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Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

3/18(金)アンナ・ネトレプコ/ついに実現した女王の特別コンサート/ただ圧巻の世界のディーヴァ

2016年03月18日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
アンナ・ネトレプコ スペシャル・コンサート in JAPAN 2016
ANNA NETREBKO and YUSIF EYVAZOF IN CICERT 2016


2016年3月18日(金)19:00~ サントリーホール S席 1階 3列 22番 38,000円
ソプラノ:アンナ・ネトレプコ♥
テノール:ユシフ・エイヴァゾフ♠
(バス・バリトン:狩野賢一)
指 揮:ヤデル・ビニャミーニ
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
【曲目】
ヴェルディ:歌劇『運命の力』序曲
チレア:歌劇『アドリアーナ・ルクヴルール』より「私は卑しい髪の僕です」♥
チレア:歌劇『アルルの女』より「ありふれた話(フェデリーコの嘆き」)♠
ヴェルディ:歌劇『イル・トロヴァトーレ』より「穏やかな夜~この恋を語るすべもなく」♥
ヴェルディ:歌劇『イル・トロヴァトーレ』より「ああ、あなたこと私の恋人~見よ、恐ろしい炎を」♠
ヴェルディ:歌劇『アッティラ』序曲
ヴェルディ:歌劇『オテロ』より二重唱「すでに夜も更けた」♥♠

プッチーニ:歌劇『蝶々夫人』より「ある晴れた日に」♥
プッチーニ:歌劇『トスカ』より「星は光りぬ」♠
ジョルダーノ:歌劇『アンドレア・シャニエ』より「亡くなった母を」♥
ジョルダーノ:歌劇『アンドレア・シャニエ』より「5月のある晴れた日のように」♠
プッチーニ:歌劇『マノン・レスコー』間奏曲
ジョルダーノ:歌劇『アンドレア・シャニエ』より二重唱「貴方のそばでは、僕の悩める魂も」♥♠
《アンコール》
カールマン:喜歌劇『チャールダーシュの女王』より「山こそ我が故郷」♥
プッチーニ:歌劇『トゥーランドット』より「誰も寝てはならぬ」
デ・クルティス:「わすれな草」♥♠

 「女王来る」というキャッチコピーが踊ったモノクロの速報版チラシが出回ったのは、昨年2015年の夏の終わり頃だった。女王というのは、もちろんアンナ・ネトレプコさんのことで、現在、世界のオペラ界に、圧倒的な存在感をもって君臨する存在であることは間違いない。招聘元のKAJIMOTOのニュース・リリース(2015年9月1日付)によれば、2005年以来の、実に11年ぶりのリサイタルになるということで、2016年3月の来日、会場はサントリーホールだという。その後、詳細が明らかになると、リサイタルといってもオーケストラ伴奏によるコンサート形式で、共演者はテノールのユシフ・エイヴァゾフさん、指揮はヤデル・ビニャミーニさん、管弦楽は東京フィルハーモニー交響楽団。そして何より衝撃的だったのは、チケット料金が、S席が38,000円! それでも、一生に一度のことかもしれないと思えば、行くしかないではないか!

