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会計の中の二つの顔(1) 複式簿記の歴史

2016-06-25 06:28:03 | 経済学
 人類史上の大発明とも言われている複式簿記の歴史の本を2冊読みました。
Ref-1) ジェーン・グリーソン・ホワイト(Jane Gleeson-White)『バランスシートで読みとく世界経済史』日経BP社(2014/10/15) ISBN-10: 4822250466
 原著 "Double Entry"
Ref-2) ジェイコブ・ソール(Jacob Soll)『帳簿の世界史』文藝春秋(2015/04/08) ISBN-10: 4163902465
 原著 "The Reckoning"

 [Ref-1]は10章のうち3つの章を会計の父と呼ばれるルカ・パチョーリの事跡に当てています。彼は1494年に『算術、幾何、比および比例全書』(スンマと呼ばれる)を出版し、そのなかの『計算および記録に関する詳説』という章で、"ヴェネツィア式簿記"についてはじめて体系的に論じました。その前史として、フィボナッチ数列で有名なフィボナッチ(1170-1240)が『算盤の書』(1202)でアラビア数字を広くイタリアに紹介しました。そして1300年前後には最古の複式簿記が残されています。つまりパチョーリは複式簿記を発明したのではなく、既に商人たちの間では広く使われていた複式簿記のわかりやすい教科書を書いたゆえに父と呼ばれているのです。

 一方[Ref-2]ではパチョーリの扱いは小さく、その分、会計技術が歴史に与えた影響が詳しく書かれています。

 その比較はまたいずれ詳しく書くとして、この2冊の本から、一見複雑で手間のかかる複式簿記が何故あの時期のイタリアで使われ始めたのかと言う理由がわかりました。それは複数の者達が資金を出し合って1つの事業を行うという形態が増えてきたからです。そのために1つの事業体の財産が本当は誰の持ち物かということを明確にしておく必要が出てきました。また事業を実際に行う事業者は取引明細を資金の出し手に説明する必要も出てきました。複式簿記というのは必ずしも事業者本人の必要によるのではなく、他人である資金の出し手に説明するために必要だったのです。まさに"account"ですね。

-------引用---------
Ref-1,p24「当時(1300年前後)の商人たちは、家族関係をもとにしたパートナーシップという独特のシステムで取引を行っていたため、パートナーそれぞれの拠出額と負債額を明確に記録する必要があった。加えて、信用取引の巨大なネットワークがヨーロッパ中に広まったため、フィレンツェのマーチャント・バンカーは記帳のための新しいしくみを考えださなければならなくなった」
Ref-2,p34「イタリアの商人は、仲間で資金を出し合って貿易を行う共同出資方式を採用しており、そのために各人の持ち分や利益を計算する必要があった。そこで、「必要は発明の母」という言葉通りの結果を出したわけである。」
-------終わり---------

 複式簿記は借方(debt)と貸方(credit)の2つに分類して記帳するのが特徴ですが、会計を学ぶ人はその意味について悩むことが多いようで、ネット上にも多くの疑問や解答が見られます。「暗記するしかない」とか「ひとまず意味は考えなくていい」とかは論外ですが、「原因と結果」とかまあ、外れずといえどもわかりにくい解答もあります。
 しかしながらちゃんと歴史を紐解いて正解にたどり着く人々も多いですね[*1]。簿記初心者徹底応援サイトの「出資者のために作ってるんです」という文章前後の記載は一番適切でしょう。~LOVE and FREE~というブログでの「科目名に注視しないで、その背景(相手)に着目する」というのもぴったりのアドバイスですね。正解にたどり着きながらも「貸方(credit)と借方(debit)の用語は、現在の概念とは逆になっているのである」[*2]という解釈は不適切ですね。現在でも、「複数の出資者に説明するため」という複式簿記の意義はそのまま通用します。逆に言えば、「出資者がほぼ一人で、その人の財布だけ管理すればいい」という場合には、あえて借方(debit)を複数に仕訳ける必要はないわけです。債務はマイナス資産として表記すれば十分です。それゆえ日本では江戸時代の商業の発展にもかかわらず"西洋式複式簿記"は使われなかったし[*3]、個人の家計や国家会計などの公会計や同好会の会計などでは複式簿記を使わなくてもやっていけるのです[*4]。

