思考ダダ漏れ

なんとなく書こう

寝つけ

2018-09-28 19:54:47 | 文章
相変わらず寝つけの悪い日々が続いている。中途半端な睡眠は頭痛の元になっている気もするが、こればかりはもう習慣になっているから仕方ない。
  そういえば、デジャヴとは何だろうか。何となく見たことのある構図、例えば、僕が横になっている時に呼び鈴が鳴る。その時の姿勢や位置などが、どうも記憶にあるような気がする。
  記憶というのはどうも恐ろしい。人は過去の発言を覚えていない場合がある。思想の変化は難しいはずだが、そうでもない人もいる。その場の勢いだけで、好き放題に言えてしまう人もいる。実際、それは勢いではなく、その時々の本心なのだろう。
  記憶違いが起きた時の不条理ほど恐ろしいものはない。当人の記憶と、他人の記憶と、どちらが正しかったのかを確かめる術はない。自信を持って相手が間違っていると言える場合もあれば、何となくその場は流しておこうという気になることもある。確かめようのないものは不毛でしかない。この辺りに人の性質が現れるような気もする。僕の場合は、記憶の内容を伝えた上で、自分の思い違いだろうということを伝えるようにしている。言い争いを避けたいのと同時に、自己嫌悪の表れなのだろう。
  何となくこの自己嫌悪というのは、メタ視点と関連しているような気がする。言い方を変えれば、自身を戯画化することで隠してしまう。ただ、不思議なのは、どれだけ戯画化しても完全な道化とはならないところだ。人間には到底できないのだろう。外で面を被って生活している僕らと、まるで変わらないわけで。それも作者から読者への片一方の道化芝居だ。明るくなるはずがない。
  もちろん、これはただの一例に過ぎない。というよりも出鱈目だ。何となく、そんな気がした程度の話だ。寝つけの悪さのせいだろう。

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