 今さらネトレプコさんのことを紹介する必要もないだろう。1971年、ロシアの生まれの45歳。現在、世界のオペラ界のプリマ・ドンナといっても良いソプラノ歌手で、オペラのレパートリーは、イタリアもの、フランスもの、ロシアもので、独墺系ではモーツァルトだけ。コンサートでは、独墺系オペレッタの曲も歌う。
 これまでに5回来日している。1996年、マリインスキー劇場の来日公演(『カルメン』のミカエラ役/代役だったらしい)、2004年、小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクト(『ラ・ボエーム』のムゼッタ役)、2005年にはリサイタル・ツアー。この辺りまでは、まだ日本ではあまり知られていなかった。当時は今みたいに海外の情報がリアルタイムに入って来る時代ではなかったので、ヨーロッパやアメリカでは話題になっていても、DVDなどの映像作品が発売されるか、NHK-BSなどで放送されたりしなければ、なかなか知る機会がなかったのである。
 ここからは個人的な体験を含む、ネトレプコさんとの関わりの話になる。
 2006年6月、メトロポリタン歌劇場の来日公演で、『ドン・ジョヴァンニ』のドンナ・アンナ役で来日した時には、並み居るスター歌手を押しのけてチラシや新聞広告では彼女がセンターにいたのを覚えている。彼女が日本でもトップ・スターの仲間入りしたのはこの時からだと思う。私はこの時、2回観に行った。2004年に発売されたプロモーションビデオ集DVD『THE WOMAN, THE VOICE』の中で、彼女が歌うドンナ・アンナのアリアを視聴していたので、是非とも本物を体験したかったからであった。その時の公演でタイトルロールを歌っていたのがアーウィン・シュロットさんで、その後二人はゴールインして、1児をもうけたがすぐに別居してしまったというウワサだった。
 実は前年2015のザルツブルク音楽祭でヴィーリー・デッカー演出の『椿姫』がものすごい話題になっていたのだが、DVDになって発売されたのがこの2006年6月だったわけで、やはりこの年がネトレプコさんの日本でのブレイクになるのである。
 そして次の来日は2010年9月。英国ロイヤル・オペラの来日公演で、マスネの『マノン』のタイトルロールだった。私は「ゲネプロ鑑賞会」で本公演とまったく変わらないゲネプロを東京文化会館の3階で鑑賞し、本公演は1階で鑑賞した。文句なしの素晴らしい上演だった。ところがその時のロイヤル・オペラの来日公演のもう一つの演目であったリチャード・エア演出の『椿姫』の方に大問題が発生した。まず、ヴィオレッタ役のアンジェラ・ゲオルギューさんがドタキャンをしてしまい、代役が無名のエルモネラ・ヤオさん。そのヤオさんが初日に、第1幕を歌ったところで声がでなくなってしまい降板、第2幕以降はカヴァー歌手のアイリーン・ペレスさんというさらに無名の人が歌った。ちなみに私のチケットはS席で54,000円だった。2日目はヤオさんが何とか歌ったが、3日目にまた途中でダウン。この大トラブルの事態にロイヤル・オペラ側が取った「誠意ある対応」は、4日目の千秋楽公演に、同行していたネトレプコさんに代役を頼んだことだった。『マノン』の最終日から中1日で、ネトレプコさんが急遽NHKホールでヴィオレッタを歌うことになったのである。この一夜限りのヴィオレッタは、ネトレプコさんの世界のディーヴァたる実力を私たち日本のファンに見せつけることになった。伝説の誕生である。私はその日、NHKホールで一生忘れられない体験をしたのだった
 そして日本でも大スターの地位を不動のものにしたネトレプコさんの次の来日は2011年6月、再びメトロポリタン歌劇場の来日公演で、『ラ・ボエーム』のミミ役の予定であった。ところがその年の3月11日、東日本大震災が発生し、その後の福島の原発事故に伴い、多くの外国人音楽家の来日キャンセルが頻発することになってしまった。震災から3ヵ月後のMETの来日も危ぶまれたが、幸いなことにMETは来てくれた。しかし指揮者を始めとして出演者にもかなり変更があり、最終的にはネトレプコさんがドタキャンしてしまったのであったミミ役は『ドン・カルロ』のエリザベッタ役で同行していたバルバラ・フリットリさんが急遽代役になり事なきを得た。私のチケットはS席62,000円だった。だがさらに、その時のMETの来日には「特別コンサート」が予定されていて、それはネトレプコさんがメトロポリタン歌劇場管弦楽団をバックにサントリーホールで歌うという、アメリカでも聴けないようなコンサートだったのである(私のチケットはS席29,000円)。コチラの方は、METのツアーに同行していた他のスター歌手を勢揃い出演させたガラ・コンサート風の豪華絢爛なコンサートに装いを変えてトラブルを乗りきったのであった(ディアナ・ダムラウさん、フリットリさん、ピョートル・ベチャワさん、マリウシュ・クヴィエチェンさんなどが出演)
 このように、私は11年前のリサイタルは聴いていないのだが、その後の経緯を考えると、単なる11年ぶりのリサイタルだからというわけではない、個人的な思い入れがたっぷりあるのだ。だから、今日のコンサートが、S席38,000円が高いか安いかは人によって判断は違うであろうが、私にとっては金額の問題ではなかったとしかいいようがないのである(貧乏人の私としては、かなり見栄を張った言い方だが・・・)。


