鄭容順の直言!

日頃気が付いたこと徒然に。

朝、6時半にベランダにでる。

2008-12-22 08:32:41 | 直言!
暗い。昨日は冬至だという。少しずつ昼間の時間が長くなってくるのに暗い。
外はどうやら今日は雨が降りそうだ。
太陽の日差しの見えない雲は何も見えない。
真夏の太陽は6時になるともう頭上に昇っていて暑い。朝6時半の洗濯干しにもしんどくなるのでつい夜に干してしまう。
真夏の暑さは洗濯物の夜露も飛ばしてしまう。
そんなふうに考えて夜に干している。
8月の終わりになってようやく虫の鳴き声を聞き出すといつものようら朝6時半ごろ洗濯物を干している。
これが私の日課である。
洗濯機が2層式だったら6時半に洗濯は干せないが仕事をするようになって全自動洗濯機にした。
夜洗って脱水までしてくれるので朝早くに干すことができる。
どんよりとした雲、年末の慌しいなかに不況の嵐のように思う。

そんな中でも若い女性にはノウテンキな人が多い。
これだけ社会問題になっているのに電車の中の化粧がいっこうに減る気配がない。
昨日も八尾市内の現場に行くのにJR奈良駅から大和路快速に乗った。来た電車に乗った。今は奈良から普通JR難波行がでているので少し待ってこれにのればいいのに大和路快速大阪行に乗った。
発車間際に駆け込んできた若い女性が筆者の隣に座った。大和路快速は進行方向に向かっての縦座りの座席である。
座るとすぐに鏡を取り出し化粧ポーチを取り出した。
私は隣だったので「化粧をやめてくれる。化粧するところ見たくないから。もうどこかの席に行って。おばちゃんは注意しないと思って化粧しょうとしたかもしれへんけれど私は見たくないから」と言っていた。
彼女はすぐに席を立って前に車両に行った。
そしたら通路挟んで斜め前の2人の女性が話している。
「前に行って化粧するのやろ」と。
皆、黙っているけれど電車の中の化粧は誰もが違和感を持っている。
それをしらず化粧する若い女性の脳は常識のわからないノウテンキになっている。
そして王寺で降りて各駅停車に乗り換えた。この電車は進行方向に向かって横座りである。
若い高校生か大学生なのかまだ幼い若い女性が乗ってきた。
1人はバックの中に鏡が入っていない。連れの人に借りて鏡を見た。
また私の隣に座っていた。
私はまた言った。
「電車の中で鏡は見ないの。そいうことは見苦しいの。常識ではそういうことしないの。親の教育がされていないのをみせているの。そういことはトイレでするもの」と言ったら素直に頷いて隣の人に鏡を返した。
次の駅で下車したがたぶん違う車両に乗り換えたのだろう。
注意をされた2人に前に座っていた乗客の視線が集中していた。
皆口にはださない。面倒だから言いたくないが思っていることは私と同じである。
なんとも学校教育のメリハリそして家庭教育は自由が大事と言ってほったらかし。高校卒業するまでは親の口数は子どものころからだんだん少なくなっていくがそのときそのときの成長に応じて親として言うべきことは言わなければならない。それが子どもに対する親の責任で愛情である。
干渉しないのがうちの家庭教育と嘘ぶく人がいる。
これは子どもと摩擦を起こさないために親は叱ることが面倒で叱らない親が増えている。
親が子どもを守るたるめにはいずれ自立していく子どもに世間に迷惑にならない一般常識は教えないといけない。
私も息子を育てる時に息子は親の手元から離れよう、離れようとするがここで手を抜いたらあかんと考えて息子に嫌われながらも高校生としての生活範囲を強要した。そのかわり大学は沖縄まで飛んで行ってしまった。
最初は自活できるかどうか日夜、眠れない日々が続いた。
卒業して社会人になってもテレビニュースでよかならぬ事件を見るとすぐに息子に電話をしていた。当時は携帯電話なんかない。
夜にも電話してつながらなかったら翌日会社に電話をした。
出社していると聞いて安心して電話を切ることもたびただった。
たまたま息子が電話にでると息子は「日本全国広いのや」と言われた。
一人前にならない社会人の新米になっても親はいつも心配をしていた。
ようやく近年、結婚して子どもが2人できて息子の管理は嫁さんに任せてからこうした心配はなくなった。
しかし親と言うものはこの不況に息子は何を思っているだろうかと考えるがもう40歳近い息子もいい大人、「余計なお世話だ」としかられそうで何も言わないで黙っている。
しかし親から見れば子ども、親はいくつになっても子どもの行動にどこかで目を光らせている。
親として息子が高校卒業するまで気を抜くことなく躾をしたつもりだ。
しかし奈良に帰ってこない息子にあれだけ気のぬくことなく躾したのに「奈良に戻ってきたら」ということが躾から抜けていた。
今からでも遅くないが生活基盤が出来てしまった息子に奈良に帰って来いとはいえない。親がもう面倒見ることはできない。
後期高齢者に片足をつっこみかけた親は何もいえず2人、細々と奈良で暮らしている。

そして今は周りの子育てをしている人にいう。
「子どもは外へだしたら戻ってこないから手元に置いて近くの大学に行かせなさい。私の子育ての失敗が沖縄に行ったまま帰ってこない息子です」と言っている。

そして今はその日の勉強も見てやれない共働きの親が増えている。
これでは落ちこぼれが出てくる。
私は専業主婦している頃、子どもは心の広い子に育ってほしいと願った。私は小学校時代、友達づくりのできなかったことはずっとその後の人生にも影響すると考えて1は健康づくり、2は友だちづくり、3が勉強だった。
そんなことで勉強に対してそう喧しくは言わなかった。
ただ持って帰ってくる算数の試験はこまめに見た。
2・3回、同じところを間違っているとその場でその仕方を教えた。中学年から高学年なると実家に行かせて大学に行っていた弟に面倒見てもらった。
小学6年から中学3年間は学習塾に行かせたので後は本人の努力に任せていた。
ここまで来ると息子の日常の生活に目を光らせた。
そうしてどの親もこうして子どもを育ててきた。
現在の子育てをしている親は子どもの勉強を見ないと先日のテレビニュースで知ってちょっとびっくりしていた。

そんなことで躾のできない親がいて躾のできていない子どもが増えて平気で電車の中で化粧をしている。
なんとかなりませんか。
もううんざりです。
写真は朝、7時半、暗雲たれこめ雨が降っている雲を撮影。
下手な写真とどこからか罵声が飛んできそうなので身をすくめて紹介します。

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