姉は夫婦の〝夜〟の中に彼女を取り込んだ。
入院で初めて途切れた夜が無意識の意識が妹の身体に御自分の性を投影して重ねられていた。
だからここには人格も人権も尊厳さえも妹として存在せずに夫との夜毎で委ねられる御自分の経験が着せ替え人形で横たわるだけだった。
身体は動かないが普通に意識はある彼女なんです。その妹を。
彼女の入院前に院長は奥様の夜の様子を事細かに私に聞かせたが、それと同じ。
違ったのは、声。叫びの種類、内容。姉自身が〝生き地獄〟と表現され、体現された看病に加えて〝見舞い〟に来ない私への憎しみや不可解さが、あれをああさせたのかも。

聞いた私には〝当たり前〟の意味も〝退室しない理由〟もだが、そんな病室の世界がどうなっているのかに加えて彼女や姉に院長の、その家そのものが全く理解出来ない宇宙にあった。
混沌と秩序が秒針めいて嵐の光景を駆け回る頭だ。

まさか妹の身体に興味があったからなんて、裸身として犯したかったからだなんて思いつくはずがなかった。
が〝当たり前〟を聞き流してしまった私の罪は深い。
なんてったって彼女はその中で逝ったんだ。

病院への出費に対して姉は私の目の前で、院長が座るソファの上で横向きに正座されるも両手をついて深々と礼を述べられている、二回は見た。
ソファの上でというのは【ご近所の夜を切り裂く声、2回】に投稿した最初の畳での土下座で〝私に上から誇りを傷つけられた〟とでも思っておられたからだと私は感じている。

このブログに投稿する内容、特に〝性〟について私が書くことに反発を抱いておられる方はいらっしゃるでしょう。
その方に一つ考えていただきたい事があります。
それは奥様としても、姉としても彼女の入院中には私に何も言われなかったという真実です。
〝見舞いに何故来ないのか〟も含めて何も私に言ってくれなかった。
入院前にはあれだけ私に向かってこられた姉がだ。
ここの奥様に存在するのが〝朝、明るくなってから〟〝大人のオモチャ〟などなど、性に関して院長が御自分にとって都合が良いように脚色して姉の耳に入れていたに他ならない。
だから私としては記憶喪失に加えて、究明と説明には欠かせない部分となってしまっている。

おむつにはヤギの〇〇みたいなのだ。凄い臭いを逃がすために開け放たれた窓からは悲鳴も助けを求めて飛び出す。泣き付いたのに、姉どころか数十人も居ながら病院職員の誰一人として読めなかった。洗濯機には臭い取りともなる茶の葉も一緒に入れられるが洗っても洗っても落ちない。廃棄されるようになった。万物が彼女を見捨てた。
女性には生理があるが、これをもなぜ解説できるのか、できるほどに何を院長にさせたのか姉は。あれをも何故に従ったのか。生き地獄だった病室とはいえ次元が違いすぎる。おかしいぜ。



姉妹愛の病室

2012年06月12日 22時03分55秒 | 朝顔 「椿灰」 

2012年06月12日

あらすじとなる全体像は、【  朝顔  】 を。

 


2009年10月04日

【七夜 ★真相】  から

 



夢のように当てにならない おとこ

それでも もたれ掛かる二十五時間の毎日
言い尽くしていく
会いたい 会いたい ・・・・ ・・・・

死命を 何時を何時 どんな場面で悟ったのでしょう
空しく紅の涙に沈む
絞りきれない
こんなにおびただしい涙の川も滝
身体の何処に溜められていたのか
驚き 恐れる姉
拭っても拭っても拭いきれない滝の枕

