進藤龍也牧師の真面目な方のブログ

元ヤクザの牧師の真面目なブログ
進藤語録、進藤節・・・メッセージや独り言をつづります。

ザアカイの家

2011年10月29日 | 教会案内
ザアカイの家


罪人の友 ザアカイの家 準備祈祷は毎週木曜日夜7:00~しておりますが、次回は11月3日 文化の日で休館日で中止です。
ザアカイの家の開所式は11月17日 木曜日 夜7:00~
歴史的な日となることを信じます。皆さんからの祝福を期待押しています。お祈りください。

殺人罪受刑者“手紙”で更生 立命大教授、熊本刑務所で実戦

2011年10月27日 | 刑務所伝道
受刑者がロールレタリングで書いた手紙。実際には届かない相手に向け、素直な心情がつづられている 手紙に本心を書き出す心理療法で、長期受刑者の更生を支える取り組みを、立命館大産業社会学部の岡本茂樹教授(53)が熊本刑務所(熊本市)で続けている。殺人などの罪を犯した受刑者が、被害者や家族へ送ると想定した文章をつづり、自らその返信を相手の立場で書く「ロールレタリング」(RL)を通し、生き方や命の重みを見つめている。

RLは1980年ごろ、加害者が自己の内面と向き合う技法として、日本の少年院の現場で生み出され、臨床心理士でもある岡本教授は2006年、重罪や累犯の長期受刑者が服役する熊本刑務所の篤志面接委員に就任。親や教師の言葉や行動で傷つき、成人後も感情を抑圧する傾向を抱えた受刑者が多いと感じ、面接指導にRLを採り入れた。
殺人罪などで無期懲役の判決を受けた男性は当初、「被害者にも非があった」と話していた。父への思いを中心に約2年で計9通の手紙を書き、厳しい父の教えで虚勢を張る生き方が身に付いていたことや、愛情に飢えていた寂しさを文中で明かした。被害者に宛てた8通目では、犯行の本当の動機は自分の体裁を守るためだったと気付いたと記し、素直な謝罪をつづった。

男性は以前、「希望が見いだせない」と自殺を図ったこともあるが、RL後は「自分が変われたと他の受刑者にも伝え、助けてあげたい」と意欲を口にした。
岡本教授は06年からの5年間で、殺人や傷害致死の罪で服役する受刑者20人の指導にRLを用いた。個人差はあったが、「人に頼るのが極度に苦手」など犯行につながった自分の特性に気付き、「更生の決意が高まった」という感想が多かった。
RLは全国の少年院に広まった一方、刑務所での導入は進んでいない。岡本教授は「自己理解がないと、他者への理解も反省もない。心の奥底の否定的感情を表に出すのはつらい作業だが、努力をたたえる支え手の存在があれば、長期受刑者にもRLは有効」と話す。

無期懲役刑に服す30代の男性受刑者がロールレタリングでつづった言葉の抜粋】
1通目・父親について「今でも尊敬しております。自分より弱い女、子どもに手を出す奴(やつ)はくずだ!と何度も話していました」
4通目・私から父親へ「親爺(おやじ)はナゼあのタイミングで自殺したのですか?私はどんな存在だったのでしょう」
6通目・父親から私へ「くだらんことを考えず、漢(おとこ)らしく生きていけ」「もう父さんが居なくても大丈夫だろうとの思いから自殺した。つらい思いや苦労をさせてゴメン!」
8通目・私から被害者へ「私が目を向けるべきなのは『格好をつけるがために(被害者の)命を利用した』私の醜い心です。何でこんなことをしてしまったのだろう…。本当にごめんなさい」
9通目・私から父親へ「ほめられたい、愛されたいと精一杯だった。お父さんの理想の男になろうと無理して背伸びし、自分をつくた。お父さん!心からの愛が欲しかった!」

