
ローマ・サンタ・チェチーリア国立管弦楽団 日本公演 2014
ORCHESTRA DELL'ACCADEMIA NAZIONALE di SANTA CECILIA-POMA
2014年11月11日(火)19:00~ サントリホール・大ホール S席 1階 2列 20番 28,000円
指 揮: アントニオ・パッバーノ
ヴァイオリン: 諏訪内晶子*
管弦楽: ローマ・サンタ・チェチーリア国立管弦楽団
【曲目】
ロッシーニ: 歌劇「セビーリャの理髪師」序曲
ブルッフ: ヴァイオリン協奏曲 第1番 ト短調 作品26*
《アンコール》
J.S.バッハ: 無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番より「ルーレ」*
リヒャルト・シュトラウス: アルプス交響曲 作品64
《アンコール》
ロッシーニ: 歌劇『ウィリアム・テル』から「パ・ド・シス」
ロッシーニ: 歌劇『ウィリアム・テル』序曲から「ギャロップ」
KAJIMOTOが招聘する「ワールド・オーケストラ・シリーズ2014」の最後を飾るのは、イタリアの名門、ローマ・サンタ・チェチーリア国立管弦楽団。率いるのはもちろん、音楽監督のアントニオ・パッパーノさんである。今回の来日ツアーでは、11月5日から12日までの8日間で、京都、東京、宮崎、名古屋の4都市で合わせて6回のコンサートが開かれる。東京では、サントリーホールで7日と今日11日、東京芸術劇場で明日12日(主催:都民劇場)の3回で、7日と11日はプログラムが異なっている。11日と12日は同じプログラムだ。7日の公演は、ソリストにマリオ・ブルネロさんを迎えてのドヴォルザークのチェロ協奏曲やブラームスの交響曲第2番などが演奏された。そちらの方は事情があって行けなかったが、今日と明日は同じプログラムを2日続けて聴くことになっている。
さて、サンタ・チェチーリア管というオーケストラは、かつては「ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団」などとも呼ばれていたことがあるが、現在では「ローマ・サンタ・チェチーリア国立管弦楽団」という呼称に落ち着いたようだ(CD等では「サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団」という呼称も使われている)。イタリアで最も伝統のあるシンフォニー・オーケストラということだが、オペラの国イタリアでのシンフォニー・オーケストラという存在は、どんなイメージなのかはちょっと想像しにくいものがある。もちろんイタリアでも各都市にオーケストラはあるだろうが、どの都市にも歌劇場があるので、主力の演奏家がオペラの方に取られてしまうのではないか・・・などと勝手に想像してしまっている。実はナマで聴いたことがないので何とも言いようがない。評判は良い。だから、今回は非常に楽しみにしていた次第である。
一方、パッパーノさんの方は、彼のもう一つの重要なポストを務めている英国ロイヤル・オペラの2010年の来日公演の時に、『椿姫』を2回とマスネの『マノン』のゲネプロと本公演を聴いている。メリハリが効いて、ドラマティックで、歌心に溢れている、本物のオペラ指揮者だという印象であった。つまりパッパーノさんのシンフォニー指揮者としての演奏も聴いたことがないのである。
オーケストラの配置は、1階2列目センターの席からだと管楽器・打楽器の配列はほとんど見えないので正確なところは分からなかったが、弦楽の方は、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを対向に配置するクラシカルなもので、第1の奥にチェロ、その後方つまり下手側の方にコントラバス、第2の奥がヴィオラとなっていた。人数的に上手側が薄くなるので、そちらに多彩な打楽器群が並んでいる。ティンパニはセンター最後列。
