25時間目  日々を哲学する

著者 本木周一 小説、詩、音楽 映画、ドラマ、経済、日々を哲学する

警蹕(けいひつ)

2016年05月17日 | 日記

 また相撲の話になる。昨日の白鵬と勢戦。白鵬の張り手、カチ上げ、1秒で勢いが倒れてしまった。恐ろしい横綱である。この恐ろしさこそが横綱らしいと言ってもよい。

 舞の海などはまた何か言うかもしれないが、横綱は恐ろしくなければならない、と僕は思っている。禁じ手をやっているわけではない。勢がまとも過ぎるのだ。勢の方が考えなければならない。白鵬の気迫には恐れ入る。あまりにも気迫があるせいか、解説者の北の富士も「う~ん」と黙ったままである。

 白鵬対稀勢ノ里戦では、「シー」をアウアンウスしてほしい。「シー」とは警蹕(けいひつ)のことである。土俵入りの時、四股名、出身地、所属部屋がアナウンスされるときに、行司が「シー」と言う。力士も土俵にあがる際、シーと言う。横綱の土俵入りでは行司が言う。静かにしてほしい、という意味である。相撲はプロレスではない。今の相撲界だったら、稀勢ノ里コールで沸騰することだろう。せめて、制限時間になればコールはストップさせてほしい。これをアナウンスしてほしい。テニスでもしているではないか。何も観客に迎合することはない。相撲の伝統をうまく守ってほしい。

 今日も楽しみだ。