Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

9/14(金)中村恵理ソプラノ・リサイタル/圧倒的な存在感で世界に羽ばたく新星の魅力爆発

2012年09月16日 01時01分13秒 | クラシックコンサート
紀尾井の声楽 2012 / 中村恵理 ソプラノ・リサイタル

2012年9月14日(金)19:00~ 紀尾井ホール S席 1階 2列 13番 4,000円
ソプラノ: 中村恵理
ピアノ: マッシミリアーノ・ムラーリ
【曲目】
ベッリーニ:  お行き、幸運なバラよ
        棄てられて
        優雅な月よ
R.シュトラウス:私は花束を作りたかった
        明日
        愛の賛歌
        母の自慢話
ドビュッシー: パントマイム
        月の光
        ピエロ
        現われ
ベッリーニ:  歌劇『カプレーティとモンテッキ』より「おお、幾たびか」
ドニゼッティ: 歌劇『ドン・パスクアーレ』より「あの騎士のまなざしは」
プッチーニ:  歌劇『つばめ」より「ドレッタの夢」
グノー:    歌劇『ロメオとジュリエット」より「私は夢に生きたい」
《アンコール》
 プッチーニ: 歌劇『ラ・ボエーム」より ムゼッタのワルツ
 成田為三:  浜辺の歌

 中村恵理さんの存在はだいぶ以前から知っていたが、実際に聴いたのは1度だけ。新国立劇場の2006年11月/12月公演で、『フィデリオ』でマルツェリーネ役で出演した時だった。この役は導入部でアリアや重唱があり、中村さんは可憐な歌声で活き活きと歌い、演技していたのを覚えている。あれからもう6年。その間に彼女はヨーロッパに渡り、オペラ界では知る人ぞ知るビッグネームへと大躍進を遂げたのである。ご承知のように、2009年英国のロイヤル・オペラの『カプレーティとモンテッキ』にアンナ・ネトレプコさんの代役で急遽出演し、大成功を収め、世界の注目を集めた。そのニュースが私たちのもとに届いたとき、あの中村さんが!と思わず喝采したものである。以来、彼女はヨーロッパの主要な歌劇場に出演を繰り返し、世界でもトップクラスの指揮者や歌手たちと共演している。現在は、バイエルン州立歌劇場と専属ソリスト契約を結び、ここを中心に世界各国に活躍の場を広げている。そういう状況なので、日本にはあまり帰って来ないようで、日本での本格的なリサイタルは今回が初めてということである。ウワサは拡がっているが実際には聴いたことがない、というのが本日会場に訪れた多くの人たちのスタンスだろう。初リサイタルにして紀尾井ホールは満席だった。

 プログラムの前半は、ベッリーニ、リヒャルト・シュトラウス、そしてドビュッシーの歌曲を集めた。ステージに登場する中村さんの歩く姿にも、才気煥発なところが現れている。久しぶりに聴く中村さんの歌声は、清らかに澄んでいて、とてもキレイだ。ベッリーニの歌曲にはベルカント的な歌唱技法も披露。オペラとは違って、姿勢を正して歌いながらも、あるいは切々と歌う歌曲ではあっても、随所に現れるコロラトゥーラのような装飾的な歌唱に、確かな技巧と表現力が感じられた。R.シュトラウスの4曲は比較的若い頃の作品だが、後期ロマン派の爛熟した濃厚な音楽に対して、中村さんはやや抑え気味の歌唱表現で、ロマン的であるけれども格調高く、上品にまとめていたといえる。ベッリーニはイタリア語、R.シュトラウスはドイツ語、そしてドビュッシーはもちろんフランス語での歌唱。この選曲にも、彼女の世界を相手に何も憶することはない、という気概を感じる。「月の光」は有名なピアノ曲とは異なる曲。どの曲も、透明でキレイな声で、流麗だが豊かに歌うフレージングが美しく、正統派の歌手としての完成度の高さを聴かせてくれた。オペラだけでなく、オーケストラとの共演も数多く経験しており、しっとりとした歌唱法による表現力の幅も広い。

