音楽ネットワーク「えん」/お洒落なサロンで手作りビアノリサイタル 第4回(通算519回)
中桐 望 ピアノ・リサイタル
2014年12月28日(日)14:30~ 尾上邸音楽室 自由席 5列 4番 3,500円
主催: 音楽ネットワーク「えん」
ピアノ: 中桐 望
【曲目】
モーツァルト: 幻想曲 ニ短調 K.397
ラヴェル: 組曲「鏡」
1.蛾 2.悲しい鳥たち 3.洋上の小舟 4.道化師の朝の歌 5.鐘の谷
チャイコフスキー:組曲「12ヶ月」 作品37bisより
11月 トロイカで 12月 クリスマス
ショパン: 舟歌 嬰ヘ長調 作品60
ショパン: 3つのワルツ 作品64
ショパン: アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ 変ホ長調 作品22
《アンコール》
リスト:「パガニーニによる大練習曲 S141/R3b」より第3番 嬰ト短調「ラ・カンパネッラ」
《番外編》
リスト: リゴレット・パラフレーズ S434
今月、12月6日に引き続いて、音楽ネットワーク「えん」の主催による「小規模」「非営利」「手作り」のコンサート・シリーズで、今日は中桐 望さんのピアノ・リサイタルを聴く。中桐さんはこれまでに聴いたことはなかったが、「えん」の主催者並びに関係者の方々に強く勧められたので、すでに年末休暇に入っているこの時期に、今年最後のコンサートとして聴かせていただくことにした。
中桐さんは、2009年の日本音楽コンクール/ピアノ部門で第2位を獲得した時は、本選会場ではなくテレビで見たので覚えていた。その後、2012年の第8回浜松国際ピアノ・コンクール第2位(歴代日本人最高位)や海外でのコンクール入賞も多く、若手の実力派として知られていた。東京藝術大学大学院修士課程を首席で修了、この秋からポーランドの大学に留学中。今は年末年始の休暇を利用しての一時帰国中とのことだ。来年2015年1月にはCDデビューも決まっており、さらにそれを記念して3月に出身地の岡山で、4月には東京の浜離宮朝日ホールでのリサイタルが決まっている。今回はそれに先立ち、間近で聴くことのできる非常に良い機会になった。
例によって、若干のお手伝いを含めた参加なので、早めに会場入りしてリハーサルの一部から聴かせていただいたが、期待に違わず、素晴らしい演奏が繰り広げられている。無人のサロン会場ではベーゼンドルファーがかなりの轟音を響かせていた。この日は主催者側にちょっとした手違いが起こったりして、開演直前までドタバタしてしまったが、こうしたことも手作りコンサートならではの楽しさの1つでもある。それでも聴きにいらっしゃっているお客様の皆様にしてみれば(といっても知り合いが多いが)有料のコンサートには違いがないので、キチンと運営できればそれにこしたことはない。
さて、本番。前半はモーツァルトの「幻想曲 ニ短調 K.397」から。序奏の分散和音が重く響き、哀愁に満ちた主題が続く。中桐さんのピアノは繊細なタッチでの主題からピリッとした立ち上がりを見せ、装飾的なフレーズでは鮮やかな変貌を見せる。長調に転じる後半の軽快さも晴れやかで、魅力的なかわいらしさを描き出していた。
2曲目はラヴェルの組曲「鏡」の全曲。この曲を選んだ理由は、年末のこの時期、除夜の鐘からの連想で、「鏡」の終曲「鐘の谷」を弾きたくなったからだという。ヨーロッパでは日常の生活に鐘の音が溶け込んでいる。留学生活を始めた中桐さんなりに感じるものがあるのだろう。
第1曲「蛾」は、夜の灯りに群がる蛾のイメージだろうか。中桐さんのピアノは、キラキラと煌めくような演奏が、無秩序のように流れ、時折入る休符の間合いが絶妙のアクセントを付ける。微妙なタッチの不協和音が、繊細かつ美しく響いている。