抱きしめ 守る姉は捻り出される
鐘声の花嫁を
だけど それなりに言い張られても
うっちゃらかされたなり

諦めようとはしたらしい
切れなかったみたい
待ち時間が押し付ける
伏させるは一日中に蔓延る
すっかり弱くなる
衰える身体と命に
希望を失う見方が走り 重なる

姉は妹の手を握り
茶を口移しに
身体を拭き
綿棒を耳に
爪を切り
歯を磨かれた

点滴 注射の痕をさすり続ける
その手は腫れ上がった
針を打つところ 足の裏

キリスト教なのに
自殺を考えていると見抜かれた
はさみ 果物ナイフは遠ざける
手鏡なんて とっくに無い

鼻からも その口で吸い取られた

死にたい
死にたくない
殺して
楽にして

言い続けた

わけもわからずに信じ込んだ

生まれたのか妄執の雲

想い固めたのか 純愛

はかなく脆いものと
白羽の矢が立つは秋涼

八月は入院から ちょうど百八日目
空の白む刻限

二十五日 朝影に逝く







車で一時間と少しの距離
わたしは居た
ありったけの熱した鉄みたいに熱い涙に寝ている
それだけ

 

 

 

 


記憶喪失への扉

2012年06月11日 22時19分14秒 | 朝顔 「椿灰」 

2012年6月11日


関連記事は、19年も淡交会の師範に関係する記憶を喪失していた 御山での生活です。

あらすじとなる全体像は、【  朝顔  】 を。

 


2009年10月04日

 

「七夜 ★真相」 から

ドアを誰かがノックする。


今度は
今度こそ彼

待ち侘びて待ち侘びて何故の待ちぼうけに草臥れていく・・・

「(私の)声がしたような・・・」とも言っていたという。

ごめんね。
気休めでも、成せば成る男になれたでしょうか。
自惚れない。


姉と見詰め合い、私が訪ねてくるのを待ち焦がれていた。
「出張してある」
「忙しいみたい」

「男には仕事が第一だから分かってあげないといけません」

焦れ泣きをなだめ、取り繕って言われる
うなづく、あどけなさ。

会いたい
逢いたい
どうして逢いに来てくれないの
そんなに嫌われてしまったの
生まれてこなければ良かった

病室の一場面一場面に二人が投影する姿を、解説者の語調で心の中に露光させてしまう。
知っておられたのでしょうか、夫の裏の面を。
私以上に思考力を失っておられた姉だと感じます。
知っておられたら、姉は夫を許されなかったらしい。
たとえ25年間で欠かさない夜が続いていたとしても。
だから院長としても欠かせなかった。
もちろん百八夜もは初めてです。
ゆえに前よりも重く激しくなる・・・リバウンド。

天国での新たな命へと最初に接した印象は・・・
病室における彼女も最初は、白百合の花で歩いた。

・・・空梅雨に明け暮らし、夏の雲むくめく。

 

 

 


地獄の門が開く

2012年06月10日 20時49分15秒 | 朝顔 「椿灰」 

2012年6月10日

 

関連記事は、19年も淡交会の師範に関係する記憶を喪失していた 御山での生活です。

あらすじとなる全体像は、【  朝顔  】 を。

 


2009年10月04日


「七夜 ★真相」 から

≪寝違えたかの向きと言い草、握り締めるカネの質と量を読めば、棚引く雲間から太陽が顔を見せる≫

彼女のメモリアルで探し当てた【御山】を院長と姉に案内していた。
「妹に見せたかった。連れて来てあげたかった」
と、言の葉を姉に貰ったのは九月です。
この丘から望む景色と姉の銘文が墓碑銘となり、天国の門が閉じる。
私の画廊も院長の保養所に併設しての、終の棲家と決めた。
くらら咲く涅槃の【御山】 比翼塚となる阿蘇の墓地でした。

院長の本音には病室を性描写してやれば〝なおさら人には言えないだろう〟という計算があったんです。
今ここで負けるわけにはいきません。その部分は大雑把に読み流してください。
私が記憶を失う原因もここにあるんです。

