ブログ「かわやん」

森羅万象気の向くままに。

日曜新聞紙読書欄簡単レビュー:川瀬俊治

2012年02月12日 11時27分53秒 | Weblog
恒例の日曜新聞紙読書欄簡単レビュー。まずジャーナリストの本から。

 東京新聞の五味洋治『父・金正日と私 金正男独占告白』(文藝春秋・1470円)―毎日―の広告を見て驚いた。五味さんがこうしたかたちで本を書くとは。というのは韓国の社会的企業を紹介してくれる数少ない日本のジャーナリストであり、最近もブックレットの紹介を紙面でしてもらったと聞いていたからだ。それもメールでのやり取りとはさすが。そうした方法で取材ができるとは。目の付け方がいい。正男さんとメールのやりとりは150通。さらに直接取材もしたというから。北京でみかけたというのとは質が違う。・
出会いは2004年。偶然に北京国際空港で正男氏に会い、短い取材をしたことから始まり、本格的には著者は10年10月から再開した。改革開放を支持し世襲に批判的なlことがわかる。さてこの本が刊行されてもいいと正男は考えたのだろう。そうでないと出版の倫理にもとる。本国へのメッセージとも読める。
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ドキュメンタリー映画監督布川徹郎さんが9日死去

2012年02月10日 18時35分45秒 | Weblog
ドキュメンタリー映画監督の布川徹郎さんが9日午前呼吸不全で死去した。享年69。通夜は10日午後7時から、葬儀11日正午から、大阪市浪速区戎本町の大阪祭典http://yahoo.jp/Umzcxz(最寄駅はJR新今宮駅、JR今宮駅、南海今宮駅)。25日午後1時から大阪市西成区萩之茶屋3の1の10の「ふるさとの家」でお別れの会を開く。

 布川さんは早稲田大学時代からドキュメンタリー映画制作をはじめ、日本ドキュメンタリオーユニオンを結成、作品「倭奴へ 無告の在韓被爆者の記録」では長期間韓国に滞在し取材、これを約1時間の作品にまとめたもの。被爆者孫振斗さんの姉へのインタビューは歴史的証言としても貴重で、2010年夏の「ふるさとの家」での映画祭で上映され、再上映の機会が増えていた。ほかに「パレスチナ‘76−‘78」「幻の混民族共和国」などある。

一〇年ほど前から大阪に住み、大量の住民登録問題や長居公園のテント村撤去を追うドキュメンタリーを関西の若手映像作家とともに作品化した。

 昨年秋に体調をくずし入院したが、快復して退院、療養に努めていたが、病状が急変してなくなられた。関西のドキュメンタリスト育成にアドバイスを送るなどの活動もしてきた。筆者は10日ほど前に自宅を見舞ったが、元気なご様子だったので訃報には本当に驚いた。ご冥福をお祈りする。
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姜萬保写真集 母たちの済州島 刊行

2012年02月09日 08時44分42秒 | Weblog
 姜萬保さんの写真集が刊行された。翻訳してから相当時間がたつが、やっと実現した。
 
 最終島の言葉で難しいとこともあったが、原書には写真説明がないので、これを調べるのが大変だった。済州島独自の遊戯や宗教的慣習の理解は簡単ではなかった。

 済州島の図書館にも通い、また済州島出身の学者、作家にも尋ねた。それでやっと刊行にこぎつけたわけだ。

 写真はダブルトーンでよく出ている。1960年代から80年代までの済州島の生活がよくわかる。いまでは見られない藁葺き屋根の家、共同水道、ポン菓子屋など約100点が収められている。

 編集した東方出版の方も苦労された。原書通りでは刊行できず、いろいろ順番を変えて刊行した。生老病死がテーマで、白黒写真。カラーではとてもこの質感は出ない。刊行東方出版で定価1800円。
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真部朗沖縄防衛局長「講話」と米・辺野古移設断念の報道

2012年02月04日 11時12分27秒 | Weblog
 一二日に投開票される沖縄県宜野湾市長選について、真部朗沖縄防衛局長が職員に「講話」をした問題をめぐり、新聞報道は実に弱腰だ。

