原作は「The Giving Tree」(与える木)
シェル・シルヴァスタイン
昔買った絵本。
篠崎書林から版権がうつり
今度は村上春樹が末キる。
家に帰って二つを読み直すと、この木の印象が微妙に違う
古い方の樹はあえて、女性的な言葉は避けている
そのことで木は「自然」の象徴ともとれる
これに対し
村上訳だと、これはまさしく母親(母性)といった表現だ。
現本はこの木は「彼女」(おそらくshe)なっているらしいが
この辺の捉え方は、訳者の感性なのか時代なのか
おおきな木自身が望んだ事とはいえ
少年が幹を切り唐オて行った後のシーン。
旧訳では
「木は それで うれしかった・・ だけど それは ほんとかな。」
に対して村上訳は
「それで木はしあわせに・・・なんてなれませんよね。」
とはっきりといっている。
始めに購入してから20年。
親になった今もこの本が伝えたかった真実はよくわからない。
シェル・シルヴァスタイン
昔買った絵本。
篠崎書林から版権がうつり
今度は村上春樹が末キる。
家に帰って二つを読み直すと、この木の印象が微妙に違う
古い方の樹はあえて、女性的な言葉は避けている
そのことで木は「自然」の象徴ともとれる
これに対し
村上訳だと、これはまさしく母親(母性)といった表現だ。
現本はこの木は「彼女」(おそらくshe)なっているらしいが
この辺の捉え方は、訳者の感性なのか時代なのか
おおきな木自身が望んだ事とはいえ
少年が幹を切り唐オて行った後のシーン。
旧訳では
「木は それで うれしかった・・ だけど それは ほんとかな。」
に対して村上訳は
「それで木はしあわせに・・・なんてなれませんよね。」
とはっきりといっている。
始めに購入してから20年。
親になった今もこの本が伝えたかった真実はよくわからない。