第2曲の「悲しい鳥たち」は非常に観念的な音楽に感じるが、それでも標題音楽には違いなく、独特の存在感がある。音楽と言うよりは動きのある音の集合体のようなイメージだ。それにしてもラヴェルのピアノは、不協和音だらけなのに、何故これほど透明感のある響きが生まれるのか。弾き手が良いと限りなく美しく聞こえる。
第3曲の「洋上の小舟」はまさに陽光煌めく波間に小舟が漂っている絵画的・映像的なイメージ。時々大きな船が通るのか、大波に揺られるような部分も。中桐さんのピアノは、渋め音のベーゼンドルファーを見事なくらいに印象主義的な音色に変貌させている。ピアノの最高音部がもう少し出れば・・・と思ったが、これは楽器の特性だろう。
第4曲の「道化師の朝の歌」は単体でもよく演奏される人気曲だ。メリハリの効いた立ち上がりの機敏さが鋭くなり過ぎず、軽快感を保っているところが中桐さんの優れた感性を感じさせる。中間部のレチタティーヴォのつぶやきのような語り口の変化も、きわめて多彩で表現力の豊かさを感じさせる。終盤は目まぐるしく変化する曲想がまさに千変万化の色彩感で描き出させていた。短いフレーズ毎に色が変化する、そんなイメージである。
第5曲の「鐘の谷」は、鐘の音を表しているであろう連続する単音が、旋律の中から鮮やかに浮き上がって来て、谷を吹き抜ける風に乗って鐘の音が響いてくるイメージが、ここでは絵画的と言うよりは、心象風景のような霞がかかったような透明感で描かれていた。
このようなラヴェルの曲の描き方は、おそらくは曲の持つイメージを演奏家の感性がどれだけ膨らますことができるかにかかってくるのだろう。楽譜通りに弾いても面白くはない。作曲家自身も曲のイメージを楽譜に書き表すことなどできようもない曲だと思う。楽譜を徹底的に研究しなければ解釈が難しいのか、技巧がなければ表現できないものなのか、私は専門家ではないので判らないが、中桐さんの演奏はその千変万化する多彩な音色といい、旋律と和声と曲の流れが生み出す「空気感」の存在が実に良い。素晴らしい演奏だと、私の感性は告げている。
後半はロマン派の音楽を、ということで、まずチャイコフスキーり組曲「12ヶ月」から「11月 トロイカで」と「12月 クリスマス」の2曲。選曲の理由は、過ぎたばかりのクリスマスに思いを寄せて・・・・ということである。濃厚なロマンティシズムは、ある意味でとても判りやすい音楽である。歌曲のように美しく抒情的な旋律を、今度は角の丸い柔らかな音色で歌っていく。この呼吸感、身体が自然に踊り出すようなリズム感。寒い季節にホッとするような温かい音色が、聴いている私たちの心にも温もりを与えてくれるようであった。
続いては、ご本人も得意(苦手?)とするショパン。その神髄に迫りたくてワルシャワに留学しているくらいだから・・・。
まずは「舟歌 嬰ヘ長調 作品60」。ショパンになると、中桐さんのピアノがまたまた全然違うものへと変わった。一つ一つの音に芯が1本通った感じで、心地よい緊張感と力感がある。重音の美しい主題も、波間に揺れるような浮遊感のあるリズムも、終盤に向けての高揚感も、素晴らしい。ラヴェルとは違った意味で、音そのものに輝きが加わっている。これは音楽のエネルギーが音を輝かせているといったイメージで、絵画的・映像的なものよりは、主観的・内面的な世界観で描かれている。美しい「舟歌」ではあるけれども、抑制的な中にも力強さが隠されているような、そんな印象を持った。
続いて「3つのワルツ 作品64」。ワルツ第6番(作品64-1/いわゆる「子犬のワルツ」)は軽快さ中に煽るようなリズムの高揚があり、細やかなニュアンスの変化が曲に彩りを添えている。第7番(作品64-2)は遅めのテンポから徐々に回転数が上がっていくような高揚感が素敵だ。心地よいリズム感である。第8番(作品61-3)は、やや厚みを増して、音自体にも絢爛さが加わる。
