フォボスは火星の衛星だ――フォボスという名そのものに意味があるとは思えないから、おそらくローマの神話における戦争と農耕の神マルスを象徴する火星の衛星であることから、マルスの従者としての戦士を意味しているのだろう。
ロックオンはおそらく、こちらも途中で見かけた異能者の名だ。敵に着弾したはずの弾頭がそのまま貫通して軌道を変え、さらにほかの敵に襲い掛かる、おかしな異能。
スコールは――驟雨の意味だ . . . 本文を読む
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いまだ異能が復活する気配は無い――ブラック・ナインティと符号の振られた大型の交差点の角でネッツトヨタの看板の上に降り立つと、アルカードは周囲を見回した。
陽が落ちてかなり経っているせいか、吹き抜けていく風が冷たい。だがそれでいい、風は冷たいくらいがちょうどいい。
どういう事態になっているのか、今ではアルカードはおおよそ理解していた――頭の中で、数多くの情報が飛び交っている。 . . . 本文を読む
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屋敷の外に出て町中に向かい、ヴィルトールは自分の認識が実に甘かったことを悟った。
屋敷こそが真の地獄かと思ったが、ブカレシュティの街はその比ではなかった。
見渡す限りの屍、屍、屍。
大通りにはいくつもの亡骸が転がり、魔物として蘇った者たちがその亡骸に群がって内臓を貪り食っている。
すでに死んだ人間の死体はあの死体喰らいどもに喰われても蘇ることは無いのか、動き出す気配は無 . . . 本文を読む
――ギャァァァッ!
――ヒィィィィィッ!
――イヤァァァァッ!
頭の中に直接響く絶叫をあげながら、右手の中に塵灰滅の剣《Asher Dust》がその形骸を構築する――アルカードが隠匿していてもシンの眼にはその姿が視えているのだろう、彼がわずかに眉をひそめるのが見えた。
それにはかまわずに、アルカードは具現化した曲刀の峰で軽く肩を叩きながら、
「塵灰滅の剣《これ》を構築《つく》れるというこ . . . 本文を読む
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ふた振りの日本刀が街燈を照り返して輝く軌跡を虚空に刻み、その鋒が衝突する度に宵闇の中に激光が飛散する。
たがいに目まぐるしく位置を変え、相手の攻撃を躱し、あるいは受け止め、あるいは受け流しながら、嵐のごとき斬撃の応酬の中で必殺の隙を窺う。
この男の技術は明らかに、重い剣を力任せに叩きつける西洋剣術のそれではない。技巧に頼り、剣の軌道を制御する、盾を持たない日本の剣術の特徴に . . . 本文を読む
――チッ!
防御のために翳した瓶割と、吸血鬼の手にした太刀の物撃ちが衝突する――よほど元の刀の出来がいいのか、吸血鬼の手にした刀は瓶割の刃と激突しても小揺るぎもしなかった。
シンは水平に翳して吸血鬼の一撃を止めた瓶割の鋒を、衝突の衝撃が完全に発生し終えるよりも早く斜めに落とした――もとより男は右腕一本で重い太刀を振り回しているため、やはり慣性から生じる勢いを両腕で扱うときほど緻密にコントロー . . . 本文を読む
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かすかな摩擦音とともに白刃を外気に晒した太刀――瓶割の刃が、街燈の光を照り返して冷たく輝く。研ぎ澄まされた鋼の刃に視線を向けて、目の前の金髪の男が口を開いた。人間から変化した妖魔の特徴である、薄暗がりの中でおのずから輝く血の様に紅い魔人の瞳《め》。
「俺と戦《や》るつもりか?」
「ああ」 シンがうなずくと、吸血鬼は顔を上げてシンの視線を正面から捉えた。
先ほど憤怒の火星《Ma . . . 本文を読む
手袋を嵌めた右手の甲で額に滲む脂汗を乱暴に拭い、アルカードは立ち上がった――激痛は治まったわけではないが、多少は慣れてきた。この激痛はあと数時間は途絶えること無く続くし、そのあとも魔力が完全に回復するまで痛みは持続する。
