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ポーが見た未来世界(3) - 『メロンタ・タウタ(Mellonta Tauta)』より

2017-06-01 06:27:42 | 架空世界
 ポーが見た未来世界(2)の続きです。

 さて超高性能望遠鏡による天体観賞は翌日も続き、『ハンス・プファアルの無類の冒険』で紹介されたのと似たような小人の月世界人の機械文明の技を楽しんでいます。
===========引用開始====下線は私の強調============
原文[Ref-2]
April 7. — Continued last night our astronomical amusements. [page 299:] Had a fine view of the five Neptunian asteroids, and watched with much interest the putting up of a huge impost on a couple of lintels in the new temple at Daphnis in the moon. It was amusing to think that creatures so diminutive as the lunarians, and bearing so little resemblance to humanity, yet evinced a mechanical ingenuity so much superior to our own. One finds it difficult, too, to conceive the vast masses which these people handle so easily, to be as light as our own reason tells us they actually are.

創元社の全集[Ref-1a]
 四月七日--昨夜もわれわれの天文学的楽しみがつづいた。五つの海王星のような小惑星が美しく見えた。そして月の中のダフニスの新しい神殿の一対のまぐさ石の上に巨大なせりもちをのせるのを非常に興味深く眺めた。月世界人のような、小さくて、われわれ人間にほとんど似ていない動物が、人間よりもはるかにすぐれた技術的才能を示していると思うと楽しくなった。だって、これらの月世界人たちがかくもやすやすと取扱っている非常に大きな物体が、われわれの理性が考えるほどに軽いものだとは、とても思えないのだから。

春秋社の全集[Ref-1b]
 四月七日。昨夜は天文観測の楽しみをつづけた。海王星のそばの五つの小遊星がよく見えたし、月のダフニスの新しい宮殿の二つの楣(まぐさ)の上に大きな迫持(せりもち)が組み立てられてあるのを興味ぶかくながめた。我々人間にほとんど似ていない、あんなに小さい姿の月世界の住人が、我々よりはるかにすぐれた機械的発明力を示したことを考えるとおもしろい。そしてまた、これらの住人が、そんな巨大な物体を軽そうにたやすく取り扱っているのは、我々がどう考えても、ほとんど理解しがたいことである。
===========引用終り===============================

 lintel(まぐさ石)とかimpost(迫持(せりもち)、迫元(せりもと))とか、普通の現代日本人ではわかりにくい単語の嵐で戸惑いますね。迫持(せりもち)という言葉も現代ではどうも使われにくいらしく、入隅迫持("squinch")などというものしか見当たりません。

 でもどうも何かがおかしいような。1個のまぐさ石は2本の柱の上に渡された構造になっているはずですが、それの1対の上にさらに「アーチを支える基部の石」を乗せようとしているのでしょうか? 逆に「1対の"imposts"の上に"a lintel"を乗せる」のなら話は通りそうなのですが。つまりは柱の上にまぐさ石という構造が2段になっているということかも知れません。

 なお Wikipedia の "impost" 記事にでてくる"Voussoir"迫石(せりいし)と呼ばれているようです。


 さて海王星ですが、まさに本作品の直前の時期の1846年9月23日に発見されています[*1]。それも天王星の軌道の計算値とのずれから予測されて予測された位置に発見されたという近代天文理論の勝利とされた大事件です。その天文学上のホットニュースをさっそく作品に取り込んだというわけで、ポーの編集する雑誌の読者層にも受けたことでしょう。それはいいのですが "the five Neptunian asteroids" には現代の我々はちょっと戸惑います。実際、翻訳者も戸惑ったように思えます。

 小惑星の発見史ですが、19世紀のまさに始まりに4つが発見されました。
  1.ケレス(1 Ceres) 1801/01/01
  2.パラス(2 Pallas) 1802/03/28
  3.ジュノー(3 Juno) 1804/09/01
  4.ヴェスタ(4 Vesta) 1807/03/29

