Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

11/16(木)服部百音ヴァイオリン・リサイタル/超絶技巧に裏打ちされた深く豊かな表現力で聴衆を惹き付ける逸材

2017年11月16日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
服部百音 ヴァイオリン・リサイタル
MONÉ HATTORI VIOLIN RECITAL


2017年11月16日(木)19:00〜 紀尾井ホール S席 1階 BL 2列 1番 5,500円
ヴァイオリン:服部百音
ピアノ:三又瑛子
【曲目】
エルンスト:《夏の名残のばら》による変奏曲
プロコフィエフ:ヴァイオリン・ソナタ第1番 ヘ短調
エルンスト:シューベルトの《魔王》による大奇想曲
ショーソン:詩曲
マスネ:タイスの瞑想曲
ジンバリスト:R=コルサコフの《金鶏》の主題による演奏会用幻想曲
ラヴェル:ツィガーヌ
《アンコール》
 イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第2番 イ短調 作品27-2 より 第4楽章

 すっかりお馴染みとなった服部百音さんのヴァイオリン・リサイタルを聴く。まとまったカタチのリサイタルを聴くのは、1年前の2016年11月30日以来のことで、会場も同じ紀尾井ホールであった(席もほとんど同じ1階の左側バルコニー席だった)。実は、百音さんのヴァイオリンを聴いたのはその時が初めてだった。一度気に入ると、そのアーティストの演奏会を網羅したくなるのが私のパターンなので、この1年間に東京での演奏はかなりの回数に登る。逆に言うと、現在の百音さんは売り出しの真っ最中で、かなり大きなプログラムが用意されていたので、聴く側としては、一気に、まとめて、聴くことになった。以下、ざっとまとめておくと・・・・。

2016年11月30日 「ヴァイオリン・リサイタル」紀尾井ホール
2017年7月18日 「第27回 新日鉄住金音楽賞 受賞記念コンサート」紀尾井ホール
         ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ 第9番 イ長調 作品47「クロイツェル」など

2017年7月26日 「女神たちの協奏 with 東京交響楽団」神奈川県立音楽堂
         メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64

2017年9月3日 「スーパー・ソロイスツ 服部百音 plays パガニーニ&シベリウス」Bunkamura オーチャードホール
         パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲 第1番 ニ長調 作品6
         シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品47

2017年11月1日 「第174回 NTT東日本 N響コンサート」東京オペラシティコンサートホール
         チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35


 ざっとこんな具合。この短期間に、三大ヴァイオリン協奏曲+パガニーニと、協奏曲を4曲も演奏していて、しかもそれらのレベルがかなり高く、完全にプロ級の演奏、つまりお金を払って聴きに行く価値が十分以上にある演奏だったといえるのである。
 そして、この先予定(チケット確保済み)されているのは・・・・。

2017年12月28日・29日 「第九と四季」サントリーホール
         ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集「四季」より「春」・「冬」
2018年2月27日 「読響特別演奏会」松戸 森のホール21・大ホール
         メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64

 とまあ、かなり集中した活躍ぶりだといえる。もちろん、他にも地方での公演や様々なイベントなどもあるだろうから、かなりの忙しさだと思う。本来なら、年齢的には今は学ぶ時期であって、これほど短期集中で大きな仕事を入れてしまうのは如何なものかとも思うが、まあ普通の才能ならこの年齢でこれほどの演奏機会が得られることはないだろうから、特別な存在である百音さんには、こういう機会を一気に成長して世界に羽ばたく足掛かりにして欲しいと思う。

