前日のTT後のステージで、しかも獲得標高が3500mを越える難コースとなった第6ステージは前日余裕を残している選手たちによる逃げが予想されました。ただ、前半は平均速度が40㎞/h後半という超ハイペースが続き、なかなか逃げが決まらないという展開になっていました。

逃げを狙ったメンバーが強力でマチュー・ファンデルプールを筆頭にクイン・シモンズやベン・ヒーリー、マイケル・ストーラー、エディ・ダンバー、アロルド・テハダ、サイモン・イェーツとあってはプロトンも簡単に逃げを容認出来なかったからでしょう。

この日は前半から積極的に動いていたヴィスマが逃げにサイモンを乗せると、プロトンはようやく落ち着き、UAEのコントロール下に入ります。そこからは徐々にタイム差が開いて行きました。ただ、逃げに乗るマチューとマイヨジョーヌのポガチャルとのタイム差は1分28秒しかありませんから、UAEはマイヨジョーヌを一旦手放す選択をしていたようです。

マイヨジョーヌ集団から5分以上のタイム差を得た強力な逃げ集団からEFのベン・ヒーリーがアタック。残り距離は42.5㎞もあったのですが、そこからはヒリーの独壇場でした。ツール直前にエースのリチャル・カラパスが体調不良で欠場という知らせに暗い気持ちになっていたのですが、替わりにエースを担ったヒリーのこの走りはcannondaleのバイクに乗る身としては嬉しい限りでした。

昨年はパッとしなかったヒリーですが、今季はストラーデビアンケで4位、イツリア・バスクカントリーでもステージ優勝し、フレーシュ・ワロンヌ5位、リエージュ・バストーニュ・リエージュは3位と好調さを見せていたのです。この日のステージも丘陵コースながら獲得標高が3500m以上とまさにアルデンヌクラシックさながらの厳しさでした。そのステージを序盤から積極的に逃げを作り、最後まで脚を緩めることなく、後続に2分44秒という大差を付けて逃げ切ったのですから凄いの一言です。

グランツールでの逃げは原則的にプロトンが容認することで生まれるものですが、このステージの逃げはヒリーたちが自らの力で勝ち取った逃げでした。ポガチャルの世界選手権での100㎞超からのアタックやストラーデビアンケの81㎞独走ほどではありませんが、今季ミラノ~サンレモとパリ~ルーベの覇者ファンデルプールやマリアローザを獲得しているサイモン・イエーツといった強力なメンバーから飛び出し、40㎞超の独走を決めたヒーリーの独走力も並みのものではありません。

流石にモニュメントでポガチャルやマチュー相手では分が悪いものの、今日のような起伏のあるステージで逃がしてもらえればまだまだ勝利数は増やせる選手でしょう。髭面で老けて見えますがまだ24歳と若い選手なのです。昨年のカラパスのようなクライマーでは無いのですが、小柄で軽量な選手なので、ツールでのTOP10入りも視野に入って来ました。

サーベロが最新型のS5をコルナゴも最新エアロロードのT1Rsを投入する中、ヒリーが乗る第4世代のSupersix EVOは3年前のモデルですが、これら最新エアロロードと比較しても全く見劣りしていないように見えます。勿論、総合優勝争いでは選手の力の差は歴然なので、ジロのように総合表彰台は難しいと思います。ただ、ワールドランクが30位代の選手がモニュメントの表彰台に加えグランツールのステージ優勝までしてしまうのは凄いことなのです。資金力の無いEFですから、先々有力チームから引き抜かれてしまうことも心配になってしまう活躍でした。

一方で総合を争うUAEとヴィスマの間でも火花が散っていたようです。サイモン・イエーツを逃げに乗せたヴィスマに対し、UAEはほぼポリッツの一人牽きで対応していました。当然、タイム差はどんどん開いて行きました。ポガチャルがマイヨジョーヌを手放す判断をしたと察したヴィスマは、最後はかなりペースを上げ、最終的にはポガチャルがマイヨジョーヌを着続けるまでのタイム差にまで詰めて来ていました。

最後はプロトンの先頭をポガチャルが取り、ヴィスマの作戦が見事に嵌ったかに見えましたが、わずか1秒差でマチューにマイヨジョーヌが移るという結果になっていたのです。この1秒をポガチャルが計算していたとはとても思えませんので、あわやの所で踏みとどまったという結果になりました。この集団の先頭にはUAEはポガチャル一人でしたからヴィスマの激しい攻撃があったのかのかもしれません。ただ、そこはポガチャルは一人でも慌てる素振りを見せずに集団の先頭でゴールしています。

ヴィスマとしては何とかポガチャルにマイヨジョーヌを着せ、アシストの脚を削る作戦に出た訳ですが不発に終わってしまいました。チーム総合では首位にいるヴィスマですから、チーム力は確かなのですが、ポガチャルが相手だと思うように作戦を成功させられないのでしょう。

マチューがマイヨジョーヌを再度着用することになり、集団コントロールはアルペシンへ移ることになりますが、UAEとしては大歓迎でしょう。アルペシンにはシルヴァン・ディリエという牽引のスペシャリストがいるのですから。ただ、タイム差がわずか1秒なので、今夜の結果次第で再びマイヨジョーヌがポガチャルに移る可能性もあります。ただ、今夜のミュール・ド・ブルターニュ(距離2km/平均6.9%)は2021年にマチューが征し初のマイヨジョーヌを獲得した舞台なので、マチューは間違いなく動くはずです。

ただ、昨日の走りを見る限りかなり疲れているような感じなので、総合争いが始まるとマイヨジョーヌキープは難しくなるかもしれません。マチューがグランツールであまり勝てていないのは、フィリップセンのアシストをするケースが多いせいだと思っていましたが、意外と回復に時間がかかるタイプなのかもしれません。第2ステージではスプリント勝負でポガチャル以下を抑えていたのに、第4ステージでは同じような状況からスプリントでポガチャルに敗れているのです。この日も逃げ続けてゴールスプリントならマチューに分があったので、ヒーリーが早目に仕掛けたはずです。

サラ脚で臨めるワンデーレースとは違い、日々の疲労が蓄積して行くステージレースでは高い回復力が求められます。ポガチャルやヴィンゲゴーはその能力にたけているのです。特にポガチャルの回復力の高さは有名です。ワンデーレースでは厚い壁となるマチューもステージレースではポガチャルにスプリントで負けるのはそのためでしょう。