▼「講和」の中身は自民、公明系候補を支持を示唆していることは明らかなのに、「うけとられかない」とか、「疑いがある」とか、実にへっぴり腰だ。なんともなさけない。

▼中日新聞3日朝刊では「自公系候補を支持」と一面トップで伝えた。「言外に促す内容になっている」とリードで明言し、これは「自衛隊法」にも、公務員の法令にも違反する。

▼さらに中央のメディアは玄葉外務大臣がアメリカと海兵隊移設では話をして、普天間移転はいよいよ追い詰められたとのニュアンスの報道を4日午前伝えた。

▼ところが4日午前、沖縄タイムスウエブ版を見るとこうした報道をアメリカからの通信員の記事として伝えた。「在沖米海兵隊のグアム移転計画をめぐり、米国防総省が米議会との水面下の交渉で、米軍普天間飛行場の名護市辺野古沖への代替施設建設を断念する意向を伝達していたことが3日、分かった。同飛行場の移設・返還については日米間で協議をやり直す見通し」というリードで伝えたものだ。

▼辺野古移転についてrアメリカは断念しているのだが、玄葉外相は「急がねば」というのだから狐に包まれた感じだ。どうなっているのか。沖縄の怒りは迷走する政府の方針のなさにもある。辺名古移設への「ノー」は知事選でも公約して仲井真知事が再選を果たした。この民意を突き崩したいから、真部朗沖縄防衛局長「談話」が生まれたのである。

▼簡単ではない移設問題は「辺野古断念」からのロードマップを早く示すべきだ。
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闘病の励ます会

2012年02月02日 23時38分04秒 | Weblog
6日にガンの治療のため入院される方の励ます会が大阪・生野であった。

 集まったのは18人。その方の同じ業界の方が多かったが、中にはテレビマン、作家、教師の顔も見られた。その方の人徳以外いなにものもない。

 その方はことし70歳。忘年会、新年会と元気な様子が毎日のメールで送られてきたから、まさかと思ったが、ご病気で入院されることになった。なんともはや。

 今日はその方を「だし」にして飲もうというのではない。とても「だし」など不穏当な表現はできない。しかし深刻さは参加者の多くには見られなかった。それがせめてもの救いか。

 「わたしは人生でいつも難局を乗り越えてきた。だから克服する自信がある」と大声で宣言された。打ちひしがれて入院するよりも何倍もいい。退院祝いをとみなが期待している。

 
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相撲報道は社会的偏見も許容するのか

2012年02月02日 23時35分50秒 | Weblog
 相撲の報道では、社会的偏見も素通りするようだ.

把瑠都―稀勢の里と取り組みで、把瑠都が立会いからとっさに飛んだ相撲だ。簡単に稀勢の里をはたきこんで把瑠都が勝った。このあとの会場のブーイングは「帰れ」「帰れ」コールが起きた。

しかし「帰れ」コールはないだろうと思った。日本から帰れという罵倒である。こんなブーイングが大相撲で起きたことはかつてなかっただろう。外国人力士へのここに排除極まれりだろう。

問題は翌日の朝日新聞の相撲報道だ。この取り組みを取り上げた解説で「カエレ」コールが起きた相撲の意味を把瑠都は気づいていないと結んだ。まったく「帰れ」コールの外国人排除に警鐘を鳴らしていない。気づいていないのだ。

把瑠都の相撲を批判することは言論としていいだろう。しかし観客の「帰れ」コールを見過ごしていいものではない。どのメディアもこのことを指摘しなかったのは、落胆というか、そんなもんだと諦めるしかないのか。
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日曜日新聞読書欄簡単レビュー