少しずつ治まってはいくが、それだけだ――眠っていようがなにをしていようが、痛みが途絶えることは無い。
ならばここで蹲っていても仕方無い――そもそも戦闘時間短縮のために痛みの . . . 本文を読む
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ずぐ、という鈍い手応えとともに突き込んだ黒禍が笠神の頭蓋骨を貫通する――断末魔の細かな痙攣を繰り返し始めた笠神の獣躯を見下ろして、アルカードは鼻を鳴らした。
ライカンスロープ、ナハツェーラー、いずれも人間よりはるかにタフだ――腕が生え替わったりはしないものの、傷口の組織が生きている間であれば互いを接合するだけで切断された四肢は癒着する。
その生命力の強さを誇示するかの様に胸 . . . 本文を読む
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「そろそろ終わりにするか、笠神《わんこ》」 そう言って、金髪の男は手にした細雪の鋒を笠神に向けた。
「お互い時間をかけすぎてる。結構面白かったが、そろそろ飽きてきた――かといって、このままおまえをほっぽり出して帰るわけにもいかないしな。そういうわけでだ――」
そう続けてから、彼は軽い風斬り音とともに太刀を軽く振り抜くと、
「おまえは殺すぞ」
「死ぬのはおまえだ」 そう返事をして . . . 本文を読む
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世界斬・散《World End-Diffuse》――セイルディア・グリーンウッドと出会う前、まだろくに魔術も魔力も扱えなかったころに構築した、当時は数少ない魔力戦の技能だ――グリーンウッド家に逗留した際に様々な薫陶を受けて非常に広い知識や技能を手に入れたが、それ以前はお世辞にも攻撃手段が豊富とは言えなかった。
特に遠距離攻撃手段に乏しく、それを補う手段として考えたうちのひとつ . . . 本文を読む
†
ぐるぐるとうなり声をあげながら、笠神は左目を獣毛に覆われた手の甲でこすって血を拭い取った――先ほど奪われた太刀、細雪《ささめゆき》の鐺でちぎれた瞼は獣毛を濡らす出血をそのままに完全に治癒しており、血を拭い去ると十全の視界が確保出来る様になった。
眼前にいる金髪の男は唇をゆがめて笑いながら、実に手慣れた仕草で細雪を構えた――先ほどの黒禍と紅華の扱いもそうだったが、まるで長年使い . . . 本文を読む
刀自体は源平時代のものに近い腰反りの深い太刀を磨《す》り上げたものらしく、刀身の反りは比較的小さい。
鎺《はばき》に近い手元の部分には表側には龍、裏側には虎の装飾が施され、その上から鋒に向かって表側には一本、裏側には二本の樋《ひ》が切られている――樋の幅や深さにばらつきがあり、波打つ様に凹凸があるところをみると、樋を削り取って掻いたのではなく打ち込んで造ってあるのだろう。
打樋《うちひ》とい . . . 本文を読む
真直に振り下ろされてきた太刀の刀身を、右手の甲で払いのける。
手首を返して峰を叩き、そのまま白刃を地面に叩き落として、アルカードは左手を笠神の顔に向かって伸ばした。
こちらの手の内がわからないからだろう、接触を嫌って笠神が後退し――次の瞬間には、笠神はその後退動作を狙って繰り出されたアルカードの横蹴りに鳩尾を貫かれ、大きく吹き飛ばされている。
刎ね飛ばされる笠神を追って、黒禍と紅華を抜き放 . . . 本文を読む
放置された喰屍鬼《グール》は次の生贄を求めてアパート内を徘徊し、起き出してきた住人を喰らって仲間を増やし、やがてこうしてアパートから出てきたのだろう。
ここにいた喰屍鬼《グール》たちは激しく損壊した死体がその大部分を占めていたから、吸血鬼が直接襲った犠牲者ではなく喰屍鬼《グール》が襲った犠牲者の死体だろう――吸血鬼に襲われた死体は損壊が激しいと噛まれ者《ダンパイア》にも喰屍鬼《グール》にもなら . . . 本文を読む