この「3つのワルツ」も、中桐さんにとっては「ショパンの音」で弾いているのだと思う。軽い音にも重い音にも芯が通っていて、強靱さと同時にしなやかさも持っている。力感は感じるのだが、決して剛直になるようなことはなく、光彩を放っているような鮮やかさで包まれている、いとったイメージなのである。
本日のメイン曲となる最後は、「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」。言わずと知れた名曲中の名曲。前半のアンダンテ・スピアナートは、流れるように華麗な分散和音に乗せて、美しい旋律が歌われていく。右手の描き出す煌めくような旋律は、瑞々しく、抒情的。そしてちょっぴり憧れを乗せている。タップリと間合いを取って、ポロネーズに入っていく。躍動的なリズム感が、微妙に揺れ動くのが、聴く側の心臓を揺さぶる感じがする。装飾的に上下する右手の放つ輝きも素敵だ。ポロネーズに入ってからの活き活きとした躍動的なフレージングは、まだまだ迷いのないストレートなイメージで、若さとエネルギーに溢れている。「華麗なる大ポロネーズ」の名に相応しい、外向的な華やかさは申し分ない。音楽を演奏することの喜びが素直に伝わって来る。聴いている私たちの心に共感をもたらす素敵な演奏である。Brava!!
アンコールは、「鐘つながりで・・・」と、ちょっと強引だったが、リストの「ラ・カンパネッラ」。曲名が告げられると会場からホォーという声が。体力あるなぁ・・・・。演奏の方は、もうまったく文句なしの素晴らしさ。繊細優美に駆け巡る右手の技巧的な素晴らしさ、そして終盤に向けてのダイナミックな展開も・・・。
初めて聴かせていただいた中桐 望さんであったが、相当な音楽マニア系の人たちが推すだけあって、確かに文句なしの素晴らしい演奏であったと思う。彼女の最大の魅力は、音楽を楽しく聴かせてくれることだろう。演奏している本人が楽しんでいなければ、聴く者に楽しさは伝わらない。今日は、間違いなく楽しめるコンサートであった。聴いているとコチラの細胞が活性化してくるような、生命力が伝わって来る。来て良かった、聴いて良かったと強く感じる音楽なのである。
今日のような小空間のサロンでの演奏と、音楽専用ホールでの演奏とでは、距離感も違うし、響きもまったく違ってくる。これはもう、4月のリサイタルを聴かないわけにはいかなくなった。オール・ショパン・プログラムということである。今から3ヶ月ある。お正月明けにはワルシャワに戻って、さらにショパンの魂を吸収して来ることだろう。大いに楽しみである。
終演後は、会場のサロンでそのまま交流会というパーティ。聴きに来られた方は40名強だったが、30名位所の方がパーティに残っていた。中桐さんの関係者、「えん」の関係者、一般の方がそれぞれ思い思いの話題に花を咲かせていて、いつになく盛り上がった交流会であった。記念撮影やらワイワイやっていると、中桐さんから思いがけぬ発言が。「実はアンコールをもう1曲用意していたのに拍手が終わってしまったので・・・・」。えーっ、そんなぁ、もったいない、それじゃあ、という流れで、パーティの最中にいきなり追加アンコール!! なんとリストの「リゴレット・パラフレーズ」である。パーティのノリで、演奏中の写真OKとか、まさにサロン・コンサートである。鍵盤を駆け巡る指先を目の前で見える位置で聴いてしまった。なかなかできる体験ではない。ショパンもこんな風に皆でワイワイやりながら演奏していたのかなぁ。今年の最後を飾る、本当に楽しいコンサートであった。
リゴレット・バラフレーズを弾く中桐 望さん。演奏会用ドレス姿で、この距離感の写真は貴重。
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中桐 望 ピアノ・リサイタル
2014年12月28日(日)14:30~ 尾上邸音楽室 自由席 5列 4番 3,500円