 さて前置きがかなり長くなってしまった。本来のコンサート・レビューに移ろう。

 1曲目は、エルンストの「《夏の名残のばら》による変奏曲」。超絶技巧の超難曲として知られている。百音さんのこの曲を習得するには苦労したようだが、ある時期にコンクールの課題曲になった際に集中して練習してモノにした。それだけあって、かなりの出来映えだといって良い。ありとあらゆるヴァイオリンの超絶技巧がこれでもかとばかりに出てくる曲で、左手ピツィカートや重音のグリッサンドなど、左手がつってしまいそうだが、百音さんは難なくこなしていく。確かに上手い。その技巧面に気を取られがちになるが、むしろその技巧を駆使した音楽的な表現力の方に注目したい。アイルランド民謡「庭の千草」の旋律が主題になっているわけだが、この美しい旋律をあらゆる場面で、豊かに歌わせ描き出している。超絶技巧があるが故に、音楽表現を豊かに肉付けされているのである。

 2曲目はプロコフィエフは「ヴァイオリン・ソナタ第1番 ヘ短調」。このリサイタルのメイン曲とも取れる位置付けになるが、有名で人気のある「第2番」でなく、あえて「第1番」にしたところに、百音さんの挑戦する意志の強さのようなものを感じる。重苦しく難解な曲相は、18歳のヴァイオリニストには負荷がかかりすぎるような気もするが、実際に聴いてみれば余計な心配などする必要もないことが分かる。
 第1楽章は「Andante assai」の緩徐楽章。あまりにも陰鬱で苦しげな曲相に対して、百音さんの取り組みは真正面からぶつかっている。ピアノの三又瑛子さんもかなり重厚に鳴らしてくるが、その上に乗る百音さんのヴァイオリンは、色彩を失ったような影のある音色で呻くように旋律を歌わせる。終盤の無窮動的なパッセージになるとすーっと透明感が増し、光りが輝出す。この辺りの対比も見事だ。
 第2楽章は「Allegro brusco」。普通なら第1楽章に相当する。ヴァイオリンが描き出す響きは、彩度がぐっと高まり、色彩感が濃厚に変化している。曲の流れをリズムの乗せてうねるように変化させつつも、躍動的で推進力もあり、またある種の混沌とした曲想に対して、様々な色彩も見せる。しかし全体の色調には、影に入ったような、憂いの表情が感じられる。
 第3楽章は再び「Andante」の緩徐楽章となる。ここでは全体が夢幻的な印象で覆われる。百音さんのヴァイオリンは、第1楽章とは違った重苦しさを聴かせる。色彩感は豊かで鮮やかさえ感じられ、とても美しいのだが、それは実は見掛けだけに過ぎず、本質的には屈折した感情が埋め込まれているよう。
 第4楽章は「Allegrissimo - Andante assai, come prima」。「Allegrissimo」の部分では、ようやく霧が晴れたような陽性の色彩感が生まれ、弾むようなリズム感に乗せて、美しく躍動的な主題が歌い出す。「苦悩を通じての歓喜」とでもいうような、明るく晴れやかな輝きを見せる。「Andante assai」に入ると第1楽章の終盤の無窮動敵な主題が回帰してきて、最後は第1楽章の冒頭へと戻っていく。結局、「歓喜」は見せ掛けに過ぎず、元に戻ってしまうことになる。こうした曲相の変化に対して、ヴァイオリンの色調が刻々と変化していくのが素晴らしい。旋律をしなやかに歌わせることにも長けているが、色彩感を変化させることにより、より深みのある表現がなされている。速いパッセージの部分は正確で流れるようで技巧的にも素晴らしいが、その精密な技巧があればこそ多彩な色彩を生み出すことができるのであろう。やはりその表現力の豊かさにBrava!!を贈りたい。

 プログラムの後半は、再びエルンストの「シューベルトの《魔王》による大奇想曲」から。こちらも超絶技巧で知られる曲だ。百音さんは、これをかなり速めのテンポで責め立てるように弾く。この速さで弾ける人はあまりいないのでは? 真っ暗な森の中を馬が疾走するイメージは、確かに速いほうが焦燥感が強く表れてくる。聴いていても緊張が高まり、思わず手を握りしめてしまう、そんな迫力のある演奏だった。

