風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

中央会

2022年02月27日 | こたろう
コロナ対応で、広い会議室を二つ合わせて利用。⇒利用料が倍になる。
窓や扉は開けて換気に努める。⇒慣れたけど、寒いなぁ。
席を一つずつあけて、着席。⇒マスクもあって、声が聞き取りにくい。微妙な会話がむずかしいなぁ。。。
合吟はしない。⇒、声を出さないで、いきなり、吟詠発表は、きつい。二巡目でやっと声が出てくる。

私の席からでは、遥か彼方に、会長がいらっしゃって、マスク越しの声は、くぐもっている。
眼よりも耳を凝らしている。

困難な状況は、いつまで続くのやら。
昨年であれば、感染者の数を見ると、中止であったのですが、ワクチン三回目接種で、見えない敵に対抗できている気分。
全日出席して居ます。

会が終わった後で、居酒屋でいっぱいがなくなって、久しいのですが、リラックスして気持ちを伝えあうことが無くなって、意思の疎通がとても困難に感じます。

中央会の会議で意見を言うには、どうしてもハイになってしまって、言葉が足りません。
今日の本当のところが伝わらなかった原因は、私はどうしても思いを伝えてしまうこと。
事実を的確に伝えることが出来てなかったことを反省点。

思いが膨らみすぎて、言葉に出てから、間違いに気づく。

今日は、11人の男性合吟の練習。
いつもコメントを求められないのに、私に急にどう?と、振られました。
会長自ら陣頭指揮をとられている時に、それはないと、思う。
私などが付け加える言葉は、無い。

それで、視線が気になります。と関係のないけれど、一番気になっていることを言いました。
あきれられて、次の言葉がない。それはそうだが、私としては、これが精一杯。
しばらく後に、視線についてお尋ねくださったので、視線を上げねば、意思の統一は測れません。隣の気配を感じるには、目線を上げねばなりません。と、お答えしました。
だれも望んでいない答えだったようです。
ほかの誰よりも、指摘を欲しい方へと質問先が移っていきました。

そして、もう一つ、「1回2回のことではなく、1年継続して」と、大書するかのように伝えるべきでした。
そんな簡単なことなのにねぇ。
後になって気づくのでした。

心意気を示すには、時として、激しくぶつかるものです。
ちょっとのことでよろよろしてしまうのでは、言う意味がない。
同じ強さで受けて立つ人がいてこそ、戦いは始まるのだ。
力の予想ができる人が居て、予想をしながら言い放つことが出来るのは、素晴らしくも羨ましい。
そういう仲間たちが、いるよねぇ。羨ましいなぁ。
そして、柔らかな表現の中に、強い考えがあることを見逃してはいけない。



今日は、3月号のKANGIN TOKYO NEWSを配りました。
開催情報には、22番目の教室が掲載されました。
その教室は、「吟友草加」
4月から正式発足予定です。
早々と、ありがたいことです。


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