25年以上もの毎晩で可能という根腐れた立脚点を延長線上でも乱用する猟奇的レベルが、だんだん明らかになってくる。
看病どころか何故見舞いにも行けなかったのか分かってくるんです。
お通夜の晩の再現映像からだった。

この通夜でも呼ばれたのは、院長が強い立場を貫ける人たちだけ。
つまり看護婦さんや職員だけ。若い女性ばかりだ。
〝親戚も姉妹の後見人も呼ばれていない〟と私は聞いている。
おかしかった。
が、それ以上考えられる精神の力は無かった。

私に対しても、
「通夜は自分たちだけで行う。葬式が(彼女だけがキリスト教)どうも良く分からないし(家に来ているから)来なくて良い。香典もお返しが大変で一つでも減らしたいから包まないでくれ」

夜伽。号泣。終夜。洗顔。羽衣。二枚舌。闇値。叫び泣き。猟具。風刺。羽二重。羽衣。羊頭狗肉。傀儡師。
胡散臭くっても、それ以上の判断力は無い。以下も無かった。

病室が絵図面で手渡される。
「カネを払ってやるから当たり前だ。だから出て行かなかった」

姉は一度は院長に病室から出るように言われたのだ。
反論されて、終わり。
これより後、姉と姪の四本も細腕は男手を頼みとされる。
反抗するを黙殺された。

これが病室における性犯罪の表の顔。

こんな卑しき性描写なんて早く通過したい。
思い出したら、書き出したら、はらわたが又しても煮えくり返ってくる。自分に。

 

 

 


天国の門が閉じ

2012年06月09日 21時14分34秒 | 朝顔 「椿灰」 


2012年06月09日

こんな恐ろしき犯罪に巻き込まれたなんて自分でも今でも信じられない。もうひとつの人生を悪い夢で見続けている覚めぬ長い夜かもしれません。


あらすじとなる全体像は、【  朝顔  】 を。


 


2009年10月03日


 【十一夜 ☆家族】 から

初めて訪問される方は昨日の投稿となる 【復習かつ大学病院での性犯罪かつ予習】 を開いてくれれば過去の投稿の要点には追いつけます。
 


≪今宵もか朧影との返り咲き 煉獄騒いで明けさる日脚≫


情感くすぐる【御山】は、天と地の神々に円錐で交じり合わされて永遠に変わらない緑色を帯びた灰色に包み込まれる粗製の土器にありました。
貸し別荘やら分譲地など南の島に夢を見る怠け者みたいな人生へと方向転換して〝獏〟なんて想像上の動物と化した私は、必要な条件を満たしてくれる土地を探し回って見つけた。
それが【御山】

探し始めての翌月、彼女は天国に召されていました。
「管理してくれるのだったら安心で、税金対策にもなるし、若い看護婦だけでも使える保養所が有っても良い」
と院長に依頼されて探していたのです。

まだ忌中です。
姉を誘われた院長との三人で【彼女の墓地な丘】を実地検分に向かったのは、小春日和に照り映える、後の【比翼塚】に止まる二台でした。
立地条件に付いてきた空の浮き島を歩き、山陰を透かし模様されている一人旅な姉が思い起こしてくださいと啓白の鐘を撞くは、
 「妹に見せたかった。連れて来てあげたかった」

たよたよと抜ける膝で蹲って堪りかねた涙霞に、ハンカチを姉は差し出される。

「(縁談で)〇〇家が断られるとは思わなかった」
姉は、この甘んじさせる入念な仕上げに又しても頷かれた。これは気後れした顔色を自分に引き付けるための言葉に答えられたのではない。25年以上も欠かさなかった〝夜〟の成せるでした。
姉は、それが顔に出るんだ。これは姉を知らない人には理解できないと思う。あれが終わった直ぐ後の、上気した顔と潤む目、とでも言ったら良いかな。