 さて前置きがからり長くなってしまったが、私だけでなく、やはり今日この会場に来られた方たちにもそれぞれの思いがあったのではなかろうか。チケットは完売となり、サントリーホールは文字通り満席状態。ホワイエにも人が溢れんばかりであった。開演を待つ人々の雰囲気も、通常のオーケストラのコンサートとはかなり違っている。女性客が多く、また若い人も多い。全体がゴージャスな雰囲気に包まれている。これはオペラの開演前のザワザワした雰囲気に近く、来ている人たちの期待感がホールに満ちているようである。私も今日は珍しくネクタイ着用で臨んだ。
 また今日は、終演後にサイン会があるという。しかも22時頃から開催、と。それなのにCDやDVDが飛ぶように売れていた。実際に、それらを買うために行列ができていて、「最後尾はコチラ」が案内されるくらいスゴイ。こんなのクラシックのコンサートで初めて見た。
 さらに、今日のコンサートはNHKのテレビ収録が入っていた。放送日は未定とアナウンスされていたが、是非とも全曲を放送していただきたいものである。コンサート自体は休憩を含んで終わったのが21時20分くらいだったから、演奏は正味120分以内に収まっているはずである。

 ところで、上記の【曲目】を見れば分かるように、プログラムは完全にイタリア・オペラのアリアと二重唱。ネトレプコさんの歌うアリアは、どれも重くドラマティックな曲ばかりだ。高音域を引っ張り、コロラトゥーラ系の華麗な技巧を要するような曲はなく、力強さや表現力を求めるタイプの曲である。これはネトレプコさんも年齢からくる練熟により、レパートリーが変化してきているように思える。実際に聴いてみると、もちろん以前と変わらぬ、ちょっと鼻にかかったようなセクシーな声ではあるが、厚みというか、深みというか、声が少し太くなっているようだ。声域も中音域が豊かに出るようになっている。その分だけ、最高音域だけはちょっと厳しくなりテクニックでカヴァーしているようなところはあった。全体的に、声質には艶もあり張りもあって、圧倒的な声量である。ppの歌唱でもMETなどの大きな歌劇場の隅々まで声を届かせるだけのチカラがある。もちろんffではオーケストラの音をかき消すような、恐ろしいほどのエネルギーを持っている。10年前から見れば体格もかなり良くなっているので(失礼)、押し出しと迫力は一層増しているようだ。見るからに肉食系といった感じである。
 またプログラムを見れば分かるように、内容は完全に「アンナ・ネトレプコ&ユシフ・エイヴァゾフ/デュオ・リサイタルである。それでエイヴァゾフさんって誰? と誰もが思ったことだろう。経歴を見ると今まさにブレイク中というクラスのテノール歌手で、これから世界の第一線で活躍していく(はず)の人らしい。10年前には、ネトレプコさんはテノールのロランド・ヴィリャソンさんとのコンビで名演・名作を残したが最近はご無沙汰みたいだし、新しいパートナーを見付けたのかなと思っていた。実際に歌唱を聴くと、声質にはちょっとクセがあるが、分厚い胸板から飛び出す声量は途方もなく、こちらも大劇場で仕事をやって来た人だと分かる。実はネトレプコさんとエイヴァゾフさん、昨年2015年12月に結婚したばかり。ホヤホヤのカップルなのだ。どうりでステージの上でも抱き合ったりキスしたり・・・。今後また、新しい名演・名作を二人で作っていった欲しいものである。

 ネトレプコさんの歌唱については、もう何も言うことはない。CDや映像素材の録音されたものを聴いても分かることだが、とにかく微妙なニュアンスを含む表現力が抜群で、歌唱の技術が上手いというだけでなく、物語の登場人物になりきり深い内面性を捉えた解釈と、それを情感たっぷりに表現するチカラがある。彼女は声楽家というよりは、オペラ歌手なのだ。ここまでは録音を聴けば誰にでも分かることで、彼女が「美人」だからスターになれた、などという中傷はおよそ見当外れだと言うことも、録音を聴いてみれば納得できるだろう。ところが、彼女の本当の歌唱力は、録音などには決して収まり切れないものなのである。それはおそらく、ナマで聴いたことのない人には決して分からないものだと思う。「声」という音の波に乗って伝わって来るエネルギーが、他の歌手とは明らかに違っていて、聴くものの魂を共振させるのだ。その圧倒的な存在感、その場の空気を一変させてしまうオーラが凄まじいのである。

