Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

3/29(火)キム・カシュカシアン&レーラ・アウエルバッハ/深淵にして豊潤な第一人者のヴィオラを堪能

2016年03月29日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
キム・カシュカシアン&レーラ・アウエルバッハ
Kim Kashkashian & Lera Auerbach


2016年3月29日(火)19:00~ 王子ホール 指定席 A列14番 6,500円
ヴィオラ:キム・カシュカシアン
ピアノ:レーラ・アウエルバッハ
【曲目】
ショスタコーヴィチ/アウエルバッハ編:24の前奏曲 作品34
アウエルバッハ:アルカヌム(ヴィオラとピアノのためのソナタ)
ドヴォルザーク:ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ ト長調 作品100(ヴィオラとピアノ版)
《アンコール》
 アウエルバッハ:桜の夢(新作初演)
 アルメニア民謡

 王子ホールの主催コンサートで「キム・カシュカシアン&レーラ・アウエルバッハ」を聴く。カシュカシアンさんは1952年生まれの63歳。アルメニア人の両親のもと、アメリカのミシガン州の出身である。世界でもトップクラスのヴィオラ奏者として知られているが、日本との縁はあまりないようで、2009年の「第1回 東京国際ヴィオラ・コンクール」の際に審査員として来日している。今回は久し振りの来日で、「東京・春・音楽祭」にも参加し、3月26日に東京国立博物館で、バッハの無伴奏チェロ組曲をヴィオラで演奏した。そちらの方は聴いていないが、とても素晴らしい演奏だったという評判が伝わって来ていた。
 一方のアウエルバッハさんは1973年、ロシアの出身。ピアニスト、作曲家、詩人、美術家など、多彩な才能の持ち主で、それらのいずれもが高い評価を得ている。とくに作曲家としては、オペラ、バレエ、管弦楽、室内楽など幅広く作品を残し、世界の一流の歌劇場やオーケストラ、演奏家たちからの作曲委嘱が絶えない人気作曲家とのことだ。カシュカシアンさんのために2013年に作曲したヴィオラ・ソナタ「アルカヌム」が本日演奏されることになっている。

 プログラムの前半はショスタコーヴィチのピアノ曲「24の前奏曲 作品34」。ショパンなどに倣って、24のすべての調性で作曲されているが、中には断片的な短い曲もあり、やはり全曲を通して演奏すべき曲なのであろう。今日はアウエルバッハさんがヴィオラとピアノ用に2010年に編曲したものが演奏される。
 第1曲が始まるなり、カシュカシアンさんのヴィオラの音に魅了されてしまう。低音域の豊穣な響き、中音域の大らかで艶やかな音色、高音域の優しさ。重音の豊かさや、ピツィカートのクッキリとした音作りも印象に残る。全体的に深く幽玄な響きを持つヴィオラであり、早いパッセージは美しいレガートを聴かせ、音を立てる際には立ち上がりが鋭く、メリハリの効いた演奏をするなど、多彩な表現力も見事だ。何しろ24の調性というだけでなく、各曲がまったく異なる印象の曲想でできているので、この表現にはかなり幅広い対応が必要になる。原曲のピアノ版と違うところは、弦楽器の方が音色をいろいろ変えられるので、表現の幅は広いかもしれないが、その分だけ解釈が難しいところだろう。一筋縄ではいかないショスタコーヴィチだから、抒情的であったり、諧謔的であったり、民謡風であったり、子供っぽかったり、哲学的であったり、現代音楽風であったりと色々でてくる。カシュカシアンさんのヴィオラは、鋭さや優しさを取り混ぜながら、次々と異なる表現手法を用いて、実に多彩な表情を見せる。曲がそうできているからではなく、1曲ずつに異なる表情を見せるのである。アウエルバッハさんのピアノも多彩さをみせるが、むしろこちらの方が淡々としているところもあり、ヴィオラを引き立てる役割を果たしているようにも思えた。いずれにしても、ヴィオラは単独の曲が極めて少ないので、このようよくできた編曲ものはとても貴重な作品である。

 プログラムの後半は、まずアウエルバッハさんの作曲によるヴィオラ・ソナタ「アルカヌム」。カシュカシアンさんのために書かれた曲であり、作曲者自らがピアノを弾くのだから、まさに本家本元。もちろん聴くのは初めてなので、実はこの曲を一番楽しみにしていたのである。標題の「アルカヌム Arcanum」とはラテン語で「秘密」とか「神秘」とかいう意味なのだそうだ。
 曲は4つの楽章からなり、それぞれの楽章にも標題が付けられている。曲想がどうしても抽象的になってしまう現代の音楽だけに、何らかの説明的な要素が必要なのだろうか。
 第1楽章「アドウェニオー Advenio(到着)」はピアノの叩き付けるような強烈な打鍵から始まり、何かを強く問いかけてくる感じで、そこにヴィオラがある種の力強さを持つ奥深い音色で入って来る。ピアノの叩き出す和声は不協和音ではあるが、けっして前衛的なものではなく、分かりやすい。
 第2楽章「キニス Cinis(灰、死)」は緩徐楽章に相当するのだろうか、比較的ゆったりした流れの中に、「苦悩」や「絶望」といった負のイメージが憂いを秘めた音色で語られていく。ヴィオラの中音域が人の声域に近いだけに、妙に人間的なうめき声で描かれているように感じもした。
 第3楽章「ポストレーモ Postremo(最後に)」は、スケルツォ楽章に相当するのだろうか。ヴィオラの小刻みなフレーズが無窮動的で苛立つような音楽。かと思えば中間部は天国的・夢幻的な浮遊感のある穏やかな曲想に変わる。再び無窮動的なフレーズが戻り、穏やかな終結部を迎える。
 第4楽章「アデンプテ Adempte(奪われる)」は、ゆったりとしたテンポでピアノとヴィオラが寄り添うように流れていく。ヴィオラは弓で弾く際の艶やかで夢幻的な旋律とピツィカートの乾いた質感が極端な対比を作る。曲はそのまま夢幻の世界へフェードアウトするように終わった。
 1回聴いたくらいではなかなか理解の及ぶところではないかもしれないが、全体の印象としては良い曲だと思う。ピアノがヴィルトゥオーゾ級のアウエルバッハさんだけに、極めて幅広い表現を求めるような作りになっているが、これはご本人が弾いているのだから完璧に近いものと言って良いのだろう。ヴィオラのパートは、抽象的な音楽でありながら、カシュカシアンさんの温もりの感じられる豊かで深い音色と質感が、楽曲に生命感を与えている。また聴いてみたいと思える素晴らしい曲であり、演奏であった。