「違いますっ」
思わず打っ手切り、場当たりで洗いざらい囀りとよもうとしたが、透かさず笑い飛ばされた。
これは息継ぎもせず〝何故カネで押さえつけようとされたのですか〟と解きほぐそうとしたんだ。

言下に、
「終わったことだ」
これに答えて、

スルリ、人妻の心身に滑り込んだ物の怪に見入ってしまいました。
百八夜の間は止まっていた〝夜〟が通夜の夜から再開されている。

恥ずかしくなって俯いてしまったのは、私の方です。
姉は何も気が付いておられない。

「涙腺が緩い」

押し付けに焙られながらも、妹が探勝した連れ合いを威儀正しく見尽くされ、量られる。

おしどり的に温泉に浸かりに行かれるのを惚け色で見送りました。

院長の本音には、姉妹や病室での性描写を私に聞かせておけば〝なおさら人には言えなくなるだろう〟との読みがあったんです。ここで負けるわけにはいきません。そんな部分は何回か続く投稿になりますので読み流してください。
そこを抜きにしてはブログとして成り立たないんです。すみません。
私が記憶を失った原因もここにあるんですから。


復習かつ大学病院での性犯罪かつ予習

2012年06月07日 21時37分25秒 | 朝顔 「椿灰」 

 


2009年10月02日


 【十一夜 ☆家族】 から



≪満ち欠けと散り損ねしは病葉か 震う口脇苛む身に似≫



今日の投稿は〝今までの【復習】です〟これからの【予習】も少し入れます。

 
わたしは誰それの記録映画ではない。鼻息に飛ぶ煙草の灰。紫煙であり、北邙の煙の連れ合いである。


私は彼女を、こう思っていた。
生を別宅に享ける、出生の秘密。
『奥様の異母妹で、ふたりの父親も亡くなられ、母親の二人も逝去されていた境遇ゆえに別宅生まれの妹を哀れんだ姉が嫁ぐ時に、乳幼児だった彼女を連れ児としたと』
院長から言葉巧みに思い込まされていた。

これらは公然の秘密。衆知の話だったらしいが肝心の私だけが知らなかった。
まったく関係ない妻の友人も、私の母親の友人もみんなが知っていた。
知らなかったのは、私と家族だけ。
のちに「(私が)知らなかったはずがない」とまで攻撃の材料にされていく。
知っていれば『彼女は生きていてくれた』ってんだ。

私に、姉は姉で『妹との結婚の申し込み。慰謝料の支払い。新婚での分譲マンション。養子縁組の申し入れ』などなど次々に手を打って来られる。
嫁ぎ先の財産を勝手気ままに散財される姉の金銭感覚だけは嫌いであり、院長に同情してしまいました。

亡き母への想いから、妻子持ちへの、別宅へと我が身を重ね置く禁じられた誓約。

申し込まれてからの月日は一年を過ぎます。
姉は激しくなられる。彼女は可愛くなっていく。
仕方なく、妻と彼女を重婚まがいに、二つの都市に置く決断を下します。
この資金は姉の出資を断り、自分自身で用意しました。
この矢先の入院となる。



継続できる力こそ財産。



大学病院の彼女の病室は内鍵が取り付けられ、重い紫檀の衝立まで立つ。
ドアが開いても、まだ室内さえ見えない。
乳がんで余命2週の告知も二十七歳は延命薬で百八夜を戦ったが、キリスト教に未経験も未婚は、義兄の院長が休診となる毎週末もで極悪非道の性暴力の餌食になり続けた。
臭いを逃すべく開け放たれる窓は空梅雨の空でした。
「助け」を求める「叫び」を、大学病院の研修医から小児病棟の看護婦さん達から掃除のおばさんに至るまで、聞かない人、知らなかった職員は居ない。
が「末期がん、終末期ゆえの叫び」と受け止めて「思い込み」から、誰も駆けつけなかった。
助けに行かなかった。無視した。性犯罪を後押しした。
私が「この事実」を聞き取った時期は【御山】である。
天使となった彼女と二人で生きようと【〇〇キャンパス】なる遊戯施設を建設しましたが、ここに近所のペンションから送迎されてくる観光客の中に5~6人の病院職員が居た。彼女達が〝何が切っ掛けだったのか忘れましたが〟一部始終を話してくれたのです。
末期がんだから仕方ない「声」とした過ち、類似の件はおろか、虐待などとも合わせ、威厳と≪尊厳ある死≫の崇高な命題から、≪安楽死≫の定義、そして延命薬は本人の心を第一に尊重して欲しく、情熱から、提起させていただきます。



