先日に続きまして所沢航空発祥記念館で展示されていた現存する唯一飛行可能な零戦のレポート。
再度左側面から。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0e/61/2ef7d306001cce05df3124316a9a7daa.jpg)
翼端灯が単なる塗装に見えたので機能させていないものと思い込んでましたが、
こういうものなのかもしれません…現在とは色々違うしね。
主翼の画像手前側にあるのは速度を測るためのピトー管。
米国製のものに換装されているようである。
主脚のカバーは上下2つのカバーがついており、
脚柱の沈み込み具合でどの程度の荷重がかかっているか分かるように赤・黄・青の色が出るようになっているはず…なのだが
全て隠れてしまっている(塗装はしてある)。
塗装位置が悪いのか、それともこういうものなのか…?
その主脚のアップ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3e/05/bf710f145bb0323f27274768c30e8023.jpg)
現地ではよく分からなかったが、帰ってきてからよく見てみると日本語の銘板が着いている。
やたら綺麗な銘板は復元かもしれないが、脚自体はオリジナルの萱場製作所製(現カヤバ工業)らしい。
以前、某鑑定番組に同じ零戦の主脚を出していた人がいたが、あんなに大きい物、普段どうしてるんだろう…。
その他の展示。
色々と展示されていたがこれはその一部。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/41/57/b03efc2789871acb142229145aa0952f.jpg)
設計主任、堀越二郎氏の写真や有名な零戦パイロット、坂井三郎氏のサイン、実物計器や胴体内燃料タンク等。
武装類の展示。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/50/e1/6057f9d634db76650c4eafebf9860c58.jpg)
左側は主翼内に装備される九九式二号二〇粍機銃。
零戦は当初、翼内に銃身の収まる九九式一号銃だったが、途中から威力を向上させるため、長銃身の二号銃に変更された。
これらはスイス・エリコン社製の20mm機関砲、MGFFをライセンス生産したもの。
大型の爆撃機をも撃墜可能な大口径機関砲は米軍もその威力を恐れたが、
捕獲した零戦をテストした米軍はその運動性能があって初めて価値があるとして自国の戦闘機への20mmクラスの機関砲搭載を諦め、
ブローニング系、12.7mm機銃を多数搭載する道を選んだ。
実際、零戦搭乗員の間でも二〇粍機銃は威力が高いものの、初速が遅くて機動時の命中が悪く、
携行弾数も少ないといった不満もあったようだ。
余談だがこの銃の改良を行った河村正弥博士は戦後、陸上自衛隊向けの62式機関銃の開発を行っている。
中央は三式十三粍機銃。
コルト・ブローニング系の機関銃で後期の零戦に装備されたが、
今回展示の零戦は五二型であり、本来この機銃は装備されてなかったはずである。
零戦五二型までの固定武装は
・二〇粍機銃二挺(翼内)
・七粍七機銃二挺(機首・プロペラ同調)
であったが、
威力向上のため五二丙型においては
・二〇粍機銃二挺(翼内)
・一三粍機銃二挺(翼内)
・一三粍機銃一挺(機首・プロペラ同調)
に変更されている。
これら機銃類は表面が荒れていたのでどこかから回収してきたものと思われます。
靖国神社・遊就館には確かきれいなものがあったはず。
画像右端はエンジン始動用の慣性始動機(イナーシャ)とそのハンドル。
本来はエンジン・カウリング内に装備され、外からハンドルで回すことでエンジンを始動させますが、
流石にこの機体ではモーターで始動できるよう、改造されている。
31日のエンジン始動見学会では機体の手前に置いたイナーシャを実際にハンドルで回してから始動することでこの作業を模擬していました。
射爆照準器(OPL)の展示。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/42/d3/e71af6b44112eb39c6d00eff1422577a.jpg)
零戦はそれまでの戦闘機に装備されていた光学式照準器(ライフルスコープの様なもの)と異なり、
機銃の照準用に光像式照準器を装備した。
これはハーフミラー式のガラスに電灯でレティクル(照準環)を投影するもので、
光学式と異なり風防から突き出させる必要が無く、空気抵抗や汚れに対して強く、
覗きこむ必要もないので照準が容易になった。
先進的な照準器ではあるのですが、実際のところドイツから購入した航空機に装備したReviのコピーであり、
アクタン島で初めて捕獲した零戦を見た米軍の技術者は照準器を含めた操縦席内の計器等が欧米の模倣であることに一目で気付いたという。
この照準器、前方に模型の飛行機が吊るされており、後ろから覗きこんで実際に狙えるようになってましたが、
並んでたし、時間が無くて無理でした…。
光像式照準器は実物が少ないうえに人気が高いので結構高いです。
私も欲しい。
とまあ、とりとめもなく零戦の展示について書いてみました。
ある種、象徴的な戦闘機であり、飛行は不可能でも国内の数か所に展示されている所がありますので、
一度現物を見てみるのも悪くないかと思います。
再度左側面から。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0e/61/2ef7d306001cce05df3124316a9a7daa.jpg)
翼端灯が単なる塗装に見えたので機能させていないものと思い込んでましたが、
こういうものなのかもしれません…現在とは色々違うしね。
主翼の画像手前側にあるのは速度を測るためのピトー管。
米国製のものに換装されているようである。
主脚のカバーは上下2つのカバーがついており、
脚柱の沈み込み具合でどの程度の荷重がかかっているか分かるように赤・黄・青の色が出るようになっているはず…なのだが
全て隠れてしまっている(塗装はしてある)。
塗装位置が悪いのか、それともこういうものなのか…?