今年の外奉仕予定

2011年10月26日 | 巡回予定
10/29土 掛川桜ヶ丘中学
10/30日 掛川福音自由教会

11/17木 【罪人の友】ザアカイの家 開所式 

11/18金 マイライフ・ジーザス千葉恵泉書房 14:00~

11/20日 ハレルヤスポーツ伝道(鷲尾繁牧師)午前、午後

12/3 土  松江市民クリスマス
12/4 日  日本キリスト教団松江教会
12/5 月  松徳学院 特別授業

12/9 金  岡山少年院
12/10土  岡山刑務所 → 加古川市 宝殿キリスト教会
12/11日  岡山リバーサイドチャペル(仮定) → 岡山市民クリスマス

12/15木  障害者の集い

12/16金  川口工業高校定時制 薬物乱用防止講話

12/22木  【罪人の友】ザアカイの家:クリスマス礼拝
12/25日  【罪人の友】主イエス・キリスト教会:クリスマス礼拝

今週の祝大 マタイ22章 キリストの礼服

2011年10月26日 | 日記
22:1 イエスはもう一度たとえをもって彼らに話された。
22:2 「天の御国は、王子のために結婚の披露宴を設けた王にたとえることができます。
22:3 王は、招待しておいたお客を呼びに、しもべたちを遣わしたが、彼らは来たがらなかった。
22:4 それで、もう一度、次のように言いつけて、別のしもべたちを遣わした。『お客に招いておいた人たちにこう言いなさい。「さあ、食事の用意ができました。雄牛も太った家畜もほふって、何もかも整いました。どうぞ宴会にお出かけください。」』
22:5 ところが、彼らは気にもかけず、ある者は畑に、別の者は商売に出て行き、
22:6 そのほかの者たちは、王のしもべたちをつかまえて恥をかかせ、そして殺してしまった。
22:7 王は怒って、兵隊を出して、その人殺しどもを滅ぼし、彼らの町を焼き払った。
22:8 そのとき、王はしもべたちに言った。『宴会の用意はできているが、招待しておいた人たちは、それにふさわしくなかった。
22:9 だから、大通りに行って、出会った者をみな宴会に招きなさい。』
22:10 それで、しもべたちは、通りに出て行って、良い人でも悪い人でも出会った者をみな集めたので、宴会場は客でいっぱいになった。
22:11 ところで、王が客を見ようとして入って来ると、そこに婚礼の礼服を着ていない者がひとりいた。
22:12 そこで、王は言った。『あなたは、どうして礼服を着ないで、ここに入って来たのですか。』しかし、彼は黙っていた。
22:13 そこで、王はしもべたちに、『あれの手足を縛って、外の暗やみに放り出せ。そこで泣いて歯ぎしりするのだ』と言った。
22:14 招待される者は多いが、選ばれる者は少ないのです。」

今日の箇所は礼拝において、スーツを着るか着ないかの議論で持ち出されてきた箇所でもあります。私が救われたシロアム・キリスト教会(当時船橋:現在柏)単立ペンテコステ信仰の牧師は「スーツの持っている男性はなるべくスーツで礼拝に来なさい!神様の前に出るときに最高のものを来なさい」こう言っていました。アーメンです。当時の私はスッテンテン。出所時のスーツばかり着ていました。同じスーツしかないので、情けなくなり、着るのを止めましたが、とがめられませんでした。当然です。

私は講壇に立って御言葉(みことば)を語る牧師になっても、先週のように(ジミーさんからいただいた)蛇皮のロングブーツにラフな格好で説教や聖餐式をいたします。なぜなら、この日の一番のおしゃれをしているのです。スーツや礼服は確かに礼儀にかなっているでしょう。でも毎週のことです。一番のおしゃれをして神様の前に出たいものです。着古したジーンズも、じつはビンテージで18万円だったりする・・・(自分のではない(笑い))

特に学校で子供やティーンエイジャーに語る際はスーツじゃ、まず聞いてくれません。つまらねー大人が来たよって!!

もちろん、礼拝においてラフな格好で説教することが、そこの教会で、つまずきになるなら、スーツを着ます。それが礼儀です。パウロの言う、配慮です。

文化的なものは変わっていきます。たとえばベールとか。変わらないのは真理の言葉、御言葉(みことば)です。
進藤論を展開しましたが、、、

22:12 そこで、王は言った。『あなたは、どうして礼服を着ないで、ここに入って来たのですか。』しかし、彼は黙っていた。
22:13 そこで、王はしもべたちに、『あれの手足を縛って、外の暗やみに放り出せ。そこで泣いて歯ぎしりするのだ』と言った。
22:14 招待される者は多いが、選ばれる者は少ないのです。」


ここで言う礼服とは、まさにキリストご自身だと思うのです。キリストを着なさい。とも書いてあります。キリスト者として生きるものはキリストご自身の霊を着るのです。これが眞の礼服です。今日、私が言いたいことはこれです。

ステテコでも礼拝に出られる教会!!と、年中公言していますが、まさにこれです。世界中の人が救われなければいけません。そしてキリストという礼服を身にまとうのです。

余談
私は今でこそ、いろんなスーツを着ることができます。2万円のスーツがコナカで9割引で買うのです。コナカのメール会員。著書でも書きましたが処女作の本の表紙のネクタイは100円ですが私の持っているネクタイで、その日のスーツには一番お似合いでした。

今週もこれを読まれる皆さんの健康を祈ります。