 後半は一転してオペラのアリアを集めている。1曲目は『カプレーティとモンテッキ』からジュリエッタのアリア「おお、幾たびか」。ビアノの前の定位置に立った中村さんは、ふっと一呼吸すると表情が一変! 一気に役どころに没入する。成功のきっかけとなった役だけに、その歌唱し圧倒的な熱唱となった。技巧的なことは言うに及ばず、内なる魂の表現というか、迸る熱情というか、立ち上がりの鋭い歌唱で、一気にパワー全開に持って行く辺りは、さすがにコヴェントガーデンの聴衆を納得させただけのことはある。やはり、彼女ははオペラの人だ。
 一旦ステージから下がった中村さんを呼び出すように、ピアノの伴奏が始まり、2曲目、『ドン・パスクアーレ』からノリーナの「あの騎士のまなざしは」。前半の歌曲とは打って変わって、表情も豊かにくるくると変わり、オペラの舞台のような小芝居でコケティッシュな魅力を振りまき、オペラ歌手の本領を発揮した。伸びのある高音と爆発的な声量で、会場を一気に沸騰させる。この2曲で完全に聴衆の心を掴んだ、と思った。一瞬の瞬発力で聴衆を味方に付けることが出来るのは、ほんの一部の歌手だけが持つスター性のようなものだが、中村さんには、言葉ではうまく説明できないが、そのような潜在能力を持っている。
 3曲目は『つばめ」から「ドレッタの夢」。ベッリーニ、ドニゼッティとベルカントの時代から20世紀初頭の後期ロマン派に飛び、切々と美しくも哀しいプッチーニ節…。中村さんは息の長い、伸びやかな歌唱で、力で押しまくるようなプッチーニも見事に歌いこなす。若いだけに歌唱の技巧も柔軟である。
 最後はグノーの『ロメオとジュリエット」から「私は夢に生きたい」。恋に恋するジュリエットの、前しか見えないような心情を、中村さんは明るく、元気に、そして楽しそうに歌ってくれた。1曲ごとに役どころにすっと入り込み、違った表情、違った仕草で、声の艶や色彩が変わるような多彩さを見せる。その集中の度合いが、これまで聴いて来た多くのオペラ歌手の皆さんよりも、極端に強く感じさせるのだ。逆に歌い終わって、素の自分に戻るときのホッとした表情が初々しくてかわいらしい。

 アンコールはお決まりの「ムゼッタのワルツ」。ところが彼女が歌いだすと、その背景にカルチエラタンの群衆シーンが浮かんでくるようなリアリティがある。歌はもちろん上手いが、役どころ=人格といった存在感のようなものが濃厚に感じられる。やはり、オペラ歌手としての発揮度抜群である。
 アンコールの2曲目は「浜辺の歌」。こちらの方はむしろ淡々・粛々とした歌曲らしい歌唱で締めくくった。


 中村さんの歌唱は、歌曲の時とオペラ・アリアの時の対比が極端であった。もちろん歌唱の技巧は間違いなく上手いし、声もとてもキレイで、声量もたっぷり。ステージ捌きもひたむきな感じがして好感度も抜群だ。今回、初めてのリサイタルを聴いて、この人はオペラの人だということは強く感じられた。演技力もありそうだし、存在感と発揮度が素晴らしく強い。間違いなく、Brava!!である。この後、ヨーロッパやアメリカでもますます「Eri Nakamura」の名声が高まっていくことは確実だと思う。今日のリサイタルは大成功だといえる。この次は、古巣の新国立劇場へ凱旋帰国して、もちろんゲスト・ソリストとして主役を歌ってほしい。演目はやはり『カプレーティとモンテッキ』を聴いてみたい…。

 今日はとくにCDやDVDの販売もなかったし、終演後のサイン会なども設定されていなかったが、中村さんはすぐにロビーに出てこられたので拍手が湧き上がった。そのまま沢山の人に取り囲まれているうちに、サインを求める人が集まって…。急遽サイン会になってしまった。私はたまたますぐ近くにいたので、たいして並ぶこともなく、プログラムにサインをしていただき、ついでにしっかりと握手も。声楽家の手はいつも温かい。中村さんは元気いっぱいで、活力に満ちていた。

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