紀尾井の声楽 2012 / 中村恵理 ソプラノ・リサイタル
2012年9月14日(金)19:00~ 紀尾井ホール S席 1階 2列 13番 4,000円
ソプラノ: 中村恵理
ピアノ: マッシミリアーノ・ムラーリ
【曲目】
ベッリーニ: お行き、幸運なバラよ
棄てられて
優雅な月よ
R.シュトラウス:私は花束を作りたかった
明日
愛の賛歌
母の自慢話
ドビュッシー: パントマイム
月の光
ピエロ
現われ
ベッリーニ: 歌劇『カプレーティとモンテッキ』より「おお、幾たびか」
ドニゼッティ: 歌劇『ドン・パスクアーレ』より「あの騎士のまなざしは」
プッチーニ: 歌劇『つばめ」より「ドレッタの夢」
グノー: 歌劇『ロメオとジュリエット」より「私は夢に生きたい」
《アンコール》
プッチーニ: 歌劇『ラ・ボエーム」より ムゼッタのワルツ
成田為三: 浜辺の歌
中村恵理さんの存在はだいぶ以前から知っていたが、実際に聴いたのは1度だけ。新国立劇場の2006年11月/12月公演で、『フィデリオ』でマルツェリーネ役で出演した時だった。この役は導入部でアリアや重唱があり、中村さんは可憐な歌声で活き活きと歌い、演技していたのを覚えている。あれからもう6年。その間に彼女はヨーロッパに渡り、オペラ界では知る人ぞ知るビッグネームへと大躍進を遂げたのである。ご承知のように、2009年英国のロイヤル・オペラの『カプレーティとモンテッキ』にアンナ・ネトレプコさんの代役で急遽出演し、大成功を収め、世界の注目を集めた。そのニュースが私たちのもとに届いたとき、あの中村さんが!と思わず喝采したものである。以来、彼女はヨーロッパの主要な歌劇場に出演を繰り返し、世界でもトップクラスの指揮者や歌手たちと共演している。現在は、バイエルン州立歌劇場と専属ソリスト契約を結び、ここを中心に世界各国に活躍の場を広げている。そういう状況なので、日本にはあまり帰って来ないようで、日本での本格的なリサイタルは今回が初めてということである。ウワサは拡がっているが実際には聴いたことがない、というのが本日会場に訪れた多くの人たちのスタンスだろう。初リサイタルにして紀尾井ホールは満席だった。
プログラムの前半は、ベッリーニ、リヒャルト・シュトラウス、そしてドビュッシーの歌曲を集めた。ステージに登場する中村さんの歩く姿にも、才気煥発なところが現れている。久しぶりに聴く中村さんの歌声は、清らかに澄んでいて、とてもキレイだ。ベッリーニの歌曲にはベルカント的な歌唱技法も披露。オペラとは違って、姿勢を正して歌いながらも、あるいは切々と歌う歌曲ではあっても、随所に現れるコロラトゥーラのような装飾的な歌唱に、確かな技巧と表現力が感じられた。R.シュトラウスの4曲は比較的若い頃の作品だが、後期ロマン派の爛熟した濃厚な音楽に対して、中村さんはやや抑え気味の歌唱表現で、ロマン的であるけれども格調高く、上品にまとめていたといえる。ベッリーニはイタリア語、R.シュトラウスはドイツ語、そしてドビュッシーはもちろんフランス語での歌唱。この選曲にも、彼女の世界を相手に何も憶することはない、という気概を感じる。「月の光」は有名なピアノ曲とは異なる曲。どの曲も、透明でキレイな声で、流麗だが豊かに歌うフレージングが美しく、正統派の歌手としての完成度の高さを聴かせてくれた。オペラだけでなく、オーケストラとの共演も数多く経験しており、しっとりとした歌唱法による表現力の幅も広い。
