ちーろぐ

今日の出逢いに感謝を込めて

心の教育とは・・・

2006-11-13 19:19:58 | 教育
この2ヶ月いじめが原因での自殺報道がなかった日はありませんでした。
子どもが死に、先生が死に、学校のなかで「死」に直面した日が続いて
います。徐々にこの問題が、教育という枠の中でだけ語ってたのでは
埒が明かないことを、切実に感じ始めているのではないでしょうか?

「命を大切に」
「心の教育」

と言葉では語られますが、なぜ命が大切なのか。そして大切にするとは
どういうことなのか?
また、心の教育とは具体的に何を子ども達に語ればいいのか?

大人は目の前にいる我が子に迫る状況に、非常な危機感を覚えながらも
具体的な策を求めつつ、「今」の子どもの有り方を見守っておられるのでは
ないでしょうか。

私はいじめ問題を解決するため、ではなくもっと抜本的な教育構造の
改革が必要であると考えます。
現在の学校教育で抜け落ちた内容に光を当てることだと思います。

●道徳教育
●日本近代歴史教育
●宗教教育

それがこの3点であることを、青年塾の上甲塾長から教えていただきました。

「道徳教育」・・・
 大戦後、道徳教育の大部分は墨で塗りつぶされ日本人の素晴らしい
 思想や行為全てが『軍国主義につながる危険思想』と排除されて
 しまったのです。
 このブログにも何度も書きましたが、道徳教育が軍国教育なのではなく
 戦時下においては、あらゆる物が戦争のために用いられる状況でを
 余儀なくされるのです。
 だから、戦争はまさしく恐ろしいモンスターなのです。

「日本近代歴史教育」・・・
 皆さんは小・中学校時代どのよう日本近代史を学びましたか?
 私は、徹底的に侵略国家日本の凶行と、それを素地にした反戦教育
 でした。そのような一面は確かにあったと思います。
 しかし、そのことをもって近代日本人全てが傲慢で残虐であった
 と教えてきた日教組の教育は、これこそ糾弾されるべきです。
 
 日本の独立と自立のために心血を注いだ日本人に、気概と気骨
 を感じないではおられません。
 
「宗教心」・・・
 国家神道という宗教によって天皇は現人神とされ、日本人は泥沼の
 戦争に入り、罪のない国民の命を奪った。その反省に立ち、宗教は
 信教の自由によってこれを押し付けることは出来ない。
 との思想から、戦後公教育において、宗教は徹底的に排除されていました。
 全くのタブーであったとも言えるでしょう。
 
 しかし、思い出してください日本人は古来より農耕民族として
 大地を耕し、作物を植え、収穫する生活を営んできました。
 彼らは、収穫をもたらす天を神とあがめ、恵みを感謝し祈る
 敬虔な心を持った民族であったはずです。
 村祭りは全て神に捧げる感謝の祭りなのです。
 なのに、宗教がタブーだとは全く理解できない発想です。

 ひとつの宗教をことさらに教えること、が宗教教育なのはありません。
 宗教の持つ意義とそこにある倫理観と、哲学を伝えるのです。
 
 大東亜戦争敗戦の反省とGHQから教えられた自虐史観で、日本人は
 本当に【民族としての根】を失ってしまったのではないでしょうか?

 
漠然とした言葉で「心の教育」を謳っても、子どもの心には届かない
と思います。
戦後教育を受けた私達ですが、今ならまだ間に合います。
かの時代を生きた、人生の先輩がいらっしゃる間に大人である私たち自身が
学び、子どもに伝える言葉を持ちたいと願う者です。

 

最新の画像もっと見る