そして、今回のツアーに共演した諏訪内晶子さんは絶好調の活躍ぶりで、今年2014年の3月にはオスロ・フィルハーモニー管弦楽団の来日公演でメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲で共演している(指揮はヴァシリー・ペトレンコさん)し、6月には今日と同じKAJIMOTOの招聘によるフィラデルフィア管弦楽団とチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲で共演している(指揮はヤニック・ネゼ=セガンさん)。この後も、自らが音楽監督を務める「第3回 国際音楽祭 NIPPON」でのいくつかの演奏会やマスタークラスもあるし、そこではドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団との共演で世界初演のヴァイオリン協奏曲なども予定されている(指揮はパーヴォ・ヤルヴィさん)。まさに今、ノリに乗っている諏訪内さんである。
1曲目は、ロッシーニの「セビーリャの理髪師」序曲。ここで早くもイタリアのオーケストラらしさを発揮した。良い意味で緊張感がない。皆が楽しそうにニコニコしながら、サラリと演奏しているのに、何ともいえない明るい音色で弦も管もドイツや日本にはない空気感を創り出している。ただし、演奏の方はまだまだ身体も楽器も暖まっていないといった様子で、音が十分に出ていない感じだ。ウワサによると、開演直前までホールのショップでお土産を物色しているメンバーもいたとか。まあ、イタリアらしくてお笑いである。演奏している皆さんも「こんなモンでしょ?」という感じで屈託などカケラもない。だけど、聴いていてワクワクし、とても幸せな気分にさせてくれる陽気な演奏なのである。
2曲目はブルッフのヴァイオリン協奏曲。諏訪内さんのブルッフを聴くのは、2010年3月のロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団の来日公演の時以来である(指揮はサカリ・オラモさん)。
演奏の方は何をか言わんやである。最初からハイ・テンションで、第1楽章の序奏からキリキリと緊張感の高い音で会場の空気を引き締めていく。主部、主題の提示に入ると、やや遅めのテンポを採りながらも、立ち上がりの鋭い音で重音を響かせ、豊かな音量と艶やかな音色で主題を歌わせて行く。気がつくとテンポがかなり速くなっていて、オーケストラだけのクライマックス部分は快速でシンフォニックな響きだ。オーケストラも完全に火がついたようにキレ味が鋭くなって来ている。
続けて演奏される第2楽章の入りの部分、ピアニッシモからヴァイオリンの主題が浮かび上がってくる。この楽章はいわばこの曲のメインとなる部分であり、極めて抒情的で感傷的な感性に彩られているが、諏訪内さんのヴァイオリンは、呼吸しながら歌うように、緩やかな起伏のあるもので、とても美しい音色で描き出していく。しかし決して感傷に溺れるようなところはなく、ある意味では強靱な精神力というか、芯のハッキリしたところがあり、静かな佇まいの中に熱く燃えたぎるものがふつふつと滲み出てくる。クール・ビューティというところか。諏訪内さんの本領発揮である。
第3楽章にも間をおかずに入って行った。再びキレ味の鋭い、鋭角的な音色に変わり、オーケストラと対話しながら、グイグイと引っ張って行く。諏訪内さんのヴァイオリンは、常にほんのわずか前のめりに入っていく感じで、オーケストラ側を微妙に煽っているところがある。ロマンティックな第2主題では妖艶な色気を漂わせてG線の低音が歌い、高音がすすり泣く。終盤にコーダにかけての、推進力、オーケストラを振り切ってしまいそうなスピード感は、スリリングで協奏曲の魅力を知り尽くした諏訪内さんらしい盛り上げ方であった。
諏訪内さんの独奏ヴァイオリンには文句の付けようもなく、素晴らしい。全体的にアグレッシブな感じで、甘っちょろい感傷は抜きで、純粋に、純音楽としての協奏曲の魅力を追求したものだといって良いだろう。若手の演奏家(例えば3日前に聴いた南紫音さんのブルッフ)とはまたひと味違った、大人の成熟した演奏ではあるが、決して現状に満足しているわけではなく、常に上昇志向があり挑戦を続けている、そんなイメージの演奏であった。