2012年01月29日 20時27分34秒 | Weblog

スピノザを朝日は特集している。

近代哲学の祖といえばデカルトがあげられる。「我思うゆえに我あり」という心身2元論はその後の自我追及のベースになり、近代科学の思想的バックボーンになったわけだが、スピノザはデカルトのキリスト教誠心の分析とは対峙する。だから「エチカ」は彼の没後まで刊行されることはなかった。当然のことだが、神の絶対性を越えたいとする哲学の構築は、ニーチェ、マルクスに大きな影響を与えうる。最近ではA・ネグリがスピノザを読むことを誰よりも説いた。

そのA・ネグリの『スピノザとわたしたち』(水声社、2625円)はマルチチュードが愛へと至ることを力説する。思想的ベースにスピノザを再検討せよと説く。ところがアンチヒューマニズムをベースに見出したのは上野修『スピノザの世界』だ。朝日で解説した鈴木繁(編集委員)はフロイトに先んじた人だと解説している。

デカルトと対比した位置づけは国分功一郎『スピノザの方法』(みすず書房、5670円)だ。「我思いつうあり」と、肉体と精神を分けないスピノザの哲学を解説する。「誰も自分で考え、その道を見つけるしかない」という。ここに国分哲学の個性がある。『暇と退屈の倫理学』(朝日出版、1800円)として昨年10月刊行されたが、国分がやさしく読者に語りかけて自分発見の哲学を模索する。

スピノザはどうして生計を立てたか。誰かからお金を援助してもらったのか。まったく違う。レンズ磨きでつつましく生活した。それでいて「究極のポジティブ思考の人」(鈴木繁編集委員)に達した人なのだ。貧しく、つつましくあってもポジィテブな考えを充満させてどうして生涯を送れたのか。ここに関心をもてばスピノザはわれわれに近づいてくる。
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2012年01月16日 00時04分14秒 | Weblog
日曜日新聞読書欄簡単レビューではまず1冊取り上げたい。

水谷竹秀『日本を捨てた男たちーフィリピンに生きる「困窮邦人」』集英社、1575円)−京都新聞―だ。フィリピンでの日本人男性5人を取材した作品である。

マニラに住む困窮邦人。1人は下半身不随の障がいを負う男性。元ソフトウエアー開発者。51歳。なぜ日本を捨てたのか。書評からはわからにない。

離婚をしてフィリピンに来たようだが、どうしてフィリピンなのかわからない。

教会の長椅子をベット代わりに生活する男性は毎日20ペソを稼ぐだけ。日本円にして4,50円。食事代に消えるが、その教会の長椅子での生活はできる。貧しいがフィリピンの人たちが支えてくれている。


偽装結婚した男性は元新聞配達員。58歳。

これらの男性は日本を捨てたのである。フィリピンの人たちは排斥しない。そこに救いがある。だからフィリピンにいる。

駐在記者が書いた作品は昨年の開高健ノンフィクション賞を受けた。これだけの紹介文だけでは内容がつかめない。読むしかない。捨てられてフィリピンに来た人たちではない。人を捨てる日本を捨てたのだ。1月10日の読売の書評では稿ある。「そんな事態に陥ったのは自己責任だ、と感じる人は多いだろう。しかし貧困や孤独、「迷惑」な人を切り捨てる非寛容、人間関係の希薄さ、それらすべてが彼らの責任だろうか。本書が問いかけるのはそこだ。彼らが照射するのは、実は私たちの生き方なのである」。
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思考のワクをどうこわすか

2012年01月15日 09時28分50秒 | Weblog
正月も2週目も終わった。いよいよ月曜日、火曜日は朝からの仕事が始まる。

年末に見たNHKテレビなら放送局制作番組で少しおかしく思った企画報道があった。昨年の奈良の水害で心の悩みをどう解決するかという企画で、宗教者が出演していた。南都6大寺の管主、長老と春日大社の神官だ。

なぜキリスト者はいないのか。鎌倉仏教の宗派や、新興宗教といわれ立教から100年以上たつ宗教は選ばれないのか。多分そういった議論はテレビ局内部では闘わされることはなかったのではないか。

思考はいつも定型化する。そのワクはなかなか壊せない。ましてや1300年たつ奈良なら南都6大寺しか頭に浮かばない。浄土宗などは「新興宗教」なのだ。キリスト教などは考えにも入らない。