死因の乳がんすら院長が成した細胞。
純白に未経験の証は長男に長女も見知る。

義兄の本心から私への嘘に気付きながらも姉の幸福を願い、本性をあらわした性暴力と合わせて最期まで姉に言わなかった、犠牲の愛。
純愛と教義。

遺品には癌に関する新刊がありました。買っていた。そこまでとは思わずとも少しは自分の異変に気づいてた。
それでも、姉にさえ打ち明けなかった。
何故なんでしょう。
私です。私が悪かった。

彼女の結婚資金から将来に及ぶ財産を奪い取る策が成就して、よほどうれしかったんでしょう。
喪が明けた院長は調子付き、饒舌になって私に真相を喋りすぎた。
滑らかに全てを言い終えてから、後悔し始めていた。これは院長の癖らしい。
〝何時もだ〟とかブツブツと独り言していた。
よって今度は私を〝どうにかしなければ〟身の破滅だったのです。

真相は、彼女の姉、つまり院長たる義兄の奥様との性生活も映像化する。
その床の姉の声に姿態、終わった後の姉の行動、翌朝のシーツまで再生する。
姉妹で私の夢に忍び込む。夜這いされる。
凄まじい恐ろしさと、最初っから院長の側に寝返っていた私の代理人により、私は仕事から姉妹に触れる記憶を失った。

本宅の異母姉に養子を迎えての悲しい生い立ちでした。
院長こそが【婿養子】だと、私は知らなかった。
これが正に【事実は映画よりも奇なり】のすべて。分かってみれば小さなこと。
こんな小さな事実が大きくなった挙句、世の中に犯罪という形を作っていくんでしょうか。
私に限らず、どなたの人生にも大なり小なり、どこかに有ると思われる何か。
普通の生き方こそが、本当にむずかしい人生。
スーパーの安売りにも行く平凡が良い、毎日の暮らし。

 同床異夢、

 人脈。連携を保ち、

 背景。犯罪を重ね、

 経緯。手足になって働き、

 世間。風評もカネまみれで流布させた結果、

 歴史。戦争の続きとした抗争勃発、

 抹殺。全てを揉み消そうと、

 原動力。犯罪者に仕立て上げようとするも失敗、



 何も、何ひとつご存じないままに姉も彼女の下に逝かれた。
雲の上から観られている私です。恥ずかしい死に様はできない。



どんなに物凄い権力の寄せ集めでも根底にどす黒く横たわるのは、カネ。

何十億だか、百か二百か三百かは知らないがカネである以上、叩き潰せる。



 現実。余りの不可解さに記憶を取り戻せた私、

一番大切だったのは【自分を信じきる心】
これがなければ潰れていました。



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まだまだ先は長い。やっと一割程度の原稿が片付いただけなのに疲れました。
でも後一か月分位が過ぎれば、先はスラスラ、だと思ってる。
大変なのは姉妹を抉らなければ通れない箇所だけ。
ここを過ぎれば姉妹との楽しい思い出だけが待っていますから。そこに早く行き着きたい。

 

 

 


2010年07月25日 07時39分26秒 | 朝顔 「椿灰」 

2012年

あらすじは、【  朝顔  

 