 東京フィルハーモニー交響楽団による『運命の力』序曲に続いて、ネトレプコさんがいよいよ登場する。美しさは変わらないが、体型が一回り(二回り?)大きくなっていて、さらに一層存在感を増している。
 まずはチレアの『アドリアーナ・ルクヴルール』より「私は卑しい髪の僕です」。第一声から、会場のすべての聴衆の心を鷲掴み。まさにそんな感じの、痺れるような陶酔感を伴う歌唱だ。しっとりと情感たっぷりに歌う曲であるのに、その声量は豊かで、まさに大劇場の隅々まで声を届かせるチカラがある。決して力むことはなく、声そのものは柔らかく潤いがある。しかしオーケストラを従えてしまうエネルギーを持っているのである。とくに弱音の表現力は特筆もので、遠くまで届く、けっして小さな声ではないのに、ここは弱音部分だと聴いているものに思わせてしまうように表現をする技巧がある。こんな歌手が他にいるだろうか。

 続いて、チレアの『アルルの女』より「ありふれた話(フェデリーコの嘆き」)をエイヴァゾフさんが歌う。初めて聴くのでどんな歌手なのか、ネトレプコさんの心を捉えた歌唱とはどのようなものなのか。エイヴァゾフさんの歌唱は、まず圧倒的な声量がスゴイ。胸板のぶ厚い体格は、いかにも肺活量が多そうで、大きな響胴といった感じ。声質そのものにはちょっとクセがあるので(声が平べったい感じ・・・?)、好き嫌いは分かれるかもしれないが、ドラマティックな歌唱法と力感は見事なもので、技巧派というよりはパワーで押し切るタイプにような気がする。

 次は再びネトレプコさんが登場し、ヴェルディの『イル・トロヴァトーレ』より「穏やかな夜~この恋を語るすべもなく」を歌う。何と力強いのだろう。前半の「穏やかな夜」はしっとりと、しかし内に秘めた情感が徐々に沸き上がってくる感じが素晴らしい。半音階でせり上がっていく部分に魂が乗っているような細やかな情感が込められている。そして感情が爆発するようなドラマティックな表現。ディテールまで細やかに創り上げた解釈と歌唱は、聴いていてもとても自然に聞こえるが、奥行きが深く、サブリミナル広告のように、潜在意識に働きかけてくるようである。後半の「この恋を語るすべもなく」では軽快なリズムに乗せて、明るく声質を変えてくる。ベルカント的な曲想でもあるので、息の長い高音部の熱唱など、聴き応えも十分であった。もうここでBrava!! と言ってしまおう。

 次は再びエイヴァゾフさんが登場し、同じ『イル・トロヴァトーレ』から「ああ、あなたこと私の恋人~見よ、恐ろしい炎を」を歌う。「ああ、あなたこと私の恋人」ではゆったりとしたテンポで息の長い歌唱が続くが、彼のパワーは底知れない感じで、伸ばす所は伸ばして朗々と歌う。やや一本調子と思えないこともないが・・・。後半の「見よ、恐ろしい炎を」は戦いを誓う勇ましい曲だが、勢いに乗ったエイヴァゾフさんは声に力感が漲る。ハイCにもパワーが乗っていた。

 続いてはちょっと一休みのために、ヴェルディ『アッティラ』序曲。もちろん管弦楽のみで。

 前半の最後は、ヴェルディの『オテロ』よりデスデーモナとオテロの二重唱「すでに夜も更けた」。二人が仲良く登場してくる。 チェロの独奏に始まる序奏の後、エイヴァゾフさんのオテロが歌い出す。オテロ役にはちょっと声質が軽い感じがしてしまうがこれは個人的な好みにもよるので何ともいえない。続いてネトレプコさんがデスデーモナ。こちらはやや強めで熱い思いが漲っている。オテロよりもデズデーモナの方が強そうに聞こえたのは、二人のプライベート時の力関係を反映しているようで面白い。この二人が選んだ曲は、デズデーモナとオテロがまだラブラブの時の二重唱であった。だからというわけではないが、二人とも情感がたっぷり溢れていた。しかもステージ上では演技モードに入ってしまい、テレビ収録用のマイクの前を離れて歩き回ってしまう。最後は熱い抱擁とキス。会場は静まりかえって、さすがにフライング拍手&ブラボーなどをする人はいなかった。ご馳走様でした。