諏訪内さんのソロ・アンコールは、J.S.バッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番」より「ルーレ」。こちらの方は、しっとりとした佇まい。美しい音色が繊細に響いた。
後半は、リヒャルト・シュトラウスの「アルプス交響曲」。100名を超える大オーケストラにパイプオルガンまで加わる大曲。シュトラウスの交響詩作曲家としての集大成ともいえる作品である。内容的には明らかな標題音楽であり、楽章の切れ目もないこともあり、形式としては「交響詩」には違いないが、敢えて「アルプス交響曲(Eine Alpensinfonie)と命名しているのは、様々な事物を表現している「動機」が、単に表現上のイメージを構成しているだけでなく、純音楽的にも優れた「主題」としての音楽的な美しさを持っているからであろう、と勝手に考えている。「レストランのメニューですら管弦楽で表現することができる」と豪語したとされるシュトラウスではあるが、この曲もディテールに至るまで見事なほどに描き出されている。夜が明け、アルプスの山に登り、美しい景色を眺め、頂上を極め、やがて嵐に遭遇した後、下山して登山が終わるまでの物語性が見事な描写力で、絵画的というよりは、映像的に描かれている。
さて演奏の方はというと、これまた何とも魅力いっぱいのもので、アルプスは半分はイタリアにあるのだ、ということを漠然と思わせてくれた。何と言っても、全体を貫く明るい色彩感が素晴らしい。太陽の光は透明な空気を突き抜けてさんさんと降り注ぐし、嵐の風や雨もどこか明るい。ドイツのオーケストラ(あるいは日本や英国・米国のオーケストラでも)の演奏する際の重厚で堂々としていて、ロマンティックなのにちょっと堅苦しい感じとはかなり違う。
まず金管群の音色が晴れやかで明るい。トランペットは底抜けに陽気だし、ホルンも屈託のないアルペン風。クラリネットやオーボエは草木の香りを吹くんだ自然の風のよう。そして弦楽は歌う。曲が進行していく中、主題を受け持つパートに移ると、例えばチェロやヴィオラ、例えばフルートやクラリネットという風に、そのパートやソロが突然雄弁に歌い出す。「今度はオレの番だ!」と言わんばかりで、しかもその演奏している姿が楽しそうなことといったら! 演奏中の楽員の表情も明るく、アイコンタクトを取りながら、ニコニコしながら演奏していたりする。だからといって演奏が雑なことはなく、アンサンブルもダイナミックレンジも素晴らしいのである。
パッパーノさんの音楽作りは、ストレートなもので、小手先でいじくり回したりはしていないようだ。オペラ指揮者としても超一流のパッパーノさんらしさを十分に発揮していて、旋律を歌わせるしなやかさと、オーケストラを振り回してドラマティックに盛り上げる手腕はお見事である。もちろん当然のことだが、細かなところまでしっかりと作られているからこそ、聴いていてもまったく違和感なく、素直に受け入れることのできる、そして情景が目に浮かぶような、素晴らしい指揮ぶりであった。パッパーノさんは指揮棒を持たないで指揮をするが、口の中で歌いながら指揮をしているらしく、いつもモグモグしているのが特徴。2列目からだと良く見えるのだが・・・・なんだか気になる??
アンコールは2曲。というかパッバーノさんいわく「We stay in the Alps」というわけでロッシーニの『ウィリアム・テル』」が選ばれたようだ。演奏が始まるとあれ? ・・・・「パ・ド・シス」が演奏され、まさかこれで終わりじゃないでしょ?? ・・・・・と思ったら拍手を突き破ってトランペットのファンファーレが。お約束の「序曲」の最後の部分「ギャロップ」。超高速に駆け抜けるような演奏で、ニコニコしながら超高速のパッセージもなんのその。さすがにお家芸という感じで、楽しさいっぱいのアンコールは会場を熱狂させた。Bravo!!
