deep forest

しはんの自伝的な私小説世界です。
生まれてからこれまでの営みをオモシロおかしく備忘しとこう、という試み。

41・深夜の校舎

2009-06-26 10:18:53 | Weblog
 夕刻にいったん家に帰り、一眠りしてから、深夜12時前の終電で再び学校に出かける。
 母親は話のわかる人物で、高校生の息子から「夜中の学校で、仲間と酒を飲む」と聞かされても、「あ、そう。飲み過ぎないようにね」という反応だ。しかも気が利く。息子に恥をかかせてはならない、と、封の切っていないジョニ黒(ジョニーウォーカーの黒ボトル=高級スコッチ)と、唐揚げやら、イカの干したのやら、酒のアテになるものをいろいろと持たせてくれた。昭和時代、親のこうした行為は正しかったのだ。
 駅で待ち合わせた制服姿の男女数名が、ネオンの灯りも落ちかけている夜の街を疾駆する。集まった主要人物は、男子は首謀者キシに、オレ、イトコン、ちん。女子は、デインジャラスフラワー・エノキダ、長渕剛似の女・つーちゃん、「ダーリン」小栗・・・その他若干名。エノキダとつーちゃんはリアルランカー(大物)で、クラス内で不可侵の権力を振るう女帝コンビだ。このふたりに小栗を混ぜると、漫才のようなすさまじいマシンガントークがはじまり、オレたち男子は話についていくどころか、聞き取ることも困難、という状況に落ち入ることがままあった。とにかく、バイタリティではとてもかなわない。このレベルに追いつくことが、オレにとっては当面の課題だ。
 さて、闇に閉ざされた学校の鉄柵を越えると、静まり返った校舎が出迎えてくれる。漆黒に近い中庭を、足音を忍ばせて進む。「見つかるかも」というスリルと、お化け屋敷的恐怖心で、冷や汗が背中を伝う。日中にあらかじめカギを開けておいた窓から、校舎内に侵入。息をひそめて、階段をのぼっていく。教室で一息つきたいが、蛍光灯を点けるわけにはいかない。そんなことをすれば、周囲一キロ四方に自分たちの犯罪を知らしめるようなものだ。空き巣の気持ちがわかる。しかし、これは犯罪ではない、と自分に言い聞かせる。よく考えたら、犯罪行為なのだが。とにかくそこは考えないようにして、そのまま階段をのぼり、われらがフェイバリット・スパースである、秘密の踊り場に腰を落ち着けた。
 周囲のカーテンを閉めきり、用心を重ねた上で、階段の灯りを限定的に点ける。ほの暗い中、酒盛りははじまった。
 男子と女子、とは言っても、恋愛はおろか、チューもエロもおよそ喚起させえないメンバーだ。ひたすら酒が好き、という理由だけで集まっている。オレたち男子は、高校生らしくジョニ黒をコーラで割り、正しくコークハイをつくる。しかし豪放磊落な女子たちは、そんなジュースのような飲料には興味を示さない。立てひざに一升瓶だ。そいつを手酌で欠け茶碗に満たし、んっくんっくとのど仏を上下させる。おっさん女子にはあるのだ、男子のようなのど仏が。のどを鳴らすようなハイペースで、女子は次から次へとを杯を重ねていく。そんな男前を目の当たりにするにつれ、ますます彼女たちを女として見ることができなくなっていく。男子は肩身せまく、甘いやつをちびりちびりとなめつづけた。
 酔いがまわると、気が大きくなってくる。
「肝だめしをしよう」
 お定まりのやつだ。デッサン室の階上に、石膏像部屋がある。そこへの探険行が決定された。
 懐中電灯を手に、暗闇のデッサン室に忍び込む。石膏で固められたギリシャやローマの偉人たちが、ライトの輪の中で白々と浮かびあがり、ひっ!・・・と声が漏れそうになる。それをのどの奥におさめ、さらに二階倉庫に歩を進める。この部屋には、おびただしい数の石膏像が収納されていて、まるで兵馬俑坑のように異様な光景がひろがっているのだ。永遠に沈黙する群像。その塗り固められた人間のあいだを縫って進む。あの剛胆な女子が、意外なことに、震えながらこちらの袖をつかんでくる。ひじが胸の盛り上がりに触れ、なかなか刺激的だ。しかし、それを気にするどころではない。とにかく、生きて帰ることが重要だ。
 キシが、モリエールとブルータスの頭上に、天井から屋上へと抜け出られる「射出口」のような扉を発見した。その口に向かって、ロフトから簡易ハシゴが下りている。
「おい、上に出られるぞ・・・」
 よじのぼるキシの後を、みんながつづく。引っ掛け式のカギを外すと、フタのような窓があき、頭上に満天の星空がひらいた。

つづく

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園