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オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

10/10(月・祝)ベルリン放送交響楽団/堅牢な構造の中のロマン/河村尚子の「皇帝」とヤノフスキの「英雄」

2011年10月12日 00時00分05秒 | クラシックコンサート
ベルリン放送交響楽団 2011年日本公演
Rundfunk-Sinfonieorchester Berlin Japan Tour 2011


2011年10月10日(月・祝)14:00~ 横浜みなとみらいホール S席 1階 1列 17番 13,000円(会員割引)
指 揮: マレフ・ヤノフスキ
ピアノ: 河村尚子*
管弦楽: ベルリン放送交響楽団
【曲目】
ベートーヴェン:「エグモント」序曲 作品84
ベートーヴェン: ビアノ協奏曲 第5番 変ホ長調 作品73「皇帝」*
《アンコール》
 リヒャルト・シュトラウス: 寂しい泉のほとりで*
ベートーヴェン: 交響曲 第3番 変ホ長調 作品55「英雄」
《アンコール》
 ベートーヴェン: 交響曲 第8番 ヘ長調 作品93より第2楽章

 芸術監督・主席指揮者を務めるマレク・ヤノフスキさんの率いるベルリン放送交響楽団の2011年日本ツアーは、10月8日(土)の神戸から始まって、16日までの間に、全国7カ所でコンサートを開催する。同行するソリストは、ピアノの河村尚子さん。今日は3日目、横浜での開催で、オール・ベートーヴェン・プログラムである。今回のツアーで用意された曲は、序曲が「エグモント」序曲と、ウェーバーの「魔弾の射手」序曲の2曲。協奏曲は河村さんとの共演で「皇帝」の1曲。交響曲が「英雄」とブラームスの第3番・第4番の3曲。各地のコンサートはこれらの曲の組み合わせを換えてプログラムが組まれている。

 マレク・ヤノフスキさんはポーランド出身の72歳。ドイツ音楽界の重鎮といってもいいだろう。CDの録音も多いし、オペラ指揮者としても豊富な経験を持っているが、この20年はコンサート指揮者として活躍している。一方、ベルリン放送交響楽団は1923年創立のオーケストラで、第二次世界大戦後は東ドイツ側に属していたという経緯をもっている。現在はヤノフスキさんが芸術監督兼主席指揮者を務めている。
 河村尚子さんは今のところ一番好きなピアニストなので、東京近郊で演奏会があればできるだけ聴きに行くようにしている人だ。明後日(10月12日)にはNHK音楽祭で、今日とほぼ同じプログラムでコンサートが予定されている。その音楽祭のプレ・イベントとして、8月6日にリサイタルがあり、そこではベートーヴェンの「月光」やシューマンの「フモレスケ」などを聴いたばかりである。また今回のツアーで演奏されるベートーヴェンの「皇帝」は、昨年2010年6月のウィーン交響楽団の日本公演(指揮はファビオ・ルイジさん)でも聴いているが、日本人離れした(?)ドイツ的な煌めくピアノが印象的だった

 今日のベルリン放送交響楽団は、第1ヴァイオリンの対向にチェロを配置するというもので、最近はあまり多くは採用されていない配置である。弦楽5部は14型。印象としては、20世紀的な感じがしないでもない。それは演奏にも現れていた。
 1曲目は「エグモント」序曲。ヤノフスキさんはゆったりした足取りで登場。タクトが振り下ろされると、重厚な響きで曲が始まった。ヤノフスキさんの音楽作りは、スコアを忠実に再現するタイプだ。過度な思い入れや、個性的な表現はほとんど感じられないが、基本的にはインテンポ、音楽を緻密に組み立てて行き、揺るぎない構造感を打ち出している。スコアに忠実に演奏すれば、作曲家が目指した音楽がそのまま再現されるという確信が感じられる風格のある演奏だ。音楽の横の流れ(時系列=インテンポ)がストレートなのに対して、縦の振れ幅(音量=ダイナミックレンジ)が大きく、大音量の序奏に対して第1主題のヴァイオリンなどは消え入るような繊細さ。切れ味の良いリズムの刻み方とやや速めのテンポの推進力、クレシェンドしていく時の躍動感など、正攻法の素晴らしい演奏である。