サンタ・チェチーリア管の最大の魅力は、その底抜けの明るさにあると思う。とにかく目が覚めない内は・・・・な演奏だが、ひとたびノリ出すと陽気なイタリアンが前面に出て来て、エンジン全開になる。演奏はもちろん上手いし、音量もすさまじいが、何と言っても全体を貫いている明るい音色が、楽曲の雰囲気をガラリと変えてしまうのである。今日のコンサートでは、メイン曲はブルッフとシュトラウスというドイツものだったわけだが、何だかドイツ音楽を聴いたという気がしないのだ。その理由は、パッパーノさんを始めオーケストラのメンバーの皆さんが、音楽を徹底的に楽しんでいるということと、それが演奏に表れているからなのだろうと思う。だから聴いている私たちも、今日は徹底的に音楽を楽しんでしまった。いつの間にか、彼らのペースに巻き込まれてしまったのであろう。
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【お勧めCDのご紹介】
アントニオ・パッパーノさんの指揮、ローマ・サンタ・チェチーリア国立管弦楽団の演奏で、「ロッシーニ:序曲集」です。本日のコンサートでも演奏された「セビーリャの理髪師」と「ウィリアム・テル」の序曲も収録されています。今回の来日記念盤にもなっている10月22日にリリースされたばかりの新譜です。
ORCHESTRA DELL'ACCADEMIA NAZIONALE di SANTA CECILIA-POMA
2014年11月11日(火)19:00~ サントリホール・大ホール S席 1階 2列 20番 28,000円
指 揮: アントニオ・パッバーノ
ヴァイオリン: 諏訪内晶子*
管弦楽: ローマ・サンタ・チェチーリア国立管弦楽団
【曲目】
ロッシーニ: 歌劇「セビーリャの理髪師」序曲
ブルッフ: ヴァイオリン協奏曲 第1番 ト短調 作品26*
《アンコール》
J.S.バッハ: 無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番より「ルーレ」*
リヒャルト・シュトラウス: アルプス交響曲 作品64
《アンコール》
ロッシーニ: 歌劇『ウィリアム・テル』から「パ・ド・シス」
ロッシーニ: 歌劇『ウィリアム・テル』序曲から「ギャロップ」
KAJIMOTOが招聘する「ワールド・オーケストラ・シリーズ2014」の最後を飾るのは、イタリアの名門、ローマ・サンタ・チェチーリア国立管弦楽団。率いるのはもちろん、音楽監督のアントニオ・パッパーノさんである。今回の来日ツアーでは、11月5日から12日までの8日間で、京都、東京、宮崎、名古屋の4都市で合わせて6回のコンサートが開かれる。東京では、サントリーホールで7日と今日11日、東京芸術劇場で明日12日(主催:都民劇場)の3回で、7日と11日はプログラムが異なっている。11日と12日は同じプログラムだ。7日の公演は、ソリストにマリオ・ブルネロさんを迎えてのドヴォルザークのチェロ協奏曲やブラームスの交響曲第2番などが演奏された。そちらの方は事情があって行けなかったが、今日と明日は同じプログラムを2日続けて聴くことになっている。
さて、サンタ・チェチーリア管というオーケストラは、かつては「ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団」などとも呼ばれていたことがあるが、現在では「ローマ・サンタ・チェチーリア国立管弦楽団」という呼称に落ち着いたようだ(CD等では「サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団」という呼称も使われている)。イタリアで最も伝統のあるシンフォニー・オーケストラということだが、オペラの国イタリアでのシンフォニー・オーケストラという存在は、どんなイメージなのかはちょっと想像しにくいものがある。もちろんイタリアでも各都市にオーケストラはあるだろうが、どの都市にも歌劇場があるので、主力の演奏家がオペラの方に取られてしまうのではないか・・・などと勝手に想像してしまっている。実はナマで聴いたことがないので何とも言いようがない。評判は良い。だから、今回は非常に楽しみにしていた次第である。

一方、パッパーノさんの方は、彼のもう一つの重要なポストを務めている英国ロイヤル・オペラの2010年の来日公演の時に、『椿姫』を2回とマスネの『マノン』のゲネプロと本公演を聴いている。メリハリが効いて、ドラマティックで、歌心に溢れている、本物のオペラ指揮者だという印象であった。つまりパッパーノさんのシンフォニー指揮者としての演奏も聴いたことがないのである。
