世界中で一番消費されている野菜、それは玉ねぎだという。
それだけに身近な存在で、改めて考えてみたりするコトってほぼない。
例えば。カレーには玉ねぎが使われている。
そのコトに何ら疑問を持ったり、感動を覚えたりしたコトってなかったのだが。
新宿南口の大衆食堂、長野屋のカレーライス。
その甘み。その風味。
スパイスや香味野菜と一体となりながら、玉ねぎの持てる力を改めて感じさせられる。
いわば、玉ねぎ再発見。といったところか。
長く煮込まれ、姿形はなくともまろやかな下支えとなるそれ。
粗く刻まれ透き通るようなふつふつとした食感で口腔をくすぐる新たなそれ。
継ぎ足されるコトで生まれた、新旧玉ねぎの饗宴に思わず夢中にさせられるのだ。
と思えば4つにひとつ、それはふわと口溶ける豚脂の欠片だったりして。何この配球いいいい。
そんな外連味なき中に、小悪魔的な愉しさをちょっぴり忍ばせたカレー。
コドモからオトナまでみんなが好きになるのよ。という女将さんの言葉は伊達じゃあないのだ。
カレー専門店にも、エスニック店にもない。
それははげしく人の行き交う駅前の、100年続く大衆食堂の名カレーなのである。
それだけに身近な存在で、改めて考えてみたりするコトってほぼない。
例えば。カレーには玉ねぎが使われている。
そのコトに何ら疑問を持ったり、感動を覚えたりしたコトってなかったのだが。
新宿南口の大衆食堂、長野屋のカレーライス。
その甘み。その風味。
スパイスや香味野菜と一体となりながら、玉ねぎの持てる力を改めて感じさせられる。
いわば、玉ねぎ再発見。といったところか。
長く煮込まれ、姿形はなくともまろやかな下支えとなるそれ。
粗く刻まれ透き通るようなふつふつとした食感で口腔をくすぐる新たなそれ。
継ぎ足されるコトで生まれた、新旧玉ねぎの饗宴に思わず夢中にさせられるのだ。
と思えば4つにひとつ、それはふわと口溶ける豚脂の欠片だったりして。何この配球いいいい。
そんな外連味なき中に、小悪魔的な愉しさをちょっぴり忍ばせたカレー。
コドモからオトナまでみんなが好きになるのよ。という女将さんの言葉は伊達じゃあないのだ。
カレー専門店にも、エスニック店にもない。
それははげしく人の行き交う駅前の、100年続く大衆食堂の名カレーなのである。