今回のテーマは「天国と地獄」
何を書こうかなと思いながら、自分なりに
どんなことがあったかなと思い出して
それを書き出して眺めながら、
昔を思い出し、今を感じて。
思えば、大概、波乱万丈な人生を送っている。
もう、それも言われ慣れた。
わたしの原点は家族
家族の絆や温かさがほしくて
求め続けて30年
どうにか家族に恵まれたようだ。
本当にいろいろあったなぁ。
よかったら読んでみて頂けると嬉しいのです。
以下、リンク先
https://www.facebook.com/490902067610654/posts/2687699624597543?sfns=mo
ちなみに、記事を書く前に書き出した、わたしなりの天国と地獄は以下
あまりこんなこと、思い出す機会もないだろうから、書いておこう。
<<天国>>
小学五年生で担任の先生に認めてもらえたとき。
小学六年生の作品展でデングリの花の工作が褒めてもらえたとき。
中学生になり、卓球部において、外部教室で練習していたおかげで皆より上手くなり、部活内に居場所ができたとき。
大学一年、偶然巡り合った二年生の先輩が、大学一年の春、先輩が私をクラス委員長に指名して、背中を押してくれたとき。
大学三年の春、岐阜こどもまつりの実行委員長に推してもらえたとき。
大学二年生の時、寮の書記を任されたとき。
会社を辞めて3ヶ月、公務員試験に挑戦して合格通知をもらえたとき。
他にあまり類を見ない娘の障害について、私たちの思いを受けとめ、さまざまな知見を集め検討しながら、私たち家族にとっての最適解を導く手助けをしてくださった主治医の先生に巡り会えたこと。
自分では物言えぬ幼少期の上の娘に対し、豊富な経験と知識を駆使して、杖なしでの両足大腿義足歩行を実現すべく、娘に全力で向き合ってくださった、義肢装具士の大先生とめぐり合い、担当をしていただけたこと。
上の娘がさまざまな場面で一つ一つ、できることを獲得し、周りを味方につけて選択肢を広げていく過程に立ち会えたこと。
娘の水泳指導に関して、年少の頃から12年間、私たちと一緒に試行錯誤しながら、時には小学校の授業に付き添いまでしていただいて、娘を見守ってくださった指導員さんに巡り会えたこと。
娘に小中学校を通して、学校内でのサポート役として、とても頼もしい介助員さんと巡り会えたこと。
いつのまにかまわりにたくさん、私のことを理解し、応援してくださる皆様方がいてくださること。
妻が上の娘の願いを聞いて、下の娘を授かる決心をしてくれたこと。
<<地獄>>
小学三・四年頃、「1日何回泣かせられるか」をクラスの皆に競われ、毎日記録に挑戦されたとき。
同じ頃、ジャイアントスイングの実験台に次々と皆にされ、何度か階段から落とされたとき。
大学の研究室で、知り合う前から最上級生に嫌われていて、無視やいじめに遭遇して、居場所がなくなったとき。
五年付き合ったはじめての彼女に突然、「新しい彼氏が出来たから別れてほしい」と言われたとき。
最初の就職先で直属の課長に「おれはお前が嫌いだ」とほぼ初対面でいわれたとき。
母が危篤で休みをもらおうと、尊敬していた部長に相談したら、「我が社には休みをとる制度はない」と言われたとき。
上の娘が生まれ、義理の父母から心無い言葉をぶつけられたとき。また、その影響もあり、ショックで妻が生きる屍のように無気力になり、何が起きても無反応になってしまったとき。
小学校の水泳の授業において、一年生の始めから、両親の付き添いを当然のように求められ、話しあいに応じてもらえなかったとき。
家族を優先して、できる限り定時で帰ろうとする働き方を選択した私に対し、感情的に嫌悪感を持った同僚からの嫌がらせに直面したとき。