人形を人形たらしめるもの。
それは「個性」とか「人格」とか
感情を感じさせるという特徴のためだろう
昔からある玩具を見ても、けん玉とか、コマなどには愛着は感じても、個性や人格は感じない。
ただし、木の枝でも顔を描いたり、着物を着せたりすれば、個性・人格・魂を感じる
遠野の「オシラサマ」などは、人形を通り越して「神様」になったりする。
人形劇をやっていて思う
たとえそれが、スチロールや木材で作った「物」だったにしろ
子供時代の、それもたった数分の出会いだとしても
命を感じた子が、ともだちを見るような目で見つめてくれたら
その瞬間、その人形は、
かりそめでも「生命」なんじゃないだろうか?