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架空生化学 (3)生きるエネルギーの源

2016-12-05 06:38:03 | 生物学
 架空生化学(1)ケイ素型生命(11/07)の記事では地球型生物とは異なる主要元素を使う生物の可能性として次の3通りを挙げました。

1) 体をつくる主な元素 炭素(地球型)、ケイ素、ゲルマニウム、・・
2) エネルギーを生む化学反応のための主な元素
 酸素(地球の酸素呼吸型)、硫黄、フッ素、塩素、
3) 生体反応の媒体
 水、アンモニア、炭化水素(メタン等)、液体ヘリウム、

 今回は2)のエネルギーを生む化学反応のための主な元素を変える例を考えてみます。地球での酸素呼吸型生命は酸素による有機物の酸化反応を使いますが、酸素を同族元素の硫黄や、同様に酸化性の強いハロゲンであるフッ素や塩素に置き換えた生命系がSFにはよく登場しています。古典的宇宙冒険SF、いわゆるスペース・オペラの代表作であるE.E.スミス『スカイラーク・シリーズ』にすでに、その名もクローラ人なる塩素系異星人が登場します。またハル・クレメント『アイス・ワールド』では硫黄系異星人が登場します。

 いやちょっと待て。地球でも酸素呼吸型生物は遅れて登場したものです。光合成を行う生物が繁栄して大気中に、というよりは当時のほとんどの生物の生活環境である水中に酸素ガスが存在するようになって、初めて生きていけるようになった生物です。光合成以前の生物がエネルギーを得る方法は発酵嫌気呼吸だけでした。酸素と同じくハロゲンも反応性が激しく単体として自然界に安定に存在することは難しいでしょうから、光合成に当たるような反応で生物により作り出されていると考えるのが妥当でしょう。まあ"現実の自然界"にと言ったら酸素に比べてはるかに存在比の少ないハロゲンを主要なエネルギー源とする生物の自然発生というのも確率は低くなりそうですが、何かの手違いで塩素が豊富になった"自然界"でなら可能性はありますね。

 さて地球型生命が採用しているエネルギー代謝系を大元のエネルギー源によりざっくりと分ければ、太陽光をエネルギー源とする"光合成"、有機物のみをエネルギー源とする"発酵"、化学反応を生じる化合物をエネルギー源とする"呼吸"に分かれ、"呼吸""酸素呼吸""嫌気呼吸"とに分かれます。当然ながら各エネルギー代謝系は使うエネルギー源が豊富になければ永続できません。現在の地球上の生命系は、豊富な太陽光により有機物と酸素とを作り出し、作り出された豊富な有機物と酸素との反応をエネルギー源とする"酸素呼吸"により生きるエネルギーを作り出しています。ここで"酸素呼吸"だけでは生命系の内部の資源しか使えないので、いつかは資源を使いつくしてしまいます。生命系が永続するにはその外部からエネルギー資源を取り込む"光合成"のような過程が絶対に必要なのです。生命系の内部の資源、すなわち他の生物の生産物(その肉体や分泌仏や排泄物)にのみ頼って生きる生物を従属栄養生物、他の生物に頼らず生命系の外部からエネルギー資源を取り込める生物を独立栄養生物と呼びます。そして独立栄養生物が存在しなければ生命系は永続できません。

 従って地球とは異なる生命系を考えるときも、独立栄養生物がどのようなエネルギー源をどのようなメカニズムで使っているかということが重要なポイントとなることがわかります。

 さて"発酵"は有機物の分解によりエネルギーを得るもので、有機物[*1]というものは生命発生当時を別にすれば生命系の内部でしか大量には作り出されません。つまり"発酵"は必然的に従属栄養です。しかし"嫌気呼吸"の場合は、その化学反応に使われる無機化合物が豊富に供給されてさえいれば独立栄養ということになります。その実例が熱水噴出孔の周囲の生態系です。その詳細は例えば熱水生物群集の成り立ちをご覧ください。ここでは電子供与体(還元剤)として硫化水素、水素、メタンなどが地下から豊富に供給されているため"嫌気呼吸"が独立栄養となることができます。現在の酸素の豊富な環境では多くの電子供与体(還元剤)は酸化されて消滅しますが、遊離酸素の少ない地下では豊富に存在しているのです。

 ということで例えば塩素系生命を考えるならば、塩素呼吸の前段階として塩化炭素化合物や塩化水素が豊富にあってそれを光分解して遊離塩素を作り出すといった生物が存在するでしょう。だんだん増えていく猛毒の塩素ガスから身を守るためのメカニズムが進化し、それはやがて塩素呼吸へと進化していくのです。やはり何かの手違いで塩素が豊富にならないと難しそうですね。

