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みたり*よんだり*きいたり*ぼぉっとしたり

映画のこと、本のこと、おもったこと。

みてるだけ

2006-07-02 01:07:34 | ぼぉっとしたり
『美しいボディラインをつくる女性の筋力トレーニング解剖学』(フレデリック・ドラヴィエ著 大修館書店)は
コワイのにワラエる一冊です。
だって肌・・じゃなくって筋肉まで露わにしながら筋トレに励む女性の98種類の表情が、なんというか読者の視線をしっかり意識している感じで妙な雰囲気。
てゆか、たぶんジムに通いすぎなのかもしれない、非体育系人間としては急激に負担がかかってしまったかも、と思うほど身体がだるくて仕方なかったここ最近。自分に合ったペース配分やら休息のとり方やら筋肉が作られていくプロセスやら知りたくてちょこちょここの手の本を見ているけど、やっぱり、わからない。マッサージ師さんに相談してみても、「いやー前向きなのは良いことですよ。でも無理はいけませんね~」なんて、そんなぁ。
「知らないよ。」といってくれた方がまだわかりやすい。
やはり大豆プロティンなのだろうか?
なんかなぁ、そんなつもりじゃないんです、って感じでイメージ違うんだけど。

静寂への偏愛

2006-06-14 01:39:12 | ぼぉっとしたり
どこもかしこもやかましい街に暮らすようになって、知らず知らずのうちに順応しているみたいだけど、それでも、ラジオもテレビも喫茶店のBGMもコンサートの咳にもスーパー袋のスーパー音にも電車内でのあるいは居酒屋でのおしゃべりの意味わかんない声の大きさにも隣の子育て中のお母さんの怒鳴り声にも耐えがたきを耐えて暮らす日々なのは、昔から”ながら”作業が出来ない自分がどちらかというと、いえ、いわなくても不器用で融通が利かないからだと思っていました。でも、芥川也寸志の”静寂vs音楽"論は安らぎを与えてくれました。無響室に閉じ込められたような真の静寂は狂気を誘発することもあるけど、日常的な静寂は人の心に安らぎをあたえ、美しさを感じさせる。

「静寂は美しい」と。

音楽に惹かれるのも「静寂が美しい」からというのは、一見矛盾しているようであまりにも美しい説明です。先日のツィメルマンの音の消えゆくさまを聴かせる演奏の余韻が残っていたため、まさにピンポイントフレーズでした。


エピキュリアンの横顔

2006-06-12 09:35:25 | ぼぉっとしたり
初めて悔しいおもいをした。
でも、きっとこれはいいことなんだ。
おれはやめないよ。つづけるよ。

負け知らずでゆくことの危うさを察知して、
悔しいおもいを糧にしていこうとする
ちみのこころ根が
どの分野においても
枯れないように。

楽しさを身上とするちみから
ふと垣間見えるちから

わたしは
枯らさないように。

おみゃんのおかんはなぁ

2006-03-19 10:16:53 | ぼぉっとしたり
おみゃんが良い動きをするたんびに、
客席で にっこり 笑うんだよなぁ。

おりゃぁ、ステージからそればっか見てたよ。
それをみてるだけで、幸せな気持ちになれたよ。

・・・・・・・・・・・

きっといつかは、ではなく
きっとどこかに、でもなく

ちみは

今、居る場所を愛するひとになってくれた。


約束

2006-03-08 03:27:15 | ぼぉっとしたり
屋根はたたんでしまっておきました。

ええ、そうなさるのがいいですわね。
もう、風に吹かれてもだいじょうぶ、
かえって心地良いですもの。

あの冬のさなかに

なにもご存じなかったはずなのに、

あかごのようにわたしをだきあげてたかいたかいをしてくださった。

わたしはずっとわすれないとおもいます。



エネルギーレベル

2006-03-02 00:18:26 | ぼぉっとしたり
ある目的に向かって、人を指導する人はエネルギーレベルの高い人がいい。
どうしてこんなにテンション高いの?と思わせるくらいの人の方が、指導を受ける側のマインドを知らず知らずのうちに活性させてくれる。あたりまえだけど、この場合、自分を発散させたいエネルギーじゃなくて、どのようにしたら相手を活性させられるだろうか、というところに向かうエネルギー。