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徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Black and Black 1

2014年10月30日 23時58分30秒 | Nosferatu Blood
 
   1
 
「おはようございます」 そう声をかけながら扉を開けて、事務所に入る――例によって缶コーヒーをあおっていたアルカードが適当に片手を挙げた。文字通りあおるという表現がふさわしい勢いで一気飲みし、ふっと息を吐き出す。
「おはよう、お嬢さん」
「アルカード……」
 休憩用のテーブルの向かいに座っていたリディアが、それを見て眉をひそめながら口を開く。
「なんだ?」
「その飲み方、体によくないですよ」 それを聞いて、アルカードは手にしたコーヒー缶を見下ろした。たしかに、あの飲み方はどう見ても味わっている様には見えない――どちらかというと自棄酒のコーヒー版に見える。
「よくないかな?」
「そう思います」
 椅子のひとつを引いて腰を下ろしながら、なにも言わずに空になったコーヒー缶をテーブルに置いたアルカードの顔を注視する――吸血鬼はフィオレンティーナの視線に気づいて、こちらに視線を投げてきた。
「どうした?」
「いいえ、なんでも」 そう返事をして視線をはずし、昨夜の大雨の水害について報じているテレビに視線を向けたとき、アンが控え室に入ってきた。
「おはよう――って、どうしたの、それ」
「これか」 頭に巻いた包帯を指差して口にしたその言葉に、アルカードはテーブルの上に置かれた土産物のひとつ、北海道限定じゃがバタースナックを取り上げて個包装の封を切った。
「昨日の泥棒だ」 アルカードはそう言ってからテーブルの上に放り出してあった新聞を取り上げ、テーブルに着いたアンの前に押し遣った――日本語の日常的な読み書きはほぼ完全にこなせるアンは、指で示された記事を斜め読みしてから顔を顰め、
「……なにこれ」
 横から覗き込んでもフィオレンティーナにはどこを見ればいいのかもわからないし、そもそも漢字の読めないフィオレンティーナには内容が理解出来ない。ただ、漢字は読めなくても内容はだいたい予想がついた――『昨日、香辛料が山ほどぶち込まれた人類の食べ物とも思えない真っ赤なクッキーを人の家から盗んで食べた泥棒とその家族が、全員救急搬送された』と書いてあるのだろう。
 吸血鬼はスナック菓子を口に放り込み、それを嚥下してから、
「下手人は毒ッキーを食べて病院に担ぎ込まれたが、警察署でそのおばさんの母親に傘で殴られた」
 ドクッキー?
「普通はそこで、泥棒をやった自分の娘を殴るもんだと思うんだが」 包帯の締めつけのせいでかゆいのか、アルカードはこめかみのあたりを包帯の上からしきりに指でこすりながら、
「警官の目の前で殴られたからそのまま婆さんは現行犯逮捕、それはいいんだが、そのせいで傷を治せん」 俺の素姓を知らない一般人に見られたし、また出向く必要があるかもしれないからな――そう言葉を継いでから、アルカードは席を立った。空き缶をゴミ箱に投げ込み、冷蔵庫から取り出した新たな缶コーヒーを持って戻ってくる。
「周りに人がいなければ、躱して反撃して、ついでにそのまま死体を始末して終わりにするんだが――あいにく警察署内の出来事だったからな」 ひどく不穏な言葉を口にして、アルカードは椅子に腰を下ろした。
「そもそもなんでそんなものを作ろうと思ったの?」
 というアンの言葉に、アルカードが適当に視線をそらす。
「認めたくないものだな、若さゆえの過ちというものを」
「若くないじゃん」 打てば響く様な見事なタイミングで突っ込みを入れてから、アンがお菓子に手を伸ばす。
 その言葉に肩をすくめて、アルカードはコーヒーのプルタブに指をかけた。
「アルカード、せめてチェーンコーヒーはやめませんか? それで六本目じゃないですか。ほんとに体に悪いですよ」 リディアがそう意見を述べると、アルカードはコーヒー缶の封を切ろうとする手を止めた。
 ……六本目?
 リディアの言葉に、フィオレンティーナは思いきり顔を顰めた。始業前にこの控え室にいる間の時間だけで?
「悪いかな? 煙草よりましだと思うんだが」
「どんなものでも度が過ぎれば害です」 リディアがそう答えると、
「そうかな――どうせ吸血鬼は病気にならないから、関係無い気もするんだが。ところで、さっきから微妙に気分が悪いのは気のせいかな」
「……コーヒーを片づけてください、今すぐ」
 リディアが手を伸ばして、アルカードの手の中からコーヒー缶をやんわりと取り上げる。
 席を立って冷蔵庫のところに歩いていったリディアの背中で揺れる大きなお下げ髪を見遣って、吸血鬼は適当に肩をすくめた。コーヒーが無くなったら無くなったで口元が寂しいのか、なにやら口元をむずむずさせている。