 さて地球型生命が使っている大元のエネルギー源としては上記のように太陽光と化学エネルギーがありますが、それ以外のエネルギー源を使う生物は見つかってはいません[*2]。では他にどのようなエネルギー源の可能性があるかと言えば、人間の文明がどんなエネルギーを使っているか、または使う可能性があるかを挙げてみるとよいでしょう。ざっくりと分けてみます。

 1) 光エネルギー 光合成、太陽電池、太陽光発電
 2) 化学エネルギー 熱水生物群集、乾電池、バッテリー、燃料電池
 3) 熱エネルギー 温度差発電(ゼーベック効果を使うもの)[*3]
 4) 力学エネルギー 水力発電、風力発電、火力発電、原子力発電、海洋温度差発電太陽熱発電など
 5) 放射線 X線、γ線、β線、α線、宇宙線、等
 6) 電磁波、電場、磁場 非接触電力伝送

 この中で分類4)に雑多なものが入っていると疑問に思った人もいるかも知れませんが、これらは大元のエネルギーは様々でも電力を直接生み出しているのは発電機を回転させる力学的エネルギーです。それゆえ太陽熱発電は4)に分類し、光を直接電力に変える太陽光発電は1)に分類しました。海洋温度差発電とゼーベック効果による温度差発電を別の分類にしたのも同じ理由です。

 さてSF作家の石原藤夫は昔SFマガジン誌上で恒星の種類に関する記事を連載していました。彼が提唱した光世紀宙域の話です[*4]。その中で、暗くてまだ発見されていない黒色矮星が多数存在するだろうということと、その表面にはまだ残っている地熱(恒星熱?)を利用する生命系が存在するかも知れないこと、を述べていたという記憶があります。まさに熱水生物群集を予言した!と言ってもいいのかも知れませんが、石原藤夫が提唱したのは上記3)の熱エネルギーを直接利用する生命系であり、2)の化学エネルギーを利用する熱水生物群集とは異なるものだったと思います。

 熱エネルギーを直接利用ということは結局は温度差による熱の流れの直接利用ということになりますが、そのSFならではのおもしろい例として、自転と公転の周期が一致し常に同じ面を太陽に向けている惑星で、昼半球と夜半球との温度差を利用するというものがあります。これは作品ではなく、そんな例も考えられという記事を読んだ記憶だけなのですが、液体ヘリウムなみの超低温の惑星で、そのような昼半球と夜半球との温度差を利用した生命が提唱されていました。体に超電導の部分があって温度差により生じる電流を有効に利用できるという発想だったと思いますが、アレッ、電流を利用する部分は必ず抵抗になるよね! まあ血液でエネルギー源たるグルコース等を運ぶ代わりに直接電流を体の隅々に運ぶということで、その体内送電網が超電導という発想はありですね。うん、ロボットでももっと単純な機械でも体内送電網が超電導なら確かにエネルギー効率は向上するはずです。

 とはいえ、地球型生命はもちろんこれまで考察してきたケイ素生命や塩素生命などでも、生命反応とはすなわち化学反応ですから、最終的には大元のエネルギー源を化学エネルギーに変える必要があります。となると上記3)~6)の直接利用はなかなか難しそうです。もちろん化学反応にはよらない生命体であれば話は別です。

 ところでウィキペディアに代わりの生化学という記事がありました。出典はほぼアイザック・アシモフ(アジモフ)『空想自然科学入門』だけらしいので、そちらを読むことをお勧めしますが。「代わりの生化学」というのは私にはちょっと思いつけないタイトルで事前調査では見逃していましたが、「架空生化学」がパクリにならなくてよかった(^_^)



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*1) ここでは有機物とは「炭素化合物」の意味ではなくて、元々の意味である「生命により作り出される化合物」と捉えてほしい。例えばケイ素系生命の科学者なら「ケイ素化合物」を有機物と呼ぶだろう。地球の常識はちょっとわきに置いておこう(^_^)
*2) 理化学研究所発表(2015/09/25)で電流エネルギーを直接利用する微生物が見つかったとの報告がなされている。
*3温度差発電の仕組みと実証事例月刊・電気計算(2012/08)、「温泉排熱利用温度差発電クリーンエネルギー(2011/10)
*4 光世紀宙域については以下の単行本が出版されているが、この中に黒色矮星表面の生命の話が書かれているかどうかは知りません。
 『「光世紀世界」の歩き方―近距離恒星の3Dガイドマップ (ポピュラー・サイエンス)』裳華房(2002/12)
 『《光世紀世界》への招待―近距離の恒星をさぐる (ポピュラーサイエンス) 』裳華房 (1994/07)

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