思考のワクをどう壊すかも考えねばならないが、なかなかできない。私は今回の番組でキリスト者が出てもよかったと思う。

思考のワクでは言うと、橋下改革であるが、「公務員並み」というかつての労働運動のスローガンは消えてしまった。この時代に強固に主張するのは「公務員並み」であろう。それが皮肉にも逆様だが、思考のワクを破る原点ではないか。

といって公務員が現状に安住するのではない。公務員になるのが難しく、徐々に定員を減らし、結果として公務員の給料が高く保たれ、そしてそれが民間の目標になればいい。なぜ高級官僚の天下り根絶を徹底して叩かないのか。金持ち優遇の税制を糾さないのか。いまの公務員バッシングの社会には、叩かれない思考のワクが着実に存在続けている。


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2012年正月 テレビのない元旦 Kポップス

2011年12月29日 08時51分49秒 | Weblog
テレビを見ない元旦を過ごした。

 家族は不満やるかたない感じで、ミドリ電気にも足を運んだが、購入はやめた。

 結局、ラジオを活用したが、NHK第2放送で ハングル講座の 阪堂さん、タレントのマスダ・オカダ の増田さん が出ていた Kポップスの分析は面白かった。

 韓国は日本だけでななく 欧米 にも進出しているという。韓国語の歌と 同じ英語バージョンの歌 が同じに聴こえたのは、今後の可能性を示した。

 国内の販路が限界という課題が 日本 東南アジア そして欧米への 拡がりをみせている。

 限界を知ることが拡大を生む。自足すれば万事休すである。何事にも通じることか。


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2010年12月アクセスNO1記事 <strong>奈良・最大のコリアタウン</strong>

2011年12月28日 07時50分36秒 | Weblog

 戦前の奈良で奈良県の王寺町を中心にした亀の瀬の地すべり改修工事は、1932年の1年がかりで続けられた。

 延べ労働者の数は旧王寺町史に載っていたが、たしか30万人を越えていたとある(1969年刊行の『王寺町史』407ページに延べ人数3566971人とある。「工事のため朝鮮人を含む数千人の労働者が来住したため学校を急増した。小学校を1、2両学年に2学級を増設」とある)。

 
 家族連れでの就労などで児童、生徒の学校での対応など大変だったと書いてあった。労働者の多くは朝鮮人であった。

 当時の在日朝鮮人が加わった運動である全協の機関紙が周辺で発行されていたというから、奈良で当時最大の「コリアタウン」であったわけだ。工事が終わると人々はほかの工事現場に移り、「コリアタウン」は消えてしまう。

 当時の新聞を見ると、これがひどい。差別用語を多用した朝鮮人関連報道が続出している。これに一般の読者はどうした感情をいだいたか。連日差別語を見出しにした報道。そして工事現場での事故多発。そこには何が心に形作られたか。差別する意識を根底に醸成したことは否めない。

 これら報道の蓄積を新聞は本当に反省しているのか。新聞を読みながらつくづく思う。白日のもとにその歴史的事実を出して、検証するなどやっていないし、同様のことをしてきた日本の公共機関(裁判所、行政など)はほうかむりしている。これではネットの朝鮮人差別流布も下地があると受け止めざるをえない。
2010年
 ものごとの事態には歴史的原因がある。その歴史性に背を向けて、いま出てきた現象だけ改める処置をしても解熱剤投与などの応急的処方箋をほどこしたことしかならない。