 さて複式簿記のバランスシートでは、借方と貸方がおおむね次のように分けられます。債権と債務との違いに御注意を。
  借方(debt) =現金+物品+不動産+預金等の債権+その他
  貸方(credit)=債務+資本

 これはすなわち、会社などの財産という同じものを2つの面から見ているのです。借方は財産の実体を示しており、借方は財産が誰の持主かを示しています。株式会社の場合なら、資本は株主の持ち分であり、債務は資金の貸し手の持ち分です。どちらも資金の出し手を示すという意味では同じことであり、違うのは資金を出すときの契約条件だけです。貸し手の持ち分をあらわに表記する貸方(credit)の存在こそ"ヴェネツィア流複式簿記(Venetian Double Entry)"の特徴と言えるでしょう。

 この2つを財産(つまり金も物も含む)ではなく資金というひとつのものの2面と捉える見方もまた可能です。その場合は貸方(debt)-借方(credit)というのは、運用-調達[*5a]、使途-調達先[*5b]、用途・所在-出所[*5C]、使い道-出どころ[*5d]、などという意味になります。バランスシートで示されるストックの場合は財産と見るのがわかりやすいし、損益計算書などで示されるフローの場合は資金と見るのがわかりやすいのではないでしょうか?

 どう見るにせよ、同じものを2つの面から見ているのですから両者は原理的に一致するはずです。もし違っていれば、何かが間違っているのです。計算違いか、それとも故意のごまかしか。ということで、2つの面からの記載を比べることで検証がしやすくなるのいうことも複式簿記の利点のひとつです。Ref-2によれば、複式簿記が広まっていく中でもむしろこの利点の方が強調されることが多かったようで、それは現在でも同様のようです。特に、毎日の取引を仕訳けしていくフロー管理の段階では、この利点が重要でしょう。

 借方(debt)と貸方(credit)の前にストックとフローとの違いを明確に意識することも大切です。ストックであるバランスシートの場合は上記のようになりますが、フローである損益計算書の場合は次のように分けられます。
  借方(debt) =費用+利益
  貸方(credit)=収益
 
 この場合、やはり2つの面から見ているのですが、その意味がバランスシートとは少し違います。典型的には"収益"は当期の商品売上で商品量と金額の2つの値がありますが、会計計算では当然ながら金額が対象になります。"費用"は言葉通りで、売れた商品量に対応する価値の金額(通常は原価)と設備費や人件費など様々な費用を含みます。売れなかった商品は、ひとまず資産として残っています。そして利益は[収益-費用]により算出される金額です。

 期末決算では、利益の額だけが会社の財産にプラスされ、費用は当期で消滅します。バランシートでプラスされた利益は貸方(credit)ではひとまず資本の内部留保に入ると考えられますが、ここから株主への配当に回るとどうなるか? 株主から見れば株券も配当も自分の財産になります。が、企業の会計の上では、株券の存在は把握しておく必要がありますが配当はもう手を離れてしまって把握の必要がないものです。それゆえ配当も費用に含めて当期で消滅させてしまえばよいわけです。

 まあこれは意味が違うというよりは、バランスシートと損益計算書では記載するものしないものが異なると言う方が正確でしょうか?

 さて"収益"として入ってきた現金は、実体としては預金なり固定資産なり動産(商品在庫とか)なりに姿を変えているでしょう。その金額はバランスシートの借方(debt)における各勘定科目(account title)への入金額の合計になるはずです。そして"費用"として出て行った金額は、同様に借方(debt)における各勘定科目からの出金の合計になるはずです。すると利益は以下の2つの方法で計算できることになります[*6]。
   a) 利益=[借方(debt)各勘定科目の(入金額-出金額)]の合計
   b) 利益=当期の総収益-当期の総費用