主催: 音楽ネットワーク「えん」
ピアノ: 中桐 望
【曲目】
モーツァルト: 幻想曲 ニ短調 K.397
ラヴェル: 組曲「鏡」
1.蛾 2.悲しい鳥たち 3.洋上の小舟 4.道化師の朝の歌 5.鐘の谷
チャイコフスキー:組曲「12ヶ月」 作品37bisより
11月 トロイカで 12月 クリスマス
ショパン: 舟歌 嬰ヘ長調 作品60
ショパン: 3つのワルツ 作品64
ショパン: アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ 変ホ長調 作品22
《アンコール》
リスト:「パガニーニによる大練習曲 S141/R3b」より第3番 嬰ト短調「ラ・カンパネッラ」
《番外編》
リスト: リゴレット・パラフレーズ S434
今月、12月6日に引き続いて、音楽ネットワーク「えん」の主催による「小規模」「非営利」「手作り」のコンサート・シリーズで、今日は中桐 望さんのピアノ・リサイタルを聴く。中桐さんはこれまでに聴いたことはなかったが、「えん」の主催者並びに関係者の方々に強く勧められたので、すでに年末休暇に入っているこの時期に、今年最後のコンサートとして聴かせていただくことにした。
中桐さんは、2009年の日本音楽コンクール/ピアノ部門で第2位を獲得した時は、本選会場ではなくテレビで見たので覚えていた。その後、2012年の第8回浜松国際ピアノ・コンクール第2位(歴代日本人最高位)や海外でのコンクール入賞も多く、若手の実力派として知られていた。東京藝術大学大学院修士課程を首席で修了、この秋からポーランドの大学に留学中。今は年末年始の休暇を利用しての一時帰国中とのことだ。来年2015年1月にはCDデビューも決まっており、さらにそれを記念して3月に出身地の岡山で、4月には東京の浜離宮朝日ホールでのリサイタルが決まっている。今回はそれに先立ち、間近で聴くことのできる非常に良い機会になった。
例によって、若干のお手伝いを含めた参加なので、早めに会場入りしてリハーサルの一部から聴かせていただいたが、期待に違わず、素晴らしい演奏が繰り広げられている。無人のサロン会場ではベーゼンドルファーがかなりの轟音を響かせていた。この日は主催者側にちょっとした手違いが起こったりして、開演直前までドタバタしてしまったが、こうしたことも手作りコンサートならではの楽しさの1つでもある。それでも聴きにいらっしゃっているお客様の皆様にしてみれば(といっても知り合いが多いが)有料のコンサートには違いがないので、キチンと運営できればそれにこしたことはない。
さて、本番。前半はモーツァルトの「幻想曲 ニ短調 K.397」から。序奏の分散和音が重く響き、哀愁に満ちた主題が続く。中桐さんのピアノは繊細なタッチでの主題からピリッとした立ち上がりを見せ、装飾的なフレーズでは鮮やかな変貌を見せる。長調に転じる後半の軽快さも晴れやかで、魅力的なかわいらしさを描き出していた。
2曲目はラヴェルの組曲「鏡」の全曲。この曲を選んだ理由は、年末のこの時期、除夜の鐘からの連想で、「鏡」の終曲「鐘の谷」を弾きたくなったからだという。ヨーロッパでは日常の生活に鐘の音が溶け込んでいる。留学生活を始めた中桐さんなりに感じるものがあるのだろう。
第1曲「蛾」は、夜の灯りに群がる蛾のイメージだろうか。中桐さんのピアノは、キラキラと煌めくような演奏が、無秩序のように流れ、時折入る休符の間合いが絶妙のアクセントを付ける。微妙なタッチの不協和音が、繊細かつ美しく響いている。
第2曲の「悲しい鳥たち」は非常に観念的な音楽に感じるが、それでも標題音楽には違いなく、独特の存在感がある。音楽と言うよりは動きのある音の集合体のようなイメージだ。それにしてもラヴェルのピアノは、不協和音だらけなのに、何故これほど透明感のある響きが生まれるのか。弾き手が良いと限りなく美しく聞こえる。
