いつまでも感傷に浸っていても仕方が無い。
と、鹿島鉄道を後にして再び常磐線に乗る。
朝乗ったのと同じE531系。
今度は乗車距離も短いので普通車をチョイス。
この車両、4扉の通勤車なのだが、
先頭車付近の車両はセミクロスシートになっているので
その車両を選んで乗り込む。
車内のインテリアは、
近年の通勤型車両としてはかなりカッコイイ方だと思う。
単なるパイプや網じゃない荷物棚の造作も凝っているし
何と言っても吊り革の黒がアクセントになって、
全体を引き締めてクールな印象を創っている。
…しかし、インテリア的には良くても、
実際の居住性は…(苦笑)
クロスシートが…硬い…。
30分かそこらの乗車時間なら平気だが、
長距離乗るんなら迷わずグリーン車をチョイス、だな。
勝田の駅で下車。
ここで、茨城交通へと乗り換える。
勝田と阿字ヶ浦とを結ぶ、
全線通しで乗っても30~40分程度の小さな路線。
鹿島鉄道に匹敵する、のどかなローカル非電化私鉄。
そう聞いて乗らないワケにはいかない。
と言うか、今回の旅のメインだったりもする。
勝田の駅にやってきたのは、
キハ3710(みなと)形と言う軽快気動車。
茨城交通の路線は正しくは湊線(みなとせん)と言うらしく、
それを掛けた形式番号らしい…。
勝田を出た列車は、
まっすぐに田園風景の中を走りぬけていく。
どこまでも、どこまでも続く平原。
途中、ちょうど路線の真ん中あたりに位置する、
那珂湊の駅で下車。
茨城交通の中で最も大きな駅らしく、
構内は車両基地も備えているのか、
何台もの気動車が停車している。
そして、構内の片隅に、
一台の車体が打ち捨てられているのを発見。
台車は外され、その車体は倉庫として使われている模様。
しかし。実はこの車両。
日本の気動車史に大きな意味を持つ車両だったりするのだ。
その名を「ケハ600形」。
日本初の、オールステンレス製気動車なのだ。
ステンレス製なだけあって、車体は全くサビも無く、
台車を取り付けてやれば今にも走り出しそうだった。
那珂湊でしばし街中を散策し、昼食を取ったりしつつ、
再び茨城交通に乗り込み、終点の阿字ヶ浦へと向かう。
阿字ヶ浦の駅は、
いかにもローカル線の終着駅と言った風情の、
ひなびた無人駅だった。
そして、この駅から5分も歩けば海に出る。
阿字ヶ浦は海水浴場として有名な場所らしく、
辺りにはいわゆる「海の家」の様な、
そんな店舗が幾つも並んでいる。
しかし、シーズンオフの今はどこも閉店。
そして人っ気の無い海には白い波が高く打ちつけ、
なんとも荒涼とした、寂しい雰囲気が漂う。
しばし海を眺め、一人物思いにふける。
こうして眺める、季節外れの海もいいもんだ…。
いやむしろ。
独り旅には、こんな季節外れの海こそふさわしい。
オンシーズンの、賑わいを見せる海は楽しいけれど、
でもそこには、何の趣きも風情もあったもんじゃない。
独り旅ならではの、「寂寥感」を感じることなんて出来はしない。
阿字ヶ浦の駅へと戻り、帰りの列車を待つ。
やって来たのは、キハ2000形。
その車体を見た瞬間、思わず一人ガッツポーズを決める僕。
最近、すっかり旧型気動車萌えとなってしまった僕にとって、
この車両はあまりにツボ過ぎる。
茨城交通は、
全国各地からキハ20系列の気動車を集めていたらしく
このキハ2000形もその一つ。
元々は北海道の留萌鉄道を走っていた車両らしい。
いかにも国鉄時代の旧型気動車を思わせる外観も素晴らしいが
内装が本当に素敵過ぎて危うく萌え死にそうだった。
ずらりと並んだ青いモケットの固定クロス。
緑の化粧版の壁面の内装。
もうこれだけで、旧国鉄の中長距離列車の香りがぷんぷんする。
そして更に、床は木の板張りで、
何とも言えない、暖かみのある、懐かしい匂いが、
車内中に立ち込めてくるのだ。
走り出すと、これがまた何とも心地良いエンジン音を奏でる。
最近の気動車では決して出し得ない、
味のある音を響かせ、のどかな田園風景の中を走り抜ける。
完璧だ。あまりに完璧過ぎる。
この半年あまりで、幾つかの旧型気動車に乗った。
JR山田線のキハ52。小湊鉄道のキハ200。
そして鹿島鉄道のキハ600系列。
どれもがそれぞれに素晴らしかったのだが、
この茨城交通のキハ2000は、その中でも群を抜いて素晴らしい。
そう断言してしまおう。
キハ52では少し物足りなかったエンジン音。
キハ200やキハ600では残念に思えた車内のロングシート。
そのどちらもを補完し、
更に床が木の板張りと言うレトロっぷり。
完璧だ。本当に完璧過ぎる。
旧型気動車萌えの為に生まれてきた車両。
そう言っても過言では無い。
いやむしろ、そうとしか思えない。
勝田までの帰路。
あまりに幸せ過ぎて、僕は終始顔がにやけっ放しだった。
傍から見れば独り旅の旅行者ではなく、
ただの危ない人物だっただろう。きっと。