後半は一転してオペラのアリアを集めている。1曲目は『カプレーティとモンテッキ』からジュリエッタのアリア「おお、幾たびか」。ビアノの前の定位置に立った中村さんは、ふっと一呼吸すると表情が一変! 一気に役どころに没入する。成功のきっかけとなった役だけに、その歌唱し圧倒的な熱唱となった。技巧的なことは言うに及ばず、内なる魂の表現というか、迸る熱情というか、立ち上がりの鋭い歌唱で、一気にパワー全開に持って行く辺りは、さすがにコヴェントガーデンの聴衆を納得させただけのことはある。やはり、彼女ははオペラの人だ。
一旦ステージから下がった中村さんを呼び出すように、ピアノの伴奏が始まり、2曲目、『ドン・パスクアーレ』からノリーナの「あの騎士のまなざしは」。前半の歌曲とは打って変わって、表情も豊かにくるくると変わり、オペラの舞台のような小芝居でコケティッシュな魅力を振りまき、オペラ歌手の本領を発揮した。伸びのある高音と爆発的な声量で、会場を一気に沸騰させる。この2曲で完全に聴衆の心を掴んだ、と思った。一瞬の瞬発力で聴衆を味方に付けることが出来るのは、ほんの一部の歌手だけが持つスター性のようなものだが、中村さんには、言葉ではうまく説明できないが、そのような潜在能力を持っている。
3曲目は『つばめ」から「ドレッタの夢」。ベッリーニ、ドニゼッティとベルカントの時代から20世紀初頭の後期ロマン派に飛び、切々と美しくも哀しいプッチーニ節…。中村さんは息の長い、伸びやかな歌唱で、力で押しまくるようなプッチーニも見事に歌いこなす。若いだけに歌唱の技巧も柔軟である。
最後はグノーの『ロメオとジュリエット」から「私は夢に生きたい」。恋に恋するジュリエットの、前しか見えないような心情を、中村さんは明るく、元気に、そして楽しそうに歌ってくれた。1曲ごとに役どころにすっと入り込み、違った表情、違った仕草で、声の艶や色彩が変わるような多彩さを見せる。その集中の度合いが、これまで聴いて来た多くのオペラ歌手の皆さんよりも、極端に強く感じさせるのだ。逆に歌い終わって、素の自分に戻るときのホッとした表情が初々しくてかわいらしい。
アンコールはお決まりの「ムゼッタのワルツ」。ところが彼女が歌いだすと、その背景にカルチエラタンの群衆シーンが浮かんでくるようなリアリティがある。歌はもちろん上手いが、役どころ=人格といった存在感のようなものが濃厚に感じられる。やはり、オペラ歌手としての発揮度抜群である。
アンコールの2曲目は「浜辺の歌」。こちらの方はむしろ淡々・粛々とした歌曲らしい歌唱で締めくくった。
中村さんの歌唱は、歌曲の時とオペラ・アリアの時の対比が極端であった。もちろん歌唱の技巧は間違いなく上手いし、声もとてもキレイで、声量もたっぷり。ステージ捌きもひたむきな感じがして好感度も抜群だ。今回、初めてのリサイタルを聴いて、この人はオペラの人だということは強く感じられた。演技力もありそうだし、存在感と発揮度が素晴らしく強い。間違いなく、Brava!!である。この後、ヨーロッパやアメリカでもますます「Eri Nakamura」の名声が高まっていくことは確実だと思う。今日のリサイタルは大成功だといえる。この次は、古巣の新国立劇場へ凱旋帰国して、もちろんゲスト・ソリストとして主役を歌ってほしい。演目はやはり『カプレーティとモンテッキ』を聴いてみたい…。
今日はとくにCDやDVDの販売もなかったし、終演後のサイン会なども設定されていなかったが、中村さんはすぐにロビーに出てこられたので拍手が湧き上がった。そのまま沢山の人に取り囲まれているうちに、サインを求める人が集まって…。急遽サイン会になってしまった。私はたまたますぐ近くにいたので、たいして並ぶこともなく、プログラムにサインをしていただき、ついでにしっかりと握手も。声楽家の手はいつも温かい。中村さんは元気いっぱいで、活力に満ちていた。