 2曲目は「皇帝」。河村さんはご自身の間合いを確立している人。にこやかに登場し、ゆったりとピアノに向き合う。第1楽章、冒頭のカデンツァが力強く駆け巡る。音色が硬質に聞こえるのは、座席の位置(最前列、ピアノの正面)のせいだろう。主題提示部の雄壮な部分も、協奏曲ということなのか、やや控え目なオーケストラ・ドライブだったとはいえ、ここでもやや速めのインテンポで、揺るぎない推進力がある。河村さんのピアノは、fが金属的に聞こえてしまったのが残念だったが、pの可憐さや響きの美しさは彼女ならではのもの。ドイツで育った、ドイツの音というべきか。派手さや強い自己主張は表面に出さないが、曲の行間を見つめ、作曲家の言わんとしたことを導き出す、そんなピアノである。今日の河村さんは、とても丁寧にピアノを弾いているという印象だった。オーケストラがインテンポでハッキリしているから、リズム的には乗せやすそうだが、ひとつひとつの音符を正確に音に置き換えていくという律儀さが感じられた。曲の本質を、譜面の中から導き出そうとする意図であろうか。
 第2楽章は弱音器を付けた繊細なヴァイオリンの伴奏にピアノの美しい主題が乗せられていく。ここでもテンポが正確に刻まれていくという枠組みの中で、ごく自然な雰囲気で、抒情的な旋律が歌われていく。ドイツ的な堅牢な構造感の中で描かれる抒情性…。河村さんの目指す音楽像が何となく見えてきたような気がした。
 アタッカで演奏された第3楽章のロンドは、一転して躍動的なリズム感がすべてを支配する。ピアノのリズム感とオーケストラのリズム感が絡み合うように一致して(微妙にズレたりする箇所がなくもなかった…ような気もするが)、弾むように流れてゆく。流麗に駆け巡るピアノは、音の粒立ちが丸くて、わずかに地味目な音ながら輝かしい色彩を持っている。演奏自体はガッチリした構造の中に収まっているが、その中に女性ならではのロマン性が感じられ、優しい音楽に聞こえるのは、河村さんの個性そのものだろう。
 全体の印象は明瞭で均質、オーケストラとピアノが確固たる枠組みの中で、それぞれに豊かな音楽性を発揮し、ある意味では完成度の高い演奏だったのではないだろうか。ピアノははしゃぎすぎない程度に瑞々しく輝いていた。オーケストラはむしろかなり抑制されていて、派手な曲をあえて地味に演奏することで、ピアノを引き立てることに徹していたようだ。ヤノフスキさんの職人芸的なベテランの味わいである。

 河村さんのアンコールはリヒャルト・シュトラウスの「寂しい泉のほとりで」。昨年のウィーン交響楽団の時もこの曲がアンコールだった。泉の水面の漣に反射する日の光が、夕方のように控え目にキラキラと煌めくような曲だ。河村さんのピアノの音色によく似合った曲である。
 
 余談だが、いつも前の方で聴きたがるため、今日も最前列の正面だったのだが、今日初めて気がついたことがある。だいたい、最前列付近だとステージを見上げるカタチになる。そうするとピアノの底面(塗装されていない白木のまま)が見えるのだが、どうやらピアノの音が底からもれ出てくるらしいのだ。ハンマーが弦を叩いて響板が振動して出る本来の楽器の音は、上蓋で反射して奏者の右側、客席の側に向かって出て行くのであるが、最前列付近にいるとピアノの位置が高いため、本来の音は頭の上を通り過ぎて行ってしまう。その際、底側からもれ出てくる音は金属的で、弦そのものが振動している音のように聞こえる。何かと共振してビビリ音のようなものが聞こえることもある(これは正確なことかどうか自信がないが)。協奏曲の時はとくに打鍵が強くなりがちなので、よりその傾向が強くなるのではないかと思う。過去の経験によると、鍵盤が十分に見えるくらい奏者の背中側の位置になると、最前列でもこうした現象は感じられなくなるようである。そういう訳なので、とくにピアノ協奏曲の場合は、10列目くらいより後ろの方が良さそうである(ソリストの表情を見るには最前列が一番なのだが…)。