オーケストラの配置は、1階2列目センターの席からだと管楽器・打楽器の配列はほとんど見えないので正確なところは分からなかったが、弦楽の方は、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを対向に配置するクラシカルなもので、第1の奥にチェロ、その後方つまり下手側の方にコントラバス、第2の奥がヴィオラとなっていた。人数的に上手側が薄くなるので、そちらに多彩な打楽器群が並んでいる。ティンパニはセンター最後列。
そして、今回のツアーに共演した諏訪内晶子さんは絶好調の活躍ぶりで、今年2014年の3月にはオスロ・フィルハーモニー管弦楽団の来日公演でメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲で共演している(指揮はヴァシリー・ペトレンコさん)し、6月には今日と同じKAJIMOTOの招聘によるフィラデルフィア管弦楽団とチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲で共演している(指揮はヤニック・ネゼ=セガンさん)。この後も、自らが音楽監督を務める「第3回 国際音楽祭 NIPPON」でのいくつかの演奏会やマスタークラスもあるし、そこではドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団との共演で世界初演のヴァイオリン協奏曲なども予定されている(指揮はパーヴォ・ヤルヴィさん)。まさに今、ノリに乗っている諏訪内さんである。
1曲目は、ロッシーニの「セビーリャの理髪師」序曲。ここで早くもイタリアのオーケストラらしさを発揮した。良い意味で緊張感がない。皆が楽しそうにニコニコしながら、サラリと演奏しているのに、何ともいえない明るい音色で弦も管もドイツや日本にはない空気感を創り出している。ただし、演奏の方はまだまだ身体も楽器も暖まっていないといった様子で、音が十分に出ていない感じだ。ウワサによると、開演直前までホールのショップでお土産を物色しているメンバーもいたとか。まあ、イタリアらしくてお笑いである。演奏している皆さんも「こんなモンでしょ?」という感じで屈託などカケラもない。だけど、聴いていてワクワクし、とても幸せな気分にさせてくれる陽気な演奏なのである。
2曲目はブルッフのヴァイオリン協奏曲。諏訪内さんのブルッフを聴くのは、2010年3月のロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団の来日公演の時以来である(指揮はサカリ・オラモさん)。

演奏の方は何をか言わんやである。最初からハイ・テンションで、第1楽章の序奏からキリキリと緊張感の高い音で会場の空気を引き締めていく。主部、主題の提示に入ると、やや遅めのテンポを採りながらも、立ち上がりの鋭い音で重音を響かせ、豊かな音量と艶やかな音色で主題を歌わせて行く。気がつくとテンポがかなり速くなっていて、オーケストラだけのクライマックス部分は快速でシンフォニックな響きだ。オーケストラも完全に火がついたようにキレ味が鋭くなって来ている。
続けて演奏される第2楽章の入りの部分、ピアニッシモからヴァイオリンの主題が浮かび上がってくる。この楽章はいわばこの曲のメインとなる部分であり、極めて抒情的で感傷的な感性に彩られているが、諏訪内さんのヴァイオリンは、呼吸しながら歌うように、緩やかな起伏のあるもので、とても美しい音色で描き出していく。しかし決して感傷に溺れるようなところはなく、ある意味では強靱な精神力というか、芯のハッキリしたところがあり、静かな佇まいの中に熱く燃えたぎるものがふつふつと滲み出てくる。クール・ビューティというところか。諏訪内さんの本領発揮である。
第3楽章にも間をおかずに入って行った。再びキレ味の鋭い、鋭角的な音色に変わり、オーケストラと対話しながら、グイグイと引っ張って行く。諏訪内さんのヴァイオリンは、常にほんのわずか前のめりに入っていく感じで、オーケストラ側を微妙に煽っているところがある。ロマンティックな第2主題では妖艶な色気を漂わせてG線の低音が歌い、高音がすすり泣く。終盤にコーダにかけての、推進力、オーケストラを振り切ってしまいそうなスピード感は、スリリングで協奏曲の魅力を知り尽くした諏訪内さんらしい盛り上げ方であった。
諏訪内さんの独奏ヴァイオリンには文句の付けようもなく、素晴らしい。全体的にアグレッシブな感じで、甘っちょろい感傷は抜きで、純粋に、純音楽としての協奏曲の魅力を追求したものだといって良いだろう。若手の演奏家(例えば3日前に聴いた南紫音さんのブルッフ)とはまたひと味違った、大人の成熟した演奏ではあるが、決して現状に満足しているわけではなく、常に上昇志向があり挑戦を続けている、そんなイメージの演奏であった。
諏訪内さんのソロ・アンコールは、J.S.バッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番」より「ルーレ」。こちらの方は、しっとりとした佇まい。美しい音色が繊細に響いた。