 ではなぜ応急的で終始しているのか。これの論及が大きな課題なのだ。

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日曜新聞紙読書欄簡単レビュー

2011年12月25日 23時08分05秒 | Weblog
 佐藤俊樹『社会学のオフ法ーその歴史と構造』(ミネルブァ書房、3675円)。社会学とは「常識」を覆すことにあるという視点から、デュールケーム、ジンメル、ウェーバ、パーソンズ、マートン、ルーマンの「常識」を覆す方法を探る。「常識」を覆すためにはどうするか。データを扱い推論するのだが、その方法こそが社会学というわけだ。初めて方法に気づいたのがヂュルケーム、上からの目線で振り回す特権がないとみたのがジンメル、方法を駆使し「資本主義は人間の欲望が生んだ」という常識を覆したのがウェーバー、スキルの一般化を成し遂げようとしたのがパーソンズ、パーソンズの失敗を反省し「常識」をことごとくひっくり返したのがマートンというわけだ(評者松原隆一郎の紹介より)。松原は「推理小説の書き方もしくは手品の種明かしを習うようでスリリングだ」と評している。「社会は個人の『本当』や『経験』がつくるのではないのだ」と松原は結論づける。マートンの「矛盾の自己成就」を最後に紹介しているのは、松原がマートンに惹かれているからか。
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メディア・ウオッチング 日韓首脳会談での 日本軍「慰安婦」問題をどうみるか

2011年12月24日 08時02分30秒 | Weblog
 大阪自由大学でジャーナリスト講座が22日にあり、人権ジャーナリズムについて話した。最近の日本軍「慰安婦」問題にふれたので、メディアの1つの事例分析を紹介したので、以下述べたい。




まず人権ジャーナリストいう言葉があるのか、ということだが、そういう言葉はない。

新聞社の各編集綱領は 「基本的人権」「報道の自由」などうたい、人権が中心に座る。空気のようなものが人権を守ることであり、わざわざ取り出すべき用語でもない。
 
そのコンセンスを深めることが重要であり、たとえば日本軍「慰安婦」問題では、「人道的配慮」とか「原則を崩すな」とかの各社社説のオンパレードで(「琉球新報」社説は別)、ことの本質、さらに記事にすべき焦点をはずしていたのは残念というか、なさけないというか、そう感じた。

具体的にどういうことか。

私が話したのは、今回の日本軍「慰安婦」問題解決を野田首相に求めた李明博大統領の日韓首脳会談での発言を生んだ分析だ。「韓国の世論に推されて」と報じたのが体勢だが、それではことの本質を見失っている。

まず今年8月30日の韓国・憲法裁判所決定がある。韓国政府が日本軍「慰安婦」問題と在韓被爆者の解決に何ら動かなかったのは「不作為」として憲法違反だという決定である。

この決定を生んだ元をただせば、そこまでもっていった被害者の本当に粘り強い運動があるからなのだ。「よくぞ政府を動かした」と脱帽する。憲法裁判所に訴えるから決定を生んだ。この重大な民衆運動をどこも報道していない。

憲法裁判所の決定はなぜ生まれる要素があったのか。

ノ・ムヒョン大統領の過去史清算の政策がなされたからだ。過去の大統領の中で誰一人も手をつけなかったものだ。

この政策で2005年に日韓協定にいたる両国の全交渉文書が全面公開され、その文書の中で、交渉がまとまる1965年までの間、日本軍「慰安婦」問題などが一切議題にならなったことが明らかになった。「別の法律で補償を」との政府の首相が座長をつとめる会議の表明を生んだのだ。

ところが政府が何もせず行政の「不作為」を生み、これをただした被害者が憲法違反だと訴えたのだ。

過去史清算という取り組み、そして日韓協定に関わる文書の全面公開があり憲法裁判所の決定に結びついた。

しかし、日本では絶望的だ。なぜなら日韓協定文書の全面公開をかたくなに拒否、「交渉の議題に上らず」という歴史的事実は認めない。「日韓請求権協定」で解決済みの従来の姿勢はこのままでは崩さないだろう。

この状況をメデイアは分析すべきだが、政府答弁の鸚鵡返し。ここをどう突き崩すか。問われているジャーナリズムの課題提起はここにあるはずだ。

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世界の中心で自分を忘れる?