第3曲の「洋上の小舟」はまさに陽光煌めく波間に小舟が漂っている絵画的・映像的なイメージ。時々大きな船が通るのか、大波に揺られるような部分も。中桐さんのピアノは、渋め音のベーゼンドルファーを見事なくらいに印象主義的な音色に変貌させている。ピアノの最高音部がもう少し出れば・・・と思ったが、これは楽器の特性だろう。
第4曲の「道化師の朝の歌」は単体でもよく演奏される人気曲だ。メリハリの効いた立ち上がりの機敏さが鋭くなり過ぎず、軽快感を保っているところが中桐さんの優れた感性を感じさせる。中間部のレチタティーヴォのつぶやきのような語り口の変化も、きわめて多彩で表現力の豊かさを感じさせる。終盤は目まぐるしく変化する曲想がまさに千変万化の色彩感で描き出させていた。短いフレーズ毎に色が変化する、そんなイメージである。
第5曲の「鐘の谷」は、鐘の音を表しているであろう連続する単音が、旋律の中から鮮やかに浮き上がって来て、谷を吹き抜ける風に乗って鐘の音が響いてくるイメージが、ここでは絵画的と言うよりは、心象風景のような霞がかかったような透明感で描かれていた。
このようなラヴェルの曲の描き方は、おそらくは曲の持つイメージを演奏家の感性がどれだけ膨らますことができるかにかかってくるのだろう。楽譜通りに弾いても面白くはない。作曲家自身も曲のイメージを楽譜に書き表すことなどできようもない曲だと思う。楽譜を徹底的に研究しなければ解釈が難しいのか、技巧がなければ表現できないものなのか、私は専門家ではないので判らないが、中桐さんの演奏はその千変万化する多彩な音色といい、旋律と和声と曲の流れが生み出す「空気感」の存在が実に良い。素晴らしい演奏だと、私の感性は告げている。
後半はロマン派の音楽を、ということで、まずチャイコフスキーり組曲「12ヶ月」から「11月 トロイカで」と「12月 クリスマス」の2曲。選曲の理由は、過ぎたばかりのクリスマスに思いを寄せて・・・・ということである。濃厚なロマンティシズムは、ある意味でとても判りやすい音楽である。歌曲のように美しく抒情的な旋律を、今度は角の丸い柔らかな音色で歌っていく。この呼吸感、身体が自然に踊り出すようなリズム感。寒い季節にホッとするような温かい音色が、聴いている私たちの心にも温もりを与えてくれるようであった。
続いては、ご本人も得意(苦手?)とするショパン。その神髄に迫りたくてワルシャワに留学しているくらいだから・・・。
まずは「舟歌 嬰ヘ長調 作品60」。ショパンになると、中桐さんのピアノがまたまた全然違うものへと変わった。一つ一つの音に芯が1本通った感じで、心地よい緊張感と力感がある。重音の美しい主題も、波間に揺れるような浮遊感のあるリズムも、終盤に向けての高揚感も、素晴らしい。ラヴェルとは違った意味で、音そのものに輝きが加わっている。これは音楽のエネルギーが音を輝かせているといったイメージで、絵画的・映像的なものよりは、主観的・内面的な世界観で描かれている。美しい「舟歌」ではあるけれども、抑制的な中にも力強さが隠されているような、そんな印象を持った。
続いて「3つのワルツ 作品64」。ワルツ第6番(作品64-1/いわゆる「子犬のワルツ」)は軽快さ中に煽るようなリズムの高揚があり、細やかなニュアンスの変化が曲に彩りを添えている。第7番(作品64-2)は遅めのテンポから徐々に回転数が上がっていくような高揚感が素敵だ。心地よいリズム感である。第8番(作品61-3)は、やや厚みを増して、音自体にも絢爛さが加わる。
この「3つのワルツ」も、中桐さんにとっては「ショパンの音」で弾いているのだと思う。軽い音にも重い音にも芯が通っていて、強靱さと同時にしなやかさも持っている。力感は感じるのだが、決して剛直になるようなことはなく、光彩を放っているような鮮やかさで包まれている、いとったイメージなのである。