後半は、リヒャルト・シュトラウスの「アルプス交響曲」。100名を超える大オーケストラにパイプオルガンまで加わる大曲。シュトラウスの交響詩作曲家としての集大成ともいえる作品である。内容的には明らかな標題音楽であり、楽章の切れ目もないこともあり、形式としては「交響詩」には違いないが、敢えて「アルプス交響曲(Eine Alpensinfonie)と命名しているのは、様々な事物を表現している「動機」が、単に表現上のイメージを構成しているだけでなく、純音楽的にも優れた「主題」としての音楽的な美しさを持っているからであろう、と勝手に考えている。「レストランのメニューですら管弦楽で表現することができる」と豪語したとされるシュトラウスではあるが、この曲もディテールに至るまで見事なほどに描き出されている。夜が明け、アルプスの山に登り、美しい景色を眺め、頂上を極め、やがて嵐に遭遇した後、下山して登山が終わるまでの物語性が見事な描写力で、絵画的というよりは、映像的に描かれている。
さて演奏の方はというと、これまた何とも魅力いっぱいのもので、アルプスは半分はイタリアにあるのだ、ということを漠然と思わせてくれた。何と言っても、全体を貫く明るい色彩感が素晴らしい。太陽の光は透明な空気を突き抜けてさんさんと降り注ぐし、嵐の風や雨もどこか明るい。ドイツのオーケストラ(あるいは日本や英国・米国のオーケストラでも)の演奏する際の重厚で堂々としていて、ロマンティックなのにちょっと堅苦しい感じとはかなり違う。
まず金管群の音色が晴れやかで明るい。トランペットは底抜けに陽気だし、ホルンも屈託のないアルペン風。クラリネットやオーボエは草木の香りを吹くんだ自然の風のよう。そして弦楽は歌う。曲が進行していく中、主題を受け持つパートに移ると、例えばチェロやヴィオラ、例えばフルートやクラリネットという風に、そのパートやソロが突然雄弁に歌い出す。「今度はオレの番だ!」と言わんばかりで、しかもその演奏している姿が楽しそうなことといったら! 演奏中の楽員の表情も明るく、アイコンタクトを取りながら、ニコニコしながら演奏していたりする。だからといって演奏が雑なことはなく、アンサンブルもダイナミックレンジも素晴らしいのである。
パッパーノさんの音楽作りは、ストレートなもので、小手先でいじくり回したりはしていないようだ。オペラ指揮者としても超一流のパッパーノさんらしさを十分に発揮していて、旋律を歌わせるしなやかさと、オーケストラを振り回してドラマティックに盛り上げる手腕はお見事である。もちろん当然のことだが、細かなところまでしっかりと作られているからこそ、聴いていてもまったく違和感なく、素直に受け入れることのできる、そして情景が目に浮かぶような、素晴らしい指揮ぶりであった。パッパーノさんは指揮棒を持たないで指揮をするが、口の中で歌いながら指揮をしているらしく、いつもモグモグしているのが特徴。2列目からだと良く見えるのだが・・・・なんだか気になる??
アンコールは2曲。というかパッバーノさんいわく「We stay in the Alps」というわけでロッシーニの『ウィリアム・テル』」が選ばれたようだ。演奏が始まるとあれ? ・・・・「パ・ド・シス」が演奏され、まさかこれで終わりじゃないでしょ?? ・・・・・と思ったら拍手を突き破ってトランペットのファンファーレが。お約束の「序曲」の最後の部分「ギャロップ」。超高速に駆け抜けるような演奏で、ニコニコしながら超高速のパッセージもなんのその。さすがにお家芸という感じで、楽しさいっぱいのアンコールは会場を熱狂させた。Bravo!!
サンタ・チェチーリア管の最大の魅力は、その底抜けの明るさにあると思う。とにかく目が覚めない内は・・・・な演奏だが、ひとたびノリ出すと陽気なイタリアンが前面に出て来て、エンジン全開になる。演奏はもちろん上手いし、音量もすさまじいが、何と言っても全体を貫いている明るい音色が、楽曲の雰囲気をガラリと変えてしまうのである。今日のコンサートでは、メイン曲はブルッフとシュトラウスというドイツものだったわけだが、何だかドイツ音楽を聴いたという気がしないのだ。その理由は、パッパーノさんを始めオーケストラのメンバーの皆さんが、音楽を徹底的に楽しんでいるということと、それが演奏に表れているからなのだろうと思う。だから聴いている私たちも、今日は徹底的に音楽を楽しんでしまった。いつの間にか、彼らのペースに巻き込まれてしまったのであろう。

【お勧めCDのご紹介】
アントニオ・パッパーノさんの指揮、ローマ・サンタ・チェチーリア国立管弦楽団の演奏で、「ロッシーニ:序曲集」です。本日のコンサートでも演奏された「セビーリャの理髪師」と「ウィリアム・テル」の序曲も収録されています。今回の来日記念盤にもなっている10月22日にリリースされたばかりの新譜です。
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