朱禪-brog

自己観照や心象風景、読書の感想
を書いてます。たまに映画も。

焼鳥屋(終)

2021-10-01 06:14:54 | 雑記
宇都宮にある旧中島飛行機の流れを汲む
富士重工宇都宮製作所
航空機の翼(よく)を加工する
航空機の機体は全て削り出し加工が基本となる
少し専門的になりますが、ジュラルミン7000番台という軽くて強い素材を無垢(加工される前の状態)の何トンという重さから何百グラムまで、切削用の刃物(エンドミル)と専用の工作機械で削り続けて仕上げていきます
そこでの工具選定の打ち合わせを終え
帰路につく

少しご無沙汰だ
報告書を書いたら龍に寄ろうか

---
(おや?定休日ではないのに提灯が灯ってない)

ガラガラと引き戸を開ける

(こんばんは)
親爺が白馬錦の一升瓶から酒を注ぎ
独酌している

(何かあったんですか?)
凍えるような声で
「朱禪さん、かかあがあの世へいっちまった…」

(えっ?)
呆然とする
ひと月前にはあんなに元気だったではないか

ぽつりぽつりと親爺が凍えた口を開く

心臓発作であったこと
朝起きると冷たくなっていたこと
男をつくって二度出ていき、二度出戻ったこと
生きる意味が見いだせないこと
葬儀は近親者だけですませたこと
亡くなったことが信じられず
それでも隣りにいないことに気づき
絶望的になること……

「おらぁ、もう商売たたんちまおうかな…悲しすぎて涙も枯れちまった」

言葉が出ない…
親爺は3升目の白馬錦を開ける

(俺も飲んでもいいかな)
親爺はコクと頷く
カウンターに入り、くろうまを手に取り
親爺と差し向かいになる

黙って、ただただ親爺のママに対する
想いとどれだけ自分がママに惚れていたかを絞り出すように話す親爺と酒を酌み交わす

そのうちに親爺はグラスをことりと
置くとカウンターで寝てしまった

朝になると、また悲しみがやってくる
だろうと思いつつ、親爺を担ぎ、
2階の寝床に寝かせる
ポットに水を満タンにしグラスと一緒に枕元へ置き立ち去る

店の鍵を閉め、焼き場の窓の隙間から
ポトリと落とす

明け方の空は群青色から蒼天に変わろうとしていた

(今日は仕事にならんな)と思いながら
急に酔いが体の芯にこびりつくが
醒めた頭の隅でママさんにお礼を言う

(ママ、いつも笑顔で迎えてくれて
ありがとう。もしどこかで親爺の事をみているなら、もう泣くなとそっと報せてくれませんか。お願いします)

---

以来、自分で焼く、焼鳥は食べるが
焼鳥屋には行っていない(行けない)

私の中で「焼鳥屋」は「龍(たつ)」しかない事はこれからも変わる事はないだろう。

亡くなった人を想うと
その人に花が降りそそぐという事を
今日は信じたい