「パオラちゃんは?」 ジャムを塗りたくったロールケーキの様なもの――壁に張り出された今月のシフト表に視線を向けながらよいとまけというこれも北海道の土産物に手を伸ばし、アンが誰にともなく問いかける。
「彼女はまだ出てきてない――じきに来るだろう」 アルカードがそう答えたとき、噂をすれば影というか、そこで扉が開き、パオラ・ベレッタが顔を出した。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」 適当に片手を挙げて、アルカードがそう返事を返す。
 確か今日はこの人員だけで全員のはずだ――もちろん経営者である老夫婦は別だが。
「昨日はありがとうございました。おいしかったです」
「否、こっちこそ助かったよ――リディアとお嬢さんもそうだが、まったく関わりの無いことなのに手伝ってくれて感謝してる」
「いいえ、お気になさらず。お役に立ててうれしいです」 朗らかな笑顔で席に着くパオラとアルカードを見比べて、アンが口を開いた。
「驚かないのね」
「包帯のことですか? 昨日部屋に戻ったあとで、アルカードが部屋にお菓子を持ってきてくれて、そのときにもう包帯を巻いてましたから知ってたんです」 というパオラの返答は、老夫婦の家を辞したあと、警察から帰ってきたアルカードが持ってきてくれたシュークリームのことだろう――アルカードが傘を探すために外出している間、子供たちの様子を見ていた礼のつもりらしい。
「ああ、そうなの」 納得したのかひとつうなずいて、アンはよいとまけを口に放り込んだ。
「まああれだ、犬を一緒に連れ出していたことを幸いとすべきか不幸と断ずるべきかは、いささか迷うところではあるな――部屋に残してたら危害を加えられたかもしれないから、連れ出して正解だったかもしれん。一緒に連れて行きたがったあっくんに感謝すべきだな」 アルカードがそんな言葉を口にして、テーブルに頬杖を突く。
「確かに、置いていかなくてよかったですね」
「ああ、帰ってきたらあいつらが大怪我してるなんてのになってたら、さすがに俺も冷静じゃいないだろうからな」 そうなってたら東京が無くなってたかもしれん――パオラの言葉にぞっとする様なことをさらっと言ってから、アルカードが老夫婦が入ってきたのに気づいて立ち上がった。
「あ、おはようございます」
「おはよう」 老人がそう返事をしてから、アルカードが頭に巻いた包帯を見遣った。
「大丈夫か?」
「問題ありません――ただ、出来ればこの頭でホールに出るのは控えたいですね」 いつも通りの朝礼のポジション――フィオレンティーナが初めて彼に会った日に購入したというパソコンの置かれた机のそばに移動しながら、アルカードが雇い主の問いにそう返事をする。彼はあらかじめ机の天板の上に置いてあったクリップボードを手に取ると、
「おはようございます」
 口々に返事をするスタッフ一同の顔を顔色を確認する様に順繰りに見回してから、アルカードはうなずいた。
「さて、今話したとおり、ちょっと俺の部屋に泥棒が入りまして――このとおり包帯巻いてるんですが、出来ればこのままでお客の前に出たくないので、俺は裏に引きこもってようと思ってます。今日食材が入ったりするので、主に事務処理雑務と倉庫整理になると思います――手が足りなくなったり、必要が生じた場合は呼んでください」
 アルカードはそう言ってから、クリップボードに視線を落とした。
「アンとお嬢さんとパオラは接客。リディアは皿洗いのほうの手伝い、状況に応じて接客に回ってください。質問は?」 誰も返事をしなかったので、アルカードは続けた。
「体調に異常は? 無い? では今日も一日、よろしくお願いします」 解散しかけたところで、アルカードが一度手を打ち鳴らした。
「すまない、ちょっと待って。安全管理の関係上、アパートの窓硝子を一階から優先して交換することになりました――これに関してはアレクサンドルが同意済み、拒否権は無いけれど費用負担もありません。実際の作業は明後日以降になるんだが、とりあえず現在人の入ってる部屋からやっていきたいので、悪いがアンの部屋から始めたい。かまわんかな」
 アンが同意を示してうなずくのを確認して、アルカードもうなずいて続けた。
「それでその作業中、君たちはそれぞれ部屋に戻って作業に立ち会ってもらうことになる。これに関しては勤務時間のうちに含んでおく――細かい時間がわかりしだいすぐ教える」
「わかった」
 承諾したアンが事務室から出ていく。
 彼女のあとにパオラとリディアが廊下に出るのを待って、フィオレンティーナは事一番最後に廊下に出た――事務所の扉を閉める直前に振り返ると、アルカードが古ぼけたデスクの前に腰を落ち着けてパソコンを起動したところだった。

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