2010年07月25日 記



 【十一夜 ☆家族】 から



妹へ。
医師会、財界、法曹界、居心地良き上流社会でしょうが、母が心配している。

先の三連休は二人で一緒に過ごしましたが、もう一人で台所に立たせられない。包丁も無理。
「いまどうしてる?」って電話を入れてから、会ってやって欲しい。
変わりように、びっくりするよ。日に日に弱くなっている。
このままの貴女では生涯、そうなるのも運命で苦しみを背負う羽目になるよ。私みたいに。
今日になっても、私は驚かない。それだけ弱弱しい母です。

師範殺しから抗争に関係した社会が何故、私から貴女を取り巻いていったのか。
貴女は私の情報を得たい勢力に最初っから利用されていた。
今は私を周辺から圧力を掛けて黙らせる為に、母から苦しめようとのホンモノのワルに成り果てた上流とやらに操られている。
それと知っていても何故わたしは何も言わなかったのか。それは嫁入りした貴女だから。
私を恨んでも構わない。だが母は切り離して考えなさい。そうやってワルは何でもかんでも一緒くたに受け止めさせ、枝葉なのに、さも当初からの根幹めかして太らせる。
おのぼりさんなのに東京もんから馬鹿にされ続ける田舎の構図だ。あなただって東京から福岡に帰ってきた当初は嫌っていた社会の在り方でしょう。思い出してください。

弁護士と知り合った切っ掛けは? そしてそれは何時? 何故その弁護士が会長になったのか。
キリスト教関係は? 誰からの影響なんですか。
医師会長周辺との付き合いがそこまで深まったのは何時ごろからなんですか。
このブログに貴女の周辺で起きた私に関連する出来事の日付けを照らし合わせてごらんなさい。

何が観えてくるかな?

さらに警察から検察の持つ情報まで加えると、どうなるでしょう。

それを法廷に持ち込めた時・・・

 

 

 


着せ替え人形と言葉遣い

2010年06月17日 07時21分03秒 | 朝顔 「椿灰」 

 【十夜 夢想】 から

延命薬の副作用で身体の自由は利かなくても意識は正常なんです。
聞こえます。見えます。声は出せます。だから「叫んだ」
窓は臭いを逃がすべく開け放たれていた空梅雨の空へと、声は近くに居る人を探した。
「助け」を大学病院に居る人たちに求めた。
だが、これさえ末期がんゆえの“叫び”と受け止めてしまう看護師さんたちに掃除のおばさん、入院患者の人たち。研修医に教授さえ黙殺してしまう。
この声の存在を知らない職員はいないそうだ。

「おかしい」感じた方がおられたにしても病室には内鍵がかかっているし、開いても次には衝立がある。地域社会どころか医師会がらみもの力関係が暗に二の足を踏ませたのでしょう。
これは九年後に暴力団抗争を招き、現在の凶悪犯罪都市福岡を形成していった構図と何ら変わらない。

声の存在は小児病棟の二人の看護師さんから、阿蘇で聞きかじりました。
わいせつ行為と看病の恐ろしき勘違い、思い込み。これこそ事実は映画よりも奇なりな体験なんですよ。



・・・着せ替え人形、、、
するがまま。楽しんだ院長である。。。


意識ははっきりしているのに抵抗できない。されるがまま、、、
あの裏千家も師範の精神性・・・
私は無論、誰一人として想像しえない高みにあるんです。その彼女を。。。



これらを核として奈落の底にあった十九年間もの記憶の喪失から救ってくれたのが、偶然に手にした一本のアダルト・ビデオです。
場面は、抜け落ちる髪。上ではなく、下の。俗に言う〝麻雀の白、別名です〟貸し出し期間中の一週間は狂ったかのように何回も何回も見てしまいました。
少しずつ、思い出せていくのです。完全に自分を取り戻していけた。
この告白のブログ記事、書くのも最初は恥ずかしかった。家族に娘に友に読まれたらとか色々と考えてしまいます。ですが何もかも乗り越えなければ、何も始まりません。
例外こそ作ってはいけないんです。一つ隠せば、一つの嘘のように大きくしてしまうのです。 