本日のメイン曲となる最後は、「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」。言わずと知れた名曲中の名曲。前半のアンダンテ・スピアナートは、流れるように華麗な分散和音に乗せて、美しい旋律が歌われていく。右手の描き出す煌めくような旋律は、瑞々しく、抒情的。そしてちょっぴり憧れを乗せている。タップリと間合いを取って、ポロネーズに入っていく。躍動的なリズム感が、微妙に揺れ動くのが、聴く側の心臓を揺さぶる感じがする。装飾的に上下する右手の放つ輝きも素敵だ。ポロネーズに入ってからの活き活きとした躍動的なフレージングは、まだまだ迷いのないストレートなイメージで、若さとエネルギーに溢れている。「華麗なる大ポロネーズ」の名に相応しい、外向的な華やかさは申し分ない。音楽を演奏することの喜びが素直に伝わって来る。聴いている私たちの心に共感をもたらす素敵な演奏である。Brava!!
アンコールは、「鐘つながりで・・・」と、ちょっと強引だったが、リストの「ラ・カンパネッラ」。曲名が告げられると会場からホォーという声が。体力あるなぁ・・・・。演奏の方は、もうまったく文句なしの素晴らしさ。繊細優美に駆け巡る右手の技巧的な素晴らしさ、そして終盤に向けてのダイナミックな展開も・・・。
初めて聴かせていただいた中桐 望さんであったが、相当な音楽マニア系の人たちが推すだけあって、確かに文句なしの素晴らしい演奏であったと思う。彼女の最大の魅力は、音楽を楽しく聴かせてくれることだろう。演奏している本人が楽しんでいなければ、聴く者に楽しさは伝わらない。今日は、間違いなく楽しめるコンサートであった。聴いているとコチラの細胞が活性化してくるような、生命力が伝わって来る。来て良かった、聴いて良かったと強く感じる音楽なのである。
今日のような小空間のサロンでの演奏と、音楽専用ホールでの演奏とでは、距離感も違うし、響きもまったく違ってくる。これはもう、4月のリサイタルを聴かないわけにはいかなくなった。オール・ショパン・プログラムということである。今から3ヶ月ある。お正月明けにはワルシャワに戻って、さらにショパンの魂を吸収して来ることだろう。大いに楽しみである。
終演後は、会場のサロンでそのまま交流会というパーティ。聴きに来られた方は40名強だったが、30名位所の方がパーティに残っていた。中桐さんの関係者、「えん」の関係者、一般の方がそれぞれ思い思いの話題に花を咲かせていて、いつになく盛り上がった交流会であった。記念撮影やらワイワイやっていると、中桐さんから思いがけぬ発言が。「実はアンコールをもう1曲用意していたのに拍手が終わってしまったので・・・・」。えーっ、そんなぁ、もったいない、それじゃあ、という流れで、パーティの最中にいきなり追加アンコール!! なんとリストの「リゴレット・パラフレーズ」である。パーティのノリで、演奏中の写真OKとか、まさにサロン・コンサートである。鍵盤を駆け巡る指先を目の前で見える位置で聴いてしまった。なかなかできる体験ではない。ショパンもこんな風に皆でワイワイやりながら演奏していたのかなぁ。今年の最後を飾る、本当に楽しいコンサートであった。
リゴレット・バラフレーズを弾く中桐 望さん。演奏会用ドレス姿で、この距離感の写真は貴重。
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僕も中桐さんのピアノを聴くのは初めてでしたが、本当に素晴らしいコンサートでした。ラヴェルで書いていらっしゃる「旋律と和声と曲の流れが生み出す「空気感」の存在」、同感です!4月のリサイタル、楽しみですね。
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