2011年12月10日 07時01分04秒 | Weblog
 この1年はどうも仕事ばかりに追われた。いまもそうだが、今日の夕刻、大阪の天王寺界隈を歩いたが、どことなく道行く人は忙しげだった。



 ▼せわしさでも1年の終わりの師走に感じるものはまた別の意味をもつ。年内にやり終えねばならないことを済ませねばならないと思うせわしさだ。お歳暮の手配、年賀状書き、家の大掃除、墓参りなど、この師走だからやっと腰を動かすことも多い。明らかにビジネス、仕事に迫られるのとは異なる。

 ▼子どものころは、いまよりも寒かった。小川の横で脱穀する水車小屋の水車から落ちる水が氷柱(つらら)となって凍りついていた。凍える手で落ち葉をかき集めて焚き火をしたりした。しかし、水車小屋も、氷柱も、焚き火もいまでは姿を消した。そう考えてみると、家の中の世界ではほとんど記憶がない。屋外が子どもの世界だった。

 ▼いまは屋外の記憶より屋内が子どもの世界の中心になっている。パソコン(PC)、アイホーンは電子を通して世界に繋がるが、マシンの中で表れる仮想現実である。われわれの子ども時代とは確かに次元を異にしている。世界は遠かった。

 ▼仮想現実世界の恐ろしさは、等身大でない像を描いてしまいがちだ。自分が世界の中心になりがちだ。なにせ一瞬にして世界の情報を手にできるのだから。それがPCさえあれば誰でもできるのだから、社会観も変化せざるをえない。

 ▼新自由主義の弊害で格差社会がますます巨大になっている。しかし、プロテストはそう広がらない。アメリカに端を発した格差是正のデモが大きく広がらないのは、人々が世界の中心に座らせるPC精神のなせるわざなのか。ますます格差はひろがり、ますます人々は世界の中心に取り込まれていく。



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鶴の一声の対極 民主主義は手間がかるが足腰が強い

2011年12月07日 22時47分19秒 | Weblog
 韓国のハンギョレ新聞の20年史(2008年刊)を通読して感じたことは、会社のあり方について激しい論争を社員間で盛んにしていることだ。論争の20年といえる。何しろ社長を社員が選ぶ公選制を実施しているから、取締役会で社長を決定する日本のメデイアとは様相が異なる。


ハンギョレ20年の歴史で平社員が社員の推薦を受けて社長選挙に立候補したこともある。立候補者は政治の選挙戦のような公約集を出す。そこで対立候補との論争をする。その成り行き、投票権をもつ社員に大きく影響する。

社員が進歩政党員であることを明らかにし、新聞社で規制できるのかという論争もあったし、金大中政権誕生のときに金大中候補が金鐘泌氏と組んだことに対する新聞コラムでの意見対立もあった。掲載の署名コラムで正反対の主張が出て、相手の名前をあげた論争になったこともある。新たなメデイア創設(週刊誌)でも賛否両論が出た社内事情が20年史からもわかる。

日本の社史ではそうした内部の対立はまずは活字化されない。平社員が社長選挙に出ることなどないし、言論であっても「和」をもって「尊し」としていることが伺われるからだ。調和と成長の社史なのだが、韓国のハンギョレ新聞社の社史は成長は書かれているものの、調和が背後に引いている。その違いをどう考えるのか。

ハンギョレ新聞が倒産の危機があった時代から立ち直っていく経過では、社長選挙で候補者が一本化され、2つの労組も協力する。「経済的危機の状態はどうしても乗り切るために意見集約される。そうしないと危機は乗り切れない」という感想を抱いた。

民主主義は様々な意見を戦わせて合意すべきものを固めていく。それには時間がかかるが、足腰はしっかりする。当然だろう。合意された意見が血肉化されているからだ。遠回りするが、民主主義は民の意見が岩盤のように強くなることだ。

最近は「鶴の一声」とか「独裁も必要」という文言がメデイアにしばしば登場する。物事を進めるのには効率はいいかもしれないが、とりわけ弱い民の意見は吹き飛ばされる。危機の時代に「鶴の一声」と「独裁」が求められることを批判しない言論が目立つ。「権力監視」という言論の当事者としての役目を見失ってはならない。




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