 後半は「英雄」。間に挟んだ「皇帝」とは打って変わって、ダイナミックかつシンフォニックな演奏だ。オーケストラのポテンシャルの高さを見せつけることになった。ヤノフスキさんの音楽は、徹底してオーソドックスに、スコアに忠実。やや早めのテンポで、インテンポのリズム感が躍動的な推進力をもたらす。ダイナミックレンジの広い、繊細で上品な弱音から豊かで豪快な強音まで、振れ幅の大きい音量は、実にダイナミックな音楽を形作っていた。ベルリン・フィルの研ぎ澄まされたような巧さとは違って、もっと人間味があって、力強くて、それでいてドイツの伝統的な音楽はかくあるべき、といった模範にもなりうる演奏だと思う。
 第1楽章の雄壮な主題提示部は、キレの良いリズム感と推進力が若々しいイメージ。チェロの主題提示もリズミカルな流れが良く、第2主題の木管群も自然な柔らかい音色で各楽器のバランスも良い。長い展開部も緊張感が持続して飽きさせない。再現部のホルンの主題なども普通に上手い。このあたりは伝統ある歴戦のオーケストラという感じで、演奏のクオリティは極めて高いようである。
 第2楽章の葬送行進曲は、オーボエの主題提示が郷愁を誘い、厚みのある弦が追いかける。左から高音、右から低音というステレオ感は幅広の厚みを作り出していた。中間部のオーボエがまたまた良い味を出していた。全合奏になると音圧で圧倒されるし、フーガ部分などはまさに構造感そのものといった重厚さだった。
 第3楽章のスケルツォはやはりキレの良いリズム感が何とも言えない躍動感を伝えてきて、聴く者の気持ちを昂ぶらせるような迫力があった。中間部のホルンの三重奏も柔らかく艶やかな音色で、弱音を見事にコントロールしていた。
 第4楽章の変奏曲は様々な演奏形態が複雑に絡み合う。やはりここだも素晴らしかったのはリズム感。推進力が最後まで緊張を保っていた。それと、ごく普通のことなのだが、木管も金管も非常に上手いのだ。特にオーボエとクラリネットは表情が豊かで歌うような自然な抑揚があり、堅牢な構造感の中で野に咲く花のごとき鮮やかな彩りを見せ(聴かせ)ていた。
 4つの楽章を通して聴くと、オーケストラがひとつにまとまっているという印象が強かった。強く感じさせる構造感は、緻密なアンサンブルが土台になっている。その中でダイナミックレンジの広い演奏を作り上げていた。ヤノフスキさんの音楽作りはオーソドックスなものだけに、音量的なメリハリの強さが、劇的な効果を作り出し、手堅い音楽を目の覚めるような鮮やかなものに変化させていた。とくに目新しさはなく、今風の解釈とも異なるかもしれないが、20世紀的な、保守的で豊かな音楽なのかもしれない。とにかく素晴らしい演奏だったことは聴いていた人にはよく伝わったいたようだ。Bravo!!
 かなり長時間のコンサートになったのでアンコールはしないような顔をしていたヤノフスキさんだったが、ちゃっかり用意していたのは、ベートーヴェンの交響曲第8番の第2楽章。軽快でコミカルな曲想で、火照ったアタマを冷ます効果があった。



 明後日、10月12日にNHK音楽祭でもう一度「皇帝」と「英雄」を聴くことになっている。こちらも最前列を取ってしまったので、ピアノについては問題を残してしまうが、NHK-FMでの生中継やBSでの放送のあるので、「記録」に残るコンサートになる。いずれにしても、もう一度聴けることは嬉しい。
 終演後は河村さんのみのサイン会があった。新譜のCD「ショパン:ピアノ・ソナタ第3番&シューマン:フモレスケ」は既に発売日に購入してしまっていて、持ってくるのを忘れてしまったので、今日は公演プログラムの中ページにサインをいただいた。


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