 続いてはショーソンの「詩曲」。ピアノの序奏に続くヴァイオリンのソロ部分は、やや小さめの音量で聴く者の集中を惹き付ける。それが徐々に大きく膨らんできて、豊かな音量と共に旋律が濃厚に歌い出す。ロマンティックでありながら深い憂いを併せ持ち、魂が声を出さずに叫び出すような情感。クライマックスを迎えたピアノが長調の和音に転じると、ヴァイオリンが透明な音色が絡みつく。やはりここでも、多彩な色彩的表現が、情感の表現の幅と奥行きを広げている。超絶技巧のなせる技であろう。

 次はマスネの「タイスの瞑想曲」。これまでの曲達とは対極にあるような曲だ。百音さんのヴァイオリンは、今度は人が息継ぎをしながら歌うように旋律を朗々と描いていく。基本的にはやや速めのテンポではあったが、あたかもオペラのアリアのように、たっぷりと情感を込めて歌う。「歌うように」とよく言うが、実際に器楽曲で「歌うように」演奏するのはけっこう難しい。ヴァイオリニストなら誰でも演奏するような名曲ではあるが、多くの人はどうしても器楽的に演奏してしまう。ところが百音さんのヴァイオリンは本当に「歌って」いるのだ。この曲は元はオペラ『タイス』の中の間奏曲だから、器楽的であっても別に問題はないが、やはりオペラ好きにとっては、この手の曲は「歌うように」演奏しないと納得がいかないものである。だから、百音さんはBrava!!なのだ。

 続いては、ジンバリストの「R=コルサコフの《金鶏》の主題による演奏会用幻想曲」。コンサートは再び超絶技巧の世界へ舞い戻る。主題自体は『金鶏』というオペラからのもので、抒情的で歌謡的。だから「歌わせる」ヴァイオリニストの百音さんには向いているのかも。しかも随所に超絶的なパッセージが散りばめられているから尚更である。よくもまあ、こんな曲を選んだものだと、感心してしまう。

 最後は、ラヴェルの「ツィガーヌ」。お馴染みの曲であり、こちらもヴァイオリニストなら誰でもリサイタル・ピースとして採り上げる曲ではあるが、実際の演奏はなかなか難しい。技巧も表現もかなり高度なものを要求される(はず)の曲なのだ。今日、百音さんの演奏を聴いて、改めてこの曲が難曲であることに気が付いた。これまで聴いた多くの演奏家によるものよりも、百音さんの演奏の方がかなり強烈な印象を残す。超絶技巧はもとより、ダイナミックレンジの広さ、ツィガーヌ=ジプシーに相応しい自由度の高さ、つまりは表現力だ。ここでは「歌うように」ではなく、自由に、気ままに、「踊るように」テンポを変化させ、強弱のメリハリを効かせ、リズミカルで、躍動感もたっぷり。だけどどこかに悲哀のようなものを含んでいるのもちゃんと感じられる。とにかくスゴイ演奏だった。その自由度の高さ故にピアノと合わないところなども散見したが、私はこれで良いと思う。室内楽的にまとめてしまったら、この曲の魅力が半減してしまうに違いない。

 アンコールは、イザイの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第2番 」より第4楽章。やはり超絶技巧がお好きなようで。いつか、百音さんのイザイの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 全曲演奏会」を聴いてみたい。

 終演後、友人のSさんに連れ添って楽屋にお邪魔し、百音さんに紹介していただいた。私のブログも読んでいただいているそうで、大変恐縮である。
 素顔は普通の18歳の少女といった感じで、物怖じしないところと、勉強熱心なところが感じられた。彼女が誰にも勝っているのは、並外れた集中力ではないかと思う。音楽に対して真剣に取り組み、極度の集中力であのような緊張度の高い演奏を生み出すのだろう。しかし、その緊張感は聴衆を縛り付けるようなタイプものではなく、共振させてエネルギーを伝えてくるタイプのものだ。だから、聴いていて興奮することはあっても疲れることはない。今後の活躍にも大いに期待して、次の演奏会を楽しみに待つとしよう。



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