 後半は、プッチーニの『蝶々夫人』より「ある晴れた日に」。ネトレプコさんの蝶々さんはちょっと意外な感じがする。日本ツアーのために用意してくれたのかもしれない(ただし、ソウルと台北でもプログラムに載っているが)。コンサートマスターの三浦章宏さんからチョンと音をもらい、序奏なしで歌い出した。歌い出しは力強く、張りのある声で希望を歌うが、徐々に心が内に沈んでいく。その辺の切なげな表現力は説得力十分。弱音でも通る声は、やはり上手い。蝶々さんの最後の決意は、あくまで力強く、ものの見事にオペラ的な歌唱で、ドラマの中の蝶々さんを超越してネトレプコさんの個性が爆発する。そこから放たれるオーラとエネルギーは、聴いている私たちを痺れさせてくれる。まったくものスゴイ存在感なのである。

 続いてエイヴァゾフさんで、プッチーニの『トスカ』より「星は光りぬ」。急遽曲目が変更されてこの曲になったようだが、これは『蝶々夫人』に合わせて同じプッチーニにしたようである。二人で競い合うような位置づけだが、エイヴァゾフさんも負けじと、徐々にテンションを上げていき、息の長いプッチーニ節を敢えて遅いテンポで、伸ばして伸ばして歌った。こうしたドラマティックな効果を狙った歌唱も、彼くらい馬力があって上手いと、効果覿面でBravo!が飛ぶ。

 再びネトレプコさんが登場し、ジョルダーノの『アンドレア・シャニエ』より「亡くなった母を」。第3幕、マッダレーナのアリアである。フランス革命時、投獄されている詩人アンドレア・シェニエを愛するマッダレーナが彼を救うために敵であるジェラールに身を捧げようとする、悲痛な思いを歌う。ネトレプコさんの歌唱は、悲しみの感情を強い意志で抑え込むように、弱音から強く張りのある声で。やがてその魂の叫びは迸るような絶叫に変わり、息の長い熱く美しい旋律を高らかに歌い上げた。歌声には深く感情移入がなされ、目をつぶればそこはオペラの舞台そのもののような臨場感が溢れる。1曲ごとにまったく違った世界観をたった一人で創り上げてしまうのは、まさに世界のディーヴァに相応しい。今現在、世界のオペラ・シーンでこの人を超える人はいないだろう。

 続いて同じ『アンドレア・シャニエ』から、エイヴァゾフさんによる「5月のある晴れた日のように」。処刑されるのを前に、死への覚悟とマッダレーナへの愛を高らかに歌い上げる、詩人シェニエの最高の見せ場・聴かせ所である。息が長く、美しくも哀しく、そしてドラマティックな曲を、エイヴァゾフさんも高らかに声を張り、劇的に歌い上げた。こちらは正直に言えば、オペラの情景を想起させるほどの存在感は伴っていないようにも思えたが、限りなく豊かな声量と輝かしく張りのある歌唱が一級品であることには間違いない。

 ここで二人がちょっと一休みするために、管弦楽のみでプッチーニの『マノン・レスコー』間奏曲を挟む。まったく違うオペラなのに、この有名な間奏曲も今日は『アンドレア・シェニエ』の一部のような感じで、涙を誘う・・・・。指揮者のビニャミーニさんはテンポを自在に操り、感情をうねらせるように盛り上げる。東京フィルのしなやかな演奏も見事だった。