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2012年9月14日(金)19:00~ 紀尾井ホール S席 1階 2列 13番 4,000円
ソプラノ: 中村恵理
ピアノ: マッシミリアーノ・ムラーリ
【曲目】
ベッリーニ: お行き、幸運なバラよ
棄てられて
優雅な月よ
R.シュトラウス:私は花束を作りたかった
明日
愛の賛歌
母の自慢話
ドビュッシー: パントマイム
月の光
ピエロ
現われ
ベッリーニ: 歌劇『カプレーティとモンテッキ』より「おお、幾たびか」
ドニゼッティ: 歌劇『ドン・パスクアーレ』より「あの騎士のまなざしは」
プッチーニ: 歌劇『つばめ」より「ドレッタの夢」
グノー: 歌劇『ロメオとジュリエット」より「私は夢に生きたい」
《アンコール》
プッチーニ: 歌劇『ラ・ボエーム」より ムゼッタのワルツ
成田為三: 浜辺の歌
中村恵理さんの存在はだいぶ以前から知っていたが、実際に聴いたのは1度だけ。新国立劇場の2006年11月/12月公演で、『フィデリオ』でマルツェリーネ役で出演した時だった。この役は導入部でアリアや重唱があり、中村さんは可憐な歌声で活き活きと歌い、演技していたのを覚えている。あれからもう6年。その間に彼女はヨーロッパに渡り、オペラ界では知る人ぞ知るビッグネームへと大躍進を遂げたのである。ご承知のように、2009年英国のロイヤル・オペラの『カプレーティとモンテッキ』にアンナ・ネトレプコさんの代役で急遽出演し、大成功を収め、世界の注目を集めた。そのニュースが私たちのもとに届いたとき、あの中村さんが!と思わず喝采したものである。以来、彼女はヨーロッパの主要な歌劇場に出演を繰り返し、世界でもトップクラスの指揮者や歌手たちと共演している。現在は、バイエルン州立歌劇場と専属ソリスト契約を結び、ここを中心に世界各国に活躍の場を広げている。そういう状況なので、日本にはあまり帰って来ないようで、日本での本格的なリサイタルは今回が初めてということである。ウワサは拡がっているが実際には聴いたことがない、というのが本日会場に訪れた多くの人たちのスタンスだろう。初リサイタルにして紀尾井ホールは満席だった。
プログラムの前半は、ベッリーニ、リヒャルト・シュトラウス、そしてドビュッシーの歌曲を集めた。ステージに登場する中村さんの歩く姿にも、才気煥発なところが現れている。久しぶりに聴く中村さんの歌声は、清らかに澄んでいて、とてもキレイだ。ベッリーニの歌曲にはベルカント的な歌唱技法も披露。オペラとは違って、姿勢を正して歌いながらも、あるいは切々と歌う歌曲ではあっても、随所に現れるコロラトゥーラのような装飾的な歌唱に、確かな技巧と表現力が感じられた。R.シュトラウスの4曲は比較的若い頃の作品だが、後期ロマン派の爛熟した濃厚な音楽に対して、中村さんはやや抑え気味の歌唱表現で、ロマン的であるけれども格調高く、上品にまとめていたといえる。ベッリーニはイタリア語、R.シュトラウスはドイツ語、そしてドビュッシーはもちろんフランス語での歌唱。この選曲にも、彼女の世界を相手に何も憶することはない、という気概を感じる。「月の光」は有名なピアノ曲とは異なる曲。どの曲も、透明でキレイな声で、流麗だが豊かに歌うフレージングが美しく、正統派の歌手としての完成度の高さを聴かせてくれた。オペラだけでなく、オーケストラとの共演も数多く経験しており、しっとりとした歌唱法による表現力の幅も広い。
