Re:SALOON & VBA

民主主義と・・・「決め・分け論」㉙

ウクライナ侵攻が始まって、もう、一月半以上が経過した。
ロシアという国の在り方(歴史)が原因なんだろうが、
その根底に、民主主義、ひいては、政治の在り方が問われている気がする。

ロシア、中国、北朝鮮と、専制主義的政治体制を「悪」として、
排除しようと考えるのは、実は、簡単だ。
「決めたい」と「分かりたい」とに、分けて考える(つまりは分かりたい側からのアプローチ)
というコンセプト(という程のものではないが、その指向性)で、ここまで来ているので
それ(「悪」として排除)は、やはり、「決めたい」になるので、避けたい(勿論、それを含んで排除はしないが・・・、ジレンマ)。
民主的と言ったとき、ロシアに対する、欧米、日本は、
果たして、民意が反映された政治体制なのであろうか。
元々、政治は、「決めたい」の側の機構なのだと思う。
民意は、ひとつではない、様々な思い、指向、思考、嗜好、志向がある。立場も地域もある。
皆んなが満足する、誰も不利にならない「決める」は有り得ない。
かと言って、決まらないでは、社会が回らない、そこに、ルール、基準は必要だ。
で、民主主義が、必ずしも民主的ではないという、ことが生じる。
民主主義は、ある意味、妥協点をどこに求めるかのルールである。
一応、成人の投票によって、議員を選び、その議員が、多数の意見を議会で決める
という方法になっている。
言うまでもないが、未成年者が排除されているのは、判断能力にラインを付けている為
本来、年齢が判断能力と必ずしも一致するものではないというのはあるが、
どこかにラインを引かなければ「決められない」という「妥協点」の産物。

尤も、厄介なのは、多数の意見=正しい意見 ではないということ
多数決という原理、選挙、投票、採決という方法は、
真に、正しい決定に辿り着ける理だろうか、
誤謬、誤解、熱狂、陶酔・・・の入り込む余地はないだろうか?

その矛盾点を突いたのが、専制主義ということになる。
尤も、正しい、将軍様、大統領が、国民の為を思って(慮って)
苦渋の選択をする、ということになっている。

民意が一つではない、ということと
どこかで「決めない」と行けないということ
の矛盾で、どこに妥協点を見出すかで、政治体制が「決まって」来る
そういうジレンマが、どこまでもある。

最も民主的というのであれば、
全国で一区、それぞれの議案をネットで、国民投票で決める方法かと思う。
ああ、でも、やはりそれも、多数決?
まあ、多くの人でそう決めたのだから、仕方がないという妥協点に繋がるか、

でも、そうやって、戦争に突き進んだ戦前の日本だったのかも・・・
そして、今、プロパガンダに操られて、プーチンを熱狂的に支持しているロシア国民。
(ヒットラーの演説に酔う、ドイツ国民と、今のロシア何が違う)

そして、この稿は、迷宮に陥るのだけど、
まだ、こうして、思ったことを書き込めるネット空間があるのが、
ひとつの救いだ。

何んか、訳の分からぬ、無駄なこと(「決め・分け論」)を書き込んでいるゾ
止めさせろ、逮捕しろ、排除しろ とならない(今のところ)
のが、有難い。
意味がない(何の結果ももたらさない)、止めろもないのも・・・

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