 そして"asteroid"という用語はウィリアム・ハーシェルにより導入されましたが、その意味は現在よりもっと広いものでした。つまり小惑星の他に巨大惑星の衛星(the small moons of the giant planets)も含まれていたのです[*2]。つまりここは、「(1000年後までの天文学の発達により新たに発見されたものを含む)海王星の5つの衛星」と解釈すべきなのでしょう。

 海王星の衛星はボイジャー2号による探査以降は多数発見されていますが、それまでは、1848/10/10発見のトリトン(Triton, Neptune I)と1949/05/01発見のネレイド(Nereid, Neptune II)の2個と思われていました。すなわち本作品当時に知られていたのはトリトンただ一つです。これはポーの作品を愛読した大戦前の日本の読者たちにとっても同じだったのですね。そして木星の衛星はいわゆるガリレオ衛星の4個、土星の衛星は8個知られていましたから、海王星にも5個くらいはあるだろうと穏当な予測をしたのでしょう。

[2017/06/03追加]
 また天王星はウィリアム・ハーシェルにより1781/03/13に発見されましたが、衛星の方は6年後の1787/01/11に同じくハーシェルによりチタニア/タイタニア(Uranus III Titania)オベロン(Uranus IV Oberon)との2個が発見されています。次の衛星発見はウィリアム・ラッセルによる1851/10/24のアリエル(Uranus I Ariel)とウンブリエル(Uranus II Umbriel)ですから、本作品執筆時は2個でした。
[追加文ここまで]

 この "the five Neptunian asteroids" の翻訳も谷崎精二の方に軍配が上がりますね。
 

 なお現在の意味での小惑星の発見ですが、4番目の発見から38年のブランクの後に発見ラッシュが始まります。wikipedia日本語版「小惑星の一覧 (1-1000)」参照。
  5.アストラエア(5 Astraea) 1845/12/08
  6.ヘーベ (6 Hebe) 1847/07/01
  7.イリス(7 Iris) 1847/08/13
  8.フローラ(8 Flora) 1847/10/18
  9.メティス(9 Metis) 1848/04/25
 10.ヒギエア(10 Hygiea) 1849/04/12
 11.パルテノペ(11 Parthenope) 1850/05/11

 本作品の発表当時はまさに太陽系内天文学の新発見ラッシュの時代だったのです。この時期に初期のSF作品が登場したのは必然だったのかも知れません。


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Ref-1)
 a) 『ポオ小説全集4(創元推理文庫 522-4)』(1974/09/27) ISBN13:978-448852204-9
 b) 『ポオ小説全集〈3〉冒険小説』春秋社(1962/10/15) ISBN13:978-439345033-8
Ref-2) "The Edgar Allan Poe Society of Baltimore"のサイトから
 a) 書誌事項(複数テキスト・研究書などのリスト)
 b) "Text-02 — “Mellonta Tauta” — February 1849 — Godey’s Lady’s Book"からの原文。
 c) “Mellonta Tauta” — 1856 — WORKS — Griswold reprints Text-02, omitting the introductory letter (Mabbott text B)からの原文。

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*1) 発見から“一周”年、海王星の歴史を振り返る(2011/07/12)

*2a) wikipedia英語版によれば、
===========引用開始====下線は私の強調============
Herschel introduced but did not create the word "asteroid",[36] meaning star-like (from the Greek asteroeides, aster "star" + -eidos "form, shape"), in 1802 (shortly after Olbers discovered the second minor planet, 2 Pallas, in late March), to describe the star-like appearance of the small moons of the giant planets and of the minor planets; the planets all show discs, by comparison. By the 1850s 'asteroid' became a standard term for describing certain minor planets.
===========引用終り===============================
*2b) 日本語wikipediaの記事ウィリアム・ハーシェルによれば
===========引用開始====下線は私の強調============
ハーシェルはまた「星のような」を意味する asteroid という語を発明した(これはギリシャ語の asteroeides に由来し、aster は「星」、-eidos は「形」を意味する)。1802年に惑星の衛星や小惑星が恒星に似た点光源的な様態を示すことを表す際にこの語を用いた(これに対して惑星は全て円盤状に見える)。この年の3月にはハインリヒ・オルバースが歴史上2個目の小惑星であるパラスを発見している。
===========引用終り===============================

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