 最後はドヴォルザークの「ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ ト長調 作品100」。ヴァイオリン・パートを原調のままヴィオラで演奏した。そのため時にはヴァイオリンよりも1オクターヴ下げた部分が出てくるのは5度低い調弦のヴィオラならではだ。また同じ音程であってもヴァイオリンと比べればヴィオラの方が音が太い。このふたつの効果で、あたかも違う曲のような印象になっていた。
 第1楽章はソナタ形式。今日の演奏会では、安定した造形のソナタ形式が出てくると懐かしくホッとする。5音階旋律により民族調の主題がより人間味を帯びた印象を与える。ヴィオラが大らかに豊かに響くと、妙に安心させてくれるような雰囲気が伝わって来る。ヴァイオリンで弾く方がノスタルジーが強く感じられるような気がする。
 第2楽章は緩徐楽章。1オクターヴ低いヴィオラによる主題の提示が大地に根付いたような力強い印象をもたらす。ヴァイオリンだとすすり泣くように聞こえる部分が、ヴィオラだと温かく太い声に聞こえるのである。
 第3楽章はスケルツォ。本来なら軽妙な感じのするスケルツォが落ち着いた舞曲に聞こえてくるのも、ヴィオラの持つ人間味といったところだろう。
 第4楽章はスラブ舞曲風のフィナーレ。カシュカシアンさんのヴィオラは、ベテランらしい落ち着きがあって、浮ついたところがない。どちらかというば遅めのテンポで、全体に端正な演奏。もちろんディテールに至るまで細やかなニュアンスに彩られていて、豊かな表現力はさすがのものであるが、軽快なイメージではなく、落ち着いた大人の雰囲気で、完成度の高い演奏、といった印象になった。

 アンコールは2曲。まず、アウエルバッハさんが(紙を見ながら)日本語でご挨拶。「桜の季節に日本に来て強いインスピレーションを得て、昨夜、ヴィオラとピアノのための幻想曲を書きました」という。曲は「桜の夢」。古歌「さくらさくら」の主題による幻想曲といったところ。ヴィオラによる主旋律はほぼ原曲通りだがピツィカートを効果的に使い、ピアノの伴奏に現代風の和声が幻想的な雰囲気を創り出している。散り始めた桜の花吹雪が静かに舞う、夜桜を眺めているような、リアルな既視感があった。私たちへの素敵なプレゼントであった。
 2曲目はカシュカシアンさん両親の出生地であるアルメニアの民謡。アルメニアといわれてもどんな国なのが見当もつかない。黒海とカスピ海な挟まれた内陸の国で、旧ソ連と中東の境界線上にある。その地理的な位置関係からみても複雑な歴史を有していることは容易に想像できる。演奏された民謡は悲しげなゆっくりしたテンポの曲で、ヴィオラが中音域でうめくように歌う。ピアノはアウエルバッハさんの即興的なものであろうか、不協和音を効果的に響かせる現代的な伴奏になっていた。

 今日の「キム・カシュカシアン&レーラ・アウエルバッハ」。大変貴重なコンサートを聴かせていただいたという印象だ。私も最近ずいぶんヴィオラ好きになったもので、いままでだったらこのようなコンサートにまで足を運ぶことはなかったと思う。世界の第一線で活躍する演奏家のヴィオラを聴く。しかも現代の人気作曲家のオリジナル作品と編曲を本人のピアノで聴く。こういったシチュエーションに価値を感じるようになったということなのである。客観的に見れば、やはりかなりマニア系のコンサートには違いないようだ。
 今日の公演にはNHKのテレビ収録が入っていて、BSプレミアムの「クラシック倶楽部」で5月10日に放送される予定だ。なお放送される曲目等は現在のところ未定である。

 ← 読み終わりましたら、クリックお願いします。


★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★

当ブログの筆者がお勧めするコンサートのご案内です。
↓コチラのバナーをクリックしてください。↓





★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★

当ブログの人気ページをご紹介します。
↓コチラのバナーをクリックしてください。↓







コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 3/27(日)林美智子90分の「コ... | トップ | 【お勧めコンサート】終了/Or... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

クラシックコンサート」カテゴリの最新記事