 最後は引き続き『アンドレア・シャニエ』より第4幕の二重唱「貴方のそばでは、僕の悩める魂も」。一緒に処刑される女囚と入れ替わったマッダレーナとシェニエが、処刑される前にお互いへの思いを伝え合う。オペラのクライマックス、最後の場面である。ダイナミックレンジの広いオーケストラの輝かしい演奏に乗って、二人の声がサントリーホールの広い空間を飛び交う。二人は歌いながら物語の世界へと没入していく。死の旅立ちへの陶酔的な感情が、魂を絞り上げるように高らかに歌い上げられる。最後に死刑囚の名を呼び上げる看守の役で、バリトンの狩野賢一がちょっと参加した。エイヴァゾフさんのシェニエは誇らしげでサバサバした感じ、ネトレプコさんのマッダレーナは死へ向かうエクスタシーと行き場のない悲しみの激情が混ざり合ったような複雑な情感を見事に歌い上げた。Bravi!! いやBravissimo!!

 アンコールは、こういう場合定石通りに3曲。
 まずはネトレプコさんの歌唱で、カールマンの『チャールダーシュの女王』から「山こそ我が故郷」。本日唯一のドイツ語の曲。打って変わって陽気にはしゃぐ、彼女の本来のキャラクタに近いかもしれない。間奏部分ではお馴染みのハンガリアン・ダンスも披露してくれた。会場も手拍子を打ってノリノリである。

 続いてエイヴァゾフさんで、プッチーニの『トゥーランドット』より「誰も寝てはならぬ」。張りのある声で朗々と、力強く伸ばす。素晴らしい歌唱である。ここまで来て今さら寝る人なんていない・・・。

 最後はデ・クルティスの歌曲「わすれな草」を二人で。情感たっぷりに、最後は仲むつまじく。「私を忘れないで、君こそわが人生」と歌うのは、お互いを思っての言葉にも思えるし、私たちへのメッセージとも取れる。素敵なフィナーレであった。

 こうして熱狂の渦に包まれて終わったネトレプコさんのコンサート。ここに来ていた人は皆、満足したに違いない。コンサートに登場したネトレプコさんを聴いたのは初めてのことであるが、やはりその存在感は圧倒的であった。曲毎に役柄にすーっと入り込み、深い解釈で登場人物の感情をうねるように表現する。今日はアリアを4曲(アンコールを入れれば5曲)を歌ったわけだが、それらのすべてが異なる世界観に満ちていた。そしてそれぞれの役柄の中から、ネトレプコさん自身の強烈なキャラクタが滲み出てきて、オペラの登場人物と共鳴していく。この人は、並外れた才能や技巧を超えた、何かを持っているようにしか思えないのである。不世出のオペラ歌手。今日はその絶頂期の歌唱を目の前で聴くことができた。オペラ好きにとっては、これほどの幸せはないであろう。>
 ネトレプコさんはこの10年、人気、実力ともに世界のトップを走り続けた。しかも現在も進化を続けていて、ベルカントのコロラトゥーラ系からドラマティックな役柄へとレパートリーを拡大しつつある。今年2016年の5月にはドレスデンでワーグナーの『ローエングリン』にエルザ役で出演する予定だという。いよいよソチラの方に向かっていくのだろうか。次に来日するのはいつのことになるのだろうか。

 終演後のサイン会は、それはもう、ものすごい人の数。私は家庭の事情もあって早々に引き上げることにしたが、友人のYさんは並んでみるという。それなら、ということで、ネトレプコさんとエイヴァゾフさんのサインをいただけたら画像にして送ってもらうことにした。ここに掲載するのはYさんからお借りしたサインとサイン会の写真である。私もできれば参加したかった・・・・。



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【お勧めCDのご紹介】
 今年2016年2月にリリースされたばかりの、アンナ・ネトレプコさんの最新盤CDです。「THE BEST OF ANNA NETREBKO」のタイトル通りの初のベスト・アルバム。珠玉のオペラ・アリア集です。今日の会場でも、飛ぶように売れていました。ネトレプコさんを手っ取り早く知るためには最適の1枚。でも本文でも述べましたが、実物はCDに収まるようなスケールの人ではないと、言っておきましょう。

アンナ・ネトレプコ・ベスト
ベルリーニ,オッフェンバック,プッチーニ,アバド(クラウディオ),ロマーニ,バルビエ,マーラー・チェンバー・オーケストラ
ユニバーサル ミュージック

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