後半は一転してオペラのアリアを集めている。1曲目は『カプレーティとモンテッキ』からジュリエッタのアリア「おお、幾たびか」。ビアノの前の定位置に立った中村さんは、ふっと一呼吸すると表情が一変! 一気に役どころに没入する。成功のきっかけとなった役だけに、その歌唱し圧倒的な熱唱となった。技巧的なことは言うに及ばず、内なる魂の表現というか、迸る熱情というか、立ち上がりの鋭い歌唱で、一気にパワー全開に持って行く辺りは、さすがにコヴェントガーデンの聴衆を納得させただけのことはある。やはり、彼女ははオペラの人だ。
一旦ステージから下がった中村さんを呼び出すように、ピアノの伴奏が始まり、2曲目、『ドン・パスクアーレ』からノリーナの「あの騎士のまなざしは」。前半の歌曲とは打って変わって、表情も豊かにくるくると変わり、オペラの舞台のような小芝居でコケティッシュな魅力を振りまき、オペラ歌手の本領を発揮した。伸びのある高音と爆発的な声量で、会場を一気に沸騰させる。この2曲で完全に聴衆の心を掴んだ、と思った。一瞬の瞬発力で聴衆を味方に付けることが出来るのは、ほんの一部の歌手だけが持つスター性のようなものだが、中村さんには、言葉ではうまく説明できないが、そのような潜在能力を持っている。
3曲目は『つばめ」から「ドレッタの夢」。ベッリーニ、ドニゼッティとベルカントの時代から20世紀初頭の後期ロマン派に飛び、切々と美しくも哀しいプッチーニ節…。中村さんは息の長い、伸びやかな歌唱で、力で押しまくるようなプッチーニも見事に歌いこなす。若いだけに歌唱の技巧も柔軟である。
最後はグノーの『ロメオとジュリエット」から「私は夢に生きたい」。恋に恋するジュリエットの、前しか見えないような心情を、中村さんは明るく、元気に、そして楽しそうに歌ってくれた。1曲ごとに役どころにすっと入り込み、違った表情、違った仕草で、声の艶や色彩が変わるような多彩さを見せる。その集中の度合いが、これまで聴いて来た多くのオペラ歌手の皆さんよりも、極端に強く感じさせるのだ。逆に歌い終わって、素の自分に戻るときのホッとした表情が初々しくてかわいらしい。
アンコールはお決まりの「ムゼッタのワルツ」。ところが彼女が歌いだすと、その背景にカルチエラタンの群衆シーンが浮かんでくるようなリアリティがある。歌はもちろん上手いが、役どころ=人格といった存在感のようなものが濃厚に感じられる。やはり、オペラ歌手としての発揮度抜群である。
アンコールの2曲目は「浜辺の歌」。こちらの方はむしろ淡々・粛々とした歌曲らしい歌唱で締めくくった。
中村さんの歌唱は、歌曲の時とオペラ・アリアの時の対比が極端であった。もちろん歌唱の技巧は間違いなく上手いし、声もとてもキレイで、声量もたっぷり。ステージ捌きもひたむきな感じがして好感度も抜群だ。今回、初めてのリサイタルを聴いて、この人はオペラの人だということは強く感じられた。演技力もありそうだし、存在感と発揮度が素晴らしく強い。間違いなく、Brava!!である。この後、ヨーロッパやアメリカでもますます「Eri Nakamura」の名声が高まっていくことは確実だと思う。今日のリサイタルは大成功だといえる。この次は、古巣の新国立劇場へ凱旋帰国して、もちろんゲスト・ソリストとして主役を歌ってほしい。演目はやはり『カプレーティとモンテッキ』を聴いてみたい…。
今日はとくにCDやDVDの販売もなかったし、終演後のサイン会なども設定されていなかったが、中村さんはすぐにロビーに出てこられたので拍手が湧き上がった。そのまま沢山の人に取り囲まれているうちに、サインを求める人が集まって…。急遽サイン会になってしまった。私はたまたますぐ近くにいたので、たいして並ぶこともなく、プログラムにサインをしていただき、ついでにしっかりと握手も。声楽家の手はいつも温かい。中村さんは元気いっぱいで、活力に満ちていた。
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