25時間目  日々を哲学する

著者 本木周一 小説、詩、音楽 映画、ドラマ、経済、日々を哲学する

喧騒から逃げる。

2017年08月04日 | 日記

 息子家族、娘家族が時期を重ねてやってきて、家は喧騒で、ぼくはどうしたらよいかわからず、今日はさすがに逃げて一人マックにきた。マックも子供や中学生たちもいるが、それは気にもならず、一人の世界に入ることができる。関係性の意識が家のものとマックお客とではまったく違う観念の領域が働くのである。

 子供たちがきてから毎日天気が悪く、家の中にいるしかなかった。貝採りにも行く予定だったが、叶わず、今夜も港祭りはどうやらセーフそうである。奄美大島や鹿児島では50年ぶりの大雨ということで、たいへんそうである。紀伊半島は今のところ大丈夫そうだ。

 葬式の仕方を言い残しておいた。ぼくも妻も仏教葬式はしない。家族で自由葬式であるが、棺、火葬場までの車、ちょっとした写真や花などの置き場は業者に頼む。墓は不要で、パソコンにデータを残す。写真、好きだったもの、

このデータをクラウドに残す。

 これが一番すっきりだろうと思う。まだ生きるであろうが、そんなことを話すチャンスがあった。

 孫たちが50歳になるにはまだ45年ある。未来の年表をみていると、この間に相当な混乱がありそうである。遠い、遠い未来のことだが、振り返ってみれば45年などすぐである。

 コーヒーを飲んで、漸く、鎮まったような気がする。子育て中の娘たちもたいへんだが、この子ものんびりしたいだろうから、僕ら親ががんばらないといけないのだが、やっぱり耐え切れないのである。