その主脚のアップ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3e/05/bf710f145bb0323f27274768c30e8023.jpg)
現地ではよく分からなかったが、帰ってきてからよく見てみると日本語の銘板が着いている。
やたら綺麗な銘板は復元かもしれないが、脚自体はオリジナルの萱場製作所製(現カヤバ工業)らしい。
以前、某鑑定番組に同じ零戦の主脚を出していた人がいたが、あんなに大きい物、普段どうしてるんだろう…。
その他の展示。
色々と展示されていたがこれはその一部。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/41/57/b03efc2789871acb142229145aa0952f.jpg)
設計主任、堀越二郎氏の写真や有名な零戦パイロット、坂井三郎氏のサイン、実物計器や胴体内燃料タンク等。
武装類の展示。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/50/e1/6057f9d634db76650c4eafebf9860c58.jpg)
左側は主翼内に装備される九九式二号二〇粍機銃。
零戦は当初、翼内に銃身の収まる九九式一号銃だったが、途中から威力を向上させるため、長銃身の二号銃に変更された。
これらはスイス・エリコン社製の20mm機関砲、MGFFをライセンス生産したもの。
大型の爆撃機をも撃墜可能な大口径機関砲は米軍もその威力を恐れたが、
捕獲した零戦をテストした米軍はその運動性能があって初めて価値があるとして自国の戦闘機への20mmクラスの機関砲搭載を諦め、
ブローニング系、12.7mm機銃を多数搭載する道を選んだ。
実際、零戦搭乗員の間でも二〇粍機銃は威力が高いものの、初速が遅くて機動時の命中が悪く、
携行弾数も少ないといった不満もあったようだ。
余談だがこの銃の改良を行った河村正弥博士は戦後、陸上自衛隊向けの62式機関銃の開発を行っている。
中央は三式十三粍機銃。
コルト・ブローニング系の機関銃で後期の零戦に装備されたが、
今回展示の零戦は五二型であり、本来この機銃は装備されてなかったはずである。
零戦五二型までの固定武装は
・二〇粍機銃二挺(翼内)
・七粍七機銃二挺(機首・プロペラ同調)
であったが、
威力向上のため五二丙型においては
・二〇粍機銃二挺(翼内)
・一三粍機銃二挺(翼内)
・一三粍機銃一挺(機首・プロペラ同調)
に変更されている。
これら機銃類は表面が荒れていたのでどこかから回収してきたものと思われます。
靖国神社・遊就館には確かきれいなものがあったはず。
画像右端はエンジン始動用の慣性始動機(イナーシャ)とそのハンドル。
本来はエンジン・カウリング内に装備され、外からハンドルで回すことでエンジンを始動させますが、
流石にこの機体ではモーターで始動できるよう、改造されている。
31日のエンジン始動見学会では機体の手前に置いたイナーシャを実際にハンドルで回してから始動することでこの作業を模擬していました。
射爆照準器(OPL)の展示。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/42/d3/e71af6b44112eb39c6d00eff1422577a.jpg)
零戦はそれまでの戦闘機に装備されていた光学式照準器(ライフルスコープの様なもの)と異なり、
機銃の照準用に光像式照準器を装備した。
これはハーフミラー式のガラスに電灯でレティクル(照準環)を投影するもので、
光学式と異なり風防から突き出させる必要が無く、空気抵抗や汚れに対して強く、
覗きこむ必要もないので照準が容易になった。
先進的な照準器ではあるのですが、実際のところドイツから購入した航空機に装備したReviのコピーであり、
アクタン島で初めて捕獲した零戦を見た米軍の技術者は照準器を含めた操縦席内の計器等が欧米の模倣であることに一目で気付いたという。
この照準器、前方に模型の飛行機が吊るされており、後ろから覗きこんで実際に狙えるようになってましたが、
並んでたし、時間が無くて無理でした…。
光像式照準器は実物が少ないうえに人気が高いので結構高いです。
私も欲しい。
とまあ、とりとめもなく零戦の展示について書いてみました。
ある種、象徴的な戦闘機であり、飛行は不可能でも国内の数か所に展示されている所がありますので、
一度現物を見てみるのも悪くないかと思います。
でも肉眼で読めなかったから諦めてた・・・
ズームで撮れば良かったんや!
おぉ、ホントに萱場って書いてあるね。
戦時中から既に油圧ダンパ作ってたとは・・・
恐るべしKYB。
ちなみに富士重のクルマにも純正で装備されてますよ。
ってかてっきり米国製互換品に交換されてあるものと思ってたよ。
そのための機能じゃないですか…ちょっとピンボケだけど。
銘板はレプリカが展示してあったし、付け替えられてる気がするけど、
POFのスタッフも「実物の部品を使うようにしている」って言っていたので日本製の実物と認識してます。
こういう会社が戦中に何をやっていたか調べると案外面白いです。