gemma

オカメインコとネコとヒト。

身辺。

2011-04-20 | ■キオク、キロク

ちょこたんだけは
多少の揺れで動揺する事なく
落ち着いています。
それが本当に何より。

生活事情に関しては、
被害の少ない地域のほとんどは
ライフラインが回復しています。
被害の大きかった地域も
少しずつ、というところです。

建物の損傷が
営業に差し支えないお店は
だいぶ営業を始めています。
大型複合施設は、
ゴールデンウィークに向けて
修復作業を頑張っているようです。
スーパーなどは、時短営業ではありますが
ヨーグルトも少し
買えるようになってきました。

個人宅も少しずつ
業者さんが入っている様子。

福島に住む知人とその家族は
いまだ避難中です。
原発からのお仕事も多かったようで、
どんな気持ちでいるんだろう。

福島に実家のある知人は、
津波は来なかったものの
原発の近くなので
お兄ちゃん家族とお母さんが
避難をしていました。
どうやら、お母さんの方は
息子のいる仙台で
同居することになりそうです。

石巻の知人は
新築の家が津波に遭いました。
その後、奥さんの実家に身を寄せましたが
支援物資のおかげで
食べ物などには
あまり困らなかったそうです。

牡鹿で民宿をしている知人は
津波はそこまで来なかったものの
だいぶココロが沈んでいたようで。
大丈夫かな。

大河原の知人は
家を失い
家族とバラバラに住むことに。
その後、アパートを探していたけど
見つかったかな。

横浜にいたけど
仙台に移り住み、
新港で毎日のように
波乗りをしていた知人は、
結局、横浜に戻るそうです。

地震の影響をあまり受けなかった知人は
山形勤務で仕事にも影響はなかったのですが、
涙もろくなっていました。

仙台の蒲生に実家のある知人たちは、皆、
実家は水で流されましたが
家族が無事だったそうで。

次々と被災地を訪問する
著名な人たち、
明るい気持ちになれた人が
たくさんいることでしょう。

自衛隊や消防や警察のひとたち
なんて過酷なんだろう。
そして、どれだけの亡きがらを
目にしたんだろう。
原発で処理にあたっている人たちと
送り出したその家族は



今日、目の前を走る
いわきナンバーの車を見て
胸がギュッとなりました。
震災後からは、
テレビで流れる曲のほとんどが
心にしみて仕方ありません。
好きな音楽しか聞かなかったのに、
今では何でも響いてきます。

そういえば
すごく悲しい時に気づくと頭の中で
「ぽぽぽぽーん」が流れていて
これのおかげで
絶望感が薄れている気がしました。

久しぶりのバラエティー番組にも
ただ笑うことができ
感謝しました。

被災地の人も
被災地ではない人も
たくさんのものを
頭の中に留めていそうで
心配です。

とくに悲しいものは
長くは留めないように、
体にわるいものは
持ってもすぐ手放すように

して下さいな。