 で、1年とか4か月とかの期末にこの両者を計算すると合わないのが普通でしょう(^_^)。むろん原理的には一致するのですが、人は必ず間違えるものなので普通は一致しないのです。これを各取引ごとに借方と貸方に同一金額を計上しておけば自動的に計算は合うはずです。これが各取引ごとにいわゆる"仕訳け"をしておくことの利点です。このことにより、利益というものを自動的に正しく求めることが可能になります。

 次回はこのフロー管理のことを詳しく書いてみます。


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1) たとえば以下のサイト
 a) 簿記初心者徹底応援サイトの[借方・貸方の意味「なぜ資産は借方なのか?」]「そもそも、簿記の目的である財務諸表(貸借対照表や損益計算書など)は、何のために作るのか? 出資者のために作ってるんです。」
 b) 読書猿の中の人というくるぶし氏の記事[会計のことがよく分からない人のために書いたざっくりした歴史(2014.12.06)]。「〈借方〉とは、資金を実際に運用する貿易商人の方の記録にあたります。〈貸方)とは、資金を調達してくる大商人の方の記録にあたります。」
 c) 智創税理士法人・盛岡事務所の[入ってきた現金をなぜ『借方』に記入するの?]。「常に相手との関係でお金の出し入れを考えて仕訳をしていけばよいことになります。」
 d) 簿記・虎の穴の[仕訳を制する者が簿記を制する!(2013/04/05)]「当然「誰がお金を出資して、誰がお金を借りているか」を記録しておく必要があります。」
 e) ~LOVE and FREE~というブログの[『簿記の借方、貸方』について調べてみて、考えてみた]「科目名に注視しないで、その背景(相手)に着目すると、少し納得しやすいと思います。」
 f) 夢の砦というブログの[会計と経済性工学を勉強しよう その3(2012-12-03)]「左側はお金を借りた立場からお金がどのように使われているかを表示するものであり、右側はお金の出し手の立場から誰がどのような形で出したかを示したものです。このようなことから、借方を運用、貸方を調達と呼ぶ場合もあります。」
 g) 関根法律事務所の[借方と貸方を理解してしまおう]「貸方は「貸してくれているお方」です。」

2) a) 放送大学・岡部洋一教授(東京大学名誉教授)の[『複式簿記』(2015/07/06)]、p10「つまり、貸方(credit)と借方(debit)の用語は、現在の概念とは逆になっているのである。それにしても、現在も昔の定義をそのまま使っているとは、迷惑なことである。」
  b) 碓氷悟史; 柴田寛幸『入門会計学テキスト 第4版』中央経済社(2006/02)
   碓氷悟史(ウスイ サトシ)は亜細亜大学経営学部名誉教授にして公認会計士、会計戦略コンサルタント。
    p12 「イタリアのフィレンツェ地方の銀行はお客から預かったお金を帳簿の左側に「銀行が借りた方」として記入した。~その後一般の商売で記帳する場合にはそのような意味はなくなった。~いまは単なるシンボルとして、左側を借方と呼び、右側を貸方と呼ぶにすぎなくなったわけである。」
 メモ: いやしくも元教授の専門家2人の見解だが、私にはどうしても納得できない。それに2人の見解は微妙に異なるようにも見える。

3) 江戸時代に「一種の複式簿記が使われた」とも言われるが、具体的にどんなものだったかは後ほど書くつもりなのでお楽しみに。
4) 国家会計を複式簿記にすべきか否かという議論について否定的見解がある。公会計のお勉強

5a) 夢の砦というブログの[会計と経済性工学を勉強しよう その3(2012-12-03)]
5b) 落合和雄『ITエンジニアのための【会計知識】がわかる本』翔泳社(2007/09/06)
5c) 起業家を育成するビジネススクール(社会起業大学)の複式簿記のページ。
5d) 碓氷悟史; 柴田寛幸『入門会計学テキスト 第4版』中央経済社(2006/02)

6) 方法aを損益法、方法bを財産法と呼ぶらしい。
  Ref) 田中久夫『ベーシック簿記テキスト―新会社法対応「精算表」完全理解』税務経理協会(2007/05)

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