狂電関人の写真庫

狂電関人本人のこれまでの写真のストックを思うまま徒然に表現。お立ち寄りの際には一言コメントをいただけると幸いです。

麦畑を駆ける

2016年04月30日 21時06分33秒 | 私鉄・地方交通 関東

ちょっと北関東へ出かけてきた。
そして久しぶりに煙分も補給した。

生憎、列車の接近前から陽が雲に隠れてしまいならばと1/30sec.で素振りの練習を・・・。



緩やかな勾配区間で、給炭したのかほんのり煙も出て狙い通りの一枚となった。
やわらかい緑の麦畑の傍を気持ち良さそうに列車は駆けていく。

2016年4月30日 真岡鐡道 七井~益子 C1266 6002レ

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山笑い麦そよぐ両毛線

2016年04月29日 10時30分00秒 | 徒然鉄ネタ

今日からGW、道路は混んでいるかもしれないけどちょっと足を延ばして出かけたいもの。
朝からあれこれ過去の記録とにらめっこして計画を練る。
そんな中、ふと・・・



3年前の両毛線。
季節は春から初夏に移ろいかけて。
一斉に芽吹く山の緑、青々と育つ麦畑がそよぐ一陣の風。



伝統色の電車たちが良く似合う両毛線の景色が気持ちいい。

2013年4月 両毛線 岩舟~大平下

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田に水が入る頃

2016年04月28日 18時15分26秒 | 徒然鉄ネタ

今日は朝から本格的な雨で、青空が恋しかった。
いよいよ明日から大型連休突入。

そろそろヒガハスの田圃にも水が入りガラッと季節が進むころ。
思い起こせば3年前の水鏡の頃は良い雲に恵まれた。
再掲の写真も混ぜてそのカシオペアの思い出カットを。



ポッカリと良い雲が浮かんだ空の下、通過直前で陽が翳り風も出て完璧とは言い難いけど空の表情がよくて
縦アングルにしてみた。苗の植わり具合を点検する農夫が居てどう取り込むか悩んだ挙句の画角。



そしてカハフと共にその農夫をアップでもう一枚。
この時季の8010レとしては電関人の中でお気に入りのカットとなった。

2013年5月 EF510509号機 8009レ @ヒガハス

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14系ハザ列車復活

2016年04月26日 18時32分37秒 | 徒然鉄ネタ

ホームページで正式に発表された東武鉄道の蒸機列車。
もちろん蒸気機関車が走ること自体嬉しいことだが、先般惜しまれつつ廃止されたはまなすで終焉かと思われた
14系ハザ使用列車が正式に復活することを嬉しく思う。
学生時代はこの車両による急行列車に随分と世話になったものだからである。



できることならば、変な細工をせずに往年の青に白のストライプのままで走って欲しいというのがオールドファンの望み。
写真は、その14系ハザで一番乗ったであろう急行阿蘇。
九州ではだいたい梅雨が明ける頃の7月中旬くらいに田植えを行っており、その田植え直後ぐらいの今で言う「テンハル」こと、
当時は天拝山などの駅はなかったので二日市~原田を行く203レ阿蘇。

1978年7月 鹿児島本線 二日市~原田 ED76+14系ハザ 203レ 阿蘇

 

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災害時の物資輸送網

2016年04月24日 11時07分28秒 | 徒然鉄ネタ

一個人として何もできてないからたいそうなことは言えないが、
今回の震災輸送についてちょっと考えてみた。

JR貨物による救援物資輸送が行われて、福岡貨物ターミナルまで臨貨が乗り入れた。
しかしながら周知のように福岡-熊本を結ぶ縦の幹線ルートが尽く震災により被害を受け利用不能に。
少し考えを巡らせると日豊本線は被害を受けておらず鉄道輸送によってもう少し現地近くまで
物資輸送ができたのではないのかと・・・。
残念ながら現在では南延岡から先の貨物輸送は行われておらずそんなことがネックになっていたようだ。



震災の度に地震大国だと連呼されているこの国土。
随分と減ったけれどもまだまだその鉄道網は津々浦々健在なわけで、こんな有事の際を考えて緊急物資輸送路としても活用できるように
再整備される必要があるのではないだろうか!?
仮に今回のケースでいえば、日豊本線、肥薩おれんじ鉄道等を使ってかなり近くまで鉄道による輸送が可能であったはず。
電関人の前からの持論「交通インフラが銭金を優先すべきではない」で、この国にこれからも起こり得る災害のためにも
鉄道輸送網の再度の見直しを真剣に議論してもらいたいものである。
上の写真は、かつての日豊本線南端部分で非電化時代のコンテナ貨物列車が往来していた頃の一枚。
この時代であったならもっとスムーズな救援物資輸送が行えたのかもしれない。



そして、こちらは2011年の東日本大震災直後磐越西線経由で行われた燃料輸送の臨時貨物。
鉄道による救援物資輸送の頼もしさを実感した記憶に新しい事例である。


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