プラトニック・セックスの女性が亡くなられました。なぜ、そのような死に?
引退後の仕事で頑張る方たちにあの方の二の舞を味わわせる世の中では、情けない。
それら業界からの女優さんの仕事の範囲ですが、私が〝助けられた事例〟を生かせないものなんでしょうか。性犯罪だけでなく、DVなどからのトラウマの原因から対症に癒しの分野に引退後の生き方を見出せたり広げられると、思ったりしたのですが。。



私が遭遇した医者の恐ろしき性犯罪に詐欺から抗争を経ての米国逃亡は追加投稿しなくっちゃいけないとは解ってんですが、パソコンに対峙して、いざとなると頭ん中でグルグルと又しても何もかも巻き込んで回り始めるだけで、一つ一つが文章として下りてきません。
書き進めなくっちゃ、としても、その繰り返し。一度気が緩んだからか、楽を覚えたからか、指は立ち止まったなりだ。
今日はなんとか最初の数行を乗り越えられました。ほとんどは一行で没です。が、
こうやって書いていても何か変だ。読み返すのは更に苦しい。稚拙な文章は勘弁してください。

ブログを考えてのTwitterなんて最初っから私の言葉遣い、おかしいんだから。深く考えない。
意味が通じれば、目的は達成との考えで歩む彼女と私、娘への内容です。








医院を代替わりできても米国移住できても

2010年06月15日 07時48分39秒 | 朝顔 「椿灰」 

 【十夜 夢想】 から

考えた通り余命いくばくも無い“二週間”で大学病院に搬送された二十七歳も未婚の乳房を肉体を、
「どうせ死ぬんだったら終わり、楽しませてもらう」
と、自分の医院が休診となる毎週末もで犯し続けた義兄も院長は、私から暴力団抗争までの一部始終を告発されるや否や、たった数ヶ月で、あの医院を長男に代替わりすると共に、米国に何故か移住できた。
私から母から取引先から騙し取ったカネを日本に代替わりという名の医院に残して。米国に抱えて。
八月二十五日早朝まで百八夜の性描写で記憶を失った私でしたが、阿蘇における何人もの女性達の温かさに触れて自分を取り戻せました。
追求の手を緩められるはずもなく。

 


・・・そんなこんな活動の2009年春。そこなる市長に郵送した数日後の出来事、、、

我が家の周りに数台の警察車両が集まるが暫らく待機していた後に離脱してしまう。

凄かったのは次の夜。かなりの仰仰しさで道路を占有するパトカーに警察官の頭数の多さを通りがかりに目撃した親戚から一報が入りました。報道まで居たんじゃないでしょうか。
「(わたしを)捕まえに来たとよ」
親戚は笑いながら心配していた。

しかし、この時には既に私も知っていました。二時間近くは騒々しかったからね。
警察の現場責任者に一言、申し上げます。
「携帯で指示を仰ぐ際、被疑者扱いの私に電話での話し声を聞かれてどうするんですか。うちの窓際にまで歩いて来て電話するから筒抜け。落語みたいでした。ビルの間は響くんですよ。特に夜間は。以後は気を付けるように」
このまま、静かななりで、解散と相成ってしまいました。ガソリンまで消費しておいて。

骨を斬る、だなんて私も調子に乗って本音を書き過ぎました。
警察に呼び出されての「性犯罪」から「詐欺」に「国外逃亡」と本筋を辿るつもりだったのに、もう期待できそうにありません。

「応える立場」じゃないと、核心となる部分を性描写が占める犯罪において全貌を明らかにするのは精神的に苦しくて難しいんだよ。
一度Twitterで楽しちゃったから尚更だ。緩んだ気持ちを引き締めて元に戻れるや、否や。
自信、ない。
包容力が欲しい。
一人じゃ、多分、挫ける。